一発の鋭い銃声。
目の前に広がった赤い液体。
全てが終わった。

あの日。


Junction


まず、派出所に来てからやる事は、引き継ぎ。
次に掃除。
目の前を女子高生がきゃっきゃ言いながら通って行く。
すっかり顔なじみになっているので、自然と会話が出て来る。

「おまわりさん、お早うっ」
「あ、京ちゃん、お早う。今日も気をつけて行くんだよ?」
「わかってまぁす」

京と呼ばれた女の子は、ひらひら手を振りながら、友人たちの元へと戻って行く。
その途中、話しちゃったーっなどと、思春期にありがちな会話を繰り広げている。

23区外の閑静な佇まいの住宅街。昔ながらの風情が漂う町。
そんな日常の一こま。

「立花」
「あ、はいっ」

少女と話していたのは、この派出所に入って一年になろうかとしていた、立花功である。
少女のような顔立ちで、声も男性にしては高く、よく女性に間違えられるのだが、制服のためかかろうじて最近はそのような事態は免れている。
私生活では、たまにナンパされてしまうというマイナス面も含まれてはいるのだが。

とても、平和な日々。
かつて憧れていた、死んだ父親と同じ仕事に就き、たわいもない、何も変わらない日常を送る。
これが一番幸せだと感じていた。

先輩に呼ばれて、立花が奥に入ると、その先輩・・・平泉拓也が、あたりを伺う様にしてから、立花に耳打ちし始めた。

「あのさ、立花、お前高崎龍の弟、なんだって?」
「え?」

立花が露骨に眉をしかめた。
高崎龍は、 本名立花隆。功の実の兄になる。
早くに両親がいなくなったため、功の父親にも母親にもなった。
とはいっても、そう年齢が極端に離れている訳ではない。
功の為に、と芸能界のスカウトを受け、トントン拍子に名前を売っていた。
この頃にはすっかり名前も広まって、漸く大手芸能事務所ジャニスから独立してやって行く事に成功していた。

「な、お願いがあるんだけど」
「嫌です」
「何で即答なんだよ」
「兄貴のサイン、とかいうんでしょ? 俺は、居場所も知らないし、全然連絡取れてないんだからっ」

取れてない、は嘘。
必ず、夜にメールが入っている。
警官になるのを一番反対したのは高崎だ。
彼の立花に対する心配性はある意味病的である。
だが、それを知る者は誰もいない。

「そんな、あのさ、俺彼女にプレゼントしたいんだよぉ」
「だから、知りませんっ」
「俺が彼女と別れたら、お前のせいだからな」
「そんなんで別れるような彼女だったら、先輩には似合いませんよっ」
「どういう事だよ」
「有名人と付き合いがあるから、先輩と付き合ってるってことになるでしょ。それって、先輩をみてないじゃないですか。先輩の向こうの高崎龍を見ている。そうでしょ?」

立花が、平泉の鼻っ柱に人差し指をびしっと引っ付けて、言いつける。

「そんなつまらない女は、先輩のようないい男には不釣り合いってことです」
「万弓がつまらない女だと?」
「だから、それ位で別れるような女なら、ですよっ。正直に話して、分かってくれる女性なら、大丈夫です」
「・・・そっか、そっかなぁ・・・」

妙な迫力に押し切られた形で、納得しようとしている平泉を置いて、立花が掃除用具を片付けていると、この日の出勤番の最後の一人、後藤浩輝が飛び込んで来た。

「ちょ、ちょっと、平泉、立花っ」
「あ、お早うございます」
「お早うじゃないって。大ニュースだよ、大ニュース」
「大ニュース?」

奥から平泉も出て来て、後藤の言葉を待った。

「今日、本署の交通課に、白バイの指導官が配属になるんだけど、そいつがさ。なんと!!」
「もったいぶってないで、すっと話せよ、すっと!!」

一度言葉を区切った後藤に、いらつくように平泉が畳み掛ける。

「西部署から来たんだと」
「西部署?」
「西部署って、先月解体されたんじゃなかったでしたっけ」
「おう」

西部署の刑事課を実質預かっていた、大門圭介巡査部長が壮絶な死を遂げて以来、建物が老朽化していた事もあり、警察庁で急遽新たな管轄変更がされ、西部署という存在は一時消滅することとなった。
後々復活する、という話にはなっているのだが、それはまだ正式に決まっていないというのが噂だった。

「西部署も結構人数いたしね。別に大ニュースでも何でもないじゃん」
「いや、それが。その人ってのが、刑事だったらしいんだ」
「えええ?」
「ってことは、大門軍団の?」
「そうそう。これは、ニュースだろう?」

後藤がやたら楽しそうに、自慢そうに言う。

「でも、何で刑事課じゃなくて、交通課なんだろう?」
「あの事件で、トバされたんじゃないの? ハード過ぎたもんなぁ」

浮かれ気分の後藤と平泉の後ろで、立花は書類を纏めながら、気になっていた。

「あ、俺定期報告で署に行って来ます」
「いや、今日は俺がいくー」

立花の手元の書類箱を平泉がかっさらうと、後藤と目配せをして、二人ともカブバイクを持ち出してきた。

「立花、留守番よろしくなーーーーー」
「ちょっ、ちょっと先輩っっっ」

立花の引き止めもむなしく。バイクは走り去って行く。

「ミーハーなんだから。全く・・・」

諦めて、机の前に向かうと、立花はふとさっきの疑問について考え出した。

『刑事なんだから、刑事課に入ればいいのに。何で交通課なんだろう。まあ、うちの刑事課は暇だから、人を入れる余裕なんてないか』

そう一人完結すると、立花は通常の業務へと埋没して行った。

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