貴方が死んだら、誰が私を守るんだ
「先に行けよ・・・」
苦しそうに呻くように、いつにない弱気な台詞が聞こえた。
西條は、その台詞に、苦虫をつぶした様な表情をする。
ぎりっときつく締めたネクタイに、瞬く間に血が滲んで行く。
「ふっざけるな? このヤマに俺を巻き込んだのはてめぇじゃねぇかよ」
「だからだよ・・・」
鳩村は、ふうっと重い息を吐いた。
大腿部からのおびただしい出血は、大きな動脈を傷つけているのを如実に表している。
ネクタイも、鳩村と西條ので締めているのだが、それも気休めにしかなっていない。
西條の銃には、残弾2発。鳩村の銃は、既に一発しか残っていない。
「ドック、俺が連中を引き止めている間に、お前は脱出して、班長に連絡をつけてくれ・・・」
その言葉に、西條は鳩村の頬を軽く平手打ちした。
「冗談じゃない。お前にみすみす死なれちゃ、こっちの寝覚めが悪いんだ」
「ドック・・・」
「まあ、見てろって。俺の武器は、銃だけじゃない。西部署と違って、こっちも使うんでね」
西條は、ウインク一つして、自分の頭を人差し指でとんとんと叩いた。
「あは・・・、他の連中が聞いたら、怒るぜ・・・」
「お前は否定しないのかよ」
「・・・しません」
逃げ込んだのは廃工場。そこかしこに、ドラム缶やら、資材、廃材が無造作に散らばっていた。
西條は、その資材の山の中で、がさごそと動く。
しばし、鳩村の側を離れていたが、戻って来ると、鳩村の目の前にかがんだ。
「どっちにしろ、一発勝負だ。元々・・・ま、いっか」
言いよどむ西條に、鳩村は不安の目を向ける。
「俺を助けたいなら、死ぬな。いいな。お前に、全部任せる」
鳩村は、頷く。西條は、人懐っこい笑顔を向けた。
「あそこに、ドラム缶がある。俺は、安全な所に逃げ込むから、俺が撃てと言ったら、撃って、伏せろ」
「わかった」
「・・・お前だけは・・・」
その言葉に、鳩村が睨み付ける。
「嘘だよ。一緒に戻るんだろ。もう少し頑張れ。俺が生きるも死ぬも、お前に託した」
「損するかもよ・・・」
「ふん。そん時はそん時だ」
西條は飛び出し、敵を引き付け、一点に集める。
出来るだけ迅速に、気付かれないように。
銃の二発は使うことは出来ない。そう、取って置きの切り札だから・・・。
西條の視界に、全ての敵が集まる。そして、重要な場所におびき出した。
『これで、俺があそこに・・・』
そこで油断してしまった。
放たれた一発の銃弾が、西條の肩へとぶち当たる。
西條はその反動で、その場に倒れこんだ。
「くっ・・・」
「ドック!」
その声に、鳩村の気配を感じた敵が、西條と鳩村、二人の場所へと分断しそうになる。
慌てて、西條は敵の頭上の石灰の袋へと銃弾を二発打ち込んだ。
頭上から降り注ぐ白い粉に、敵は狼狽した。
「ハトっ、撃てぇっ!」
西條の声に、鳩村は最後の一発をドラム缶へと撃ち込み、伏せた。
ドラム缶へと撃ち込まれた火花は、石灰を巻き込み、凄まじい爆風へと姿を変えた。
鳩村は、歯を食いしばって、その場を耐える。
風が止むと、鳩村は何とか身体を起こした。
「粉塵・・・爆発・・・」
貧血にふらつく身体を何とか支えつつ、鳩村は歩き出した。
「ドック!」
本人は安全な場所に避難していると言った。
けれど、呼びかけには一切返答がない。
最後に西條の声のした辺りへと視線を向けると、天井が落ち、瓦礫の山になっていた。
『爆心地に近すぎる・・・』
鳩村の背中に冷たい汗が落ちる。
「ドック!!」
視線を瓦礫の山へと向け、必死に探す。
「死ぬなんて・・・、許さねぇぞ・・・」
大き目の瓦礫を取り除き、西條の姿を確認できたのは、それから10分後だった。
「ドック!」
瓦礫を必死で取り除く。自分が怪我をしていることなど、すっかり頭から消し飛んでしまった。
瓦礫から西條を救い出し、引きずり出す。
上半身を抱えると、右手が力なく落ちた。
さっと、鳩村の血の気が引く。胸に耳を当てて、鼓動を確認する。
ほんの僅か、聞こえる。
『これなら、助かるかも知れない・・・』
ふっと、気が抜けた途端、鳩村の視界がぐらりと揺らぐ。
「やば・・・、っ・・・」
もう、自分も支えられない。
そのまま、西條の隣へと身体を投げ出した。
霞む視界に、人の影が見えた。
『もう・・・、いいか・・・、どうで・・・も・・・』
そのまま、鳩村の意識は暗い闇の中へと落ちて行った・・・。