白い息が、一つ。
溜息と共に吐き出されたそれが、寒々しくフロントガラスを曇らせる。
その白さに、忘れようと努めていた寒さを実感させられるようで、鷹山の眉間に皺を刻ませた。
「……おい、いい加減にしろよ」
鷹山のうんざりとした声に応えたのは、特大の溜息と白い息。
ち、と舌打ちを漏らす鷹山に、大下の非難の視線が突き刺さった。
「いい加減にして欲しいのは、こっちだっつの」
「……」
「アイツ、何時になったらくんだよ?」
「もう少し辛抱しろって」
「…年、明けちまうぜ……」
大下の刺々しい声は、最後には情けないぼやきへと変わる。
一昨日から張り込んでいるアパートは、ひそりと闇に沈んだまま、大下のぼやきを飲み込んでいく。
「絶対、現れるから待てよ」
「………」
大下のジト目に、表向きは自信たっぷりに鷹山は頷いて言い聞かせた。
強盗が張り切る年の瀬。
彼らも別に張り切っているわけではないのであろうが、とにかく頻発する。
その中の1つの事件を追って、鷹山と大下は寒い車中で張り込みを続けていた。
鷹山の手に入れたネタを信じてホシの家族が待つというアパートへ来ているのだが、さっぱり現れる気配も
なく三日が過ぎ、とうとう大晦日である。大下のぼやきも無理はない。
「……な〜んかさぁ、毎年こんなんだよねぇ」
「何がだよ」
「去年は、山下公園で見回りの最中に酔っ払いをしょっぴいたろ…」
「……」
「一昨年は、確か…お前のデートに付き合わされて、挙句銃撃戦になったし…」
「……仕方ないだろうが」
「そうだケドさ…偶にはゆっくり除夜の鐘を108つまで聞いてみたいっての」
「無駄だろう」
「あん? いいだろ、希望持つくらい!」
「いや、どうせ煩悩払いきれるわけないんだから、聞くだけ無駄だって話だよ」
「………お前にだけは言われたくないぞ、この夜の帝王が!」
小さく毒づいてシートに沈み込む大下の視線の先には、アパートがひそとも音を立てずに佇んでいる。
アパートの住人はとっくに帰省しているか、或いは初詣かなにかに出かけているはずで、明かりもついていない。
こんな所にホシが戻ってくるとも思えないのだが、情報屋はそれでも絶対に、と言い張った。家族の為に働いた強盗なのだから、金を届けにくるはずだ、と。
最初のうちは大下とてあり得る話だと納得して張り込んでいたが、三日も過ぎてくると疑わしく思う気持ちが強くなる。
「……なぁ、一度署に戻った方が良くねぇ?」
「戻りたきゃ、一人で戻れよ」
「あっ! そういう言い方はねぇだろ! 三日も付き合ってる相棒に向かって!」
「煩いな、少し静かにっ……?!」
怒鳴りかけた鷹山の口を、大下が慌てて塞ぐ。細い腕が鷹山の身体を引き摺るように押し込めた。
鷹山の、下がっていく視界の端、電柱の暗がりにポツリと影を認める。
次いで大下と眼差しを交わす。
に、と細くなる大下の瞳に、鷹山が肩を竦める事で応えた。
「お年玉、取ってきてやるぜ」
張り切って出ていった大下の言葉で、鷹山は年が明けていたことを知る。
除夜の鐘など聞かなくても、充分らしくてイイ正月じゃないか、と。
互いに胸に秘めたまま。
了
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