●中絶後遺症候群(PAS)

中絶後遺症候群(PAS)とは
ある研究によって、中絶経験者のおよそ半数が、ストレスの症状がが表れ、20〜40%の人が、中程度から高程度のストレスと逃避行動を示しているとわかっています。
中絶経験者の約20%が心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断できる症状に苦しんでいることもわかっています。
PTSDにつながるストレスが中絶であるとき、このことを中絶後遺症候群(PAS)と呼んでいます。
特に10代の若者や、離別あるいは離婚した女性や、1回以上中絶歴のある女性にPASが多いとされています。
中絶をした後、多くの女性は抑圧することを対処方法として用いるので、このような抑圧された感情は、心身症や、精神病的あるいは行動面での病気を引き起こすかもしれません。
その結果、本人が気づいていない中絶後の苦悩が病気を引き起こす原因であると報告するカウンセラーもいます

中絶後遺症候群(PAS)の主な症状
PASの主な症状は、過剰反応、侵害行為、抑圧の3つに分類されます。
過剰反応の症状には、誇張した驚きの反応、苦悶発作、短気、怒りや激怒の爆発、攻撃的行動、集中障害、過剰警戒、熟睡障害や不眠、手術と似た状況にさらされた時に即座に起きる生理的な反応(脈拍が上がったり汗をかく)などがあります。
侵害行為の症状には、中絶のことや中絶した子どものことを繰り返しふいに考えたり、中絶のときの様子を一瞬、再経験するフラッシュバックや、中絶や子どもの悪夢を見たり、中絶した子どもの出産予定日や中絶した日になると強烈な悲しみを感じたりうつ状態になったりすることがあります。
抑圧は、トラウマと関係のある刺激を避けるために、感情を麻痺させたり、行動パターンを変化させることです。
抑圧には、中絶したことや中絶の重要な場面を思い出せないこと、中絶の記憶を呼び覚ますかもしれない活動や状況を避けるよう努めること、特に中絶の決定に関わった人たちとは距離をおき、人づきあいをやめること、子どもを避けること、中絶に関する思考や感情を回避したり否定しようとすること、愛情や優しさを感じる範囲を制限すること、縮小された未来感、以前は楽しくしていた活動に対する関心の減少、麻薬やアルコールの乱用、自殺願望や自殺行動、その他の自虐的傾向などがあります。


中絶体験とストレス
中絶経験者は、いくつかの理由から、中絶を【ストレス】として経験するかもしれません。
多くの女性は、恋人、夫、男友達、両親や他の人から、望まない中絶を強制されるからです。
【中絶は罪である】と認識する女性もいるかもしれません。
中絶の手術に関係した、恐怖心や不安や痛みや罪悪感は、この中絶は罪という認識と混同してしまうのです。
さらに、自分の身体に侵入する【見知らぬ人によって与えられる中絶の痛み】は、罪悪感と共に恐怖感も与える結果となります。
このようなストレスが解消されない場合中絶後遺症候群(PAS)となる場合があります。

@公にできない喪失のストレス
女性にとって、中絶は自分の身体の一部をなくしてしまう【喪失】の悲しみをもたらします。
中絶された子供の多くはその存在を公にはされない【秘密の存在】であることがほとんどでしょう。
パートナーの態度しだいでストレスの大きさが決まってきます。
パートナーや親密な関係の相手に中絶の事実を認められたり、サポートを受けたりすることがない状況では、苦悩はよりいっそう強くなると指摘されています。

A妊娠というストレス
中絶に到るような妊娠は【望まないこと】【予期せぬこと】であり、それ自体がストレスとなります。
「好きな人との子供ができた」といった喜びの後、不安や悲しみや怒りなどネガティブな感情も現われます。
ネガティブな感情とポジティブな感情の両方が存在することで、当人の中に非常に大きな葛藤が生じます。
つまり中絶の体験そのものだけではなく、それに先だつ妊娠という経験と、妊娠から中絶に到るまでの過程もまた、女性の心に非常に大きいストレスを与えているということになります。

Bパートナーとの関係に関する不安のストレス
「出来たら産もうね」「結婚しようね」と言っていた彼が妊娠を告げた途端「堕ろして欲しい」と。
よく聞く状況です。
【産む】つもりが【産めない】ことになって落胆することに。
思ってもみなかった、恐れていた妊娠と中絶という体験は、恋人関係や夫婦関係の危機をもたらすこともあれば、関係がうまくいく結果となることもあります。
今後のパートナーとの関係についての不安や信頼関係の崩壊でストレスを抱えることになります。
C自分のあり方への葛藤のストレス
最初から中絶しようと思って妊娠する人はいないでしょう。
「中絶を選択した」人の妊娠には、過ちや失敗、事故などの不測の事態が働いています。
さらに、妊娠・中絶の体験によって、性に対する考え方や欲望のありかた、自分自身の存在についても考えることになります。
妊娠・中絶の体験によって、【自分を変えること】を迫られ、「それまで通りには生きていけなくなる」いわば人生上の挫折を体験することになります。

D罪悪感のストレス
命を消すことを選択した自分自身を『犯罪者』や『加害者』のように感じたり、無事手術が終わったことの安堵を感じてしまった自分に罪悪感を感じ、ストレスとなります。
中絶した後、再び妊娠した女性は、中絶の罰として赤ん坊が奇形になるのではないか、あるいは流産するのではないかと必要以上に恐れます。
もし流産や何かほかの問題が生じれば自分に罰を与えているのに違いないと思ってしまうのです。

E赤ちゃんへの思い
何とかして失われた赤ちゃんへの償いをしようとする女性がたくさんいます。
ペットやぬいぐるみを赤ちゃんの身代わりのように扱う女性もいます。
それは彼女の母性本能に対する代償物を探す方法です。
しかし彼女が本当に欲しかったのはペットやぬいぐるみではなく赤ちゃんであるため、再び妊娠を考えるようになります。
もう一度戻ってきて欲しい、次は産んであげる…
そんな思いから再び妊娠することがよくあります。
また中絶をしてこの妊娠を終わらせるということもよくあることです。


語ることの重要性
これまで日本の中絶経験者たちは自らの体験について沈黙してきました。
ところがインターネットの普及に伴い、若い世代を中心に、自らの中絶事実を語り合い、お互いに励ましあえる癒しの場としてのサイトが増えています。
「心の痛みを聞いて欲しい、だけど両親や友達には分かってもらえない…」
そんな思いから、同じ経験をしている見知らぬ相手に対して【分かり合える存在】として交流を深めていきます。
中絶の選択に悩む人や、中絶後の罪悪感に苦しむ人に対して助けの手を差し伸べるサイトが癒しの場となっています。
お互いの体験を語り合いながら、中絶に到った状況を振り返り、分析し、自分の決断は間違ってはいないこと確認するのと同時に、過去の過ちを反省し、その教訓をこれからの人生に活かしていく。
これが自分を助ける手段になっているのです。
独りで悩まないで、誰かに聞いてもらうことはとても重要なセルフケアと言えます。