旧制第一高等学校寮歌解説

ほのぼのと

昭和16年第51回紀念祭寮歌 

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、ほのぼのと明けゆく丘に   我等立ちぬ望み抱きて
  うすき陽の時計臺(うてな)にさして   み空靑く深みたり
  きたる日の麗はしきを示して あかき日上り來れり

2、眞白く咲ける櫻の下に     我等立ちぬ憧れ抱きて
  花の色頬に映えて        若人の胸の血躍れり
  行く道の苦しみに挑むべく   共に友と契り合へり

4、斜陽浴びて橄欖の蔭を     我等さまよふまよひ抱きて
  千萬(チヨロズ)(ふみ)繙きて         先行きし人の跡を尋ねぬ
  混沌の思想に迷ひて      皆獨りさすらひ行きぬ
*「千萬」のルビのカタカナは原文のままである。他のルビは平仮名
2段3小節1音は、昭和18年寮歌集以降全ての寮歌集で、2分音符であるが、誤植と見て付点2分音符に訂正した。
譜に変更はない。MIDIは左右とも同じ演奏です。
歌詞は、前半三行は、五・七調、後半三行は変則(六・五、五・十、四・七調)である。これを六小楽節(三大楽節)にぴったりと収め、三部形式の歌曲とした。見事という他ないが、歌う者にとっては、後半、特に5・6段の「きたる日の麗しきを示して あかき日上り來れり」は、窮屈で歌いづらい。前作(同年寮歌「あさみどり眞澄みわたれる」)同様に、主メロディー ソソドドドドレミは、広くゆったりとした気分にさせてくれる。変則な歌詞に、正則の作曲(三部形式)に拘ったために無理が生じたか。現在は、まったく歌われない寮歌である。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
ほのぼのと明けゆく丘に 我等立ちぬ望み抱きて うすき陽の時計臺(うてな)にさして み空靑く深みたり きたる日の麗はしきを示して あかき日上り來れり 1番歌詞 ほのぼのと明けてゆく向ヶ丘に、我ら一高生は希望を抱いて立っている。淡い日の光が時計台に射して、空は次第に青く澄んでいった。何時の日にか自治がかっての輝きを取り戻すことを示して、東の空に真っ赤な朝日が昇ってきた。

「ほのぼのと明けゆく丘に 我等立ちぬ望み抱きて」
 戦時体制の進展で、自治がどんなに圧迫を受けようとも、諦めないで、希望を捨てぬということ。5行の「きたる日の麗はしき」を待ってじっと我慢しているのである。「立ちぬ」の「ぬ」は、完了存続の助動詞。

「うすき陽の時計臺にさして み空青く深みたり」
 「うすき陽」は、夜明けの淡い太陽の光。「時計臺」は、一高のシンボル。「太陽」は、真理を象徴し、「時計台」は、一高の伝統、自治を象徴する。

「きたる日の麗はしきを示して あかき日上り來れり」
 「きたる日」は、いつかきっと来るであろう日。自治・自由が向ヶ丘に再び戻ってくる日。「あかき日」は、朝日。
眞白く咲ける櫻の下に 我等立ちぬ憧れ抱きて 花の色頬に映えて 若人の胸の血躍れり 行く道の苦しみに挑むべく 共に友と契り合へり 2番歌詞 真白に咲いた桜の花の下に、我ら一高生は憧れを抱いて立っている。陽に輝く桜の花の色が頬に照り映えて、若い一高生の胸の血が滾っている。苦しくとも真理を求めて行こうと、友と互いに誓い合った。

「眞白く咲ける櫻の下に 我等立ちぬ憬れ抱きて」
 「眞白く」の「白」は、真理を象徴する。「憬れ」は、真理への憧れをいう。寄宿寮の周りには、駒場移転の時、先輩から贈られた130本の桜の木が植えられていた。今、中寮前にわずかに残る桜の木は八重桜である。特高教室の周りの桜、正門東裏の桜、グラウンド沿いの桜に一高時代の桜の面影を残す。時計台前、正門前の桜は、桃色の牡丹桜である。
 「櫻眞白く咲きいでて」(大正6年「櫻眞白く」1番)
 「花は櫻木人は武士」(明治23年「端艇部部歌」)
 「新入生約3百名は、同窓会および卒業生から寄付された桜135本に囲まれた三寮へ4月30日までに入寮することを指示された。」(「向陵誌」昭和11年度)

「花の色頬に映えて 若人の胸の血躍れり」
 「花の色頬に映えて」は、真理に憧れて頬は紅潮して。「花の色」は、陽に輝く桜の白い花。真理を象徴する。「若人の胸の血躍れり」は、真理追究に対する一高生の情熱をいう。

「行く道の苦しみに挑むべく 共に友と契り合へり」
 「行く道」は、真理追究の道。
綠濃き柏の蔭に 我等集ひぬ若さ秘めて 向ふ者打破るべく 若人の頬燃えたり 行く道のへだて超えんと 我等固く力(あは)せり 3番歌詞 柏葉の緑濃き向ヶ丘に、我ら一高生は、若さを発揮すべく集まった。向かってくる者を打ち破るべく、若人の頬は紅潮している。前途に横たわる障害を越えようと、我ら一高生は固く力を合せた。

「綠濃き柏の蔭に 我等集ひぬ若さ秘めて」
 「柏の蔭」は、向ヶ丘。「柏」の葉は、一高の武の象徴。若さ溌剌とした一高生が向ヶ丘に集まっているの意。「若さを秘めて」は、若さを持って。若さを発揮すべくの意と解した。

「向ふ者打破るべく 若人の頬燃えたり」
 「向ふ者」は、三高。対三高戦を踏まえる。昭和14年の対三高戦は三部連敗で危うく三高に四部全勝を許す所であったが、昭和15年は、三部優勝で雪辱がなった。「若人の頬燃えたり」は、対三高戦で一高生の意気が高揚したさまをいう。

「行く道のへだて超えんと 我等固く力協せり」
 「へだて」は、障害。以前からあった対三高戦廃止の意見、それに加えて非常時での対外試合の難しさをいう。「校友会」は解散、戦時体制下、「第一高等学校護國會」に改組された。文部省通達により対三高戦が卒然として中止されたのは、この年7月のことである。
 昭和14年8月16日 文部省、学生の対外試合を休日・土曜日午後以外
               禁止を通達。
 昭和15年12月6日 「校友会」を解散、9日、「第一高等学校護國會」誕生。
               翌年3月正式発足。
 昭和16年7月12日 文部省通達により、三高戦・インターハイ・合宿等の
               中止決まる。
斜陽浴びて橄欖の蔭を 我等さまよふまよひ抱きて 千萬(チヨロズ)(ふみ)繙きて 先行きし人の跡を尋ねぬ 混沌の思想に迷ひて 皆獨りさすらひ行きぬ 4番歌詞 夕陽を身に浴びて、我ら一高生は、迷いを抱きながら向ヶ丘をさ迷う。真理探究のために、多くの書を紐解き、先人の業績を調べた。しかし、真理は得られず、思想昏迷の世に、さ迷いながら、皆、一人、真理を求めて孤独の旅をさすらい続けた。

「斜陽浴びて橄欖の蔭を 我等さまよふまよひ抱きて」
 「斜陽」は、夕陽。衰退するものに喩えられる。「橄欖」は、一高の文の象徴で、「橄欖の蔭」は、向ヶ丘。

「千萬の巻繙きて 先行きし人の跡を尋ねぬ」
 「千萬の巻」は、多くの書物。「先行きし人」は、先人。先哲。
 「萬巻書索るも空し」(昭和12年「新墾の」序)
 「先き行きし後をたどりて」(昭和8年「風荒ぶ」夢)
 「ふみ分けぬ先哲の業績」(昭和16年「時計臺に」3番)

「混沌の思想に迷ひて 皆獨りさすらひ行きぬ」
 「混沌の思想」は、昏迷する思想。何が正義であり、何が真理であるか価値基準が多様で定まらない思想状況。「皆獨りさすらひ行きぬ」は、真理追究の道は、孤独で淋しい道である。
 「混沌の思想の巷 吾等いま何を求めん」(昭和8年「風荒ぶ」現)
 「何時の世もたゞひとりして 旅行くは運命にてある」(昭和15年「清らかに」7番)
 「行けど行けど眞理は遙か 孤身の思索もだえて」(昭和16年「あさみどり」想二節)
銀杏葉散る彌生道に 我等佇む月光浴びて きらめく星の(さゝ)やく聲に 幾千萬(いくちよろず)の黙示を聞けり 一つ星きらめくありて  迷へる胸に光を投げぬ 5番歌詞 黄葉した銀杏葉の散り敷く彌生道に、我ら一高生は、月の光を身に浴びながら佇む。きらめく星のささやきに、数えきれない程、何度も黙示を聞いた。一つの星がきらめいて、迷える一高生の胸に希望の灯をともした。

「銀杏葉散る彌生道に 我等佇む月光浴びて」
 「月光」は、闇の夜、すなわち暗い世を照らす明り。「彌生道」は、構内を東西に貫く銀杏の散策路。

「きらめく星の私やく聲に 幾千萬の黙示を聞けり」
 「きらめく星の私やく聲」は、星のまたたきを声に喩える。「黙示」は、人間の力では知り得ないようなことをさとし示すこと。
 「黙示聞けとて星屑は 梢こぼれて瞬きぬ」(明治36年「綠もぞ濃き」1番)

「一つ星きらめくありて 迷へる胸に光を投げぬ」
 「一つ星きらめく」は、第51回紀念祭を喩える。次の6番歌詞の「新しき年の誕生」のことである。「光」は、希望の灯。6番歌詞の「新しき生命」である。
新しき年めぐり來て 我等迎へぬ紀念の祭 五十一の齢を積みて 新しき生命(いのち)生れ出ぬ 若き小草の萌ゆるが如く 新しき生命生れ出でたり 6番歌詞 新しい年が廻ってきて、我ら一高生は、紀念祭の日を迎えた。寄宿寮は、開寮以来、51年を経て、今年また、新しい自治の命が誕生した。若草が芽吹くように、新しい自治の命が誕生したのだ。

「新しき年めぐり來て 我等迎へぬ紀念の祭」
 「新しき年めぐり來て」は、前の紀念祭から1年が経過しての意。

「五十一の齢を積みて 新しき生命生れ出ぬ 若き小草の萌ゆるが如く 新しき生命生れ出ぬ」
 「五十一の齢」は、明治23年3月1日、東・西二寮を開寮以来、51年経ったこと。「新しき生命」は、新しい自治の生命。自治は、1年ごとに、紀念祭の春に、新しく命が甦るとする考えである。この自治を大切に守り育てたいの意。「小草」は、草の美称。「萌ゆる」は、芽吹くこと。
あかあかと燃え立つかゞり  我等歌ひぬ祭の歌を 新しき齢を祝ひ 舊りし年かへりみつゝ 熱き血と涙もて 我等若人丘に歌へり 7番歌詞 赤々と燃え立つ篝火を囲んで、我ら一高生は、紀念祭寮歌を歌った。寄宿寮の誕生を祝い、過去の歴史を偲びながら、熱き血潮を滾らせ涙を流して、我ら若い一高生は向ヶ丘に寮歌の声を響かせた。

「あかあかと燃え立つかゞり 我等歌ひぬ祭の歌を」
 「かゞり」は、第51回紀念祭で行われた寮歌祭の篝火。「祭の歌」は、紀念祭寮歌。
 飾り物は、安倍校長の「真剣に祭をやるならやってよし、任せる」との特別の許可が下りたが、国家の要請として新体制運動が強く叫ばれ、物資の不足が日を追って厳しくなっていたので、飾り物の焼却は行わず、利用可能なものは回収するという条件が付けられた。
 
「新しき齢を祝ひ 舊りし年かへりみつゝ 熱き血と涙もて 我等若人丘に歌へり」
 「新しき齢を祝ひ」は、寄宿寮の誕生を祝い。「熱き血と涙もて」は、戦時体制下に、自治を守ろうとする熱い情熱と、自由のない世を嘆き苦悩する涙である。篝火を囲み、寮歌を歌う時、おのずと血潮湧きあがり、涙がこみ上げてくる。
 「燃えあがる篝火めぐり はふりおつ落つ涙ぬぐひて」(昭和16年「あさみどり」祭)
 「六、七節で暗い時世にも拘わらず、向陵の不滅の生命 - 自治の力を信じようとしつつ、熱き血とおのずからせきあえぬ涙とをもって、向陵の生命と自己のために、声を限りに、紀念祭の歌を歌っている。我々は、その何気ない歌声の中に切々たる生命への愛惜がこもるのを聞き逃し得ない。」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」)
 「向陵への愛情を一句一句にこめて歌い歩く。校長の白髪が見える。大篝火が赤い火の粉を散らす。歌い進んで「玉杯」に至れば感激最高潮に達して、遂に五回の連続となり、終わって半沢や中橋等と躍り狂って『あな嬉し』をやる。そこへ先輩の一人が立ち上がって、”我々先輩の傳統の精神を生かして立派な紀念祭をやってくれた。この場を去るに当たってもう一度『玉杯』をやってくれ”と熱のこもった声を出す。今度の玉杯には何か崇高な響きがあった。僕の声もともすればうるみがちだった。『玉杯』が終わると、先輩は、”有難う、有難う”を繰り返し、穂積委員長の発声で万歳を三唱し、”今度の紀念祭を無事行うことのできたのは安倍校長のおかげだ”と校長万歳をやれば、先輩は”委員長の努力に感謝しよう”と委員長万歳を三唱し、穂積の頭を下げて涙を拭う姿が焚火に照らし出され、僕も思わずこの”三位一体”の具現された美しい情景に熱い涙をこぼしたのだった。新たな向陵への愛がこぼさせた尊い涙だった。」(「向陵誌」昭和15年度ー16年2月紀念祭引用の「青春の遺書」(昭和17年文甲佐々木八郎))
                        
先輩名 説明・解釈 出典
井上司朗大先輩 之は実にのびのびと、定型に捉われず、大体は五七だが、全節五六、六七、六十、と自由奔放に思う処をうたっている。・・・全節、清らかに明るく、澄んだ青春の泉のような詩である。 「一高寮歌私観」から


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