旧制第一高等学校寮歌解説

朝日影

昭和15年第50回紀念祭寮歌 

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     あした
1、朝日影地平に搖れて     歡喜(よろこび)の朝は來れり
  新しき世紀(とき)誕生(うまれ)に      五十回(いそぢ)なる紀念祭(まつり)を迎へ
  若き身も天命(つとめ)を知りて    (あか)き血の眞理(まこと)に生きん

     ゆうべ
2、たそがれし梢をこめて     しろがねに沈黙(しヾま)はさびぬ
  静思(おも)ひては解き得ぬ謎を   思案(おも)ひつゝ淋しく獨り
  さまよへば素枯(すが)れし一と葉  音もなく永久(とこは)に散りぬ

     いかり
3、血に飢えし禍神(まがみ)の聲に    一と時の平和は散りて
  宿命(さだめ)なる干戈(いくさ)の響       正邪(よしあし)差違(けじめ)も消えぬ
  嗚呼現世(このよ)亞修羅(あしゅら)の巷     定めんは唯我等(われ)なるか
*「亞修羅」は昭和50年寮歌集で「惡修羅」に変更。

 
    なやみ
4、ひたぶるの若さに醉ひて   憧憬(あこが)れし友垣なれど
  淋しもよ時のほゝえみ     冷たくも吾を見やりつ
  別れては又見んものを    何如にせんか弱き(たま)
*「何如」は昭和50年寮歌集で「如何」に変更。

  
   わかれ
5、あひともに酒酌()みにし故に  柏蔭(かしかげ)は永久の故郷(ふるさと)
  あひよりて語りし故に     橄欖は永久の追憶(おもひで)
  いざ友よ最後(わかれ)の歌を      歌はなん前途(かどで)祝ひて
  いざ友よ最後(わかれ)(つき)を      酌みほさん永遠を誓ひて
譜に変更はない。MIDIは、1番・5番を演奏します。左右のMIDI演奏は、まったく同じ演奏である。

 久しぶりの短調(ニ短調)の曲。2拍子で、寮歌の伝統的リズムタータを配してしるため、郷愁をそそる。歌詞は、五番(わかれ)に1行追加。これに応じ、曲も最後の大楽節(8小節)をリフレインのように、若干譜を変えて繰り返す。「永遠を誓ひて」が、ミーミドラ シーシラーと「とは」の部分が高くなっている。よく間違う人がいるので、気を付けて歌おう。


語句の説明・解釈

語句 箇所 説明・解釈
朝日影地平に搖れて 歡喜(よろこび)の朝は來れり 新しき世紀(とき)誕生(うまれ)に 五十回(いそぢ)なる紀念祭(まつり)を迎へ 若き身も天命(つとめ)を知りて (あか)き血の眞理(まこと)に生きん あした
1番歌詞
東の空が明け、朝日がまばゆく、ゆらゆらと登った。向ヶ丘に喜びの朝が来た。皇紀二千六百年の新しい世紀が始まる年に、我が寄宿寮は、また記念すべき第50回紀念祭を迎えた。一高生は、自分達に課せられた世を導くという天命を心得て、燃える護国の心を持って、真理を追究して生きていかなければならない。

「朝日影地平に搖れて 歡喜の朝は來れり」
 「朝日影」は、日の出の光。「影」は、光り。

「新しき世紀の誕生に 五十回なる紀念祭を迎え」
 「新しき世紀」は、西暦のことではなく、皇紀のこと。昭和15年は紀元2600年で「新しき世紀」といった。ただし、新しき世紀は2601年か。論争のあるところである。

「若き身も天命を知りて 紅き血の眞理に生きん」
 「若き身」は、一高生。「天命」は、3番歌詞「いかり」の「嗚呼現世惡修羅の巷 定めんは唯我等なるか」とあることから、世の木鐸となって世を正しく導くこと。「紅き血」は、情熱。から紅に燃える護国の心をいう。
たそがれし梢をこめて しろがねに沈黙(しヾま)はさびぬ 静思(おも)ひては解き得ぬ謎を 思案(おも)ひつゝ淋しく獨り さまよへば素枯(すが)れし一と葉 音もなく永久(とこは)に散りぬ ゆふべ
2番歌詞
薄暗くなった銀杏の梢に白い霧がたちこめると、向ヶ丘に、静かな殺風景な夕が訪れた。いつもながら、解き得ぬ人生の奥義を思いながら、ひとり淋しく弥生道を逍遥していると、銀杏の枯葉が一葉、枝から離れて音もなく落ちた。

「たそがれし梢をこめて しろがねに沈黙はさびぬ」
 「たそがれし」の「し」は、回想の助動詞「き」の連体形。先ほどまで陽に照り映えていた銀杏の梢が黄昏とともに暗くなっての意であろう。 「しろがね」は、白い霧。「さびぬ」は「寂びぬ」で、殺風景となった。「ぬ」は、完了存続の助動詞。夕陽に華麗に照り映えていた弥生道の銀杏の黄が、立ち込めた夕霧に消えて、辺り一面が白一色で、何も見えない、静かな情景を描く。華麗な黄から殺風景な白の景色へと変わった。
 「銀杏も散りぬ彌生道 獨り静かに逍遥へば 霧しのび寄る秋の暮」(昭和14年寮歌「光ほのかに」3番)
 「白々と夜霧流るゝ 銀杏道迷ひも果てず」(昭和16年寮歌「あさみどり」想)

「静思ひては解き得ぬ謎を 思索ひつゝ淋しく獨り」
 「解き得ぬ謎」は、真理。人生の奥義。「眞理求め丘に上りて」(昭和9年「綠なす」5番)、「萬巻書索るも空し 永久の昏迷抱きて 向陵を去る」(昭和12年「新墾の」序)と、幾多の先人が追究した眞理のこと。殊に、戦雲急を告げる太平洋戦争直前の若者には、理想と現実の矛盾を、ただ運命としか受け入れるしか術なく、真理を追求すればするほど、悩みは大きく深刻なものとなっていった。平和に安穏と生きる我々の時代の想像をはるかに越えるものであろう。それは、また、大正時代の「青春の淡き愁い」とも異なる。真理の追究は、本来、「淋しく強く」(大正2年「ありとも分かぬ」3番)、「何時の世もたゞひとりして」(昭和15年「清らかに」7番)旅行かねばならぬ厳しいものである。
 「淡き愁のいざなひに 解き得ぬ秘密ありとしも」(大正2年「ありとも分かぬ」2番)

「さまよへば素枯れし一と葉 音もなく永久に散りぬ」
 「素枯れし一と葉」は、木の枝にかろうじすがりついている、今にも散りそうな枯れ葉のこと。「すがれし」は、盛りが過ぎた、衰えたの意。「永久に」は、枝から離れて永遠に。「素枯れし一と葉 音もなく散りぬ」は、本郷から駒場移転時の一高校長森巻吉前校長の死を踏まえると解す。「モリケン」の愛称で親しまれ、一高校長中、その任期が最も長かった森巻吉前校長は、昭和12年4月22日、病気を理由に退職し、昭和14年7月12日に死去した。時の橋田校長は一高生には「親近感の薄い校長であった。」(「一高自治寮60年史」) 彌生道を散策中、散りゆく一葉の枯れ葉に、もののあわれを感じ、入学時の校長であった森前校長の死を重ね併せたことは想像に難くない。森前校長を慕う一高生は多く、退職時、全校生徒署名の色紙を貼った屏風を記念品として贈った。
血に飢えし禍神(まがみ)の聲に 一と時の平和は散りて 宿命(さだめ)なる干戈(いくさ)の響 正邪(よしあし)差違(けじめ)も消えぬ 嗚呼現世(このよ)亞修羅(あしゅら)の巷 定めんは唯我等(われ)なるか いかり
3番歌詞
血に飢えた狼の声に、第一次大戦後の束の間の平和は終って、ヨーロッパで、人類の宿命である戦争、第二次世界大戦が勃発した。嗚呼、この世は、阿修羅の如き様相を呈し、善と悪とのけじめもつかなくなった。けじめをつけるのは、真理に生きる我等一高生だけであろうか。我等をおいてほかにない。

「血に飢えし禍神の聲に 一と時の平和は散りて 宿命なる干戈の響」
 第2次世界大戦の勃発を言う。「禍神」は、真神、オオカミのことだが、人間に不幸・災難を起す「禍つひ」の意も兼ね「禍神」の字を用いた。ドイツの総統ヒットラーやソ連の指導者スターリンを喩えたものであろう。ちなみに、一高寮歌解説書は「禍神」を「戦いの惨禍をもたらす阿修羅が血に飢えた狼に喩えられている」と解説する。「干戈」は、たてとほこ。転じていくさ。「一と時」は、後世、政治学で言うところの「両大戦間の平和」。「宿命なる」は、戦争は人類の宿命であるの意。
 「(まがみ)友よぶ聲たかし あゝ蕭條か凄愴か 禍神(まがつみ)何の嫉妬ぞや」(明治43年寮歌「青鸞精を」4番)
 「紫に血潮流れて ふたすぢの劔と劔 運命とはかくもいたまし」(昭和17年6月「運るもの」3番)
 「干戈一度戢りて 平和よ暫し春の夢」(大正9年「端艇部應援歌}2番)
昭和14年8月23日 独ソ不可侵条約。
9月 1日 独軍、ポーランド侵攻。
3日 英仏、対独宣戦。第二次世界大戦勃発。
17日 ソ連軍、ポーランドに侵攻。
11月30日 ソ連軍、フィンランドに侵攻。
12月14日 国際連盟、ソ連を除名処分。

「正邪の差違も消えぬ 嗚呼現世亞修羅の巷 定めんは唯我等なるか」
 「正邪の差違も消えぬ」は、昭和14年8月23日に締結された独ソ不可侵条約を踏まえる。この条約には付属秘密議定書があり、ポーランド、フィンランド、バルト三国の領土的・政治的変更の場合、独ソ間で利益範囲を分割することを決めていた。ヒットラーは反ソ・反共の立場を堅持しつつ対外侵略活動を行なっていると見られていたため、独ソ間の不可侵条約は、反ファシズム運動をはじめ世界に衝撃を与えた。日本の時の宰相平沼騏一郎は、「欧州情勢は複雑怪奇」との声明を発し、8月28日総辞職した。大戦勃発と同時に、ポーランドはドイツとソ連に分割占領され、11月30日、ソ連はフィンランドに侵入、翌年8月、バルト三国を併合した。ちなみに、ソ連はフィンランド侵入直後の12月14日、国際連盟から除名された。北欧四国は、昭和13年7月24日、ベネルクス三国と共に中立宣言していた。ドイツ軍は、昭和15年4月9日にはデンマークとノルウェーにも侵攻、同5月にはベルギーを降伏させた
 「亞修羅」は阿修羅、古代インドの神の一族で、後に帝釈天など天上の神々に戦を挑む悪神とされる。仏教では天竜八部衆の一として仏法の守護神とされる一方、六道の一つとして人間以下の存在とされる。絶えず闘争を好み、地下や海底に住むと言う。仏像としては、興福寺の阿修羅像が有名である。「亞修羅」は、昭和50年寮歌集で、悪修羅に変更された。恐らく作詞者は、亞細亞の亞と欧羅巴の羅を意識して亞修羅の字を用いたのではなかろうか。戦争寸前の日本と英米の深刻な対立関係を仏法の守護神でもある阿修羅になんとか修復してほしいとの、作詞者のメッセージを亞修羅の字に読み取ることが出来る。「定めんは唯我等なるか」の「我等」は、一高生。国を思ひ悲憤慷慨し、昂揚する一高生の意気をいう。
 「我等求道に懈怠して 誰が新世を導かむ」(昭和12年「春尚浅き」2番)
 「我おきて我をしおきて 流轉の世導くなけん」(昭和12年「武蔵野の」3番)

 「戦争に対するふかいレジスタンスは、第三節の『いかり』の章をよむと、じっくりと胸に伝わってくる。」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」)
ひたぶるの若さに醉ひて 憧憬(あこが)れし友垣なれど 淋しもよ時のほゝえみ 冷たくも吾を見やりつ 別れては又見んものを 何如にせんか弱き(たま) なやみ
4番歌詞
向ヶ丘で、友と、ただただ熱い血潮を滾らせて、もっと友情を交わしたいと思っているのに、年月は、人の気持ちを無視して、冷酷に時を刻んで過ぎて行った。友と別れても、また会うこともあるものを、もう会えないのではないかと悲しみに沈んでゆく自分の心はどうしようもない。

「ひたぶるの若さに醉ひて 憧憬れし友垣なれど」
 「ひたぶる」は、一途。「若さに醉ひて」は、熱い血潮を滾らせて。「憧憬れし」は、友垣を結んでいたいと願った。友と一緒にいたいと思った。

「淋しもよ時のほゝえみ 冷たくも吾を見やりつ」
 「時のほゝえみ」は、時を刻むこと。時が過ぎてゆくこと。「冷たくも吾を見やりつ」は、友と一緒にいたいという自分の気持ちを無視して冷たくの意。

「別れては又見んものを 何如にせんか弱き魂は」
 「弱き魂」は、再び会うことがかなわないと悲観し悲しみに沈んでゆく心。「何如に」は、昭和50年寮歌集で「如何に」に変更された。
 「いま別れてはいつか見む この世の旅は長けれど 橄欖の花散る下に 再び語ることやある」(明治44年「光まばゆき」4番)
 「さらばいざ別離れむ、されど 再會ふ事の易からめやは」(昭和14年「仄燃ゆる」6番)
あひともに酒酌()みにし故に 柏蔭(かしかげ)は永久の故郷(ふるさと) あひよりて語りし故に 橄欖は永久の追憶(おもひで) いざ友よ最後(わかれ)の歌を 歌はなん前途(かどで)祝ひて いざ友よ最後(わかれ)(つき)を  酌みほさん永遠を誓ひて わかれ
5番歌詞
喜びにつけ、また悲しみにつけ、柏の木蔭で酒を酌み交したが故に、向ヶ丘は永遠の心の故郷である。橄欖の木蔭にあい寄って友と理想を語り合ったが故に、向ヶ丘は永遠の思い出の地である。さあ、友よ旅立ちを祝って別れの寮歌を歌おう。さあ、永遠の友情を誓って、別れの杯を酌み乾そう。

「あひともに酒酌みにし故に 柏蔭は永久の故郷 あひよりて語りし故に 橄欖は永久の追憶」
 「酒酌みにし故に」は、試合に勝っては喜びに、負けては励まして、すなわち悲喜こもごもの機会に柏の木蔭で酒を酌み交したが故に。「柏蔭」は、柏の木陰。一高生が三年の間、旅寝する場所。向ヶ丘、寄宿寮のこと。柏の「柏葉」は、一高の武の象徴。「橄欖」は、一高の文の象徴。その下で、友と理想を語り合った。

「いざ友よ最後の歌を 歌はなむ前途祝ひて いざ友よ最後の盃を 酌みほさん永遠を誓ひて」
 「最後の歌」「最後の盃」は、向ヶ丘および友との別れの歌、別れの盃。「前途」は、卒業して旅立つ世間での活躍。「永遠を誓ひて」は、永遠の友情を誓って。
 「日本に対する絶望は、第五節で、向陵を永遠の心の故郷として胸に抱きつゝ、『いざ友よ最後の歌を』『いざ友よ最後の盃を』と、まるで、五十回の紀念祭を、葬送曲の如くうたっている点にも滲んでいる。」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」)
 「『わかれ』と題された第五節は、対句的表現とルフレインとの巧妙な組合せにより、見事な終結(フィナーレ)を奏でている。」(一高同窓会「一高寮歌解説書」)
                        

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