失敗山日記 T−1
初めてのビバーク、熊  in 奥多摩 天祖山 (99116) 
 ―― 山で非論理的になるのは私だけ? (ブドウ糖の不足が原因?)
 by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
その2

 声の大きさから大型獣のそれと思われます。勿論キジなどの鳥類ではありませんが、カモシカでもありません。猪ならもっと豚のような声でしょう。今まで山で獣に威嚇されたうちでは最も野太く、大きな声で、熊の可能性が大です。
 しかし疲れで神経が鈍くなっていたのでしょうか。臆病者の私なのに、あまり怖くもありません。昼過ぎに水松山の分岐近くで真新しい熊の足跡らしき物二つを見ていたので、山に熊は付き物と、心の準備ができていたのかもしれません。
 それに日が暮れる前に下山することのほうが第一義だったのです。さっさと数歩戻り、先程見当をつけた方向へ尾根から降りていきました。

 急に暗さが増してきました。この踏み跡でいいのかと疑念をいだきつつ歩いていると、先ほどの尾根の方向から人声が聞こえました。子供の声が交じっていたようです。
 自然に歩が緩みましたが、近づいて来る気配がありません。しばらく立ち止まった後、他に正しい道があるのかも知れぬと思ったのか、声の主の行方が心配だったのか、兎に角Uターンしました。山ではつい他人のことが気になって失敗するのが、私の悪いクセなのに。

 例の吼え声を聞いた尾根に戻り、たたずんだ頃から思考が尋常ではなくなっていったようです。天祖山頂以後の分かりにくい路で、脳に必要なブドウ糖もほぼ使い果たしていたのでしょうか。
 これから記す、尾根に戻ってからの私の行動は順序が一部前後しているかも知れません。記憶が断片的なのです。


 新たな人声が左の谷の方向でしたのでしょうか、さっき降りていった方向とは反対側の谷に沿った、わずかな踏み跡のようなものを目で追っている私がいます。しかしすぐに急な斜面で途切れているようで、そちらに進む様子はありません。
 またこの薄暗さでは、先程下っていったアヤフヤな路を進む気もなくなったのでしょう。それに時間のことも考えたのでしょう。ビバークするなら真っ暗になる前に準備すべきと、結局ビバークと決めました。

 すぐにビバーク場所を探します。幸い数歩高みに畳1畳ほどの平らな場所を見つけ、ひとまずリュックを運びました。
 そこから見ると、先程たたずんでいた登山道に、山での目印によく使われる赤いテープが落ちているのが見えます。このあたりから、私が山でよく経験する、非論理的な思い込みが始まります。ここにつけてあった目印が間違っていたので、誰かがむしり取って捨てたのだと。
 とうとう先程下っていった路も、間違った踏み跡に決めつけてしまったようです。幻聴かも知れない声の主の所在を気にかけつつ、下山路を見つけられずにビバークする私になってしまったようです。

 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。