where is the dusk
・・・this is not a nightmare but reality・・・




 眠りと覚醒の境界はどこにあるのだろう。
完全に眠りに落ちる瞬間を、見極めることは出来るのだろうか・・・。


 北イシリアンとアノーリエンの境で、ファラミアの部隊は既知の間柄のロヒアリムと出合った。
「エオメル殿ではないか!」
相手の名を呼ぶと、体中に返り血を浴びて髪を乱したマークの軍団長は、どこか呆然とした顔でかれの顔を見た。剣を提げた腕から血が流れている。
「ファラミア殿・・・」
そう呟いたエオメルの周りには、オークの死骸がいくつか転がっていた。

「お一人ですか」
ファラミアが問うと相手は頷いた。
「オークを追いかけてつい、ここまで来てしまったのです。部下たちはみな国境側に引き上げましたが、わたしは落馬して馬を失ってしまいました」
「怪我をされてますね。手当てしましょう」
ファラミアがそう言うと、エオメルは出血のある腕を見て「いや、かすり傷ですから」と首を振った。
ゴンドールの大将はあたりを見回しながら尋ねた。
「今は敵の気配はない・・・が、やがて日が暮れます。我々は馬を連れていないのであなたに貸し与えることは出来ない。ここから、ローハンまではかなり距離がありますが、エオメル殿はどうなさるおつもりなのか」

「わたしは徒歩で帰ります」
エオメルの答えにファラミアは眉をひそめた。
「夜の闇の中をですか?危険だ」
「仕方ありません」
そう言うロヒアリムを見やって、かれは首を振った。
「駄目ですよ。このあたりでは頻繁にナズグルが姿を現すんです。エオメル殿、近くに我々の隠れ家がありますから、今夜はそこに泊まって明日出立することになさい」
ファラミアの提案にエオメルが「わかりました」と答える。
「ただし、我らが友邦と言えどもそこに至る道中は目隠しをしていただかねばなりません」
ファラミアは布を取り出すとエオメルに差し出した。

 ロヒアリムを伴ったイシリアンの野伏たちは、無言で夕暮れの森の中を進んでいった。
やがてエオメルは滝の音と水の匂いに気づいた。
それはだんだん間近になってきた。かれは濡れて滑りやすい岩の上を、ファラミアに肩を抱かれて支えられながら通った。
「もういいですよ」
そう言われて布をはずすと、目の前に七色に煌く宝石のような水のしぶきが見えた。
「これは素晴らしい・・・」
エオメルが感嘆の声をあげる。
「ヘンネス・アンヌーン、夕陽の窓です。上から流れ落ちる水が薄いヴェールとなって、夕映えを透かし見ることが出来ます」
じっと光景に見入っているエオメルの背中を押しながら、「さあ、中へどうぞ」とファラミアはロヒアリムを岩屋の隠れ家へと招き入れた。

 岩屋の中は広くない。
だがローハンの騎士軍団長を自分の部下と雑魚寝させるわけにはいかないと考えたファラミアは、一番奥まった場所にある自分の寝所へ案内した。
岩の上には毛皮が敷いてあった。
エオメルは遠慮せずに中に入ると、毛皮の上にどさりと座った。
そして疲れきった顔でファラミアを見上げた。
「大丈夫ですか?」
「ええ・・・何か、頭がぼうっとして」
「食事を持ってきましょうか」
「いえ、休みたい」
そう言うとエオメルは軍装も解かずにそのまま横になった。
「どうぞごゆっくり」
ファラミアは目を閉じた軍団長の身体にそっと布を掛けると、その場から立ち去った。

 深夜、夜間警備から帰ったファラミアは小さな燭台の明かりだけを携えて寝所に戻ってきた。
見ると、エオメルは先刻の姿のままで横になっている。
燭台を床に置いてファラミアは相手の肩に手をかけた。
「マントと鎧を外しますよ」
身体を抱きかかえられるようにして鎧を脱がされたエオメルは、微かに目を開けると「ボロミア・・・?」と呟いた。
「違います」弟君はそっけなく言って、ロヒアリムに毛布をかけた。
「ああ。ファラミア殿・・・ボロミア殿かと思った。もう夜が明けましたか?」
「まだです。もう少し眠っていてください。それとも、なにか食べますか」
かれがそう聞くと、エオメルは「腹は減っていません」と答えた。
「なら、明かりを消しますよ」
ファラミアはそう言ってロウソクの炎を吹き消した。

 眠りはなかなか訪れてこなかった。
暗闇のなかで隣のロヒアリムの息づかいを感じながら、ファラミアは物思いに耽っていた。
−−エオメル殿はわたしを兄と間違えた。わたしは兄に似ているのだろうか?自分ではあまりそう思ったことがないのだが。父上は、おまえたちは似ていないとよく言われるし・・・。
かれは瞼をきつく閉じて、ため息をついた。
−−兄は、遠い裂け谷に旅立った・・・重大な使命を負って。だが、わたしはかれを行かせたくなかった・・・。

「ファラミア殿」
ふいに、エオメルがためらいがちにかれの名を呼んだ。
「まだ起きておられるのか・・・?」
「ええ。起きてますよ」
ファラミアがそう答えると、暗闇の中でエオメルが身じろぎした。
そして、しばらくしてから「ローハンにはゴンドールの助力が必要なんです」と言った。

「無理です」
ゴンドーリアンは即答した。するとエオメルが身体をおこす気配がした。
「アイゼンガルド周辺で不穏な動きが繰り返されているんです。オークどもの戦闘能力が飛躍的に上がっていて、我が国は酷い打撃を受けています。少しでもゴンドールの助けがあれば」
「そんな余裕はありません」
取りつく島もない相手に対して、エオメルは語気を強めた。
「アイゼンガルドにはサルマンがいる。あの魔法使いにオルサンクの塔の管理を任せたのはあなた方ではないですか。わたしはサルマンを疑っているのです」
「だからわたしにどうしろと?」
「デネソール候にお願いしていただきたい。オルサンクの支配権をサルマンから取り上げるようにと。そしてアイゼンガルドを制圧するに足る軍隊を出して欲しいのです」
「父は、そんな瑣末なことに興味を持たないでしょう」
「我々にとっては重要なことです!」

 ファラミアは闇を透かし見ながら相手に顔を向けて言った。
「ゴンドールの兵士はみな、防人となってモルドールの侵略から中つ国すべてを守っているんだ。あなたの国は我が国が防波堤となっているからこそ、黒い塔の脅威に晒されずに済んでいるんです。我々にこれ以上の負担を強いるおつもりですか?」
「わかっています」とエオメルは苦しげに言った。
「ですが、ボロミア殿は約束してくださいました・・・そのことを必ずデネソール候に伝えると。ですが、あの方がゴンドールに戻られるのは何ヶ月も先のことになるでしょう。だから今お願いしているんです」
「ボロミアならね。確かに、兄なら父を動かすことが出来るでしょう。だがわたしには無理だ」
「何故です?」
「わたしは父から役に立たぬ奴と見下げられている男です。父はわたしの言葉など聞きませんから、とてもお役には立ちません」
執政家の内情について何も知らないエオメルは、ファラミアの言葉に息を呑んだ。

 二人はそのまま黙り込んだ。気詰まりな沈黙が続く。
やがてエオメルが口を開いた。
「ボロミア殿は、この夏にマークを訪れました。これから裂け谷に向かうのだと言って。わたしたちはかれに新しい馬を貸し与えました。困難な道を一人で進むのだという決意を秘めておられた・・・」
ファラミアの脳裏に、ボロミアが出立した日の光景がよみがえった。
かれの兄はオスギリアスの尖塔に翻る白旗をじっと見つめていた。
「・・・兄は使命を全うするでしょう。父の期待通りに」
−−だがボロミアは万能ではない。父も、民もかれを信じて過大な重荷を背負わせた。そしてついに、遠い裂け谷にまで行かせることになったのだ・・・。

 それぞれの思いに沈んだロヒアリムとゴンドーリアンは、それ以上言葉を交わすことなく岩屋に横たわっていた。
やがて、ようやく眠りに引き込まれたファラミアは、意識を失う寸前に「ゴンドールは我が国唯一の友邦です。わたしたちはあなたがたを信じているのです」と呟くエオメルの声を聞いた気がした。

 翌朝、ファラミアが目を覚ますとかたわらから切迫した呼吸音が聞こえていた。
「どうなさったのですか?」
燭台に火をともして相手を見ると、エオメルが酷く苦しそうにぜえぜえと息を吐いている。
「ひどい熱だ」
ロヒアリムの額に手を当ててかれは呟いた。
汲んできた水に布を浸して、汗に塗れた顔をぬぐう。
全身をあらためると、昨日エオメルがかすり傷だからといって手当てをしなかった腕の傷部分が、赤黒く変色していた。
「オークの毒矢を受けたんですね。一応、薬草はあるが−−数日は熱が続きますよ」
患部に薬を塗りこめていると、エオメルが「すみません・・・」とか細い声で言った。
「昨夜から発熱していたんじゃないですか?我慢していらしたのか」
声は穏やかだったが、ファラミアは内心、心配するよりもエオメルの遠慮を苛立たしく思った。

 その時、どこからか鋭い悲鳴が聞こえてきた。
岩屋の入り口が騒がしくなったと思うと、野伏の一人がファラミアの元に駆け込んできた。
「大将殿ッ!ナズグルです!」
ファラミアの顔色が変わる。
「馬鹿な、こんなところにまで・・・!」
かれはそう言うなり剣をつかんで立ち上がった。
「わ、わたしも」
思わず身体を起こそうとしたエオメルを、執政家の次男は「足手まといだ!」と一喝して出て行った。

 剣を交わす金属音、敵の不気味な咆哮、誰かの悲痛な悲鳴−−そういった物音が、熱に浮かされたエオメルの耳にきれぎれに聞こえていた。
ロヒアリムはなすすべもなく、横たわって待っていた。
午後遅くになってようやくファラミアが帰ってきたのでエオメルはほっとした。
弟君の身体から血の匂いがしていた。
「この隠れ家のことは気づかれなかったようだが・・・数名の犠牲者がでました」
ファラミアが疲れた声で呟いた。
「オークならともかく、ナズグルを倒す方法などない。我々のやっていることは無駄な消耗戦だ。だが、何もせずミナス・ティリスで震えているわけにはいかない」
かれは深いため息を吐いた。

 そして「でも、ボロミアならもっとうまくやれるはずだと思っておられるのでしょう、エオメル殿!」と皮肉な口調でロヒアリムを見据えて言った。
エオメルは答えようがなく、黙っていた。
すぐにファラミアは顔を背けてその場から出て行った。
弟君は自分に嫌気がさしたのである。

 夜が更けたころ、酒壜を持ってファラミアが寝所に戻ってきた。
「どうぞ」と言ってエオメルにもすすめる。
ロヒアリムは熱のせいで食欲がなかったのだが、強い酒を飲み下すと胃が燃えるような心地がした。
酒を飲み始めたファラミアは、妙にねつい口調でエオメルにからんだ。
「アイゼンガルドごときに手こずって、制圧する程度の国力もないとは、青年王エオルの栄誉も地に落ちたものですな」
手厳しい指摘に、エオメルは返す言葉がなかった。

 執政家の弟君はいつもごく穏やかで物静かな人柄だと認識していたのに−−とロヒアリムは戸惑った。
しかしながら、かつて何度か顔を合わせ言葉を交わしたときにも、ファラミアの澄んだ青い瞳に心からの笑みが浮かんでいたことがあったろうか・・・とエオメルは思った。
「オスギリアスも、ミナス・ティリスでさえ危うくしかねないわたしです。とてもあなた方の役には立ちません。サルマンのことは、そちらで何とかしていただきたい」
酒を呷りながらファラミアが冷たく言う。
エオメルは思わず「でもボロミア殿が・・・」と口にした。
それを聞いた弟君はかっとした。
「兄は裂け谷に行ったんだ!かれは当分戻ってこない。兄ならあなたの期待に応えることも出来るだろうが、わたしは違う」
ファラミアは空になった酒壜を放り出すとエオメルを見下ろした。
「わたしは・・・そうだな、例えば怪我人にこんなことが出来る人間なんですよ」
ひどく低い、昏い声でかれは言った。そして灯りを吹き消した。

 暗闇の中でファラミアはエオメルに手を伸ばして、相手の上着をまくり上げた。
「ファラミア殿・・・」
困惑した声でエオメルが言う。
説明できない怒りに突き動かされて、ファラミアはロヒアリムの身体に馬乗りになった。
エオメルの抵抗は弱々しかった。
執政家の弟君は無言でかれの衣服を引き剥がし、自らも服を脱ぎ捨てた。
嫌がる体を押さえて足を開かせる。
膝を押し上げて性急に受け入れる体勢をとらせると、エオメルはもがいた。
「ファ、ファラミア殿、止めてください」
相手の言葉にかまわず、かれは昂ぶったものをロヒアリムの秘所に押し当てた。

「いやですッ」
ほぐれていない部分に愛撫なしで挿入するのはファラミアにとっても苦痛だったが、かまわず侵入を開始する。
「あ、ぐ・・・ッ!」
エオメルが苦痛に呻く。
強引にねじ込んでいくと、互いの肉と肉がこすれて引き攣りあった。
「う・・・」
唇を噛み締めながらファラミアは身体を進め、根元まで埋めた。
「痛い・・・!」
すがるようにかれの腕をつかんでエオメルが首を左右に振った。
「いやだ、こんなこと・・・」
「べつに殺すわけじゃない。少しのあいだ我慢してればいいことです」
ファラミアは冷徹な口調で告げるとゆっくり身体を動かした。
「あっ・・・うっ」
かれの動きに合わせてエオメルが息を吐く。
きつく締めつけてくる感触に顔をゆがめながら、閉ざされた闇の中でファラミアはロヒアリムを貪った。

 後腔を犯しつつエオメルの性器を撫でさすると、相手のものはすぐにかれの手のなかで大きさを増した。
そしてファラミアは、このロヒアリムがまんざら経験が無いわけでもないことに気づいた。
エオメルの内壁は、刺激に蠢き、うねりながらかれのペニスを奥へと誘っている。
ぐい、と突きたてると「あッ」と喘いで仰け反るさまに、「悪くないですね」とファラミアは囁いた。
「あなたはこうされて快感を感じる術をご存知のようだ・・・なら遠慮しませんよ」
そう言うと、かれは激しく打ち込み始めた。
「・・・くッ、あ、あぁッ!」
エオメルは疼痛に悲鳴を上げた。
だが、その声はやがて悦楽のよがり声に変わった。
闇の中で絡み合い、容赦なく責められるうちに更に熱が上がって、意識が朦朧としてくる。
年若いマークの軍団長は執政家の次男の腕の中で、騎士の誇りを投げ捨てて喘ぎながらのたうった。

「いいんですか・・・?」
かれが耳元で囁くと、エオメルはうなづいた。
そして相手の背中に爪を立てながら「あぁ・・・セオドレド・・・!」と叫んだのだった。
「なるほど、セオドレドさまのお仕込みですか」
ファラミアは目を細めて呟いた。
「だが、わたしはファラミアです。あなたの従兄ではありません」
「んぁッ、あっ、ああ!」
かれはエオメルの足を肩に担ぎ上げて挿入の角度を変え、そのペニスを愛撫しながらさらに激しく打ち込んだ。

「わたしの名を呼んでくれたまえ、軍団長殿」
「あッ、ひいッ、あぁ・・・」
相手の声が聞こえているのかいないのか、ロヒアリムの喘ぎは啜り泣きに変わっている。
「ファラミアだ。さあ!」
「ファ・・・あぁっ・・・は・・・」
突き上げる律動の高まりに堪えかねて、エオメルはいやいやと首を振りながら涙を振りこぼしていた。
「−−呼んでください。お願いだから」
ファラミアがふいに、すがるように言った。
するとエオメルの瞳が闇の中で見開かれ、腕がファラミアの首にからんだ。
「ああぁーーーッ、ファラミア・・・!」
ロヒアリムは悲鳴のような声あげながらゴンドーリアンの白い手の中に白濁を迸らせ、ファラミア自身も呻きながら、エオメルの最奥に向けて放出した。

 暗い岩屋の中で熱い息が籠り、声が反響した。
夕刻、歩哨の任務をすませて帰ってくるなりファラミアは寝所に向ってそのまま閉じこもるようになった。
そして翌朝まで出てこないのだった。

 かれは連日、エオメルの熱に浮かされた身体にのしかかっては責め苛んでいた。
引締まったロヒアリムの肌を撫で上げ、口づけていくつもの跡を残す。
そして大きく開かせた足のあいだに身体を重ね、熱くぬめる部分を性器で貫くと、相手は「あう・・・っ」と声をあげて受け入れた。
エオメルのペニスも勃ちあがってびくびく震えていた。
「わたしを待っていたんでしょう?こうされたくて、堪らなかったですか・・・?」
ファラミアの淫らな囁きに、エオメルは自分から腰を動かして応えた。
猛々しい欲望のままに肉を叩きつけて抉りあげる。
容赦ない責めに、エオメルが悲鳴と嬌声の入り混じった声をあげる。

 岩屋に響き渡るその声が、ファラミアの部下たちに聞こえないはずも無かったが、大将のすることに文句をつける者はいなかった。
誰もが同じように疲弊して、ファラミアが肉欲に溺れる心情を理解していたからかもしれない。

 執政家の次男は、ローハンの騎士軍団長が現と快楽の境をさ迷う様を見ながら、子供のころいつも眠りに落ちる瞬間を見極めたいと思っていたことを思い出していた。
幼いかれは、睡眠と覚醒の境界がどこにあるのかを知りたかった。
だが、いつも気づいたら眠ってしまっていて、一向に境界を知ることは出来なかったが。
−−おそらく、わたしは眠りを恐れていたのだ。恐ろしい悪夢に襲われたとき、すぐに現実に戻れる術を知っておきたかったのだろう。
オーク、ナズグル、サウロン・・・悪鬼と幽鬼、そして冥王を相手に戦わねばならぬ現実は、醒めない悪夢の中にいるようだった。
モルドールの脅威が増してからというもの、日常は子供のころ夢に見た悪夢と化した。
この瘴気渦巻く日々が現実なのだとは、未だに信じられない気がする。
ミナス・ティリスの白い都で過ごした少年の日々には、こんな日が来ることを想像もしなかった。
兄と共にエクセリオンの壮麗な塔を見上げて、輝く未来を信じていたというのに。

「エオメル殿・・・あなたの中に入っているわたしを感じますか?あなたには、これが現実か夢なのか分かっていますか・・・?」
ファラミアに突き動かされながら、エオメルは大きな瞳を潤ませてかれを見つめた。
「ねえ軍団長殿、わたしの中で何かが告げるんです。ボロミアはもう二度と帰ってこないと」
弟君の青い瞳に涙が溢れて、白い貌をしずくが伝った。
「・・・もし、兄がいなくなったら明日は要らない。そう思っているというのに、それでもわたしは死ぬことが恐ろしい・・・」
そう呟くファラミアの頬にエオメルの日に焼けた指がそっと触れて、かれの涙をぬぐった。
繋がった部分が相手の熱いぬくもりを伝えてくる。
ゴンドーリアンは両手をエオメルの肩にまわすときつく抱きしめた。

 その日、行為が終わるとエオメルはおずおずとファラミアの手を握ってきた。
そして「マークに帰りたい・・・」と言った。
「セオドレドさまに会いたいんですね?」
ファラミアがそう問いかけると、エオメルは困った顔をして口をつぐんだ。
「わかりました、エドラスに伝令を出しましょう」
正直、かれはこのロヒアリムを手放すのが惜しい気がした。
だがいずれ完全に怪我から回復すれば、誇り高いローハンの騎士は自らの意思で駆け去ってしまうだろう。
「返してあげます。あなたの場所へ・・・」
そう言ってファラミアはエオメルに口づけた。
舌を差し入れると、相手もそれに応えて舌を絡ませてきた。
「ああ・・・ファラミア・・・」
唇をはずした時に呟いたエオメルの声には、熱のせいではない熱さが込められていた。


 エオメルを国境沿いまで送っていくと、ローハンの緑の旗を靡かせたいくつもの騎影が見えた。
その先頭にいるのは、ファラミアとも面識のある世継ぎの王子の姿だった。
−−セオドレド殿下自らお出ましか・・・。
ファラミアの部隊を認めたセオドレドが馬を駆けさせてきた。
「エオメル!無事でよかった・・・!」
ローハンの王子は馬から降りると、顔を高潮させて叫んだ。
「きみの馬だけが帰ってきて心配したぞ。ああ、ファラミア世話になったね。感謝する」
かれはセオドレドに向って口元だけで微笑んで見せた。

 そしてエオメルの顔には心からの安堵の表情が浮かんでいた。軍団長は、その従兄の腕の中に大事そうに抱え寄せられると、ほっとしたため息をついた。
その様子をファラミアの青い瞳が見つめていた。
「殿下、ヘンネス・アンヌーンの滝を見ました・・・とても美しかった」
セオドレドは従弟の長い金髪に触れながら笑みを浮かべた。
「そうか。わたしも以前、ボロミアに連れて行ってもらったことがあるよ。またいずれ、わたしたち四人で訪れたいものだね」
王子はそういってファラミアを見た。
弟君は微妙に視線をはずして答えた。
「そんな機会がくるのでしょうか。わたしと兄とあなたとエオメル殿、次に会ったときにはこの中の何人が無事に生きていられるでしょうね」
それを聞いたセオドレドが顔をしかめる。
「やめたまえ。ファラミア、きみらしくも無い・・・言葉には力がある。不吉なことを言うのは良くない」
「そうですね」
ファラミアは王子に頷くと、空を見上げた。

 暗い雲が速い速度でかれらの頭上を流れていた。



20041226up