scene*9
セオドレドとエオメルが遠乗りから戻ったのは、もう夕方に近い頃だった。
薄暗い厩舎の中で馬をつないでいると王子の背中にごつんと何かが触れた。
「エオメル?」
触れたのは従弟のおでこだった。
エオメルがセオドレドに後ろから抱きついて額を押しつけているのだ。そのままぐりぐり擦りつける。従弟が子供のときからよくやる甘えた仕草だった。
「どうした」
セオドレドが問いかけるとエオメルは「平気なのか」と言った。「おれがいなくなってもセオドレドは寂しくないのか」
幼い頃に両親を失い、長らく伯父セオデン王の下で養育されてきたエオムンドの息子エオメルは、亡き父の所領である東谷に帰郷する日が迫っていた。
東マークは隣国ゴンドールとの境に位置する要地である。残されたエオレドたちが守護しているためここ数年平穏を保っているが、主の不在は好ましいことではなく、東谷は一刻もはやく新領主を迎えたいと願っていた。
まだ少年の年齢だがエオメル自身の自覚もあり、いよいよ数日後にかれは東谷に移り住むことが決まったのだった。
「そうだな。しばらくはきみと遠乗りに行けないと思うと、寂しいな」
エドラスと東マーク間の行き来は容易だが、王子は無論のこと、これからはエオメルにも職責が課せられる。共に過ごす時間も限られるだろう。
そう考えて、朝から馬を引き出し存分にマークの草原を駆けまわって来た従兄弟たちである。
「なんだ、エオムンド殿の跡継ぎは急に甘えたがりに戻ってしまったのか?」
王子がからかうと、エオメルはさらにぐいぐい頭をくっつけて「そんなことない!」と答えた。そう言いながらも相手にぎゅっと抱きついたままである。
妹のエオウィンはまだ幼いのと、セオデン王が離したがらないこともあってエドラスに留まることになっている。
伯父セオデンと従兄のセオドレドに慈しまれ、妹と共に無邪気に過ごしていた日々の終わりが、本当は不安なエオメルだった。今まで王子の後ろについてまわりその真似をしていればよかったのだ。だが東谷ではかれが主となり、人々を従えねばならない。それは誇らしく少しこわかった。
セオドレドの広い背中にくっついたまま、エオメルはそんな自分の気持ちをもてあましていた。
「秘密を作ろうか」
ふいにセオドレドが言った。エオメルは顔をあげて聞き返した。
「秘密?」「そう。きみとわたしだけの秘密だ。誰にも教えない二人の秘密があったら、離れてもずっとつながっていられると思わないか」
「いいよ」エオメルが瞳を輝かせて答える。「いつ作るんだ?」
王子の口元に笑みが刻まれた。
「今夜。夜が更けたら、わたしの部屋に来るといい」
「わかった、今夜だね」
そう言ってエオメルは頷いた。そして「でもどんな秘密にする?」と尋ねた。
セオドレドは笑ったまま「それはきみ次第だ」と呟いた。
20080518up
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