LISTEN TO MY HEART



「エオメル!」
いつものように、大好きな従兄がかれを呼んでいる。
幼いエオメルは「こっちにおいで」と言われて、すぐに駆けていった。
すると13年上の従兄は、力強い腕でかれを抱き上げてくれるのだった。



「反抗期なのかしら」
セオドウィンがため息をつきながら言った。
「エオメルですか?」
ローハン王子セオドレドは、黄金館に遊びに来た叔母に向かって笑みを浮かべた。
「そうなの。何を言っても「やだ!やだ!」と口答えしてきて。わたくしの言うことなどひとつも聞かないわ。今日も王宮に到着するなり、どこかに行ってしまって見つからないの」
「六つでしたっけ。一番好奇心が旺盛な時期ですからね。探検でもしてるんでしょう」
「何か壊したりしなければいいのだけれど・・・」

 心配顔のセオドウィンに、王子がお茶のお代わりを勧める。
「別に壊されて困るようなものはありませんから」
そう言いながらカップを口元に持っていった時、扉の隙間からひょい、と金色の小さな頭がのぞいた。
「エオメル、そこにいたのか」
王子の言葉にセオドウィンが後ろを振り返る。
「ま、エオメルどこに行っていたの?殿下にご挨拶なさい」
それを聞いたエオメルは頬を膨らませて「やだ!」と答えた。

「やだとはなんですか。捕まえて、おしりペンペンするわよ?」
「やだ!」
セオドレドは立ち上がって幼い従弟を手招きした。
「ここにおいで、エオメル」
王子の言葉に対しても、かれは強情な顔で「やだ!」とだけ答えて、逃げていってしまった。
「わたしは嫌われてしまったのかな」
そう言いながら椅子に腰掛ける王子に、叔母は「誰にでもあんな風なのよ」と答えて頬杖をついた。

 翌日、エオメルが厩舎に入り込んで勝手に馬を引き出したため、馬場は大騒ぎとなった。
バルコニーの上からその様子を見たセオドレドは、急いで駆け下りていった。
「エオメル!手を離しなさい」
ぐいぐいと馬を引っ張る小さな姿に向かって王子は叫んだ。
従弟がかれをにらんで「やだ!」と言う。
「その馬は気が荒いんだ、駄目だよエオメル!」
すると、エオメルが連れ出した馬が大きく前足を上げて嘶いた。
そしていきなり走り出したため、幼い従弟は手綱を持ったまま引きずられていった。
セオドウィンがキャーと悲鳴を上げてバルコニーで卒倒し、侍女たちもつられて一緒に気絶した。

 馬はそのまま教練中の騎士たちの間に駆け込んでいき、混乱した他の馬も暴れだしてしまった。
しばらくしてから元凶の馬を確保できたため混乱は収まったが、散り散りに逃げ出した馬も多く、呼び集めるのに時間を浪費した。
エオメルは途中で手綱を離したのと、体重が軽いせいでか、少し足を擦りむいただけで大した怪我はなかった。
しかし、馬に蹴られて骨折した騎士もいたのである。
さすがにセオドレドはきつい口調で従弟をたしなめた。
「馬は遊び道具じゃないんだ。今度したら、ファンゴルンの森の中にきみを置いてきてしまうからね!」
だがエオメルは口をへの字に曲げて「やだ!」と言い張るだけだった。

 その夜。
「セオドレド」と幼い声で名前を呼ばれて、ローハンの王子は目を覚ました。
見ると寝台の横に従弟が立っている。
「どうしたの?」
セオドレドがたずねると、エオメルは白い寝巻きの裾を握り締めながら「・・・ごめんなさい・・・」と小さな声で呟いた。
そして、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼした。
「いいんだよ」
王子が従弟を腕の中に抱きしめる。
セオドレドの頬に顔をこすりつけながら、エオメルは「大好き」とつぶやいた。
そして従兄に抱かれて眠りについた。

 数日後、ゴンドールから執政家の子息たちが遊びに来た。
二人ともまだ十代の青年である。
「エオメル、ボロミア様とファラミア様にご挨拶するのよ」
セオドウィンがかれらに息子を紹介しようとすると、エオメルはまたも「や!」と言うなり、ぱたぱたと何処かに逃げていってしまった。
「申し訳ございません、おいたをしてばかりで・・・」
セオドウィンは赤くなっておろおろしたが、執政家の兄弟たちは微笑んで、「男の子ですから」「元気でいいですね」と口々に言った。

 黄金館が夕映えに染まるころ。
エオメルは人気の無い部屋に入り込み、古い武具で遊んでいた。
かれは、大好きな従兄が見知らぬ青年たちと親しげに語り合う様子がなんとなく気に入らなかったので、客間にはいたくなかった。
すると、重い扉がギィィーーーと開く音がした。
瞳を見開いてそちらを見ると、突然、真っ黒な影が二つ部屋の中に躍りこんできたのである。
「われわれは地獄の使者、ナズグルだ!おまえのような悪い子は捕まえてサウロンに食べさせてしまうぞぉ!」
恐ろしい声をあげながら、黒いフード姿のナズグルが二人、両腕を広げて襲ってくる。
そして四本の腕がエオメルを捕らえようとつかみかかってきた。

「きゃああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
かれはつんざくような悲鳴をあげた。
そして必死に部屋を逃げまわった挙句、黒い影のあいだをすり抜けて廊下に飛び出した。
背後から爆笑する青年たちの声が聞こえてきたが、まるで耳に入らない。
「セオドレドー!セオドレドー!セオドレドぉーーーッ!」
恐怖のどん底に陥ったエオメルは、従兄の名前を絶叫しながら黄金館を駆けまわった。
あまりの泣き喚きように、通りかかった者はみな驚いた。
すぐに騒ぎに気づいたセオドレドが駆けてくる。

 従兄の姿を見たエオメルは、一際大きな声をあげると相手に全身をぶつけるようにして抱きついた。
そして「うわぁああ〜ん、ああ〜ん」と物凄い声で泣き叫んだ。
可愛い顔を涙でぐしゃぐしゃにした従弟を抱きしめながら、王子は困惑した。
「どうしたんだエオメル、何があったの?」
いくら尋ねても、エオメルは泣くばかりで答えない。

 そのかれらのもとに、ボロミアとファラミアが歩み寄ってきた。
「おや、どうなさったのですか、殿下の従弟殿は?」
そう言いながら、ボロミアはエオメルがえぐっえぐっとしゃくり上げる様子を見て、美しい顔を変な風にひきつらせた。
どうやら笑いを堪えているらしい。
いつも物静かな弟君のほうは、普段どおりの取り澄ました顔をしていたが、青い瞳が愉快そうに波立っている。

−−ははあ、この二人が何かしたんだな・・・と気づいた王子は、兄弟をメッとにらんだ。
そして「よしよし、もう大丈夫だからね」と優しく言って、従弟の涙に濡れた頬に唇をあてた。
最も安心できる従兄の腕に抱かれたエオメルは、セオドレドにすがりついて長い間泣き続けた。

 晩餐の席で、ようやく泣き止んだエオメルが「ナズグルがでたよ!」とおびえた声で言い出した。
すると執政家の長子がかれに笑いかけて言った。
「ああ、黒い姿のやつらですね。あれなら、わたしと弟とで退治しておきました」
エオメルはボロミアの顔をまじまじと見ると「本当?お兄さんたちがやっつけたの?すごいねえ!」と感嘆の声をあげた。
そして美貌の兄弟を感動と憧れの目で見つめた。
その様子に、ボロミアは耐えられずにプフッと吹き出してしまい、隣の弟に肘でつつかれていた。



 きらめきながら日々が過ぎていく。
マークの騎士として成長するエオメルの視線の先には、いつも従兄の姿があった。
草原に居並ぶ大部隊の最前に位置するセオドレドが、金髪をなびかせながら「エオメル!」とかれの名を呼ぶ。
かれはその声に応えて従兄のかたわらに馬を並べ、幾つもの戦いを経験した。
やがて栄誉ある軍団長の地位を授けられ、もはや単騎ではなく、自らの部隊を率いてセオドレドのもとに駆けつけるようになったエオメルは、剣を振るう王子の姿を見つめながら心の中で誓っていた。
−−わたしを呼んでください。それがどこであろうと、あなたのもとに駆けつけます。

 ある夜のこと、遠征先でロヒアリムたちは野営した。
オークとの大規模な戦闘の直後で、騎士たちはみな疲労していた。
エオメルが気づいたときには、王子の姿が見えなくなっていた。
かれは星空の下を、葉づれの囁きを聞きながら、心の声に従って歩いていった。

 森の小道を少し行くと、木の根方にたたずむ従兄が見えた。
「セオドレド殿下!」
エオメルが呼びかけると、王子は驚いて振り向いた。
「エオメル・・・よくわたしがここにいると分かったな」
「殿下に呼ばれたような気がしましたので」
「そうか」とセオドレドはうなずいた。
「一人になりたいと思ったんだが、いざそうしてみると何故か物寂しい気がしていた」
王子は微笑んだ。
「すると、きみがやって来た・・・」
セオドレドは幼いかれにそうしたように、両手を広げて「ここにおいで」と言った。

 かれらは互いの髪を指でかき乱しながら、地面に転がって唇をむさぼりあった。
熱い舌がからみあい、痛みを覚えるほど吸い合う。
衣服を脱ぎ捨てて素肌を触れ合わせると、昂ぶる想いに胸が震えた。

 従兄の体がかれの上に重なり、そして繋がろうと押し入ってくる。
「あっ、あぁーーーーーッ!」
エオメルはセオドレドにすがって悲鳴をあげた。
「つらいか?」
挿入を途中で止めた王子の問いに、エオメルは「い、いいえ・・・!」と首を横に振って答えた。
セオドレドが求めることが、自分の望みなのだとかれには分かっていた。
「やめないで下さい。もっと奥まで・・・わたしはあなたを感じたい」
そう言うと、かれは従兄の金髪をぎゅっと掴んだ。

「はッ、ああッ、セオドレド・・・!」
激しく腰を打ち込まれながら、エオメルは何度も従兄の名を呼んだ。
天が落ちてきそうだ−−とかれは思った。揺すりあげられ、喘ぎながら星の瞬きを見た。

 「アッ、うぁッ、ダ、ダメです・・・壊れそうです・・・!」
後腔を荒々しく擦られる苦痛に、エオメルが悲痛な声をあげた。
セオドレドは快感に歯止めを失って叩きつけるように腰を遣っていたが、従弟の叫びに我に返った。
「きみは頑丈だと思っているからつい、ね」と言って王子が微笑む。
そして従弟の髪を撫でながら、柔らかく突きはじめた。
あぁっ、とエオメルは快感に仰け反り、相手の背中に指を這わせる。
「いい・・・はあッ、すごく−−−−−−ああぁッ・・・!」
灼熱し沸騰した頭で、かれは泣き、声をあげ続けた。



 セオドレドがアイゼンの浅瀬で戦っていたそのときも、エオメルは従兄の呼び声を確かに聞いた。
−−だが空は暗く、不吉な胸騒ぎがした。
かれは心に祈りを抱いて馬を駆けさせた。
駆けつけた先には、剣を振るって勇猛に戦うセオドレドの、いつもと変わらぬ姿があることを、冷たい雨に頬を打たれながらエオメルは願っていた。



20041228up