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2001.12・13 文教委員会(大学改革大綱質疑)議事録本文

○曽根委員 既に基本方針の段階で、一度事務事業で質問しておりますし、また、大綱が出た後、先日はB類の問題で質疑をしておりますので、それらを踏まえて、できるだけ簡潔にお聞きしますので、お答えも、すっきりと、はっきりと、わかるお答えをいただきたい。

 まず、この間の検討期間が非常に短かったという印象があるというお話が先ほどありましたが、昨年教育庁に組織がつくられまして、大学の外から検討が始まり、ことしの二月に基本方針がつくられた。それから、七月には諮問会議が立ち上げられるわけですが、その時点までは、八月に大綱をまとめようという計画だった。

 諮問会議には、元東北大の西澤潤一氏とか、それから、オリックスの会長さんや丸紅の会長さん、日本学術振興会理事長など、かなり多忙だと思われる人も含めて、そうそうたるメンバーを集めて、七月二日に第一回の諮問会議をやった。それで、八月に大綱ということは、要するに、諮問会議というのは一回か二回やっただけで、大体方向はもぅ出て、それで大綱は出せるというふうに最初からふんでおられたのか。だとするならば、諮問会議の論議というのはその程度で済むものだというふうに考えておられたのか。普通に考えると、ちょつと疑問が起きるわけですよね。

 結局八月に出せなくて、八月以降の論議を見ましても、目指す大学像というのは九月に議論されている。法人化問題は九月未の諮問会議。その他もろもろ、どの会議をとっても、極めて重要な議題が五回にわたって議論されている。まだ尽くされていないものもあります。廃止されようとしているB類問題などについては、具体的にきちっとテーマとして上がっている様子ないわけです。
 私は論議もまだ非常に不十分だと思いますが、少なくとも、方向性を決める諮問会議を七月に立ち上げながら、八月大綱というのは、余りに性急で、いわば乱暴なやり方じゃないかと思うんですが、なぜこんなことになったのでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 今回の四つの大学を対象としました大学改革の検討につきましては、今ご指摘のとおり、昨年八月に教育庁に担当組織を設置して、検討をスタートしたということでございます。しかしながら、ここ数年、少子高齢化や産業の国際競争力の低下等々経済状況の急激な変化を背景としまして、国とか、ほかの公立大学、私立大学を問わず、全国的に大学改革の取り組みが進められてきているというような状況にあります。その間、都立の大学につさましても、専管の組織を昨年八月に設置する以前から、既に大学として改革の検討に取り組んできているというのが、検討の経過ではございます。
 また、運営諮問会議での件でございますが、本年七月に設置をいたしました東京都大学運営諮問会議は、特に大綱の策定とい、つことに限定をせずに、都立の大学運営について幅広く外部有識者の意見を反映させていくと、そのために設置をするということを基本方針の中でうたったものでございます。
 ただ、諮問会議といたしましては、大綱に関しましてももう少し議論を重ねたいというご費向があり、その後、数回にわたり議論をしていただいたというところでございます。

○曽根委員 前から検討していたというのは、内部の話としてはそうかもしれませんが、外に、我々に聞こえていたわけじゃない。組織が教育庁の中につくられるという事態になつて初めて、にわかに四大学統合、そして法人化という動きが聞こえてきた。
 こうした最も大学の根本の理念や組織体制にかかわる問遭で、必ずしも諮問会議でご意見を伺わなくても大綱が出せるというふうなニュアンスのお答えでしたが、それじゃ、諮問会議というのは何なんですか。

○佐藤改革推進担当部長 先ほどもご答弁申し上げましたが、諮問会議自体は、大綱の策定について諮問、答申をするという性格の会議ではございませんが、大学改革につきましては、当然諮問会議の意見をお聞きするということは必要になろうかというふうに考えております。
 そのため、諮問会議の各委員に村しましてはスタート時点、その前の調整の時点から、既に出されておりました基本方針の内容、それから課題なるべき事項等々については十分な説明を行った上で、それぞれの議論に騙んでいただいていると、そういうふうに考えておりまして、諮問会議のご貴見を十分な形でもって大綱に反映するという姿勢は我々としても持っております。

○曽根委員 結果としては、大綱に盛り込むべき中身も諮問会議で議論がされてさたという経過はあったわけですが、私、最初の本部側といいますか、郡側の諮問会議に村する位置づけは、まさに、いろいろな有名な方を集めていろいろ意見は聞く場をつくるけれども、大綱そのものについては、はつきりいって実質的論議は余り期待していないと。大綱で方向を決めるわけですから、いわばお飾り、言葉は悪いですけれども、お飾り、化粧回しにしかすぎなかったんじゃないか、位置づけはね。だって、一回か二回しか予定できないわけですから、期間として。しかし、さすがにお飾りじや納得しない方が集まったわけですよ。したがって、論議は三カ月延びた。当然だと思うんですよね、その選ばれた人たちから見れば。
 しかし、じや、一体だれが大綱というものを考えて、つくろうとい、つことだったのか。この大綱の終わりの方には、准進の仕組みとしては、方向は諮問会議、これからもやっていくというようなニュアンスですよね。実務的には、中の推進本部ですか、何かつくると。
 方向を決めるのに、諮問会議ももちろんですけれども、要するに、関係大学の学長とか、ふさわしい責任者が全く入っていないわけですよ。大学の全く外で、諮問会議も意見を開くだけという感じだってあるけれども、しかも、そこにさえこの大学の学長が入っていない。一体、どこで、だれが、こういうものを、こういう大変な計画をつくつてきたのか、骨組みをつくつてきたのか。これは、大学の今後を決めていくやり方として、都民、もちろん大学の関係者に対して、透明性確保とかいっているけれども、極めて不透明で、異常なやり方だというふうにいわざるを得ないと思います。
 それで、出された方針についてこれからちょっとやっていきますけれども、特に、議論が余りされていないB類の問題で、前回お聞きした宿題がありますので、まず、そのことだけちょつと確認をしておさたいと思います。
 請願陳情の審査の際に、私は、B類の学生と、学生さんが授業時間である以外の時間で、出席できるような形で、説明もし、意見も開く場を持ってほしいということをお願いしましたが、その後は、話し合いの場は持たれたのでしょうか。また、計画はあるのでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 学生との話し合いの場ですけれども、都立大学におきまして、今後、大学主催の学生に村する説明会を予定をしているというふうに聞いております。

○曽根委員 学生が出席できる時間ですか。

○佐藤改革推進担当部長 現在、時間の設定につきましては、学生の要望を入れて設定するということで調整を進めているところでございます。

○曽根委員 今度は、間違ってもB類の学生の授業時間にやらないようにしていただきたい。
 それで、聞くところによると、先日大学にもちょっと伺って関係者の話も聞いたときに、立て看が立っていまして、十二月六日に、A類、全日制の方の、昼間部の学生の自治会の大会があって、八百人の参加で成功というふうに書いてありました。総数でも三千人ちょっとしかいない学生の中で、八百人を超える参加を得るというのは大変なことだと思いますが、大学のいわば根幹にかかわ
る問題なので、学生の関心も非常に高いんじゃないかと思います。
 それから、ちょうど昨晩、B類の学生の自治会の大会があったようで、きょう資料を急遽届けていただいたわけなんですけれども、こちらに来ておられる学生さんからいただきましたが、きのうも二百人以上集まって大会を成立させて、B類存続に向けての決議なり、方針を決めたというふうに聞いております。
 そこで出ている鳶見についてちょっとお伺いしたら、やっぱり圧倒的に多いのは、学生の声を聞いてくれということなんですよ。大半の方がそういうふうな意見を上げているみたいですね、アンケートの中で。
 私もその意見ちょっと読ませてもらって初めて知ったんですが、A類の学生も含めて、都立大というのが、いろいろな年代、いろいろな職業の学生と一緒に勉強できる、そういう非常にほかの大学にない特色があると。同時に、この人の意見にょれば、理学部、しかも地球科学や環境について夜間学べる大学は都立大しかないというふうにこの人はいっている。事実かどうか。考えてみれ
ば、確かに、禾京都内に十八ぐらいですか、私立も含めると、夜間部ありますけれども、ほとんど社会科学系ですよね。ですから、理科系で、この人は地球科学や環境というふうに挙げているんですが、夜間学べる、しかも非常に高い水準の高等教育を受けられる機会というのは非常に限られているんだという意見。
 私は、そういう点では、ちょつと調べてないので、今ざつと見た範囲で、ああ、こういうこともあるのかなというふうに思いましたが、こういう学生さんにとっての都立大学というのは何なのかと。どうして都立大学に通い、勉強しているのかということについて、やっぱり東京都は耳を傾けなければならないなというふうに痛感をしました。日本に一つぐらいこういう大学があってもい
いじゃないかという意見や、いろいろありますが、ぜひ、単に説明会ではなくて、意見を聞き、また、それを尊重する姿勢に立ってほしい。
 それで、一つだけちょつと聞いておきたいんですが、大網の中では、確かにB類を廃止する、学部における夜間をやめるということを明記しておりますが、その次のページの一四ページの下の方では、「なお、『パートタイム学生制度』など、多様な学習機会を提供する観点からも、夜間の時間帯にも一部の授業を実施する方向で検討します。」という記述があります。したがって、重点としては、夜間の授業は、講義は社会人向けの大学院に重点を置くというふうにも書いてありますが、しかし、名前としてのB類、夜間がなくなるということを想定しながらも、パートタイム学生制度などで、夜間の授業も一部残る可能性があるのかなと。
 したがって、どういう形で、夜間の授業しか受けられない、そういう学生の要望を受けとめることがでさるのか。これは、私は、絶対に門前払い、シャットアウトすべきじやないと。学びたいと願っている若い人たちの声にいかにこたえるのかという点では、どんな形で大綱が実現されていくにせよ、耳を最後まで傾けて、その要望を尊重してほしい、こう思いますが、いかがでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 夜間の時間帯にも一部の授業を実施するということを大綱上も明記してございますが、新たな大学におきましては、夜間課程を置くということは考えてございません。そういう意味では、夜間だけで学部教育を修了していくということはできなくなるものと考えますが、大綱の中でも記載しておりますパートタイム学生制度や社会人聴講制度など新たな制度を、社
会の需要に対応した形で制度導入をしていくということをうたっております。
 その制度を導入するに当たりましては、夜間の時間帯にどの程度の授業を開講するかということの検討をする必要が出てくるかというふうに考えておりまして、そこが今後の検討課題ということになつております。

○曽根委員 ぜひその具体化の中で、私たちはもちろん夜間も残してほしいというふうに思っておりますが、しかし、どんな形での改革が行われるにせよ、今夜間で学んでいる学生、これから学びたいと、その時間しか大学に学べないという学生の声をやっぱり酌み取ってほしいということを要望しておきます。
 次に、この改革軒何としても十六年度中に仕上げて、十七年度新しい大学の発足というそのスケジュールは、ちょうど一昨年つくられた東京都の財政再建推進プランとスケジュール的にも並行せざるを得ない、ダブらざるを得ないわけですね。
あの中で、一般財源を五億円以上投入している事業について、15年度までに、平均して二割の削減ということが打ち出されたわけです。
 私は、十六年度までというふうになると、その直前までの財政再建推進プランの具体化は、この大学の改革の過程の中でやるしかないというふうになってしまうと思うんですが、財政的にも、先ほどもちょっと話がありましたが、一般財源の投入をスリムにするということは、財政再建推進プランに基づいて、改革というこの過程の中で行われるのでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 財政健全化堆進プランにつきましては、大学運営も健全化の対象の例外ではなく、改革を実現していく過程で、財政支出を削減できる部分につきましては最大限削減に取り組むことは当然のことであるというふうに考えます。
 しかし、この今回の大学改革は、財政支出の削減を目的として行うものではなく、都立の大学として、教育改革全体の中で、求められる大学、いわば都民や都政に貢献をして、大きな存在感のある大学、こういう大学を創造していくと、そのために行うのが今回の大学改革でございます。

○曽根委員 やっぱりそこはもっと正直にお話ししていただきたいなと思うんですよ。この都立の大学の改革というのは、国の大学とまさに軌を一にして出てきていますよね。出てきている問題も、大学の数を減らし、そして、統合できるものは統合した上で、そして独立行政法人を目指すということについては全く共通しているんですよ。国の方は、極めて正直に、大学にかけている財源を大幅に削減するとはっきりいっているんですよ。目的ではないというけれども、国の方の大学改革は、目的の大きな柱の一つに財源の削減というふうに ・・まあ、国は正直ですよ、・・いっているわけでね。
 現に、二割削減を求められている財政再建推進プランをこの中でやらなければならないと。そこで、じゃどこで削るのかというふうになると、やっぱり廃止する部門ですよね。教職員組合の方が特に心配しているのは、B類と短大の廃止に伴って、そこに担当している教職員、単純に計算すると全数職員の約四分の一になると、それがすっぼり落とされるんじゃないかということを心配している。もちろん、人を減らすというのが一番お金が浮さますからね。そういうことを心配されているんですが、教職員定数見直しというのは行われるのでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 今お話にございました点は、短大とB類、これは廃止の方針を打ち出しておりますが、これに携わる、助手を除く講師以上の教員が全体の数の二十数%になるということから、これが削減されることになるというようなことの想定でのお話かと思います。
 短大とB類の廃止に伴いまして、大学の人員配置についても、またこれを当然見直していくということになります。ただ、一方で、社会人向けのビジネススクールの開設ですとか、教育研究の重点化などの課題にも取り組んでいかなければならない、そういうテーマが数多くあります。法人化された後の人員配置につきましては、今後具体的に検討してまいりますが、既存の人員の中で村応
していくことを基本としたいというふうに考えております。

○曽根委員 結局、そうすると、B類、短大廃止で、定数見直しはあると。それが四分の一が削られることになるのかどうかはともかく、大幅な人員の変動はありますよね。そして、その後に、ここでいえば、私たちも、いろいろなアイデアが出ているということを、その中には、受ける受験生や、それから学生にとっていい内容になるかもしれないものも含まれていると思いますよ。アドミッションオフィスですか、受験を、いろいろな多様な受験にすると。その実務をやる職員は大変だと思いますけれどもね。それから、総合教育センターとか、いろいろありますよ。
 しかし、それをやっていく職員は、新しい大学の既存の定数の中でやるというのが基本だということになると・・今、二百何十人しかいないでしょう、四大学合わせても。二百六十人ぐらいですか。その人数で辛うじてやっている大学の実務を、事業を、仮に四分の一減らして、その既存の人数を基本にして、ここに挙がっている十ぐらいの新しいさまざまな事業を展開していくと。はっきりいって、それは人間わざじやないなと思いますよ。だから、絵にかいたもちにこの中のいくつかはならざるを得ないだろうなと。
 全寮制という詰もありましたが、私、ちょつとそれをコメントしているゆとりがないので、全寮制については省きますけれども、とにかく、奇想天外な話も含めて、いいことも、悪いことも、とても全部を実現できるような職員体制にはならないということは申し上げておかなければならない。

 それで、一番重要な本質問題として、大綱の路線を進むと、都立大学の学問研究と教育はどうなつていくのかという問題。私、一番取っかかりで疑問を持つのは、大学運営が二つに分離されるという問題です。これは、普通素人が考えても、一体どっちが本当の責任者になるのかというふうなことはやっぱり心配になると思うんですね。六六ページですか、この図がありますが、公立大学法人になった後、経営部門の法人の長と教育研究部門の学長とがそれぞれの分野で責任を持つんだと。
 しかし、はっきりいって、法人化し、いわば企業経営的手法を取り入れて経営効率を重視していくわけですから、現在の例えば学長さんと事務局長さんの関係に比べれば、これは経営の側の責任者の役割、権限が非常に大きくならざるを得ないと思うんですが、いかがでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 法人化後の大学におきましては、行政から独立をした形で運営をされるわけでございまして、大幅な権限移譲を受けて、独立性を付与され、新たに経営面での役割が重要なものになってくるというふうに考えます。
 東京都としましては、大学法人の運営が、いわば都民のニーズですとか社会経済状況に適合する、それとともに効率的に行われること、この点を確保する観点から、国立大学とは異なりまして、経営部門と教育研究部門を分離をしていこうとするものでございます。
 ただ、実際の運営に当たりましては、それぞれの責任者であります法人の長と学長それぞれが、お互いの立場と考え方を十分尊重しながら、協力して、よい大学づくりをしていく、そのことによってそれぞれの責任を果たしていくことになるというふうに考えております。

○曽根委員 終わりの方に必ずきれいごとがつくんだけれども、しかし、法人化し、経営効率優先と。今は、予算の配分、学部内、大学全体の配分なんかも教授会や学長サイドで決めていますよね。これが、当然ながら、お金を握っている経営の長は法人の長になるわけですから、そちらにまずもって予算の運営権が握られるというのは間違いないですよね。
 そういう点で、先ほど前半にもご説明があったとおり、私は、実質的には、法人の長が大学をいわば引っ張っていくということになるんだと思うんです。しかも、その法人の長を選ぶのは知事ですから、学問研究の責任者である学長は、たとえ学内のいわば民主的な選挙で選ばれるとしても、大学全体の方向を決めるのは、実質的には経営者側になつていくだろうと。そういう点で、知事の意向が大学全体の方向にストレートに反映しやすい体制になるだろうと。しかも、よく読みますと、教育研究部門の中でも学長、部局長のいわば権限を高めるというふうに書いてありますので、経営の長を通じ、学長、部局長を通じて、トップダウン方式が極めてしやすい方向にいくだろうというふうに思います。
 これがいいことか、悪いことかというのは、世間でも、またこの議会の中でも意見が分かれておりますが、私は、今まで戦後五十年以上、さまざまな問題がありましたが、曲がりなりにも守られてきた大学内の自治というものが、これが実施されたら、最終的に終結を迎えるのかなというふうに思いますよ。もともと大学以外のところには自治ないんですから、大学にのみ学問研究機関としての自治が、さまざまな弱点はありつつも、今まで守られてきた。しかし、これは恐らく実質的には破壊されると思う。
 それで、そうしたときに、じや、学問研究の評価や、それから予算の配分はどうやって決めるのかと。ここでは、公平性を保つということだと思うんですけれども、いわば第三者機関の評価というのが書かれていますね、これは国の方でもやっているようなんですけれども。
 そして、ちょつとわからない、初めての言葉として、六七ページの上の方に、第三者機関の評価の結果等を部局間の資源配分に適切に反映させるなど、競争原理を導入することによって、教育研究の活性化を図ると書いてあります。この資源配分という言葉も、よくわからない、初めての言葉なんですが、まず、第三者機関というのはどういうものを意味しているのか。それから、資源配分というのはどういうものなのか。

○佐藤改革推進担当部長 都が第三者機関による評価の評価機関として考えておりますのは大学評価・学位授与機構でございますが、この機構は、大学の教育研究活動等の状況につきまして評価を行う専門機関でございまして、全国立大学を対象に評価を行っております。平成十四年度からは、公立大学もその対象とする方向で検討をされております。
 都独自に評価機関を構築して第三者による評価を受けるということになりますと、技術的にもかなり困難な面もございます。また、全国立大学と共通の基準で相対的な評価を受けるというメリットもあることから、現在、大学評価・学位授与機構による評価を受けるということを考えているところでございます。
 資源についてでございますが、評価に基づきまして、その資源を再配分をしていくという考え方を示しておりますが、その資源といたしましては、予算的な面、それから組織的なありよう、それから物理的なもの等々が考えられると思います。

○曽根委員 まず、その評価機関ですが、ここでちょっと確認をしておきたいんですが、国の六月に出された国立大学の構造改革の方針、いわゆる遠山プランといわれているものですが、ここでは、第三者評価による競争原理を導入するという同じ言葉が出てきますが、この第三者機関とは、専門家、民間人が参画する第三者評価システムを導入するとあって、先ほど説明のあった大学評価・学位授与機構等を活用する等というのは何だろ
うと思って説明のところを読むと、この大学評価・学位授与機構の評価を参考にしながら、より効率的な、効果的な評価を実施するために、文部科学省に国立大学評価委員会(仮称)を設け、ここが評価を行うと。
 だから、国の方針では、大学評価・学位授与機構の評価はあくまで参考であって、それをもとにして、文部科学省自身が評価するとなつているんですが、これは、都立大学では、今後こういうことはあり得ないと、あくまでこの学位授与機構の判断のみがこの第三者機関の評価であるということでよろしいですか。

○佐藤改革推進担当部長 大学評価・学位授与機構の評価は、東京都の場合におきましても、あくまでも第三者による評価を依頼するということで考えておりまして、それを受けた形で、東京都が最終的に法人全体としての評価を下していくということを考えております。

○曽根委員 そうすると、国は、大学評価・学位授与機構の評価を参考に、文部科学省自身が評価を下すと。また、そこには民間の代表も入れるというようなことが書いてありますね。それにかわって、東京都の場合には、その学位授与機構などの評価を、大学もしくは東京都が評価をするということになると思います。
 もう一つは、資源配分の問題なんですが、資源が、先ほどいったように、予算的なものだけじゃなくて、いろいろなものが入ると。物理的なものも入るというお話でした。

 私も、この言葉はちょっと気になつていろいろ調べてみたんですが、資源にどういうものが入ってくるのかということで、既に独立行政法人化されました旧通産省の工業技術院、今は経済産業省の産業技術総合研究所、ここは、研究員が二千五百人、行政職なども入れて、また非常勤も入れると五千人の大変大きな研究所ですけれども、ここが既に今年度ぐらいから、独立行政法人になっているんですね。
 ここは、明確に、研究資源の配分ということで基準があるんです。何が資源かというと、お金に換算でさるものはすべて資源と。したがって、まずは部屋。研究室も最初から配分じゃなくて、これは資源の一つだから、一平方メートル当たり一万円で貸し付けになるんですね、研究者に対して。
研究者には二疋の年間予算が配分されるわけですが、それを決めるのは、研究所の所長と、それから、五十ぐらいの研究ユニットというのが分かれていて、ユニット長はユニット内の各研究者の配分を全部一方的に決められる権限を持っている。
 最低では、一研究者に五十万円。今のところ最高というのは二千万円だそうですが、それぐらいの傾斜がつくと。五十万円で研究できるのかと思ったら、そうじやなくて、その五十万円を使って、まず部屋を確保すると。大体一番狭い部屋が五十平米だそうですから、年間の五十万円しか研究費を割り当てされない研究者は、部屋代を払って終わりと。コンピューターもスタッフも確保で
きない、研究予算はもちろんないという人が現にいるそうです。そういう人は、じや、どうやって研究するのかと。結局、ほかの省庁や企業の委託研究をとってきて研究費を稼ぐか、ほかの研究者の部屋に居候して、その人と一緒に、組んで研究をやるか、それしか道がないと。
 そういう扱いを安けている人というのは、今の国の流れでいえば、ましてや経済産業省の研究所ですから、企業にとっていわばメリットというか魅力のない研究はお金がつきませんから、委託研究ももらえないし、自分の研究テーマを変えない限りは研究者としての仕事ができないということに現になってきているそうです。
 ここまでやるかなと思ったんですが、現実に政府の研究所ではこういうふうに行われているらしいので、資源というのは、そういう意味で新しい言葉として出てきているんだというのが国の流れなんですね。こういう実態は知った上で、大綱では、いきなりここに資源と出るんですけれども、この言葉を使っているんですよね。

○佐藤改革推進担当部長 今お尋ねの資源につきましては、我々も、資源というのは幅広くとらえていくという基本的なスタンスを持っております。

○曽根委員 いや、国の方は、大変情け容赦ないですよ。大学と研究所では教育という部門がやっぱり違いますから、単純に横引きはできないし、させてはならないと思いますが、しかし、大学というのは、教育部門もあるけれども、大きくは、教育者であり、同時に研究者なんですね。研究者が自分の信念や理念で行ってきた研究を、企業の尺度ではかられて、下は五十万円から、部屋しかもらえないんだから実質ゼロですよね、上は二千万円まで、傾斜をつけられると。それで、企業に魅力のない研究はどこからもお金が出ないという
形で干されていく(「全部が全部じゃないよ」と呼ぶ者あり)いや、現実になつているんですよ、そういうふうに。という研究所が、現に今数千名の研究者が、そういうもとで仕事をさせられているわけです。
 私は、こういう事態を本当によく知った上で、こういう新しい概念を国からもらってくるんだったら、使うべきだ、本当にこれを、大学人はもちろんだけれども、都民が、都立大学のあり方として求めているんだろうかと。私は、決してそんなことはないと思います。
 それで、先日本会議で、私、実は非常に興味深い話を開いたんですが、知事の答弁の中で、この大学の改革の方向についてちょつとエピソードが紹介されたわけですね。恐らくアドリブだと思いますが、その中で、先日、乾燥に強い植物の研究を視察に行ったと。それを見て、自分はこれだったらゴルフ場の芝に使ったらどうなんだというふうにいったら、なるほどということになつたというのをたしかいっていましたよ。ちょつと議事録ないので、私の記憶の範囲なんですけれども…・。
 たまたまですけれども、この植物の研究をやってきている小柴助教授というのは、私の北大時代のちょうど同期の人なんですね。これは前にも紹介したことがありますけれども、彼はずうっと研究職で頑張って、それで、学生時代からいえば三十年ですね、三十年がかりでここまで来たと。恐らく奇跡ともいうべき成果が上がったわけですね。
 当時から、植物学というのは、今でこそバイオがはやっていますけれども、全く日陰で、研究費もやっぱり割が悪くて、研究室に行くと、ビーカーのかわりに牛乳瓶を使ったり、試験管のかわりにヤクルトの瓶を使ってやっていましたよ。生物学、どつちも人気がないんだけれども、動物学の研究室はたまには肉も食えるけど、植物学は肉が食えないで野菜ばっかりだという話もあるぐらい、日陰の存在だったんです。しかし、そういう中で、恐らく基礎研究費しかもらっていないわけですけれども、こつこつやってきて、ここまで来たと。
 彼にこの間会って話を聞いたんですけれども、小柴さんはなぜ乾燥に強い植物の研究をずっとやっているかというと、地球温暖化によってアフリカなど砂漠化が非常に進行しているのをどうやって食いとめていくのか、それから、自然と人間の共生にどうやって貢献できるのかという立場でやってきたそうです。これからもそれは変わらないと思います。
 これからの都立大学の学問研究の方向として、これは発想の違いがはっきりとあらわれたなと私は思うんですよ。知事のように、ゴルフ場に使えるというまさに企業的発想を重視していくのか、小柴さんが今まで取り組んできた方向を大切にしていくのか、どちらがふさわしいと思いますか。

○佐簾改革推進担当部長 端的に申し上げまして、どちらか択一的にお答え申し上げるべき内容ではないというふうに考えます。
 研究面につきましても、競争を導入することによって研究の質の向上が図られるという面もあるでありましょうし、また、基礎的な研究につきましては、どの機関の設定をもってその評価をしたら適切なのかということも重要な要素として掲げられてくることであるかと思います。また、その研究成果がどういう形で社会に還元されるかということにつきましても、いろいろな評価はできるものだというふうに考えます。

○曽根委員 まあ、どつちもいろいろな人が、いろいろな形で勉強したり、研究したりするでしょう。ただ、知事は、これを具体的な例として、まさに象徴的な例として一つ挙げた。これがそれだったわけです。そして、それは、都立の大学の改革の方向として具体例を挙げたわけです。
 そしてまた、この研究に携わっているスタッフが百人も二百人もいるんだったら、その中の一つのウイングとして、バージョンとして、あり得るかもしれない。しかし、ご存じのとおり、大学の講座で一つの研究に携わっているのは、例えば、小柴さんという助教授を中心に数名ですよ。それが貴重な時間と予算を使って何を取り組んでいくのかということの方向の問題として、私は聞いているわけです。
 それが、まさに企業から委託研究が来やすいゴルフ場の芝などの開発の方向に力点を置いていく方向に行けば、私はお金がつくと思う。しかし、私は、都立大学として、先ほどいったように、個人個人の研究者の判断に任せていたら、こういう研究はどうなるのかと、そういうふうに考えたときに、都立大学として守るべきものは、やはり、今まで三十年かかって育ててきた研究者と、その研究者の誇りと自覚に基づく研究だと思うんですよ。

 資源、資源と盛んに国でも使うし、皆さんも新しい言葉を使うんだけれども、大学に必要な本当の資源というのは、部屋でもなければ、機械でもない、やっぱり研究者ですよ。人を育てるのに何十年もかかるわけだ。小柴さんは、三十年、学生時代からやってきて、ここまで来た。そこで積み上げてきた研究がある。それを、あんたにはお金上げませんよという、まさにお金の力で研究方向を曲げなければならないような仕組みが現につくられている。否定するんだったら、してほしいんだ。私は、そういうふうにつくられていると思う。
間違いなく、そうなつてきている。これが都立大学の方向としてあるべきものなのかという点では、これはノーだということをはっきり申し上げておきたいと思います。(発言する者あり)偏見だというなら、後で反論してください。
 最後に、教職員の身分について、先ほどもちょっと質問がありましたが、非公務員型というのを検討しているというよりは、先ほどの答えだと、積極的に進めていくというようなニュアンスでした。
 非公務員型も国の機関では既に五つ例があるそうですが、現場の人が率直に心配しているのは、都の職員、事務職員はほかに移れる、恐らく、同じ給与程度であれば、だれも大学に残る人はいないというふうに私もそう思いますよ。ほかに移れるんですから。じや、後の大学の実務、だれが、どういうふうにやっていくのかなという点と、要するに事業の継続性といいますか。それから、
教職員については、身動きがとれないという面があると先ほどお答えになったとおりなんですよ。
 大体、本当にまじめに腰を据えて研究しようと思う人が、流動化をさせようといっている大学に、しかも非公務員になって、来るのかと。私は敬遠されると思うんですよね。そういう点ではどのようにお考えでしょうか。

○佐藤改革推進担当部長 人材面ですとか、事業の面での継続性についてでございますけれども、当然、法人化後の運営がスムーズにいくように、今後、公務員型か非公務員型かの選択を検討していく中で、個別に詰めていく課題であるというふうに思います。
 ただ、これまで、公立大学の職員が、国立、私立と比較いたしまして在職期間が極めて短い傾向にあるということも事実でございまして、職員の専門性を高めるというようなことが法人化後の重要な課題でもあります。このようなことから、職員の採用や育成のあり方についても、身分のあり方とあわせて、総合的に検討してまいります。

○曽根委員 最後に、今の身分の問題でいえば、確かに、都立大学として、非常にタレント性の高い有名な方を給料も弾んで呼び寄せるというには非常に都合のいい制度になると思うんです。しかし、本当の公立大学としての役割から見ると、教育者、研究者の身分を公務員ではなくしていく、しかも、私立大学のような法人でもないと。極めて企業色の強い形で身分を置いていくということは、いわば公的な教育機関としての大学としてのあり方がやっぱり根本から変わってしまうことになりかねないと思います。ある意味では、小中高校の教育現場よりもはるかに、都立大学の今後の具体化によって、教育者の荒廃が進んでしまう、マスプロ化が進んでしまうということが懸念されると思います。この点を申し上げておきたい。

 前都立大学総長が山住さんなんですが、先日、山住さんのお話を聞く機会があったんですけれども、やっぱり自分が離れてから、都立大学でにわかにこうした動きが起きたと。改革という名前はついているけれども、これは恥ずべき大学の破壊だと。都立大学の戦後積み上げてきた実績をことごとく破壊するものだという験しい言葉を述べておられました。私も極めて同感です。
 したがって、大綱のあり方については、やはり私は、白紙に戻って再検討といいたいところですが、少なくとも、大学人の声が全く聞こえてもこない、都民の声もインターネットでしかまだ聞いていないという段階で、ここ二、三年で決着をつけようと、なくすものはなくしてしまえというやり方はあまりにも乱暴だということは申し上げておきたいと思います。
 以上です。

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