はじめ通信7−10−31 07学力テストが残したもの・シリーズ5 足立区で起きたこと・・「教育改革」はどこで捻じ曲がっていったか ●足立区の教育委員会が区内小中学生の学力向上を目指す「改革」に取り組みだしたのは、学力テストが始まるよりかなり前のことだと思います。 当時、足立区の小中学校では学校ごとにやり方を工夫して学力の底上げを図ろうとする取り組みが始まり、NHKの特集番組で、理解し切れない子を放課後に残して補習する姿や、グループ学習で理解できた子がまだの子を教えるなど、さまざまな工夫した学習方法が取材されていました。 ●足立の教育「改革」が、学校同士をランクづけして競わせるなどのねじ曲がった方向にエスカレートして行ったのには、大きな二つの契機があったのではないかと、私は推測しています。 そのひとつが、05年から始まった都の学力テストであり、もうひとつが、その学力テストの結果を安易に格差問題に結び付けて「足立では所得格差が教育格差にまでなりつつある」などというキャンペーンです。 ●「所得格差の拡大」問題は、かねてから研究者のレポートは盛んにでていましたが、「下流社会」などという言葉がでてきて一般都民に普及したのは、ごく最近のことです。 石原知事などは05年12月の私の代表質問に対して「さしたる格差も貧困も東京にはない」と豪語していました。 ところが翌06年の正月には、新聞・マスコミがいっせいに「格差と貧困」特集を始めました。そのとき最も分かりやすい貧困・格差の指標であったのが生活保護率と就学援助率で、足立はそのどちらも高い率でした。しかしその後、所得格差が教育問題に結び付けられていったのには、ある「理由」があるのです。 ●「社会的格差が教育格差となって世代を越えて固定化されていくのは問題」と盛んに主張しはじめたのは民主党でした。 民主党は当時、今より露骨に新自由主義の改革路線を強調し「自民党より我々のほうが改革を促進できる」などと宣伝していました。 したがって市場競争で「格差」が生まれるのは、ある程度仕方が無いが、最初から競争が公平ではなくスタートラインが違っているとすれば、それは公正な競争にとって弊害であり問題だということになるのです。 ●もし「改革」を通じて「社会的格差」が生まれ、それが教育条件の格差につながり、世代を越えて固定化してしまえば、低所得の親の子弟は最初からスタートラインが違ってしまう、それは大きな問題だと民主党は強調していました。 そして、教育格差の象徴的地域として足立区の名が挙げられるようになりました。これには足立区の生活保護率や就学援助受給率の高さと合わせて、05年に初めて行われた都の学力テストで最下位になったことが影響したことは間違いありません。 ●このキャンペーンは、いわば教育での”風評被害”に近いものだと私は考えます。 なぜなら足立区の小中学校で就学援助が多いのは、先生や学校が父母に制度をきちんと知らせ、手続きをしやすくしたり受給者への差別が無いよう配慮してきたことの要因がかなり大きいからです。子育て家庭の所得分布では、足立区が北区や板橋、荒川などと極端に異なるわけではありません。 また都の学力テストは、もともとペーパーテストという限界がある上に、前号でも紹介したように”考えさせる”問題より”反射神経”を重視したような問題で、しかもマークシート方式という、いわば「受験慣れ」を見るような形で、子どもの発達を総合的に見る点では片寄っていると言わざるを得ません。 ●しかし都教委の、自治体間や学校間での点数競争を煽るやり方によって深刻な格差意識が広がっていた東京では、冷静な見方より心理的作用が大きく働き、今回の全国テストでの沖縄や北海道のショックと共通した、それをさらに上回るほどの大きな衝撃を、足立の教育関係者に与えたのです。 こうして足立区は、きちんと実態を分析する努力も抜きにして、「教育格差」の底辺にあるかのような汚名を着せられてしまったのです。 ●足立区は、これまでの学校ごとの取り組みでは改革として地味すぎると判断したのか、もっと大掛かりに即効的な「改革」をねらうため、 @学力テストで一気に成績を上げるため、区独自のテストで学校ごとに競わせる。 A学校選択と学力テストを連動させ、テスト成績で予算に差をつけることで、区教委が「人気校」を作り出し、入学生が集中するようにする。 B校長権限を強め、競争に協力しない教員をどんどん異動させる。 C生徒が集まらない学校は統廃合でつぶしていく。 などの構想が実際に強行されて行きました。「教育格差」キャンペーンが、さらなる競争に利用されることになったのです。 ●こうしたなかで、足立区の中でもさらに点数が低かったS小学校での、学力テスト対策や不正事件は、まさに起こるべくして起きてしまったと行っても過言ではありません。 次回は、この不正が区教委の組織的な指導によって誘導された実態について触れたいと思います。 |