患者の立場での糖尿病臨床研究

その8) 71時間絶食下における検査室測定値と自己測定値の動き


 71時間絶食下における検査室測定値(静脈血値)と自己測定値(動脈血値)の両方の血糖の動き、並びにインスリン、インスリン拮抗ホルモンの動きをみるという実験をおこないました。
 

これがその結果の主要な部分をまとめたものです。 この図に私は息が止まるほど感動しました、たったこの一枚の図が何と多くのことを教えてくれていることでしょう!

 2009年4月13日、軽い昼食を早めに済まし、絶食開始を開始しました。絶食中はミネラルウオーター以外には何も口にしませんでした。一回目の採血は翌朝8時、絶食後20時間目に行い、その結果は、静脈血の血糖値のほうが 10 mg/dl 動脈血の血糖よりも高く、予想通りでした。 インスリン値も 1.2μU/ml と低い値をとっており、一方、グルカゴンは 108 pg/dl と高い値をとって、こちらも予想通りの値でした。さて、絶食71時間後の4月16日午前11時までのこれらの4者の動きを追ってみましょう。インスリンは低い値をとり続けていますが、71時間後でも 1.7μU/ml で、やはり、この程度のインスリン分泌は生命維持のために必要ということなのだろうと1人で感心することでした。一方、グルカゴンは極めて派手な動きを見せ、どんどんどんどん上昇し、絶食71時間後にはとうとう 265 pg/ml というこれまで見たこともないとんでもない高値をとったのでした。まるで、気でも狂ったかのような上昇でした。すなわち、時間の経過とともに、インスリン拮抗ホルモン優位の程度が加速されていったのです。この結果として、私は、当然静脈血糖と動脈血糖の差が拡大してゆくことを想定したのでした。しかしながら、現実に起こったことは、反対の現象でした。静脈血糖と動脈血糖の差は次第に縮小し、ついに絶食50時間前後には両者の差はなくなり、両者とも 70 mg/dl という全く同じ血糖値で絶食71時間目を迎えたのです。私は、何故、この様な予想と反対のことが起こったか理由が分からずに、面食らってしまいました。だって、インスリン拮抗ホルモン優位の状態が強くなる一方の場合、動脈血が筋肉組織を通過する間に、筋肉中に蓄えられていたグリコーゲンがぶどう糖に分解されて血液中に送り出される量も増加するはずですので、静脈血糖と動脈血糖の差は拡大しなければ理屈に合わないのです。途方にくれて、私は文献検索に活路を求めました。誰か同じような実験をしてくれていて、答えを出してくれていることを期待したのです。しかし、どこにも、この様な実験をした報告は見つけることが出来ませんでした。考えてみれば、それももっともなことで、絶食しながら静脈血糖と動脈血糖を追いかけるというような“アホな”実験を、まともな人間が思いつくはずもないし、というより、私みたいに患者として真理を追い求める人間以外にこの様な実験の必要性を感ずることはありえないわけです。ともあれ、過去の文献に頼る事が出来ない以上、自分で答えを考えつくしかなくなったのです。だって、目の前の結果こそは真実ですから、理由があるはずなのです。私は、悩みながら、基礎的な本を読み進みました。そして、とうとう、ある教科書に次の文章を見つけたのです:『肝臓には約100グラムのグリコーゲンが、筋肉には全身あわせて約300グラムのグリコーゲンが貯蔵されている』と書いてあるではありませんか! 私は、雷に打たれたように、その文章に釘づけになりました。そして、疑問が氷解し、100%答えが見つかったと確信したのでした。

もう一度先ほどの図を見ながら、『答え』をお話しましょう。筋肉には全身あわせても約300グラムのグリコーゲンしか貯蔵されていないということは、私達が肘静脈から採血する静脈血が通ってきた筋肉は片腕の筋肉のしかもその一部だけですので、そこの筋肉に貯蔵されていたであろうグリコーゲンの量は多く見積もっても全身の20分の1でしょうから、約15グラム以内の少ない量のはずです。とすれば、いずれ貯蔵されていたグリコーゲンは枯渇せざるを得ないので、筋肉から供給されるぶどう糖がある時点でゼロになり、それ以後は静脈血糖と動脈血糖の差がなくなるのは、むしろ当然のことだったのです! これも、コロンブスの卵同様、気づいてみると当たり前のことで、なぜ悩んだのだろうとさえ思うことでした。絶食50時間ほどで枯渇するということは、実験2でも再確認できましたので、そこでまたお話します。

 では、次に、グルカゴン以外のインスリン拮抗ホルモンの動きをお示しします。

このスライドに示しますように、他のインスリン拮抗ホルモンも全て、絶食後20時間の初回採血から高い値を示し、そして、その高い値が最後まで持続しているのです。最後の採血時(絶食後71時間目)にはグルカゴンの上昇に始めて歩調を合わせてアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンの3つのカテコールアミンの急峻な上昇が見られています。これの意味するところは、これ以降の観察をせずに絶食を打ち切ったために、想像するしかありませんが、あるいは、この急峻な立ち上がりが警報装置のなり始めに位置するのかもしれません。

 ところで、このたった10gか20gの筋肉のグリコーゲンが消費されても、体重減少には繋がらないわけですが、現実には次のスライドに示しますように、この71時間の絶食で結構体重は減少しているのです。

 この 3Kg 前後の体重減少は、脂肪の減少がかなりの部分関わっていることが想定されるわけです。ちなみに、体重が60sで、脂肪率30%の人は、18sの脂肪をもっていることになりますので、全身の筋肉あわせても約300グラムの貯蔵しかないグリコーゲンに比べると、脂肪は結構な供給余力を持ってると言えましょう。
 飢餓状態では、脂肪がエネルギーの供給源と考えられていますが、おの脂肪の消費を観察できる指標はないものか検討して見ました。その結果、次のスライドに示します様に、飢餓状態のときにエネルギー源として脂肪細胞から血中に放出されるのは遊離脂肪酸(FFA; Free Fatty Acid)ですので、このFFAを測定する価値はとても大きいと判断したのです。

このスライドに示しましたとおり、実は、脂肪細胞の中身の大半を占めているトリグリセリド(中性脂肪;TG)は、リパーゼ ( hormon-sensitive lipase; HSL )によってFFAとグリセロールに分解され、FFAは血液中に放出されるのですが、このHSLを活性化する働きをもっているのが、他でもないインスリン拮抗ホルモンと交感神経なのです。 インスリンは脂肪酸からのFFAの放出を抑制することが知られており、インスリンが低値をとるとFFAの放出が促進されるのです。先ほどの、71時間の絶食試験では、インスリンが低値でインスリン拮抗ホルモンが高い値をとっていましたので、FFAの放出が促進されていることが予測されるわけです。では、測定の結果をお示ししましょう。

FFAはやはり予想通り最初から高い値をとっており、絶食時間が長くなるほど上昇していました。飢餓状態では脂肪細胞からFFAの放出されることはこれまでもよく知られていましたが、この目で確認でき、感動を新にしたのでした。もちろん、このことと体重減少とは密接に関連していることと思われます。

 ここで新に研究課題として浮上してきたのが、ボランティアにおけるインスリン拮抗ホルモンの検討をする時に、一緒に、FFAの動きを見てみるというテーマでした。
 結局、インスリン拮抗ホルモンの動きを検討した17人のボランティア中、12人に関してFFAの動きを測ることができましたので、この12人中、特殊な動きを示した最後の方を除いた11人のFFAの動きを、説明ぬきで一挙にお示しします。










以上、11人のFFAの動きを一挙にお見せしました。
これら11人は殆ど似た動きをしています。すなわち、糖負荷前は全員高い値をとっており、糖負荷直後から速やかに下降し、インスリン拮抗ホルモンが例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きで急上昇する時、FFAも同じように急峻な上昇カーブを示しているのです。私は、FFAが、これほどまでに身動きの速い動きを取ることにまず驚きました。健常成人ので5時間糖負荷試験でインスリン拮抗ホルモンの多数例の検討そのものが世界で始めての試みですから、それに重ねてFFAの動きをみたこれらのデーターは、もちろんの世界で始めてのデーターであることは言うまでもありません。
そこで、とっておきの、最後の12人目のデーターをお見せしましょう!

この方こそは、血糖値の最下点が 88 mg/dl と今回の26人のボランティア中最高値の方で、インスリン拮抗ホルモンの動きに、例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動きで急上昇する動きが認められなかった方なのです。ご覧ください、この方には、FFAの最後の急峻な上昇が全く見られなかったのです。 この方のFFAの動きは、『インスリン拮抗ホルモンの例の警報装置が鳴って救急車がサイレン鳴らしながら反応したかのごとき動き』とFFAの急峻な上昇とが極めて密接な関係を持っていることを強く示唆するものであると思い、私は、感動してこのグラフをみたのでした。