患者の立場での糖尿病臨床研究   
その10) 私は糖質制限食を勧る  2013年3月28日 記

 先日、
日本糖尿病学会から『糖質制限食、現時点で勧めず』の提言がなされた」との報道があった。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130318-OYT1T01575.htm
この報道の元となったのはその1週間前の3月18日、日本糖尿病学会から『日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言』が PRESS RELEASE され、学会のホームページにも掲載されたことによる。
http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=40
糖質制限食は糖尿病の食事療法にとって極めて重要な課題であるので、この機会に私の考えを整理して、述べることにする。
私の考えを一言で纏めると、私は糖質制限食に極めて肯定的である。 その、理由について述べたい。
 現在、日本の医療機関で糖尿病治療食として一般的に指導されているのは、カロリー制限食というものである。 患者さんの身長を基にして摂取すべきカロリーを割り出し、一日の食事で摂るカロリーをそれ以下に制限し、さらに、栄養バランスにも制限を加え、糖質を50%から60%摂り、脂質を25%ほどに抑えるように日本糖尿病学会が推奨しており、現場の多くの医師や栄養士は患者さんにそのように指導しているのが現実である。 しかしながら、このカロリー制限食は患者さんにとって大変な苦労で、続けるのがとても難しいのもまた現実である。
 それに比べ、私がこのシリーズの『その1)』と『その4)』で述べた渡邊法は、カロリー制限食と異なり、面倒なカロリー計算の必要もなく、続けるのがとても楽な治療法である。 渡邊先生の治療法は、一言で言えば、バランスのいい食事を腹8分〜9分とって、これに適度な運動を加え、体重コントロールに努めるという、誰にでもできる、健康法である。 渡邊先生は『糖質制限』にこだわってはいないが、結果的には『カロリー制限食』に比べると糖質の摂取は、結果的にうんと低めになるのである。 私の場合、渡邊法ではあるが、主食からごはんやパンを抜いて、糖質の摂取を意識して少なくして来ているので、まぎれもなく『糖質制限食』である。 私は、いずれ、日本糖尿病学会も欧米の糖尿病学会と同じように『糖質制限食』を認めることになると思っていたので、今回の糖尿病学会の声明には違和感を覚えたのである。 日本でも、今や、『糖質制限食』が一般の糖尿病患者の食事療法に広く取り入れられつつあるので、今回の日本糖尿病学会の声明には、『糖質制限食』を実施している多くの患者さん方も違和感を覚えたことと思う。 いずれ、日本糖尿病学会も欧米の流れを後追いして、今回の声明を引っ込めざるを得なくなると思うが、この様に無茶な声明を出してしまった以上、それはだいぶ先のことになるかもしれないと憂慮している。

 実は、欧米の糖尿病学会でも、昔は糖質制限食に否定的であったという歴史があるが、現在は糖質制限食を肯定する立場をとっている。 (アメリカ糖尿病学会でも、以前は、今の日本の糖尿病学会と同じように糖質制限食に否定的な時代が続いていたが、2008年に糖質制限食を治療のガイドラインに肯定する立場での記載がなされた。)

 糖質制限食を提言し、欧米の学会に糖質制限食の有用性を認めさせるのに大きな貢献をなしたのは、バーンスタイン先生( Richad K Bernstain M.D.) であり、先生の感動的歩みは下記の著書に書かれているので、一読をお勧めする。

バーンスタインは1946年に12歳で1型糖尿病を発症し、医師の指示に素直に従ってインスリン療法を行った。 しかし、年を重ねるに従い、糖尿病からくる合併症はどんどん悪くなり、絶望的な毎日を送っていた。 食事に関しては、低脂肪・高炭水化物ダイエットの管理下に置かれた。 高炭水化物食は血糖値を上げるので大量のインスリンを補填しなければならず、“馬用”の10ccの注射器で注入していたという。 そのため、殆どの皮下組織が破壊されていった。 そのうち、感覚障害、視力障害、腎結石、網膜症、白内障、タンパク尿を伴う腎障害などの糖尿病の合併症に悩まされ始めた。 バーンスタインが、自ら本で調べた結果、『タンパク尿を伴う1型糖尿病患者の生命予後は5年』ということを知り、ショックを受けたのは35歳の時であった。  バーンスタインはそれまで病院検査室向けの機器を作る検査部長であったが、そのころ、家庭用品を扱っている会社に転職していた。 しかし、前の会社から送られてきた商業雑誌に掲載されていた広告がバーンスタインの運命を変えることになった。 それは、1分で結果を出し、血液を1滴しか使わない血糖計の広告であった。 1.4 Kgもする大型で高額の機器であったがすぐさま購入し、自分の血糖を毎日5回ほど測りはじめ、驚くべき事実を知った。 血糖値がジェットコースターの様に変動すること、そして、血糖値は 40mg/dl以下の低い値から400mg/dlこ超える高さまで1日2回上下することを知ったのである。 バーンスタインは血糖値を一定にするため、インスリン注射量を加減し始めた。 そして注射を1日1回から2回にした。 また、ダイエットに実験的なある変更を加えた。 すなわち、インスリン量を減らせるように炭水化物の量を少なくしたのである。 いろいろの苦労を重ねた結果、測定開始ご4年後に、24時間を通してほとんど血糖値が正常になるところまでインスリン量とダイエットを微調整できるようになった。  血糖値の測定回数も増やし、どの量のインスリンで血糖値がどれだけ下がるかも自分の体で繰り返し測定したのである。 そして、1gの炭水化物で血糖値が 5 mg/dl上昇し、当時のブタインスリン2分の1単位で血糖値が 15mg/dl 下がることを明らかにした。
 血糖値を正常に保つことが出来るようになったおかげで、バーンスタインは何年にもわたった合併症による慢性疲労と衰弱から解放され、皮膚の色のどす黒さも消え、高かった血清コレステロールと中性脂肪も正常値になった。 タンパク尿を伴う糖尿病腎症も治り、網膜症もよくなった。 インスリンの必要量も3分の1に低下し、さらにヒトインスリンの開発によって当初の6分の1に落ちた。
 糖尿病のコントロールに完全に成功したバーンスタインは、このすばらしいコントロール法を糖尿病の治療をする医師達に知らし、苦しんでいる患者の治療に役立ててもらいたいと考えた。 バーンスタインはこの方法の詳細を英文論文に仕上げ、New England Journal of Medicine はじめ多くの学術雑誌に投稿したが、ことごとく断られた。 医学会がバーンスタインを認めようとしないで、ぐずぐずしている間にも莫大な数の糖尿病患者が死んでゆくことに怒りと焦りを感じたバーンスタインは、自ら医者になることを決意した。 1979年、45歳の時、バーンスタインはアルバート・アインシュタイン医科大学に入学した。 医学部1年生の時、バーンスタインは最初の本『糖尿病:血糖値正常化のためのグルコグラフ法』を出版した。 これは、1型糖尿病、あるいはインスリン依存性糖尿病についてバーンスタインの治療法の詳細を記したものであった。 1983年、医師となったバーンスタイン先生は自分の住まいの近くのニューヨーク州ママロネックに診療所をかまえ、糖尿病患者の診療を開始した。 その後、40年近くの長きにわたって糖尿病患者さんの治療に携わり、この本の日本語翻訳者の太田喜義先生の訳者あとがきによると、あとがきを書かれた2009年時点でバーンスタイン先生は74歳になられ、お元気で診療活動をしておられるとのことである。 バーンスタイン先生が行った食事療法は1日炭水化物130グラム以内だったとのことである。 
バーンスタイン先生の精力的な活動により米国で糖質制限食を広く認知させることになった功績は大きなものがある。
1型糖尿病の患者さんの治療にとって、バーンスタイン先生の治療法はバイブル的な価値があると言えよう。 バーンスタイン先生の方法は、『糖質制限食』の一つではあるが、血糖値の測定基づいた厳密なインスリン量の管理が必要なため『糖質(炭水化物)管理食』と呼ばれている。
 その後、アトキンス先生により、肥満ならびに2型糖尿病に対してもっと徹底的な、一日の糖質20g以内という糖質制限食が提唱された。 これは、アトキンス・ダイエットと呼ばれて、バーンスタイン・ダイエットと共に欧米で広く取り入れられている。


 一方、本邦では、1998年に釜池先生が糖尿病患者さんに低糖質食を開始されたのがはじめてと言える。 欧米に比べかなり遅れてのスタートではあったが、釜池先は驚くほどの効果があったことを2007年に出版された。 釜池先生の糖質制限は1日20g以下であるが、肉類が豊富に含まれるので、食事としてはおいく食べれ、インスリンも経口糖尿病薬も使わずに糖尿病のコントロールがうまくゆく例が多いと述べている(下記本)。

釜池先生は糖尿病だけでなく、それ以外の生活習慣病にも効果があることも述べておられる(下記本)。

釜池先生は京都大学医学部のご出身で、同じ京都大学医学部出身の江部洋一郎先生は釜池先生の話を聞き、高雄病院で糖質制限食を始められ、その後、現在江部洋一郎先生の弟さんの江部康二先生により精力的に低糖質食が推進されている(下記本)。 本邦で糖質制限食を普及させるのに大きな役割を果たした江部康二先生の貢献は極めて大きなものがあるといえよう。 江部先生の糖質制限は釜池先生よりもゆるい制限になっている。

江部康二先生が高雄病院で患者さんに出しておられる糖質制限食は朝と夕食だけごはんを抜いて、昼食は玄米食のごはんがついている。 江部康二先生がご自身の糖尿病コントロールに採用している方法は、これに加えて、昼食のご飯も抜いており、これを『スーパー糖質制限食』と呼んでいる。
江部先生も糖質制限食は糖尿病以外の生活習慣病にも効果があると述べている(下記本)。

田中瑞夫先生は整形外科医で、50歳の時糖尿病になり、低糖質食により薬なしで糖尿病を克服した闘病記を出版した。

北里研究所病院の糖尿病センター長の山田 悟先生は、ご専門の立場から糖質制限食を検討され、『ゆるい糖質制限』を糖尿病治療に勧めている(下記本)。


私の考えは、糖質制限は糖尿病治療に大きく考慮すべき選択肢であり、日本糖尿病学会もいずれ欧米の糖尿病学会と同じ様に糖質制限食を勧めることになるような気がしている。