患者の立場での糖尿病臨床研究

その3:健常成人26人の5時間糖負荷試験の驚きの結果


前項その2で『今回の一連の実験から出てきた検討課題の「私に起こった低血糖の発作は、私だけの特殊事例なのか、一般集団で共通しているのか」の回答は次の項(その3)で述べる』と書きましたが、実はこれから述べるテーマは、そのことにとどまらずもっと重大な意義のあることなのです。 その、テーマを下のスライドに示します。

国内国外の文献検索をしましたが、75gOGTTの5時間曲線の正常値の論文は私が調べた限りでは見つけることが出来ませんでした。 何故、これほど重要なテーマの研究論文が見当たらないのか不思議ですが、実施してみて分ったのですが、とても簡単にはできない困難な研究であることがその主な原因と思います。 健康保険の適応が2時間までの糖負荷試験に限られていることも、5時間の正常値が研究されていないもう一つの理由かもしれません。 
研究実施方法のスライドを示します。

ところが、現実に実施するのには想定外の幾つもの困難がありました。
この検査を受けるボランティアは、一日仕事を休まなければならず(学生の場合一日授業を休まなければならず)、しかも、採血は11回もあり、大変な苦労が待っているのです。私は、私の知人に熱っぽくこのテーマの重要性をお話しし、ボランティアを募りました。一人目のボランティアが決まった時の感動は今でも忘れることが出来ません。最初の方の検査を2008年11月27日に実施でき、その後、一人また一人と賛同者があらわれ、約6ヶ月後までに何と26人のボランティアが手を挙げてくださったのです。想像を絶する、すごいことが起こったのです。その方々の、お一人お一人の暖かいお心に、思い出すたびに涙の出る思いです。

ここにあげました方々をはじめとする、実に多くの方々の暖かい理解と支援・協力があって初めて今回の研究が実現したのです。(この場をお借りして、深甚の謝意を申し述べたいと存じます。本当にありがとうございました。)

ボランティア26名全員が特にはっきりした持病のない、とても元気な健康成人でした。
先ずは、26人の方々の糖負荷テストの結果を行った順に提示します。
なお、糖負荷は通常通りトレ−ランG75摂取の方法で行いました。

これが1人目の方の結果です。 全く健康にお仕事されておられる方ですが、、糖尿病の診断基準(以下全て2時間までの診断基準を指す)上は境界型に分類されることになります。 私は生まれて初めて一般正常健康人の5時間糖負荷テストのグラフを目にして、心のときめきを感じずにはおられませんでした。 負荷後180分に血糖の最低値が 67 mg/dlという低い値を示しましたが、低血糖の症状は全く認られませんでした。


これが2人目の方も、全く健康にお仕事されておられる方です。 糖尿病の2時間までの診断基準に照らすと正常型に分類されることになります。 この方も、糖負荷後2時間半で 62 mg/dlという低い血糖値をとりましたが、低血糖の症状は全くおこりませんでした。 


これが3人目の方の結果です。 この方も全く健康にお仕事されておられる方です。 2時間までの糖尿病の診断基準上も正常型に分類されることになりますが、この方の場合は、5時間の糖負荷試験によっても血糖の最低値は70台を保っています。 低血糖の症状は全くおこりませんでした。


これが4人目の方の結果です。 この方も、これまで健康診断で空腹時の高血糖を指摘されたこともなく、糖尿病を指摘されたこともなく、全く健康にお仕事されておられる方です。 この方は糖負荷後180分で血糖値がなんと 44 mg/dlというとても低い値にまで低下しました。 この血糖値が今回の26人の検査値のなかでも最低値でした。 この方の場合、集中力低下と眠気というはっきりした低血糖発作の症状がおこりました。 幸い、症状は比較的短い時間で消失し、検査を無事終了されました。この方の、グラフで注目すべき点は、血糖値のピーク(60分後)とインスリン値のピーク(120分後)の時間に60分の時間差が存在することです。 このピーク間の時間差のある方とない方がありますが、時間差が大きい方ほど、低血糖のほうにドライブがかかる傾向があると言えそうです。


これが5人目の方の結果です。 この方も全く健康にお仕事されておられる方です。 この方の場合、糖負荷後60分で267 mg/dlという大変な高血糖を呈したあと、負荷後180分には 61 mg/dlという低い血糖値を示しています。この方の場合のピーク間の時間差は30分ですが、高血糖に反応して負荷後90分のインスリン値が94μU/mlと比較的高い値をとったことが、この低い血糖値をとることに一役買っているように思えます。 なお、この方も低血糖の症状は全く認めませんでした。

さて、ここまでは、年齢が40歳台から60歳台までの方々でしたが、ここで20歳台の若者が登場します。

この、6人目のボランティアの方の血糖曲線は、高血糖もなく低血糖もない、これこそは正常曲線の鏡といえるのかもしれません。 インスリンのピーク値は98.4と高いのですが、血糖のピークとインスリン分泌のピークに時間差がないことが、最低血糖値が70台にとどまっていることに役立っているような気がします。 ただ、最低血糖値が70台にとどまっていたにもかかわらず、糖負荷後150分から180分にかけて集中力がなくなり、頭がボーツとした感じになり、それまで読んでいた本が読めなくなって、眠たくてたまらなかったとのことであり、紛れもなく低血糖発作の症状が起こったのです。 血糖値が 74 mg/dl と70台にとどまっていた場合でも低血糖症状が起こりえるということは注目すべきことと言えましょう。


この7人目のボランティアの方も、とても元気なスポーツ青年です。 インスリンの出もよく、負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型ですが、負荷後150分には 62 mg/dl にまで低下しています。 この時、低血糖の症状(頭のボーとする感じと眠気)が発現しております。


この8人目のボランティアの方も、とても元気なスポーツ青年です。この方も、負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型ですが、負荷後150分には 55 mg/dl にまで低下しています。 この方は、糖負荷後150分から180分頃頭がボーツとして、猛烈に眠たくなったとのことで、明らかな低血糖発作の症状と考えられます。


この9人目のボランティアの方も、同じように元気なスポーツ青年です。この方の場合、負荷前の血糖値が112 mg/dl ですので2時間までの診断基準では境界型に分類されます。この方の場合、負荷後150分に、血糖最低値は70台を保っていたにもかかわらず、軽い低血糖症状が認められています。


この10人目のボランティアの方は64歳と26人のボランティアの中で最高年齢の方です。 年を取るとインシュリンの出が悪くなるのかと私はなんとなく思っていたのですが、この方のように60歳台でもインスリンがどんどん出る人がいるわけです。 この方は空腹時(負荷前)のインスリン値も比較的高いので、血糖値を下げるのにインスリンがたくさん必要なタイプと言えるかもしれませんが、とても元気な方なので、このパターンも正常モデルの一つと考えるべきと言う気がします。この方は負荷後240分で 55 mg/dl にまで血糖値が下がり、この時、低血糖の症状が発現しています。


この11人目のボランティアの方も、とても元気な40歳台の方です。 負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型ですが、負荷後180分には 58 mg/dl にまで低下し,低血糖の症状の発現をみています。


この12人目のボランティアの方も、とても元気な40歳台の方ですが、糖負荷後90分で 60 mg/dl まで血糖が低下しています。 負荷後2時間以内に60台にまで血糖が下がったのはこの方だけでした。この方は、負荷後180分にも 68 mg/dl にまで低下しています。 どちらのポイントにおいても、低血糖の症状は全く認めませんでした。


この13人目のボランティアの方も、とても元気な40歳台の方です。 負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型ですが、負荷後180分には 62 mg/dl にまで低下し、低血糖の症状の発現をみています。 血糖値のピークとインスリン値のピークに60分のずれがあります。


この14人目のボランティアの方も、とても元気な30歳台の男性です。 負荷後2時間までの判断でも血糖曲線は正常型で、しかも300分後までをみても、血糖値は80 mg/dl以上を保っています。この方のパターンこそはどこにも非の打ちようがないと言えるのでしょうね。この方は、低血糖の症状は全く認めませんでした。


この15人目のボランティアの方も、とても元気な30歳台の方です。 この方も、負荷後2時間までの判断でも血糖曲線は正常型で、しかも300分後までをみても、血糖値は80 mg/dl以上を保っています。この方のパターンも先ほどの方と同じように非の打ちようがないと言えそうですね。 ただ、先ほどの14人目のボランティアの場合とちがって、血糖値とインスリン値のどちらにも2つの谷がありますね。むしろ、このパターンも、健常成人でよく見られるパターンです。 この方も、低血糖の症状は全く認めませんでした。


この16人目のボランティアの方も、とても元気な30歳台の女性です。 負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型ですが、負荷後180分には 68 mg/dl にまで低下しています。 この時、低血糖の症状の発現をみています。


この17人目のボランティアの方も、とても元気な20歳台の方です。 負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型です。 負荷後150分には 57 mg/dl にまで低下し、低血糖症状の発現を認めています。


この18人目のボランティアの方も、とても元気な20歳台の青年です。 この方の場合、負荷後120分の血糖値が150 mg/dl ですので2時間までの診断基準では境界型に分類されます。 血糖のピークとインスリン分泌のピークに時間差がないことが、最低血糖値が70台にとどまっていることに役立っているような気がします。 しかし、この時に低血糖症状の発現をみています。


この19人目のボランティアの方も、とても元気な30歳台の男性です。 負荷後2時間までで判断する限りでは血糖曲線は正常型ですが、負荷後210分には 50 mg/dl にまで低下しています。 負荷後180分を過ぎた頃から眠気が強くなり、集中力がなくなって、読書出来なくなったということでした。 この低血糖症状は30分ほどで回復しています。


この20人目のボランティアの方は、とても元気な40歳台の方です。 負荷後2時間までの判断でも血糖曲線は正常型です。 負荷後300分までの間に、90分後の 110 mg/dl、180分後の 83 mg/dl 、そして270分後の 78 mg/dl以上と血糖値には3つの谷が認められています。この2つ目の谷にあたる負荷後180分ごろから眠気と倦怠感が起こっており、このことは 83 mg/dl という血糖値でも低血糖症状が起こりえるということで、これは驚くべき事実であると思います。  80 mg/dl 以上の血糖値で軽いとはいえ低血糖発作症状のみられた方は、今回負荷試験を行なった26人のボランティア中この方お一人だけでした。 なお、負荷後270分後の 78 mg/dlの時点では低血糖症状は認められませんでした。


この21人目のボランティアの方も、とても元気な50歳台の男性です。 この方の場合、負荷前の血糖値が112 mg/dl と高く、負荷後120分の血糖値も154 mg/dl ですので2時間までの診断基準では境界型に分類されます。 この方は、負荷後210分には血糖値は 62 mg/dl にまで低下し、負荷後240分後も 67 mg/dl の低い血糖値を示しています。 負荷後240分ごろにぼんやりした感じになったとのことで、軽い低血糖発作の症状と判断しました。


この22人目のボランティアの方は、元気な20歳台の女性です。負荷後2時間までの血糖曲線は診断基準からは正常型に分類されますが、血糖値の最高値が 100 mg/dl と低い値をとっています。 また、180分後は 56 mg/dl の低い血糖値をとり、さらに負荷後210分には 54 mg/dl にまで低下しています。 この方は、糖負荷後180分ごろから眠気が強くなり、強い倦怠感もおこったり、明確な低血糖発作を認めています。


この23人目のボランティアの方は、元気な20歳台の男性です。 負荷後2時間までの血糖曲線は診断基準からは正常型に分類されますが、糖負荷180分後には 59 mg/dl の低い血糖値をとっています。 それにもかかわらず、この方は、低血糖を示唆するいかなる症状も認められませんでした。 


この24人目のボランティアの方は、元気な30歳台の方です。 この方の場合、負荷後2時間までの診断基準では正常型に分類されます。 この方は最低血糖値は70台にとどまっているますが、負荷後240分ごろすこし眠気を感じたとのことで、軽い低血糖症状と判断しました。


この25人目のボランティアの方も、元気な30歳台の方です。 この方の場合も、負荷後2時間までの診断基準では正常型に分類されます。 この方の最大の特徴はインスリン値が低いことで、今回の5時間OGTTを行なった26人のボランティア全員と比較してみましたところ、負荷前が 0.7 μU/ml で26人中で2番目に低く、最高値は 14.6 μU/ml と26人中で最も低い値をとっていました。 この方は、糖負荷後60分と120分頃に少し眠気があり、糖負荷後150分から眠気は取れたとのことでした。 この方の低血糖症状の発現の時と、血糖値の最下点には乖離がみられます。 この説明は簡単ではなく、とりあえず、事実として受け入れるしかないように思えます。この様な、明確な乖離が見られたのはこの方だけでした。


この26人目のボランティアの方は、元気な50歳台の方です。 この方の場合も、負荷後2時間までの診断基準では正常型に分類されます。 この方は最低血糖値は 88 mg/dl という26人中で最も高い値にとどまっています。 糖負荷後60分には空腹感があったとのことですが、低血糖症状は認められておりません。


以上、26名のボランティアそれぞれの貴重な生のデーターを示しました。

ではここで、これら26例の血糖値とインスリン値の各採血ポイントにおける平均値(±SD)の推移をグラフにしてみますと、下のようなとてもナンセンスなものが出来上がります。

これまで皆さんと一緒に見てきた26例の個々人の息の詰まるようなすざましい変化に比べ、平均をとってしまうとこんなにも味気ない無意味なものになってしまうことが分っていただけると思います。
何も考えない人にこのグラフを見せると『なるほど、糖負荷テストの変化は2時間までが全てで、その後はだらだらとゆっくりさがってゆくだけなのですね』と、とんでもないことを言いそうな気がしますね。
26例の中から、3例だけ下に並べますので、それをもう一度一緒に眺めながら考えてみましょう。



このようにどの個人の例をとっても、先に示した平均値によるグラフとはおおよそ似ても似つかぬものなのです。
血糖の曲線を見ても、単相性(ボランティアNo.4)、2相性(ボランティアNo12)、3相性(ボランティアNo.20)と、さまざまなのです。
それが平均値にしてしまうと、お互いが相殺されて、単純な単相性になってしまうのです。
血糖値の最低点をとる負荷後時間も、90分(ボランティアNo12)、180分(ボランティアNo.4)、270分(ボランティアNo.20)と、さまざまですが、それが平均値にしてしまうと、まるで読めなくなってしまいます。
だからこそ、私は、26例全例の個々のグラフを提示したのです。 裏話ですが、もちろん私は当初はこれを学術誌にと考えたのですが、図が多すぎるという理由で
全例の提示は無理でしたし、それなら単行本での出版を考え、幾つかの出版社と交渉したのでしたが、『売れそうにない』との判断だったのでしょうか話は進展しませんでした。 これまでも、幾つか雑誌に取り上げてもらえましたが、誌面の制約から一部の提示しか実現しませんでした。 しかし、全例の提示こそは大事と考え、私は、この様に私のホームページ上での公開に踏み切ったのです。 実は、私がこれまでに行ってきた糖尿病に関する臨床研究は膨大なものとなっているので、それらを整理しながら、順次このホームページ上にアップしてゆく予定ですので、期待してください。

さて、先ほど、血糖曲線には単相性、2相性、3相性があるとお話ししましたが、これに血糖ピークとインスリンピークのずれの有無まで加えてまとめた表もついでにお見せしましょう。


さて、これら26例の血糖曲線の最低値の低い順に並べると下のようになります。

すなわち、実に31%にあたる8例の方が 59 mg/dl以下の血糖最低値を取っていました。  69 mg/dl以下の血糖最低値を取った方は実に65%の17名にものぼりました。
これらの26名の方のうち低血糖症状5時間糖負荷試験の最中に、何と、62%にあたる16名の方に低血糖症状が発現したのです。
これら26例における低血糖症状の有無と最下点血糖値をまとめた表を示します。

この様に、最下点が 59mg/dl 以下の群では8例中6例(75%)で低血糖症状が認められ、最下点が 60〜69mg/dlの群と 70mg/dl 以上の群ではどちらも55.6%で低血糖症状が認められました。 血糖最下点の低い順に並べたものでも見てみましょう。

血糖値の最下点が低い値の人ほど低血糖症状の発現する傾向はあると言えますが、しかし、むしろ、最下点が 59mg/dl 以下の群でも8例中2例(25%)で低血糖症状を認めず、最下点が 70mg/dl 以上の群で9例中5例(56.6%)もの人が低血糖症状を認めたことの方が驚きでした。 低血糖の発現には個人差が大きいことを強調すべきかもしれません・ 
今回明らかになったことで何よりも重要なことは、
『26名の方のうち低血糖症状5時間糖負荷試験の最中に、62%にあたる16名もの方に低血糖症状が発現した』という驚くべき事実であろうと思います。 すなわち、私に起こった低血糖症状は私だけの特殊事例ではなかったようです。 また、当初考えたように、おやつの習慣はこの低血糖症状を予防するため人類の知恵なのかもしれません。


以上、健康正常ボランティア26名で行った5時間糖負荷テストの結果をお示ししました。
さて、次回以降、いよいよ研究は佳境には入ってゆきますのでご期待ください!