思うこと 第66話           2006年1月29日 記

2006年の“年の初め”の読書 −その10− 

中国の今後 −その2−


 昨日の第65話では、中国の今後に関しては、ポジティブからネガティブまで実にさまざまな予測があることを紹介した。私は中国には親しい友人が多いので、中国が今後、挫折するこなく発展し続けてほしいとの気持ちは人一倍強い。 実際に、幾度か中国を訪問し、また、中国の友人達と話をし、中国の現状を直接見る度に、私には中国が今後も大きな挫折をすることもなく発展し続けるという予感がしてならいのであった。 私のイメージしているような将来分析をしてくれている著作を探していたところ、極めてタイムリーに、昨日、書店で左写真の本に出会った。 この本は、2006年1月10日に、「週間ダイヤモンド」の別冊として発刊されたもので、本のタイトルは
『23億人の巨大市場が立ち上がる  インド・中国  世界経済の主役になる日』であった。
 この本も、多くの方々が、さまざまな視点から中国の今後について述べてくれてあった。 その中で、私が、『これだ!』と快哉を叫んだ4ページからなるレポートがあった。 そのレポートは
『貧富の差で中国は崩壊するか』のタイトルで、東海大学教授の葉 千栄(よう せんえい)氏の書かれたものであった。 葉 千栄氏は1957年上海生まれ。 国立上海戯劇学院大学卒業。早稲田大学大学院政治研究科博士課程終了。現在、東海大学教授として現代中国語、現代中国社会について教鞭をとるかたわら、国際政治やアジア経済を論じるジャーナリストとしても活躍しておられる方である。 葉 千栄氏の述べておられる内容の一部を抜粋すると;
 
『中国共産党中央党校(党幹部の最高養成機関)が発行する「学習時報」は、最近こう警告している。「都市部と農村の収入格差は03年以降急速に広がり、すでに「黄信号」がともっている。有効な手立てを早急に取らなければ、5年以内に間違いなく「赤信号」の状態に突入する』と。さらに『人口の2割を占める貧困階層の収入と支出の総計は、全人口のわずか4%。その一方で、同じく人口の2割を占める富裕層の収入と支出の総計は50%にもなる。』と指摘した。今日の中国の問題点をこれほどわかりやすく指摘したレポートはないだろう。どちらの2割も分母が13億人だから、中国には2億6000万人の富裕層と2億6000万人の貧困層が同時に存在し、しかもその格差はさらに広がりつつある。』
 確かに、私(納)もこれほど明確な数字で示していただいたのは、初めてであった。
 さらに、葉 千栄氏は、最近、日本で盛んに言われている「貧富の差が原因で中国が崩壊する」という予測は間違っていると考えておられる。 その理由について、葉 千栄氏は次のように述べておられる; 
『「貧富の差が原因で中国が崩壊する」という予測は、なぜはずれ続けているのか? その裏には、あるメカニズムが存在している。04年度の中国の都市部と農村の収入データを見てみよう。都市部は前年比7.7%増だったが、農村部は同5.3%増。額の差と増加率の差は歴然として存在するが、双方とも年々増加している。つまり、これはいわゆる「相対的貧困」なのだ。もし、都市部の収入のみが増加し、農村部が減少しているなら、それはいずれ「絶対的貧困」を生じ、中国はたちまち崩壊するだろう。 現在、北京や上海で生まれ育った若者の大卒の初任給は約3000元で、日本円に換算すると5万円弱程度。一方、内陸の農村部から大都市に流入する一億人近くの「民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者の月収は、その3分の1の1000元強にすぎない。自分と同じ年齢の人間が都会出身ゆえに3倍の年収をもらっていることに、なぜ、彼らは造反しないのか。それは自分の年収も以前よりははるかに増えているためだ。つまり、「相対的貧困」だから、彼らは“爆発”しないのである。 かって、これと同じ現象は米国や日本でもあった。 1960年代、上野駅のホームに溢れていた集団就職の若者の姿はあの時代の象徴だが、原因は原因は現在の中国と同じだ。第2次産業の急激な発展によって都市と農村の賃金格差が生じ、農村部の余剰労働力が都会に流れる。その格差が当時の日本の高度成長を支え、「メイド・イン・ジャパン」が世界を席巻する原動力となった。ちょうど、今の「メイド・イン・チャイナ」製品のように。』
 私は、この文を読んで、感動した。『目からうろこ』で、そう言われてみれば、ほんとうにそうだと思った。 私が1960年に大学に入学した頃は、6畳一間の間借代が2000円で、うどん代が大学の安い食堂では10円、街の食堂では30円、親からの仕送りが7000円で、家庭教師のアルバイトで2000円稼いで、月9000円で学生生活を謳歌できた。まさに1960年に首相に就任された池田勇人総理は『所得倍増』論をテーマに掲げ、そして、その頃を境に、日本経済は躍進し、オイルショックなどの波はあったものの、国民一人一人の収入は確実に上昇して、『所得倍増』どころか、10倍をはるかに超える今日の状況を迎えているのである。
 著者の葉 千栄氏は、もう一つ重要な指摘をしておられる。それは、胡錦濤政権が、調和のとれた社会の実現を目標に掲げ、農村の収入増加と生活環境の改善を最優先課題にしていることが、大きな動きとなって現れてきつつあるという指摘である。
 さらに、著者は、『中国の中産階級が年1%の増加率で増え続けるとすると、今後20年で中産階級人口は全国総就業人口の40%に達する。その段階になると、中国の政治・経済は安定し、社会の秩序は守られ、調和の取れた安定した社会が形成されるだろう』という陸学芸氏(中国社会学院)の説を紹介し、このことは、実際、米国、欧州、日本だけでなく、韓国や台湾でも実証されたメカニズムであるとの著者の見解を述べておられる。
 このようにすばらしい洞察力を持った方が、日本在住のジャーナリストとして、日本語で我々に中国の正確な情報を発信してくださっていることは、日本にとって極めてありがたい事と言えよう。
 この葉 千栄氏のレポートの紹介で、私の新春読書の『中国の今後』の項の締めくくりとさせてもらう。