思うこと 第100話           2006年6月15日 記       

若者よ、世紀の大発見のシーズ(種)は君の周りに満ちている

 エジソンは『必要は発明の母である』と言った。 私は『思うこと 第100話』のこの区切りにあたり、君達若者に告げたい、『おかしいな? 不思議だな? と思っていろいろ調べても答えが見つからないときは、あきらめず、どうしたら答えが見つかるかを自分で考え、努力し続ければ、答えにたどりつくものである。それは、全く新しい発見であることが少なくない。』と。 このささいな実例として、私のタイワンツバメシジミの幼虫の越冬状態の発見の事例を参照いただきたい。  もし、君が医学徒なら、次のように言い換えることが出来る、『患者さんを診察し、わからないことにぶつかり、過去の文献を調べても答えがでていないことであったら、答えを求めて研究すれば、必ず答えが出て、それはすなわち世界で始めての発見であり、そして、患者さんにとっての福音となる。』と。 私達全てのものが、大きな発見のシーズ(種)に取り囲まれているのだ、ということを認識してほしいと思う。 もちろん、ALS(筋萎縮性側索硬化症)やCJD(ヤコブ病)のように治療法の確立までには大変な道のりが予測されるものもあるが、これらとて、何時の日にか、たどり着けると思うし、またたどり着かなければならないと思う。

 私は、この件に関連したとてもいい実例を本日手にした雑誌「Medical Asahi」のインタビュー記事の中に見つけた。それは、左のページ写真に示すように、『ピロリ菌発見から23年後の受賞』のタイトルの小文であった。
もちろん、私は、オーストラリアのバリー・マーシャル博士とロビン・ウォーレン博士が、胃潰瘍がピロリ菌によって起こる感染症であることを発見したことにたいして2005年にノーベル賞を受賞したこと、しかもその受賞が発見から23年後であったことはよく知っていた。ただ、今回、このインタビューに答えたマーシャル博士の話に、改めて感動し、若者にこの事の意義を伝えたいと思った次第である。
 私は40年前に医学部を卒業後、3ヵ年間ほど消化器疾患に興味を持ち、胃カメラ(ファイバースコープ)による診断と、胃カメラでバイオプシー(生検)した胃の粘膜の病理診断に熱中した時期があった。  当時の私は、胃潰瘍はストレスや生活習慣で起こるという医学常識に何ら疑問を感ずることなく、先輩医師達から技術を学ぶ事で精一杯で、自分で病気の原因を追究しようという考えは皆無であった。 当然、私の網膜にはピロリ菌が映ったはずであるが、“見れども見れず”という状態であった。 だからこそ、私にとって、感動の記事であったのである。
 オーストラリアの臨床病理学者のウォーレン氏は、胃の幽門部近くの組織にらせん状のバクテリアの存在することに気づいた。そして、その菌の存在部位に炎症が起こっていることに注目した。これに興味を持った若い研究員のマーシャル氏と共に、多数例の患者のバイオプシー検体に関し検討し、このことを確認し、そして菌の分離培養にも成功した。そして、このことを学術論文にまとめて投稿したが、なかなか受け入れられず、学会からも認めてもらえなかった。 しかし、2人はあきらめず、動物実験で証明するために努力を重ねた。 しかし、ブタやマウスに感染させる実験では失敗し、適当な動物モデルを見つけられないでいた。1984年、マーシャル氏は意を決して自ら分離培養したその菌の培養液を飲むことに挑戦した結果、深刻な胃炎が起った事を確認したのであった。この事がきっかけとなり、ついには、消化性潰瘍の殆どががこの菌( ヘリコバクタ・ピロリ菌 H.pylori )によって起こり、この菌に対する抗生物質による除菌治療が消化性潰瘍の決定的治療法として認められるに至ったのであった。
 私は、君達若者は、この2人の研究者による発見の事例を心に留めて、何かおかしなことに気づいたら、それを無視せず、食らい付いていってほしいと思う。また、もしもあなたが医学徒の場合、患者さんの診察の時、あるいは患者さんの検査結果を検討する時、何か不思議なことが目に付いたら、それは、患者さんの病気の原因を解き、治療法の発見に結びつくかもしれないことを、常に念頭に置いてほしいと思うのである。