33 キーボードは娘にまかそう
ギターに挑戦
放りっぱなしにしてあるキーボードをいじり始めたら、「何の曲か分からない」と娘が笑う。
滝廉太郎の『荒城の月』だったが音程を忘れて
ミミラシ/ ドシラ /ファファミレ /ミ♪を
・・・ソソファミ/ ド♪としたからだろう。
45年前に習った曲を忘れても恥ずかしくもない。
そんなに笑うならやってみろと『大きな古時計』の楽譜を渡した。少し前に平井堅が歌っていた曲で外国人が作詞作曲したものだ。むろんカタカナが振ってある譜面だ(ピアノの教則本に必ず登場する曲だからくどいけれど掲載しておきます)。
ソ/ ドシドレドレ/ ミミファミラレレ/ ドドドシラ/ド ♪
意外なことに娘は器用に弾きこなす。「中学の時に音楽でピアノを弾かされたもの」と笑う。そばにいた息子に弾かせたらドレミの位置が分からないとつぶやく。「あんただって音楽でピアノを弾いたでしょ」と娘が説教を並べる。ゲームやパソコンは得意でも楽器が苦手なのは遺伝だろう。
興味のない者にはドレミファソラシの7音の位置さえ分からないだろう。黒鍵2つの左の白鍵が「ド」なのはわたしも覚えている。ちなみに黒鍵3つの白鍵は左からファソラシとなる。そして黒鍵は半音だからドレミファシラシドは白鍵を押せばいい(ハ長調の場合)。それさえ忘れている息子の無関心ぶりには呆れた。鍵盤の多さに慌てふためくのもおかしい。
息子は両手で弾き始めた。そこはゲームで鍛えた早押しの成果だろう。「あんたって意外に器用じゃない。あたしは左手が動かないもの」と娘が息子をおだてる。でも、キーの位置が分からず途中で混乱している。「お父さん、ドレミのシールを貼ったほうがいいよ」と息子が言い出すのも負け惜しみだろう。リズムボックスとメトロノームの代わりに買い込んだキーボードも家族の笑い道具には使える。せっかくギターのコード(和音)に慣れたから当分は娘にキーボードはまかせよう。そんな話をしていても楽器に興味がない妻は狸寝入りを続けている。(2007/01/27)
【タイトルに「大人」がつく雑誌や番組が増えて】
おとなと書けばいいのに「大人」と綴るタイトルの雑誌やテレビ番組が増えた。昔のヒーローやアイドルが仲むつましく登場する。わたしのブログだって昔を取り上げるが美化するつもりはない。ゴマスリや視聴率稼ぎに持ち出されるのも迷惑である。
牙を抜かれたおっさんやシワがふえたおばはんを見たくない。それが「大人」なら、みにくさをさらしているだけだろう。満ち足りてどこでも出向けると言いたいのだろうか。美味しい料理を食べて、毎週旅行に出向ける「大人」など限られている。
好奇心や見栄はおとなも子どもも持っている。仕事や勉強から離れて、自分のために楽しむことも同じである。それをことさらに「大人」とくくるのがウサン臭い。持ち上げられてハシゴをはずされたり、こういうヒマ人が年金を使っているという布石にされたくない。
渋々「大人」のための国語や算数の問題を解く日々である。ボケも始まって、折角わずらわしさから解放されると思っていたら老人になるための受験勉強まで強いられる。「大人」本や番組はりっぱな老人になるための検定なのだろうか。(2006/04/15)