経済学の本を読み続けて
2008年02月24日
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古典というものは有名なわりに読まれないが、誰かが読み続けているもののようだ。これは若田部昌澄さんの『経済学者たちの闘い エコノミックスの考古学』(東洋経済新報社、2003年)を読んで思わずうなづいた。いろいろな人がそれを読んで褒めたりけなす価値があるのも古典といわれるものの宿命だろう。日本語で書かれた「源氏物語」や「徒然草」はともかく、翻訳に頼るしかないアダム・スミスの『諸国民の富』、カール・マルクスの『資本論』、J・M・ケインズの『一般理論』はそういう古典の最たるものだろう。
●古典は煙たい
ひまつぶしに昨年末から経済学関係の本を読み直している。マルクスやケインズそれにサムエルソンに親しんできたわたしには、マンキュー、ステイグリッツ、クル−グマンのぶ厚い教科書を読み直す気は欠ける(学生のころに読んだサムエルソンの「経済学」も上下二冊で厚かったが読み切れたのに・・・)。そこで薄ければなんとなるだろうと岩波文庫にあるリカードの『経済学および課税の原理』上・下、シュンペー夕一の『租税国家の危機』を買ったものの細い文字にうんざりしてお手上げである。最近文庫化したケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』上巻も数章読んでそのままである。
●近代経済学の解明
昨年末に杉本栄一さんの『近代経済学の解明』(上・下2冊、岩波文庫)を読み終えた。著者が若くして亡ったので未完な著作だが下巻にはマルクスの論法に詳しくふれている。杉本さんの解説はわたしが学んだマルクスの経済学とは異なるが、歴史的説明と論理の展開を組み合わせた解釈にうなづきながら読み通した。マルクスの経済学から近代経済学に進んだという杉本さんだから、他の学説よりも詳細に立ち入るのかもしれない。それはともあれ、学生のころに読んだときには杉本さんの解説は異端だと無視したものである。今にして思えばスミスやリ力ードを代表とする古典派を乗り越える学説としての「近代経済学」のひとつとしてマルクスを扱うのも不当ではないし、意義もある。
●世俗の思想家
先日読み終えた八イルブローナーの『入門経済思想史 世俗の思想家たち』の第6章は「マルクスが描き出した冷酷な体制」というタイトルである。この本についての印象はすでにまとめたので繰り返さないがマルクスの入物像や理論の構成も客観的に扱われ、市場システムの批判者としてでなくシステムをくまなく分析した評価もある。それはアメリカのマルクス経済学者のP・スージーやケインズ左派だったJ・ロビンソンに通じるマルクスの評価であり、わたしにもなじめた。経済学からマルクスを除外しないのも公平である。この本はシステムいじりや科学性にこだわる経済学の現状を憂い、ビブレンやシュンペンターが持っていた広い視野を生かそうとする方向性もただよう。
●よりみちの例
わたしは昔から経済思想史と経済学史を特に区別せず読んできた。金融工学や投資技法もそれなりに興味はあるものの金もうけから離れ、自分が生きた時代を学者がどのようにとらえ、理論化したかにひかれる。技術論と異なる社会との取り組みをそこに見る。経営や会計を学んだわたしが経済学にこだわるのもこんなよりみちのせいかもしれない。(以下は読んだ例としてあげるだけです。自慢するつもりはないので読み飛ばしてけっこうです。)たとえば水田洋さん、高島善哉さん、小林昇さんのアダム・スミス解釈、内田義彦さんや大塚久雄さんのK・マルクスやマックス・ウェーバー比較などもおろしろかった。都留重人さんのシュンペーター紹介、宮崎義一さん、伊東光晴さん、浅野栄一さん、川口弘さんのケインズ解釈にも親しんだ。学説史としてはケネーやスラッファの研究者である菱山泉さんの『近代経済学の歴史』(講談社学術文庫、1997年)やケンブリッジ学派に通じている根井雅弘さんの『経済学の歴史』(講談社学術文庫、2005年)も読んだ。こういう方々がいるから経済学嫌いにならなかったと思う。
●資本論の解釈
最近は伊藤誠さんの『「資本論」を読む』(講談社学術文庫、2006年)に手を出している。いわゆる宇野学派による解説だから、通説批判や自説が混在して読みにくい。ずっと昔に山歩きしていたころ中央公論社(?)の世界の名著の一冊として鈴木鴻一郎さん訳の資本論のコンパクト版を読んだときの戸惑いを思い出す始末である。数年前に読んだ岡崎次郎さんの『資本論入門』(国民文庫、大月書店、1976年)の簡潔さからみると引用がくどい。「商品の物神性」とか「資本の本源的蓄積」などのマルクス持有の視野や歴史分析を省略するのは、理論には価値判断が入り過ぎというのだろうがなじめないものがある。それでも欧米のマルクス解釈や先行する解釈を盛り込んでいるから無視できない。資本論を経済学としてとらえる立場に徹するとこうなるのだろうか。久しぶりに数色のマーカーを使い分けて読むのも疲れる。ちなみに、我が家にはアルチュセールほかの『資本論を読む 上』(今村仁司訳、ちくま学芸文庫、1996年)もころがっているがこちらは哲学の解釈なのでふれない。
【補記】
経済学や経営学の古典を見直す本が日本経済新聞から『経済学と古典』として最近発行されています。P・ドラッガーも古典になる時代ですね。
【買ったまま並べている本】
文庫本ばかりですが手軽に入手できる本です。昔読んで読み直そうと買ってそのままですが、最近の事情を知る本も加えます。
『ケインズ』
伊東光晴著 講談社学術文庫
『思想としての近代経済学』 森嶋通夫著 岩波新書
『経済学の考え方』
宇沢弘文著 岩波新書
『経済学とは何だろうか』 佐和隆光著 岩波新書
『入門 環境経済学』
日引聡・有村俊秀著 中公新書
『貨幣論』 岩井克人著 ちくま学芸文庫
『資本論の世界』
内田義彦著 岩波新書
『産業革命』 アシェトン著
岩波文庫
『アダムスミスの誤算』 佐伯啓思著 PHP新書
『経済学のことば』
根井雅弘著 講談社現代新書
『「ケインズ革命」の群像』 根井雅弘著 中公新書
『物語 現代経済学』
根井雅弘著 中公新書
『わかる現代経済学』 根井雅弘編著 朝日新書
『ゆたかな社会』
ガルブレイス著 岩波書店
『証言 水俣病』
栗原彬編 岩波新書
『下流喰い』 須田慎一郎著 ちくま新書
『現代の貧困』
岩田正美著 ちくま新書
『派遣のリアル』
門倉貴史著 宝島社新書
『生活保護VSワーキングプア』大山典広著 PHP新書
【また読み直したい本】
さきに取り上げた古典を除き、学生時代に読んだ本を中心にします。
サムエルソン(岩波書店)や千種義人さん(同文館)の教科書は受験勉強用に愛読しましたが、読み直したいとは思いません。また、公害や論争史も除きます。
置塩さんや富塚さんの難しくてお手上げだった本もあります。
『近代経済学の史的展開』 宮崎義一著 有斐閣
『近代価格理論の構造:競争・寡占・独占』伊東光晴著 新評論
『資本主義発展の理論』 P・スージー著 新評論
『経済学の考え方』『異端の経済学』ジョーン・ロビンソン著
『経済学と価値判断』 グンナー・ミュールダール著
『新しい産業国家』 K・ガルブレイス著
『戦後史 上下』 正村公宏著 筑摩書房
『アダムスミス研究』 水田洋著 未来社
『経済学の生誕』 内田義彦著 未来社
『マルクスとウェバー』 高島善哉 紀伊国屋書店
『J・M・ケインズの経済学』D・デラード 東洋経済新報社
『ケインズ「一般理論」形成史』 浅野栄一著 日本評論社
『蓄積論』『マルクス経済学』置塩信雄 筑摩書房
『蓄積論研究』 富塚良三著 未来社
『金融資本論』 ヒルファーディング著
『帝国主義論』 レーニン著
『資本蓄積論』 ローザ・ルクセンブルク著
『競争と独占』 越後和典著 ミネルバ書房
『近代経済学の歴史』 菱山泉 講談社学術文庫
『ベニスの商人の資本論』 岩井克人 筑摩書房