小児科医中原利郎先生の過労死認定を支援する会

小児医療の危機

小児科医 佐山 圭子


 会(インフルエンザ脳症の会)に参加させていただいている小児科医です。

 三人の子どももいて今は非常勤で一般外来の仕事を少ししているだけです。会報を読ませていただいているばかりですが、皆さんの深い思いに触れ、学びが多いです。
今日は皆様に小児医療の問題についてと、その問題の中で自殺した上司のことをお知らせしたいと思います。

 4年前の夏のことでした。 次男を出産後、続けるつもりだった仕事を辞める決意をして(6ヶ月の赤ちゃんの母乳育児中に当直を月に4回以上しないと困るといわれたため)、3月に退職した数ヶ月後のことでした。彼は働いていた病院から投身自殺をしました。
過労死と私は思っていますが、労災の申請は認められず、そのため遺族を支援する会が立ち上げられました。
HPもできました。http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/index.htm
そこで遺族の方のお話と、上司が実際に机に残した「少子化と経営効率のはざまで」と題した遺書が公開されています。

 小児科医療の現実はマスコミにも取りざたされ、
時々救急外来でも問題も現実にあります。
もちろん小児科医側が改善すべき点もあると思いますが、制度そのものの問題も多くあると感じています。
かなり前のものですが、一般向けに書いた小児科医療の現実を訴える文章がありますので転載させていただきます。

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 小児科医になって
15年。研修は指定病院で、その後小児病院、一般総合病院の小児科(救急当直勤務も含む)、そして子育てのため現在はパート医師です。その中で、この国の小児医療の制度には本当に問題がある、と思ってきました。
小児科医療の危機については、最近マスコミでも取り上げられることが多いので、ご存知の方も多いことでしょう。あるいは、実際子どもの急な発病で夜間の診察を受けるという機会があった方もいらっしゃるかもしれません。忙しそうで、充分話が聞けなかったという不満はおこってあたりまえの状況のことも多いです。小児科医療が本当に大変というのは、働いてきたものの実感です。

 私は実際、下の子が6ヶ月の時に育児休暇はこれ以上はあげられないと言われ、さらに月に4回夜勤をしなければクビにすると言われ、フルタイムの仕事をやめました。やめた時、「小児科医はリストラか過労死」と思いました。さらに退職後5ヶ月で、その職場の上司が40台半ばで亡くなりました。私は過労死だと信じています。死因は病院からの飛び降りでした。
院長や事務長からの「もっと収益を上げるようにもっと働け」という言葉と、医局員からの「これ以上当直はできない、働けない」という言葉の板ばさみになって苦しんで、うつ病になり自殺したのだと思っています。

 小児科医療がなぜこんな状況なのか、わかりやすくお話しましょう。
子どもは、訴えができません。点滴などの処置も難しいです。つまり、ある程度の熟練と専門性を要求されます。小児科救急を冠する病院は小児科医で当直を組みますし、内科医は小児科救急は診たがりません。こわいという感覚はあたりまえだと思います。私だって医者だけれど、交通事故や大やけどなんて診られません。親も小児科医の診察を希望して来院します。どこの総合病院でも内科医は小児科医の2−3倍はいます。つまり、当直体制の病院では、この時点で当直の回数は小児科医は内科医の2−3倍はこなさなくてはなりません。

 夜間の当直は本当に激務、ひどい日はほとんど寝られず朝はとても疲れています。
たいていの病院では、夜勤明けすぐ日勤が始まり、夕方まで仕事をします。(私はそのように働いた日に保育園にお迎えに行って家に帰りついた途端、数時間子どもをそっちのけで寝てしまったこともありました。)

 専門性は求められ、診察、投薬、検査、処置、看護など全てに手間がかかるのに、その「手間」の部分は保険点数として認められません。実際投与されたもの、検査が行われたものに対して医療報酬が支払われるからです。

 たとえば薬 体重あたりで
mg単位で計算し、薬剤師がチェックし粉薬を気をつけて配合して袋に分包する、多分大人に錠剤の薬を出すより、何倍も手間がかかり気をつけます。だけれど、収入は処方された薬の量なので、赤ちゃんでは1/10になります。

 たとえば点滴 命を救うために点滴が絶対必要なとても処置の難しい未熟児がいた時、失敗したら点滴の針の失敗分は全て病院の赤字になります。これでは、複雑な新生児高度医療は赤字覚悟でやるしかないです。一生懸命やればやるほど、赤字になるのです。それでも、現場のスタッフは、小さな命を守るために、私生活を犠牲にしてまで働いています。そのように頑張る小児科医が多いことは、現場にいたことのある私はよく知っています。

 たとえば検査 大人なら簡単な検査も子どもはなだめすかせて、あるいは安全な検査のために薬をつかって寝かせてからしないといけなかったりします。時間をかけてそーっと寝かせてさあ検査という時にぎゃーっと泣くことは珍しくなく、検査技師さんには嫌われ(子どもの検査に慣れていてそのような状況でも優しい技師さんももちろんいますが)、なんの情報も得られず、出来高制の医療報酬制度では収入はなし。検査をしたという結果に支払われるからです。

 いかがですか、すべてがこんな具合です。こんなわけで、小児科は病院の収益の足を引っ張ります。医療保険制度が変わらないかぎりこのままでしょう。小児科が季節によって混んだりすいたりするのも当然のことですが、病院の経営者はこれすら小児科医の責任にして、ベッド稼働率が低いと責めます。小児科が病院の経営を圧迫すると判断された場合は、小児科閉鎖ということになります。

 小児科医は大変とみんなが知っていますから、自然に人気はなくなります。するとますます負担が重くなります。私を解雇した病院でも、その後の補充がなく残った医師に負担がかかり悲劇がおきました。小児科医は需要があるのに不足しているのです。不足するから過労になる、だからなり手がまた減る、すると仕事は増える・・・の悪循環。

 私は、医療者の充実があってこそよい医療サービスができるのだと思います。仕事をやめる選択をせまられた時、私はギリギリでした。これ以上働いたら、自分に納得できるよい医療はできない、逆に患者さんに申し訳ないことになると思いました。自分が心身共に磨り減った状態では、他者に心を注ぐことは難しいです。それが仕事であっても、医者と患者の関係であってもです。これは、育児を考えればよくわかっていただけるのではないでしょうか。お母さんは満たされているからこそ子どもを愛することができるし、子どもはお母さんが満たされた状態だからこそしあわせなのだと思います。

 「子どもの医療で儲けようという発想がそもそもよくない」という友人がいます。
私もそう思います。子どもは国の未来そのもの、子どもを大事にしない国は滅びると思います。どの子にも、よい医療を保障するのは国の責任だと思います。小児科医を過労にしたら、そのしわ寄せはどこにいくのでしょう、子どもにいくのです。子どもを守るため、国の未来を守るため、国はできることをきちんとやっていってほしいです。

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 一緒に働いていた者として、彼の死の大きい要因として病院からの強い圧力があると思っています。また、小児医療の問題を指摘した遺書を残して亡くなっているのですから、その声を広く世の中に届けるのも大切なことと思います。それで、このような形でお知らせしており、もしもお気持ちがあれば上の
HP上から署名用紙が印刷できますので、支援する会にお送りおいただけないでしょうか。

(会報44号「こころの扉」2003年11月発行:
インフルエンザ脳症の会【小さないのち】に掲載)


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