その部屋には、静かな目をした女性が住んでいた。



+小さな小さなお話。+



夜が終わり空がうっすらと瑠璃色に染まる頃、散歩から帰った小さな人影が、少しだけ開かれた窓辺に現われた。
黒い上着とベスト、ズボンを身に着けたその姿は、この屋敷の主とそっくりのミニチュアで。
優しい花の香りを纏った風に、帽子を持っていかれないよう頭を抑え、部屋に入ったその人は、小さく首を傾げる。
いつもなら。薄い帳に覆われた寝台で眠りに就いている筈の、この部屋の女主人の姿が、今日は、ない。
ぐるりと辺りを見回して、左の肩越しに淡く光る月を認めた彼は、一つ頷いて近くの椅子に飛び降りる。
外出でもしているのだろう、と帰りを待つように、椅子のクッションに身を委ねる。


刻が過ぎて、太陽が眩く辺りを照らし始めた。白い花で飾られたその部屋は、ひんやりとした空気を保ったまま、女性が戻らぬ時間が過ぎて行く。


椅子の上で転寝をしていた小さな人は、ようやく瞳を開いた。
彼女が戻らないままの二日目の夜。
流石にこれはおかしいと思ったのか、灰色の眼差しを窓の外に向ける。
ふと、此方の空に小さなカナリアに似た鳥が見えた。違うのは、その羽根がルビーのように真紅であること。
その鳥が彼女の使い魔であることに気づいたその人は、ほっとした表情を浮べてその訪れを待った。
小鳥は、やっと辿り着いたわ。というように、彼の隣に舞い降りた。
しかし、いつもその鳥と共にいる筈の彼女は、やはり帰ってこない。
どうしたの?というように彼が鳥を見つめると、赤い小鳥はつぶらな瞳を瞬いて、嘴に咥えていた小さな紫色の石を椅子の上に置いた。
音を記憶する魔法の石。小さな人が、それを取り上げて手のひらに乗せると、優しい女性の歌声が溢れ出した。
それは小さな星のように部屋を廻り、空気を満たす。

ごめんなさいね、と言っていたわ。と小鳥が囀る。
そうか…じゃあ、彼女は行ってしまったんだね。と小さな手が帽子を押さえる。
ええ。でも、笑っていたわ。あの方とどこまでも一緒に行くのだって。
そう…。と、小さな首が頷く。帽子の陰になった彼の目は濡れてはいなかったが、僅かに伏せられていた。


そういえば、君はどうして彼女に付いて行かなかったの?というように、彼は首を傾げる。
私?
窓辺に舞い上がった赤い鳥は、いつの間にか小鳥ではなく小さな人の姿をしていた。
鳥の時と同じ赤い羽根をはばたかせて、彼に向かって微笑む。
このお屋敷から、みんないなくなるの。だから一緒に…。
小さな少女は、彼に向かって手を伸ばす。
一緒に…行こう?
やがて彼も、小さな手を伸ばした。



……そして、その部屋には誰もいなくなった。