+貴方は言うけれど+



最近考え事が多いようですね。
何を考えていらっしゃるの?


と貴方は言うけれど。


ええ、貴方のことを考えておりますよ。

と言ってしまえたら、どんなに楽か。



まず、第一に。
前提から、叶うはずがない。

あの方は堕天使で。
私は人間で。
しかも無限の寿命を持つあの方に比べ、普通の人間の一生すらまっとうできるとは思えない のだし。

まぁ、寿命の違いなんかを何も考えないにしても。

すれ違う、あの方が囁くのは誰にでも甘い甘い蜜のような言葉。
花のような姫君たちの間を、ひらりひらりと舞う蝶のごとく。
一介の吟遊詩人が、少しでも心を傾けて貰えるとはとても思えない。



そんな風に真っ当に、この初恋を諦めようとしているのに。
あなたは人の気も知らないで、去り際に口付けなんて落としてくれるから。
今日も私は、自分の心臓がやかましくて死にそうです。

けして告げるつもりのないこの想い、いつか零してしまいそうで。
そうなったら、少しは気に掛けて頂けるのでしょうか?









+笑い+


恋をした。
多分、許されない恋だった。

それは、貴方が悪魔だからだとか、私が死人だからだとかじゃなくて。

幸せを望まない恋。
前に進めない恋。



久々に、場末の酒場に出かけて、酒を頼んだ。
以前はよく、吟遊詩人の生業の傍ら、一夜の客を探したところ。
店の主人は気がよく、私好みの酒を今でも用意していてくれた。

一人グラスを傾けていると、隣の席に座った男性が話しかけてきた。
「なんだ、暗い顔してるじゃないか」
「…そうですか?」
私は、ひょい、と首をかしげて見せる。
「彼女にでも振られたか、にいちゃん」
「一応、女なんですけど」
私がそういうと、「ああ、そりゃ失礼しちまったな〜」と笑う。

「で、あんた、惚れた男がいるのか?」
「……一応。」
少し震えそうになる声。動揺を隠すためにじっとグラスを見つめる。


愛して欲しいのに、愛されるのが怖い。
自分の存在が、彼に負担を掛けるのが怖くて仕方ない。


「相手に嫌われたか?」
「いいえ」
「…なんだ、それじゃあ幸せじゃないか」
男性はそう言った。
「惚れた男がいる。嫌われていない。あんたもそいつも生きている。それなら、そんなに深く考え込むこたない。 もっと笑顔でいいはずだ」

「…本当に、そうですね」
グラスを揺らしながら、小さく笑った。









+まどろみの中で+


もう二度と帰って来られなくても、貴方に触れることが叶わなくても。
私が恨むことはけしてないから。

どうか、ずっと笑っていてください。


あなたは優しいから、私を慰めてくれるつもりで。
「貴女が好き」だと多分…嘘をついたのでしょう?

だけど、今もそれを「本当」だと胸に抱いて、私は眠るから。



深い深い、海の、まどろみの底で。






●その嘘ですら、私の幸せ。









+独白+


ああ、そう本当は。
私なんかじゃあ、駄目なんです。

判っているつもりなのに、本当は判っていない。
離れられないのが、そのいい証拠。


自分には、放浪癖がある。
遠く水平線の果てに浮かぶ、宝石のような島々も。
心安らぐ静寂の森も見てきた。
ここでなら、一生過ごしてもいいな、などと考えながら、 次の聖夜までもそこに留まることは少ない。

ここではない、遠い場所へ。
どこかへ。
その衝動が、常に私を動かしている。

そんな私が、縫いとめられた影のように、足止めされたのは貴方だけでした。


貴方に教えてあげたい、木漏れ日の陽だまりも、甘く切ない喜びの雫も。
そんなものを体現してくれる、至上の華のような姫君。
暗く、冷たく、消えそうなこの月よりも。
貴方には、そういう人こそふさわしい。



―――それでも、身の程知らずにも、私は貴方の眼差しが欲しいのです。






●ベリアル様が好きすぎて、その恋人への理想像が高すぎる
(というかピントがずれている)エルス。









+ こころ+


人間が一人で生きていけないのが本能だとするならば、
貴方が好きで堪らないこの気持ちも本能ですか?

いやですねぇ、本能なんかに負けたくないものです、と呟く。
それが、こんな醜い感情ならなおさら。

手酌の酒瓶は、いつしか空になって。
今日もまた、眠れないまま夜が明ける。

恋に焦がれて寝付けないなんて、
ほんと純真な乙女のような言い訳。

貴方はいつも、私の知らなかった自分を引きずり出すから。
本当に罪な人です、と苦く笑った。



この気持ちが恋だと認められるまで。
私は幾つの眠れぬ夜を過ごすだろう。









+無題。+



酒場で何の気なしに竪琴を爪弾いていた。
夜明けまぎわの店には、人の姿も殆どなくて、残っているのは酔いつぶれて眠る男たちばかり。
歌を歌うのが楽しいわけではなく、自分の歌は好きになれない。
今は聞いてくれる人もいない。
それでも歌うのを止められない自分は、多分、歌がなければ生きていけないタイプの人間なのだろう。

そろそろ閉めるよ、と酒場の主人が声を掛けてきた。
はい、と頷いて竪琴を奏でる手を止めた。
あんまり商売にならなかったねぇ、悪いね、と笑う彼は、きっと優しい人なのだろう。

時々思う。彼みたいな暖かい人と結婚して、酒場を手伝いながら子供を育てて、 毎日笑ったり泣いたりしながら、それでも幸せに生きる人生はどんなだろう、と。
それは、御伽噺のように遠くて、うまく想像することも出来なくて、ああ、きっと無理なんだな、 と感じる。
例え、この身に纏った呪いが彼を不幸にしなくても、暖かくて優しい人の温もりに包まれて、 生きることはできない性分らしい。
もし温もりに包まれることがあるとしたら、それは私が死ぬときだろう。

宿代を負けとくから泊まって行かないかい?と笑いかける彼に首を振って、明日はこの街を出よう、 と密かに決意した。






●王国前。自分に対する好意におびえる。









+消える+


消える。
いっぱい、消えていく。
心がふわっとする。
沢山泣いた後の、心地よさのように。

私の中に積もっていた、多くの想いを、記憶を、手放していく。
小さい頃キャラバンから見た夕日や、覆いかぶさった男の人の体を眺めながら小声で歌っていた歌や、 痛みの代わりに感じたなんとも言えぬ息苦しさや、踏みしめた草の柔らかな香りや。
沢山の綺麗な記憶と。沢山の哀しい傷みと。沢山の…沢山の記憶が、私から流れ出て、多分、 シアの中に流れ込むのだと思う。
そして、全て私が空っぽになったら、私という存在は消えて、また一つのエリューシアという魂に 戻るのかもしれない。
それはとても心地よくて、当たり前のことのように思えて、私は緩やかな流れに身を任せていた。

けれど、想いは全て流れ出ず、僅かな記憶と心もここに残った。
手放せなかった想いは、優しく心を照らし出し、私は薔薇色の卵の中で、小さく微笑みを浮かべる。


そう、私はこんなにも幸福だったのだ、と。






●余分なものをとっぱらうと、本当のものが見えるはず。