+夜明け+
冷たい窓を開き、そっと外に出てみた。息が白く、滲む。
明ける前が一番暗いと言われる空は、まだ闇色の帳を落として、それでも何か張り詰めた空気を漂わせていた。
きっと、じきに日が昇る。冬枯れた木々に宿る鳥たちが、動いてもいい瞬間を待ちわびているからなのか。
気の早い小鳥が、ぴぃ、と一声鳴いた。
指が悴むのを覚え、そっとストールを掻き合わせた。西の空には、まだゆらりと月が光っている。
それを見ながら、彼の人の瞳を思う。冷たい、凍えた湖水を思わせる瞳は、また月の裏の顔をも思い出させた。
月は隠しているものがあるから美しいのだと、今度言ってみようか。彼の瞳もまた、同じ様に。
そうしたら、彼の人はどんな顔をするかしら。
……きっと、いつものように微笑んでいるだろう、と小さく笑う。
でも、自分は、その瞳の色が僅かに変化するのを知っている。自分を抱きしめた時、また閨の中で。
どんな風に自分を呼んでくれるか、それがどんな思いで自分に届くか…もう解っている。
時々、堪らなく彼に触れて欲しいと思う。自分が壊れるほど、抱いて欲しいと。
それは、とても心を満たす行為なのだけれど。その望みが唇に昇ることはない。
淫らな、いやらしい女だと思われたらどうしよう、と心のどこかに怯えが走るから。
私などが触れてはいけないとさえ思われる肌に、思うまま指を這わせ、唇を奪い、自分の欲望を告げたら。
彼の方は、どんな瞳で私を見るだろう。
……怖くて、試す勇気が、ない。
空の色が徐々に変化していった。黒から深い青へ、そして柔らかな紫へ。まるで大きな瑪瑙のよう。
太陽の元で営むものたちの、新しい日が始まろうとしている。
近くの木々から、小鳥が一斉に飛び立つ。
……何か、あの方に差し上げられるものがあるといいのだけれど…
この世界には、美しい花々が多く咲き誇っている。
自分は勿論比べるべくもない。
それでも、私にもっと、綺麗なものがあればいいのに。
体と心を全て捧げても、喜ばれるとはとても思えなくて。
だからせめて、一緒に生きたいと思った。
欲しいと思ったのは、永遠ではない。一秒でも長くあの方の傍にいる時間だけ。
自分をいらなくなるまで、ただ、ここにいると。
…そう、言いたかった。
痛いほど張り詰めた空気が、ふと緩まった。
日が昇り始めたのだ。爪の先のような光が次第に広がり、白い雲の通り道を浮び上がらせる。
周りの景色が歪んで滴り、自分が泣いていることに気づいた。
冷え切った肌にその雫が温かくて、そのまま笑った。
……後悔をすることはない…
小さく呟く。
今までも、この先も…けして私が悔いることはないだろう。
ただ、胸が痛いだけ。どうしようもなく…苦しく狂おしく、そして幸せであること。
月が隠れた今も、私は貴方に包まれているから。
●やや裏仕様で。
自分を厭うあまりの哀しみ。