+願い+


「では、最近は少し体調が優れないから、外出は控えていらっしゃるのね?」


シアは、手に持った丸い鏡に向かって話し掛ける。

「ええ、心配なさらないようにお伝え下さい」
鏡の中のシアは……いや、良く見ると顔の作りは良く似ているが、遥かに年上に見える女性は、そう言って微笑む。

「解りました。…エルスお姉様は、御幸せでいらっしゃるの?」
「はい、大体は。ですから…ご心配なく」
相手の答えに、少女は首を傾げた。
「あの方のお屋敷にいらっしゃるんでしょう? お兄様は『お嫁に行った』と仰ってますけど。
愛する方の所に行って、幸せじゃないんですか?」
シアの純粋な疑問に、エルスは苦笑を浮べる。

「幸せなんですけど…少し不安でもあるんです。あの方が、あまり優しくして下さるから」

「……優しいと不安になるんですか?」
良く解らない、と十二歳の少女は呟く。エルスは、そうでしょうね、と笑って見せた。
「…そう…あの方が好きで、近くにいたいと…私がそう願っているから。
ただ、それだけでお傍に置いて下さるのではないかと……少しだけ不安になるんです」
まだ少し困惑しているシアに、好きな方が出来たらお話しますよ、と相手は微笑んだ。


「…ふぁ……なんだか、もう眠くなって来ました」
「それなら、これで。お休みなさい」
「お休みなさいませ、お姉様」
挨拶をすると、シアは術を掛けた手鏡を机に仕舞った。



髪を梳かし、寝る準備をしながら、ふと考える。


私が誰かを好きになる…そんなことがあり得るのだろうか。
確かに、シアは今一緒に暮らしている魔術師のお兄様も、街で会う人たちも大好きだ。
生まれてからずっと神殿で育ち…親も兄弟も知らないシアにとって、初めて知る家族の温もり。
例えば、一緒にご飯を食べるとか、風邪を引くと皆が心配してくれるとか…そんなことがとても嬉しい。

……けれど、恋、となると、全く別のもの。
自分は、全てを神に奉げると誓ったのだから。
自分の最愛の者は常に神であり…神のために死ぬよう定められているのだから。
それを超える想いがあるなんて……
 

ふぁぁ……とさっきよりも大きめの欠伸が零れた。


……今夜は、もう、難しいことを考えるのは止めよう。

シアは首を振って、そう思った。

眠くてぼんやりした頭で、考え事をしてもしょうがないし。
お布団はフカフカで、いい匂いがするし。
それに、それに…ここで私はとても幸せなのだから。

ランプの明かりを消して、ベットに潜り込む。
明日はどんなことがあるだろう。
神殿に居る時は、こんなに『生きる』ことが楽しいだなんて、思わなかった。




 
 

――この暖かい人たちに囲まれて暮らして行くことが
                私の、ささやかな願い。