あなおぞまし

 

穴おぞまし

  私が小学生だった頃。昭和30年代、後半のことである。この頃、水洗トイレなるものを使っているところは少ない。当然、我が家もいわゆるくみ取りタイプである。普通のうちは直径1メートルほどの瓶に貯めるのである。ところが我が家は職人の父が自ら穴を掘って作った。大人が一人立てるほどの直方体の穴である。
これのメリットはくみ取り頻度が少なくて済むということである。一家7人分を貯めておくのであるからかなりの大きさがないとならないという訳である。くみ取り頻度を下げると支出を抑えられるということもあったのかも知れない。

   そんな訳で光の入らないこの空間は私の想像力を異様なほど高めてくれた。人が入れるサイズであるから、もしかすると入っているかも知れない。そう思ってしまった。そう思ったが最後、もう、この空間が果てしなく大きい世界に思えてきた。便座はもちろんこの頃といったら和式である。暗い空間に何かいるのではないか。もう、怖くてウンコが出来なくなってしまった。しなければ、漏らしてしまう。
「お化けなんかいない」
「幽霊、怪物、なんか空想の世界だ」
そう思うと、その空間から
「これでも、いないかああ?」
そう言って、次の瞬間、出現する怪物を想像してしまうのだ。
だから、トイレに入る前は明るい漫画を読んでから用を済ますことにしたのである。だから、運のいいことに私の前に怪物は出現しなかった。私の空想の勝利であった。
「私は空想に勝ったのである」
    念のために、糞(くそ)ではないから、とだけ言っておきたい。

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