追う人と追われる人の絵 

 

     追う人と 追われる人

 

 


 宇宙人こと通称名・田中健一には私 生活の微塵もなかった。何処へ行っても新聞記者、テレビ報道記者、一般人、子供、債権者、警察官、犬が 彼の後を追って来た。彼が銀河系3番目に位置するホニャラカ星から家出をし、地球に流れ着いた時、生活 費に困ってサラリーマン金融から生活費を借りたのだが、地球の生活に慣れない彼は仕事が続かず返済が 滞った。債権者が追う訳は、彼が宇宙に逃げ借金を 踏み倒されないよう常に彼を見張るため追っていた。

 一般人、子供が彼を追う訳は、珍し い姿態に興味があったし、宇宙人だから物珍しかったし、極たまに空中を飛ぶ姿を見たかったし、まあ、動 物園のパンダを見るくらいの気分であった。
  犬が追う訳はただ習性というか走っている彼を見ると無性に追い掛けたくなった。
 警察官が追う訳はこの追っかけ騒動で交通機関の渋滞、麻痺を整理するため走った。


 追っている者たちの理由は個々色々 あるが、兎に角、彼を誰もが追わずにはいられなかった。だから、彼には気の休まる場所がない。彼は安住 の地を求めて逃避行の毎日だ。そして、密かに作った秘密基地がある北海道の山中に逃げた。文字通り、秘 密基地であるから誰にも存在は知られていない。しかし、仕組みを知らない彼は、秘密基地を作る資金をサ ラリーマン金融から借りていたので詳細は自ずと金融業者には知られていた。彼の性格は至ってサービス精 神が旺盛で明るかった。彼は地球へは自力飛行してやって来たのであるが、地球上ではどうも空気があると 空気抵抗が邪魔して思うように飛べなかった。そう、彼は空気を必要としない身体であった。太陽光線とい うエネルギーがあれば、身体の中で光合成を起こし、栄養に変換する内臓を備えていた。だから、太陽エネ ルギーを得られない夜はなるべく動かないでじっとしていることがほとんどであった。エネルギーが不足す ると胸のカラータイマーが点滅し警報音を鳴らしてくれるので生きていく上で支障はなかった。しかし、格 好が目立った。つり上がった目、シルバーと赤のツートンカラーの身体は、人目を引いた。

  都会から夜逃げ同然と言いたいところであるが、夜逃げられない彼は、真っ昼間に逃げ るしかないので、当然、目に付く。だから、いつも誰かに追い掛けられているのである。兎にも角にもあら ゆる物から逃げていた。そういう訳で、彼は北海道にある秘密基地に寝泊まりして早7日間が経とうとして いた。

 8日目の朝、秘密基地と呼ぶ別荘に 隠れていた彼が窓のカーテンを開け外の空気を吸おうとして窓を開けた。鳥のさえずり、木々のざわめき、 北海道の山の中らしい。彼は自由をかみしめていたときであった。何やら、人の声がするではないか。人な どいるはずのない、秘密の場所であるはずなのに。声のするほうを見た彼は驚いた。いつの間にかカメラを 構えた男女50人ほどが遠巻きに陣取っていた。その中のひとりの男が叫んだ。

「やはり、この家だ。彼がいたぞ」

 その声で全てのカメラが彼に向けら れた。シャッター音が鳴り響く。

「どうしてここが分かったんだ? こ こも7日間の命であったか」

 記者たちの手には田中から送られた ファックスが握りしめられていた。その文面は次の内容であった。

 もう探さないでください。僕はひっ そりと暮らします。

 差出人 田中健一 北海道長万部町 国後1827番地秘密基地内

 となっていた。

 彼はドアを急いで閉めた。しかし、 彼はほくそ笑んだ。すっかり用心深くなった彼は常に逃げ道を作っていた。彼は部屋に戻るとキッチンに 入って中央に据えられていたテーブルを脇に押しやった。そして、壁に飾られたピカソの絵をずらし隠し金 庫のダイヤルを回した。金庫を開けると中に1本の紐が垂れていた。その紐をつかむと勢いよく引っ張っ た。

 ウイーン、ウイーン、あと120秒 で発射です。台所の床の中央が左右に開いて下から人間の形をした物が徐々に上がってきた。

「私が作ったモビルスーツだ。これで 脱出だ」

 彼はモビルスーツの中に身体をねじ 入れた。彼の身体のサイズに合わせて作られたモビルスーツはすっぽり彼の身体を包み込んだ。その間にも 家の中で大きな音を発していた警報音とともに、時間のカウントダウンを告げる合成音が鳴り響いていた。

「後、60秒で発射です。これより、 1秒ごとにカウントします。50、49、48、47……」

 一方、外に集結していたメディアの 集団はこの異様な警報音の出所が田中の家からであることを知り相談していた。

「一気に踏み込みましょう。彼を確保 するには、今でしょう?」

「彼の人権はどうするんだ」

「彼は宇宙人で地球の法律は通用しな い」

「そうなの? そうだな、宇宙人だも な」

 記者たちは玄関に駆け寄った。その うちの一人が呼び鈴を押す。

「田中さん、あんたはもう包囲されて いる。大人しくしなさい」

 その時、先ほどからカウントダウン していた警報音が「発射」と宣告した。

 モビルスーツを着た田中は、スーツ のスタンドから身体を外して一歩ずつ歩み始めた。そして、取材陣の前に歩み出た。

「こんにちは、宇宙人の田中さんはこ こにはいませんよ、さっき、裏口から逃げましたから」

「あんた、中に入ってるんだろ? バ レバレなんだよ」

「……」

「そんな着ぐるみ着たって駄目だよ」

「はは、ばれましたか」
 こ うして目立ちたがり屋の性癖を持つ宇宙人は、隠れては、出現し、驚かすという演出をして、趣向を凝らす のであった。

超短編小説の目次に戻る