心変わり
どうしてあいつはこんな境遇を好むのであろう。私は不思議で仕方がない。あいつは今日も巨大な水槽に頭のてっぺんまですっぽり入って、水の中で瞑想にふけっている。僕が近づくと、あいつは気配を感じたのか、水の中で少しだけ瞼を動かした。僕はそれを敏感に察知し、あいつに問い掛けた。
「水の中は気持いいかい?」
するとあいつは瞼を閉じたまま、白い歯を見せて僕に言った。
「ブクブク(ああ、素敵快適上出来)」
水の中なのでよく聞き取れなかった。ただ、そんなふうにしゃべったように僕には聞こえた。僕の声だってあいつに聞こえているかどうか分からない。
「僕には君がどう見ても苦行をしているようにしか見えないけど? しょっとしてマゾかい?」
あいつは初めて目を開けた。それももう開きそうにもないくらい大きく瞼を見開いた。突然、そんな形相で見つめられたものだから僕はしこたま驚いた。
「ぶくぶくブク(ハアハハ、苦行なんかしているように君には見えるかい? 君の目は節穴かい?)」
「ああ荒行にも見えるよ? だって氷も入れているだろ? 唇が真っ青だぞ。それに幾分震えているようにも見えるぞ」
あいつは一瞬言葉につまった。いや、しゃべってはいないからはっきりしたことは言えない。皆僕の想像だ。すると、あいつは口から大きな水疱を次々に吹き出した。彼は慌てて水面に向かって勢い良く上っていった。そして、水面から飛び出すと、大きくジャンプした。
「いやあ、空中は最高だねえ。この一瞬がたまらない」
間違いなく確かにそう聞き取れる声であいつは叫んで、また、水中に勢いよく落下した。そのとき、彼は水面に浮かぶ大きな氷の塊に頭をぶつけた。ゴキッと嫌な音が聞こえた。それきり、彼はしゃべらなかったので、どんな気分か聞けなかった。今度は水面にやはりさっきと同じように動かないで浮かんでいた。まるで死んだようにゆったりと浮かんでいた。水の中や空中より、やはり境目がいい、と思ったのだろう。あいつは何時まで経っても静かに漂っていた。僕は長い時間あいつの動向を見ようと待ったが進展はしなかった。お腹が空いた。あいつもお腹が空いたらまた次の行動に移るのかも知れない。人間の心境など、すぐ変わるものである。僕がご飯を食べてまたここへ戻ったら、あいつはもう何処かへ行っているかも知れない。
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