逆さま
溝口健二はいつものように布団から出た。顔を洗う。髪を整える。そして、食堂に向かう。彼の妻、妙子が食卓に料理を並べていた。
「おはよ」
妻にそう言うとそのまま、いつもの食卓に腰掛けた。持ってきた新聞を読む。そのうち、家族が順番にやってくる。いつもの通りである。
「あら、お父さん、あたしの席に座ってきょうはどうしたの?」
長女の恵子が素っ頓狂な声を上げて驚いている。健二は不思議がって恵子を見た。
「おまえこそ、何を言ってるの?」
妙子がその間に割って入った。
「あなた、朝からふざけないでちゃんと座ってくださいね」
「一体、何処に座れというのだね」
「あなたの席は反対側でしょ?」
健二も少し腹立たしくなってきた。なるほど、彼の座る場所には娘の箸や茶碗が並べられていた。そのうち、息子の太一がやって来た。健二は納得できないまま、席を替わった。食べ始めて、みんなが健二を見つめていた。
「何を見てるのだね」
視線に気付いた健二が訪ねた。
「お父さん、いつから右利きになったの?」
「また、何を訳の分からんことを?」
健二が見ると、3人とも箸を左手で持っているではないか。気味が悪くなった健二は家を早々に出ることにした。駅に行こうと玄関を出ようとした。ドアノブが逆に付いている。駅に向かおうとしたら、駅に向かう道が逆になっている。おかしな世界に迷い込んでしまった。悪い夢を見ている。自らの状況に混乱を来した彼は、めまいがしてその場に倒れ込んでしまった。
「お父さん、気が付いてよかったわ」
健二が目を開けると妙子の顔があった。ああ、今までのは夢だったのだな、と思った。
妙子は首を傾げながら言った。
「あなた、出勤は暗くなってからですよ」
|