惑星

 



   

  惑星

 

 長七郎は、何かいつもと風景が違う、と思った。しかし、何処か違うか分からない。そう思って3日が経った。妻のミヤコに何か最近変わった気がするんだ、と言ってみた。

「あら、あたしもそう思うのよ。あなたもそう思って? 」

でも、何か分からない。翌朝、長七郎は起きて部屋を出るとき、鴨居におでこをぶつけた。

「あちゃー、」

 彼は悲鳴を上げた。その場にかがんでしばらく座っている。ミヤコが台所からやって来て言う。

「どうなさったの? そんな悲鳴なんて上げて」

 彼は立ち上がった。

「いやあ、何故かおでこを鴨居にぶつけたんだ」

「あらあ、あなた、背が伸びて? 」

 長七郎はおでこをさすった。自分で見ても鴨居が低くなった気がする。

「うそ、その年で身長が伸びたの」

 その場はふたりで笑っていた。

 翌朝、長七郎は目覚めると布団から出て立ち上がった。天井に頭をぶつけたのである。

「うっそー、おーい、ミヤコ、いないかあ、大変だあ」

 ミヤコが台所から駆けてきた。

「いやー、信じられない」

 ミヤコは口を両手でふさぎ、目を大きく開いている。長七郎の着ていたパジャマは小さくて、ボタンが飛び散って、はだけている。ズボンは裾からすねが丸見えになっていた。

「僕、どうしちゃったんだろう」

 長七郎は着る服がなくなっていた。かろうじて、浴衣なら着ることができたが、それにしたって、裾はつんつるてんで短く、丈も当然短くなってしまっている。

「あなた、病院へ行きましょう」

 車で病院へ向かおうとしたが、車が小さくて乗り込めない。歩いていくことにする。通りがかりの人が長七郎を見上げて驚いている。

 長七郎はミヤコと病院へ着いた頃、すでに玄関に入れなくなっていた。

「ねえ、先生を呼んできますから、動かないで待っていてね」

 長七郎は待っている間、さらに成長し、浴衣は裂け、丸裸になっていた。恥ずかしさでたまらなかった。両手で前を隠し座り込む。何か隠すものはないかと探すが、そんな巨大なものはなかった。ミヤコを待ち続けた。5階建ての病院はすでに長七郎の膝の下になっている。

「あなたあ」

 下でミヤコの呼ぶ声がする。もう、長七郎にはミヤコは見えなかった。あまりに大きくなりすぎた。遙か遠くに富士山が見える。見慣れた街も箱庭のようである。そのとき、長七郎ははっとした。

「このままでは僕の足でみんなを潰してしまう」

 そう思ったら、しゃがんでなどいられなくなった。前も隠すのを止めた。長七郎は思い切りジャンプした。すると、長七郎は何処までも何処までも跳んでいった。そして、宇宙の果てに飛び出していった。地球はどんどん小さくなっていく。地球が野球ボールほどの大きさになってしまった。手のひらにのせてみる。すでにパチンコ玉ほどの大きさになっている。やがて、地球は小さくなり続け見えなくなってしまった。悲しくて長七郎は泣いた。何日も泣いた気がする。

 しばらくしたら、かがんでいる長七郎の肩にそっと誰かが後ろから手を置いた。振り向くと、ミヤコだった。

「いやあ、ミヤコ、僕は夢を見ていたのかな」

 長七郎が話しかけると、ミヤコはにこりと微笑んでボールを差し出した。

「アジャラ パジャレデゴ ジャレ」

 聞いたこともない言葉だ。受け取ったリンゴをよく見ると、太陽系だった。地球らしき惑星が見えた。 長七郎はその惑星をのぞいてから、空を見た。誰かが見ているような気がした。

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