昇任試験

 



   

  昇任試験

 

「今年もやって参りました恒例の大選考会でございます。今年は営業本部長のポストでございます」

 安西忠夫はぶすっとしながら、参事の山岡の司会を聞いていた。

「当社はユニークな人材を発掘し、それにふさわしいポストを託すという人事登用制度に基づき実施いたしております。営業は会社の顔でございます。ユニークさあってこその役職でございます。みなさん、頑張ってくださいよお」

 会場から満場の拍手が舞い起こった。部屋の片隅でかっぽれを踊り出す奴がいる。

「トップバーターは受験番号1大河内善治郎君です。今年の守備はいかがでしょうか? さあ、どうぞ」

 大河内は顔を硬直させ舞台に上がった。裃を着て侍のつもりだろう。おもむろに胡座をかく。左手に小刀を持ち前に差し出した。「母さんは夜なべをして…」突然歌い出した。そして、右手で刀を引き抜くと、さらに顔を紅潮させる。

「かあさん、ごめん」

 そう言うと、左手で腹のあたりの服を左右に開いた。見事な太鼓腹が顔を出す。どよめきが起こる。大河内はその太鼓腹にめがけ、小刀を勢いよく突き刺した。鮮血がほとばしる。おおお、さらにどよめきが起こる。

「うううう、手袋編んでくれたああああ、ああああ」

 言葉途中で大河内は前に倒れた。迫真の演技にみんなは度肝を抜いた。

「ここここれは、いい点が入りそうだ。大河内くん、では、下がってください。もういいですよお」

 山岡が大河内の肩を揺する。大河内は動かなかった。みんな、本当に死んでしまったのか心配し出す。その静まりかえったとき、大河内はがばっと顔を上げ、「いてええ、いってえよお」

と泣き叫びだした。ちょっと会場が混乱したが、救急車が到着して一段落付いてほっとする。

「次、受験番号2山村大介くん」

 山岡の紹介で山村が舞台に立つ。もう、指折り数えて定年という年齢である。

「飛びます」

 山村は舞台の袖まで下がると、大砲を引きずり出してきた。筒の中に窮屈そうに入る。「山村、跳びます、跳びます」愛想笑いをする。やがて、ドカーンと言う音と共に山村は筒から跳んだ。そして客席にいた50人ほどの頭上を軽々と越え、客席後方の壁に激突した。数十メートルは跳んだだろう。山村はコンクリートの壁に突き刺さっている。一同、度肝を抜いたが、救急車がやって来て、彼を運び出し、やっと安堵した。

「それでは次、3番久木康夫君でございます」

 久木は「9.11テロ」と言って自爆した。彼も救急車で運ばれた。

 4番、田所清は「日本沈没」と叫び、やはり救急車で運ばれてしまう。

 5、6番37番まで全員が救急車で運ばれて、最終、手錠をはめた安西は「俺はまだ死にたくなーい」と叫んだ。安西だけは救急車で運ばれなかった。

ひととおり、受験者が演技を終え、社長からの講評が最後にあった。

「みなさん、本当に熱演してくださいました。とっても楽しめましたよお。ほ、ほっほほ。本部長就任には安西君が適当でしょう。ほおお、ほっほほほお。まあ、他の方は入院してしまったようですし。ほおおほっほ、ほほほ」

 かくして、安西は労せずして本部長に昇任したのであった。まさに、芸は身を助けるとはよく言ったものである。

 

 

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