コレクション
ある夏の日、稀田(まれだ)はいつもの通り会社に出勤するため、道を急いでいた。いつもの角を曲がって、横断歩道を渡れば、彼の勤務する田所物産がある。その横断歩道を渡っているとき、パーンという乾いた音が聞こえた。突然、胸に激痛が走った。稀田は胸を押さえながら意識が遠のいていくのを感じた。倒れ込んだ稀田を不審そうに通行人が声を掛けた。 「大丈夫ですか? どうしました? 」 「どうしたの? 」 やがて稀田の回りに人垣ができた。人垣の中から白髪頭をした老人が出てきて、稀田の傍らにひざまずき肩を揺すった。 「おい、聞こえるか。わしゃ、医者だ」 その一言に人垣から安堵の声が上がった。 「ああ、こりゃ、ただの貧血だな、大丈夫だよ。さあ、もう大丈夫。え、何、よく聞こえんぞ」 老人は稀田の顔に耳を近づけた。 「なに、ありがとう、少し寝ればよくなるって」 老人はふむふむとうなずきながら、顔を起こすと、人垣に向かって言った。 「本人は大丈夫と言っています。後はワシに任せてください」 その言葉に集まっていた通行人は安堵の笑みを浮かべ、散り散りに消えていった。老人は稀田の体を肩に担ぎ上げると、ふらふらと歩き始めた。 「ああ、重いなあ。年を取るとこれもつらいなあ…」 ぶつぶつと独り言を言いながら、横断歩道のそばに止めてあった白塗りのワンボックスまで来ると、後ろのハッチバックを開けて、担いでいた稀田を放り投げた。 「ふう。いっちょ、あがり」 老人は荷室に乗り込みハッチバックを閉めた。ウインドウのカーテンをすべて閉めると、さらに、カーテンの端をつまんで外をのぞく。周囲に人がいないことを確認する。隅に置いてあったアタッシュケースを引き寄せた。胸ポケットからピストルを出し、アタッシュケースの中にピストルを大事そうにしまった。荷室の床に書類が散らばっている。その中に、稀田のプロフィールがあった。稀田一郎、生年月日 昭和30年2月29日、田所物産勤務… 老人は横に転がっている稀田のスーツの胸ポケットを探る。カード入れを見つけると、運転免許証を抜きだした。 「稀田一郎に間違いなさそうだな」 しばらく、免許証をにらんでいた。 「2月29日生まれの稀田か、こりゃ、なかなかいないよ。ほんと…ふふふ」 そう呟くと、老人は稀田の頬を手の甲でそっとなでた。 「いとおしい、コレクションよ」
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