空飛ぶ男
パジャマ姿の男が椅子の上からジャンプした。もうこの動作を189回も繰り返していた。
「まいったなあ」
男は頭をかしげながら額に噴出した汗をぬぐった。そのときドアをノックする音がして「どうぞ」と言うと、白衣姿の男が入って来た。
「調子はいかがですか」
「ああ、先生ですか。駄目です。まるで以前のように飛べません」
「まだ駄目ですか」
「はい、せいぜい飛べて2メートルです。この星の環境が合わないみたいです。故郷に帰れるといいのですが、今の状態では飛んで帰ることもできません。情けないことです。なまじ飛べるものですから、宇宙船なんて持って来ていませんし、困ったものです」
「……そうですか……連絡したいご家族がいらっしゃれば、私から連絡して差し上げますが」
白衣の男は入院申込書と書かれた書類を出し、家族欄に記入するように言った。
「何故かテレバシーも使えなくなってしまいまして……なまじテレパシーなんかが使えるものですから、携帯恒星間通信機も持っていませんし、もうお手上げです」
「それはお困りでしょう。まあ、ここでのんびりしていれば大丈夫ですよ」
「はい、そうします」
白衣の男は入院申込書を受け取ると、病室を出た。入院申込書を見ると、本人ウルトラマン、住所M78星雲、家族欄には父・ウルトラの父、母・ウルトラの母、兄弟ウルトラマンタロウ…… と書かれていた。
(自分がウルトラマンだと思っている。これは治療が長引きそうだな)
白衣の男はふーと大きく息を吐いた。すっかり窓の外が暗くなっていた。腕時計を見た。
(もうこんな時間か。今日の回診は終わりだな。帰ってナイターでも見るか)
白衣姿の男は、そばの窓ガラスを開けた。そして、シュワッチと掛け声一発、飛んで帰っていくのだった。飛びながら男は呟いた。
「ウルトラマンは俺だよ」
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