3年3組のゆうれい 7月の初夏、天気は快晴というのにケンイチにとって気分はくもり空でした。なぜなら、ケンイチは小学三年生になるというのに、まだ一メートルも泳げなかったからです。きょうの三時間目は体育の時間で、プール開きの日です。 2時間目の終わりのチャイムが鳴って、みんなが着がえているというのに、ケンイチは着がえる気になれません。となりのしんいちがふしぎそうに、じっとすわっているケンイチの顔をのぞきこみました。 「ケンちゃん、どうしたの?」 「ぼく、頭がいたいんだ」 「えっ、だいじょうぶかい! いっしょに田中先生のところへ行こうか? 」 しんいちが心配そうに目を細めました。 「うん、大じょうぶ。一人で行けるから」 「ほんとうに? 」 「うん」 みんなは着がえ終わって、じゅんじゅんに教室を出ていきました。教室はケンイチだけになりました。 そのとき急に、ケンイチのせ中がぞくっとしました。後ろを見ると、見知らぬ男の子がすわっていました。ケンイチは、首をかしげました。男の子を見ると、全身がびしょぬれです。前がみから水がたれています。ゆかには水がたれていました。 「あついからって、水あびて、おまえ 頭おかしいのか? ゆかをふいておけよ。先生にしかられからな」 「……」 男の子はだまって、ケンイチをにらんでいます。むしされたケンイチは頭にきました。 「かってに、人のクラスに入ってくるなよな! 」 いいかたがけんかごしになってしまいました。 「おれな、スズキリョウタっていうんだ。おまえ、頭がいたくもないのに、水泳を休むつもりだろ。ずるいんじゃないか? 」 ケンイチはけびょうを見ぬかれて、顔を真っ赤にしました。 「ばかいうな、本当にいたいんだ」 「そんなことじゃ、いつまでたっても、泳げないぞ。それに、うそつきはどろぼうの始まりだ」 「大きなお世話だ! 」 ケンイチは、リョウタにそっぽを向くと、教室を飛び出しました。そして、しょくいん室の田中先生のところに急ぎました。 「先生、ぼく、頭がいたいので体育は休んでいいですか?」 ケンイチは苦しそうに顔をゆがめました。 「そりゃ、たいへんだ! ほけん室で休んでいなさい」 ケンイチはしょくいん室からろうかに出ると、したをぺろっと出しました。 「へへ、うそなんて、お手の物さ」 ケンイチは、ほけん室のベッドにねころがってから、次の体育はどうやって、休もうかと考えました。ほかに考えることがありませんでした。ねむくも、病気でもないのに、ベッドでねていることはたいくつでした。急にさっきのリョウタって子のことが気になりました。 「あいつ、どこのクラスのやつだろう? 」 ケンイチは首をひねりました。 学校のじゅ業が終わりました。ランドセルに本をつめていたときです。だれかに見られている気がして教室を見まわしました。すると、一番後ろの席に、さっきのリョウタが立っていました。こわい顔したリョウタがケンイチに向かって近づいて来ます。 「な、なんだ! おまえ、やるのか? 」 ケンイチはとっさに両手をむねに上げてファイティングポーズをとりました。 「おれはな、ずっとおまえみたいなずるいやつを見はって来たんだ」 リョウタはとつぜんケンイチを指差していいました。 「えっ、なんだって! ずっとだって。おまえこそ、うそつきだ! 」 けんいちはランドセルをつかむと、リョウタからにげるように教室を出ようとしました。 「次の水泳はずる休みするなよ」 大きな声で後ろからよびかけられました。 「頭に来るなあ」 ずる、といわれてかっときました。ふり向くと、今まで声がしていたのに、リョウタのすがたはもうどこにもありません。ケンイチはゆかを足でおもいきりふみつけました。 ケンイチはしょくいん室に走って行きました。しょくいん室のドアをあけると、田中先生が見えました。ケンイチは田中先生のところに近づくと、机に向かっていた先生が、顔を向けました。 「ケンイチか、どうした? まだ、頭がいたたいのか? 」 「いいえ、頭はもうだいじょうぶです。それより、先生、スズキリョウタって、へんな子がいます」 おどろいたように体を向けた田中先生の顔が青くなりました。 「なんだって、スズキリョウタだって! なんでケンイチがその子のことを知っているんだ。その子は、
4年前、海でおぼれて死んだ子だぞ…… 」 ケンイチもびっくりしました。先生の話では、リョウタという子は、死んだとき
3年3組にいたそうです。ケンイチの見たリョウタは、ゆうれいにちがいありません。 次の体育の時間、ケンイチは水泳の時間をまたずる休みしようとしました。着がえをしないで教室にいると、やはりいつのまにか、リョウタがケンイチの横に立っていました。ケンイチはびっくりして、リョウタからとぶようにはなれました。 「おまえ、ゆうれいだろ? 」 「ああ、こわいか? 」 「ぜんぜん、」 リョウタはふつうの男の子と同じでした。 「またずる休みか? 泳げないとおれみたいに海でおぼれちゃうぞ」 「ふん、おれ、海なんて行かないもの」 「じゃ、川は? 」 「川も行かないもの」 「じゃ、これからずっと、海も川も行かないのか? 」 ちょっと返事にこまったケンイチは、 「うん」 と、小さな声で答えました。 「あきれたね…… 。おれはおぼれて死んでから、こうかいしたぞ。泳げていれば、死ななかったって」 「…… 」 「おれは、死んでから天国で水泳の練習をいっぱいしたんだぞ」 下を向いていたケンイチが顔を上げました。 「へえー、おまえ、それで泳げるようなったのか? 」 「ああ、
25メートルは泳げるぞ」 「ふーん……がんばったんだ」 ケンイチは、リョウタを少しだけ見なおしました。 頭をかきながら、ケンイチはリョウタにちゃんと練習すると指切りしました。 水泳の時間、リョウタはケンイチの手を引いてくれました。ほかの子にはリョウタが見えないようでした。その夏、ケンイチは
20メートルも泳げるようになりました。
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