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石持浅海の本棚

  1. 月の扉
  2. アイルランドの薔薇
  3. 水の迷宮
  4. BG、あるいは死せるカイニス
  5. 扉は閉ざされたまま
  6. セリヌンティウスの舟
  7. 顔のない敵
  8. 人柱はミイラと出会う
  9. Rのつく月には気をつけよう
  10. 心臓と左手
  11. 温かな手
  12. 賢者の贈り物
  13. 君の望む死に方
  14. 耳をふさいで夜を走る
  15. ガーディアン
  16. まっすぐ進め
  17. 君がいなくても平気
  18. リスの窒息
  19. 撹乱者
  20. この国。
  21. 八月の魔法使い
  22. 見えない復讐
  23. ブック・ジャングル
  24. 彼女が追ってくる
  25. 玩具店の英雄
  26. トラップ・ハウス
  27. 煽動者
  28. フライ・バイ・ワイヤ
  29. カード・ウォッチャー
  30. わたしたちが少女と呼ばれていた頃
  31. 三階に止まる
  32. 二歩前を歩く
  33. 罪人よやすらかに眠れ
  34. 凪の司祭
  35. パレードの明暗
  36. 殺し屋、やってます。
  37. 鎮憎師
  38. 崖の上で踊る
  39. Rのつく月には気をつけよう 賢者のグラス
  40. 殺し屋、続けてます。
  41. 君が護りたい人は
  42. 高島太一を殺したい五人
  43. あなたには、殺せません

月の扉  ☆ カッパ・ノベルス
 今年の「このミス」で第8位、推理小説研究会編の「本格ミステリ・ベスト10」で第3位となった作品である。
 国際会議を控え厳戒態勢が取られる那覇空港で三人の犯行グループによる乳幼児を人質にとってのハイジャック事件が発生する。犯人の要求は警察に誘拐容疑で逮捕されている彼らの「師匠」を空港まで連れてくることだった。そんな中、人質とされた幼児の母親が飛行機のトイレで死体となって発見される。
 ハイジャックされた機内のトイレという密室状況の中での殺人。これも一つのクローズド・サークルの中での殺人といえるであろう。犯人はだいたい想像がつくのであるが、その犯行の理由というのはちょっとせつない。また、それ以上に最後の結末はあまりに悲しい。最後まで結局名前が明かされない一人の乗客の青年が犯人から探偵役に指名され、事件を推理していくというところもおもしろく、初めて読んだ石持作品であるがいっきに読み進めることができた。ただ一つ言わせてもらえば、犯人たちが最後に警察の包囲から逃げ出す方法というのは、僕としては、宗教団体ではないといっていながら、やっぱり宗教と同じではないかと興を削がれてしまったのであるが。
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アイルランドの薔薇  ☆ カッパ・ノベルス
 石持さんのデビュー作です。アイルランドの武装勢力NCFの副議長が匿名で宿泊していた宿屋で何者かに殺されます。悲願のアイルランド和平実現を目前に控えた政治的な理由により、警察への通報はできないという状況のもと、偶然泊まり合わせた日本人科学者・フジが、事件を推理します。アイルランドの政治情勢ゆえに事件に警察が関わることができないという、そういった意味では作者も言っているようにいわゆる「嵐の山荘」ものといえる作品です。作中で、フジが言っています。『こんな推理は警察が来て調べればすぐ分かってしまうものだ。』このことばは「嵐の山荘」ものの本質をついているのではないでしょうか。
 プロの暗殺者も出てきて、登場人物の中の一体誰が暗殺者なのかという謎もあり、最近の弁当箱のような新書とは違った薄さですが、十分おもしろく読むことができました。ただ、フジとある女性との恋愛はあの薄さでは描けなかった嫌いはありますが。
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水の迷宮 カッパノベルス
 水族館で一人で残業をしていた職員が水温異常を示した水槽を見に行って心臓マヒで死亡する。
 それから三年後、水族館に届いた一通の脅迫メール。その後、展示生物を狙って、水槽に異物が仕掛けられる。職員が警戒をしていたなか、飼育係長が殺される。果たして犯人の目的は・・・。
 「アイルランドの薔薇」、「月の扉」に続く石持さんの第3作目です。今回の舞台は水族館です。前二作品でもそうでしたが、「嵐の山荘」のような物理的に警察が介入できない設定をせずに同じ状況を作り上げてしまうのは相変わらず見事です。
 今回はその状況設定の中、本格的な謎解きというよりは、水族館に働く人たちの人間ドラマを描き出してくれました。謎解きということからすれば、話の流れで、異物を仕掛けていった犯人は誰かは想像できてしまいます。それに探偵役が頭脳明晰すぎます(探偵役だからしょうがないかな)。作者としては、今回は謎解きよりも、人間ドラマの方に重きを置いたのでしょう。ただ、気になるのは登場人物がみんないい人過ぎます。事件があんな形で終わって許されるのでしょうか。ちょっと読む人を感動させようとしすぎてはいるのではないかと、うがった考えをしてしまいます。
 僕としては前作を超えられなかったと思うですが。
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BG、あるいは死せるカイニス 東京創元社
 前作までの石持さんの作品とは全く様相の異なるSFミステリです。舞台となるのは、全人類が女性として産まれ、成長した後に精神身体とも優秀な女性が男性へと性転換する世界です。
 主人公遥の姉の優子は、その容姿、成績とも他から秀で、将来の男性化候補の筆頭にあげられていましたが、ある日所属する天文部合宿の夜に出かけたまま殺害死体となって発見されます。遺体にはレイプ未遂の痕跡が残されていました。さらに、優子の次に男性化候補として認められていた小百合が殺される事件が起きます。
 不思議な世界での事件です。女性しか産まれなくて、しかも優秀な女性が雌雄転換をするなんて(それも男性経験があって初めて男性化できるというのだから、笑ってしまいます)、石持さんも変な世界を舞台にしたものです。しかも、その世界は、圧倒的多数の存在の女性が男性をレイプすることはあっても、逆はまず(!)ありえないという世界です。今回は、この特殊な世界故の謎解きがメインとなって、おもしろく読むことができました。
 今までの石持作品と異なって、クローズド・サークルではないため、今回は警察の介入がみられます。ただし、前作までは、警察が介入してこない設定であったからこそ、謎が謎のままであってもおかしくなかったのですが、今回警察が捜査に介入している以上、真相に繋がるある人物の大きな謎は、警察では当然把握しているだろうし、そうなると容疑者として当然疑われると思うのですが、そうはなりません。警察の捜査が全然機能していないのです。それを謎のまま最後まで引っ張るのは、残念ながらちょっと強引すぎるかなという気がしないでもありません。
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扉は閉ざされたまま ノン・ノベル
 高級住宅地にある民家を改造したペンションを会場として、初めて開かれた大学のサークルの同窓会。集まったのは、伏見、新山、石丸、安東、五月、礼子のサークル仲間と礼子の妹の優佳の男女7人。掃除のあと、それぞれ部屋に戻ったとき、伏見は、隣室の新山を殺害し、部屋を密室状態にします。
 ミステリのジャンルでいうと倒叙ミステリーです。物語は、伏見が新山を殺害するシーンから始まります。探偵役を務めるのは優佳。かつて伏見と優佳は相手を憎からず思っていた間柄です。議論をミスリードしようとする伏見、それに対し鋭い洞察力で正しい方向へと導いていく優佳。物語は伏見の視点で描かれていきます。
 それにしても、睡眠改善薬というものは、いくら前夜寝不足だったとしても(ほかに薬を飲んでいたとしても)、浴室に運ばれていくのに目も覚まさないほどの睡眠をもたらすものなのでしょうか。また、新山が起きてこないことをなかなか誰も不審に思いませんが、通常、ドアをたたいても、大声を出しても起きてこないとすれば、いくら薬を飲んだからといっても、おかしいと思うのではないでしょうか。せめて一人ぐらいはおかしいと思うはずです。それを貴重なドアを壊すことはできないとか、ガラスを割れば警報が鳴って近所迷惑だなどと悠長に議論をしていられるものでしょうか。それが、いくら伏見によって誘導されたものであったとしてもです。とても、考えられません。その点、設定がちょっと無理があるのではないかと思います。
 それに加え、あの事実が殺人を犯す動機になりうるのでしょうか。人それぞれの考えがあると言われてしまえば、反論はできませんが、僕には考えられません。
 残念ながら、「アイルランドの薔薇」、「月の扉」を追い抜くほどの作品とは言えないのではないでしょうか。
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セリヌンティウスの舟 カッパノベルス
 石持さん、ごめんなさい。この作品、僕にはまったくおもしろくありませんでした。最近論理的にものを考えるのが面倒くさくなってきたせいでしょうか。この作品のようにあ~でもない、こ~でもないと考えるのが苦手になってしまったようです。
 物語は非常にシンプルです。ダイビング中、海で遭難しかかったことから絆を深めた6人の仲間のうちの一人の女性が、仲間で飲んでみんなが寝ている最中に自殺を遂げます。彼女の死を悼んで集まった5人の仲間の一人から、彼女の自殺には協力者がいたのではないかと疑問が提起されます。
 舞台は、仲間の一人が住むマンションの部屋。その一室でのみんなの推理で話は終始します(ただ一度だけ、語り手とその恋人がコンビニまで買い物に行くシーンがありますが)。毒が入っていた瓶のふたが閉まっていたのはなぜか、その瓶がころがっていたのはなぜか、これだけのことから、延々と論理的な議論が続きます。しかし、読んでいるこちらとしては、とにかく、死んだ女性の自殺の動機は全然理解できませんし、すべてが明らかとなる最後も理解できません。そんな動機でこんなことするのかと思った時点で、この作品を楽しめなくなってしまいました。

※なお、“セリヌンティウス”とは、太宰治の「走れメロス」の中で、メロスの身代わりとなった友人の名前です。幼い頃読んだはずですが、まったく覚えていませんでした。
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顔のない敵 カッパノベルス
 石持さんの初めての短編集です。対人地雷をテーマにした表題作を含む6編の短篇と石持ちさんの最初の活字になった作品「暗い箱の中で」からなります。
 対人地雷については、この作品集の中で舞台になっているカンボジアで、内戦が終わった今でも、戦争中に埋められた地雷によって被害を受けている住民がいることが報道されています。対人地雷は戦争が終わったあとも、住民を苦しめている大きな問題となっているようです。また、日本でも対人地雷を除去するための機械の開発が行われ、実際に現地で活躍するなど、この作品の中に描かれていることは絵空事ではありません。
 地雷テーマの6編は登場人物が少ないため、犯人捜しは割とシンプルです(特に最初の「地雷原突破」は、犯人も方法もある程度予想がついてしまいます。)。ミステリという点からはちょっと物足りないという感じはします。その中では、「未来へ踏み出す足」の被害者の頭部が接着剤で覆われていた理由というのはおもしろかったですね。
 地雷テーマとは関係のない最後の「暗い箱の中で」は、地震で止まったエレベーターの中で殺人事件が起こる話です。犯人が絞られてしまうエレベーターという密室の中で、なぜ殺人が行われなければならなかったのかという推理の過程がなかなかおもしろいです。
※誰が埋めたかわからない地雷が原因で死傷することから地雷はいわば「顔のない敵」という言葉は重たいですね。
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人柱はミイラと出会う 新潮社
 パラレルワールドの日本でアメリカの留学生のリリーが遭遇する7つの不思議な事件。人柱、黒衣、お歯黒、厄年、鷹匠、みょうがの効用、参勤交代とパラレルワールドの日本ならではの不思議な慣習の中で事件は起きます。謎を解く探偵役は、表題作で“人柱職人”として登場するリリーのホームステイ先の娘、一木慶子の従兄、東郷直樹。
 この本が発売された時には、帯に“僕の仕事ですか。ええ、人柱です”と書いてあるのを見て、いくら石持さんの本でもバカミスではなあと思って買うのを止めたのですが、本の感想のサイトを見ると評判が意外によかったので、改めて購入してみました。
 最初は、“人柱職人”なんて頭にすっきりこなくて、やっぱり途中で終わりかなあと思ったのですが、読み進むうちに謎解きとして結構おもしろくなってきました。やっぱり、謎解きの論理の冴えは石持さんらしいですね。サイトでの評判も間違ってはいませんでした。不思議な世界(といっても、昔の日本ではこんな慣習は当たり前だったのですが)にどっぷり浸かってしまえば、大いに楽しめる作品です。
 この連作短編集を締めくくる「参勤交代は知事の務め」のラストは、ちょっと楽しいですね。
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Rのつく月には気をつけよう 祥伝社
 長江、熊井、そして語り手である湯浅夏美は、学生時代からの飲み仲間。卒業後も機会があれば長江の部屋に集まって飲んでいるが、その際にメンバーの中の誰かが友だちをゲストとして連れてくる習わしになっている。おいしい酒を飲み、酒に合った肴を食べながら、そのゲストから語られる恋愛話にまつわる謎を三人が解き明かしていく。
 7編からなる連作短編集です。日常の謎系のミステリーです(表題作は日常の謎と呼ぶにはちょっと怖すぎますが)。一つ一つの話は、独立した謎解きの話となっていますが、ラストの「煙は美人の方へ」に連作短編集ならではの読者をアッと驚かせる仕掛けが用意されています。石持さんは読者に対しフェアであり、最初からラストの作品の回答は読者の前に提示してくれています。しかし、読み進むにつれて、ものの見事に読者をミスリーディングしていきます。何となく、頭の片隅にひっかかっていたものが、読んでいくうちに、いつの間にかどこかに消えていってしまっていました。すっかり、石持さんにやられました。素直に脱帽です。
 どの作品も、酒の肴の話からゲストの恋愛話、そしてそれに関する謎の話へと発展していきます。本の帯に書いてあるように、確かに酒の席で盛り上がるのは恋愛話です。このあたりの話の繋がりはさすが石持さん、うまいです。
 ちなみに登場する酒と肴は、ウイスキーにかき、ビールにチキンラーメン、白ワインにチーズフォンデュ、泡盛に豚の角煮、日本酒にぎんなん、ブランデーにそば粉のパンケーキ、シャンパーニュにスモークサーモン。泡盛に豚の角煮なんて今度試してみたいですね。ビールにチキンラーメンという不思議な取り合わせも。
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心臓と左手 カッパ・ノベルス
 7編からなる連作短編集です。登場人物は警視庁の大迫警視と「月の扉」で名探偵役を演じた通称“座間味くん”。彼らは沖縄で起こったハイジャック事件に関わった警察官と乗客として今でも交流が続いています。ときどき新宿の大型書店(紀伊國屋書店のことでしょうね)で待ち合わせをして、酒を飲み交わしますが。その際、大迫警視の口から語られる終わったはずの事件が座間味くんによって、別の様相を見せ始めます。
 この作品は、いわゆる安楽椅子探偵ものです。探偵役は「月の扉」で探偵役を演じた“座間味くん”。警察が解決した事件を話を聞いただけで座間味くんが違う側面から解き明かし、その解決を鮮やかにひっくり返します。警察がそこまで間抜けかなとか、ちょっと強引な推理かなと思わないでもありませんが、ミステリファンとしては楽しい1冊です。
 一番おもしろかったのは表題作の「心臓と左手」。○○が必要なのは当然その一部である△△が必要なためですが(ネタバレになるので伏せます)、どこかでこんな話があったかとも思わないでもありませんが、その理由が現代的ですね。
 最後は「月の扉」で犯人に人質となった女の子の話。これはミステリというより、女の子の成長物語といった方がいいでしょう。帯に「『月の扉』事件、11年後の決着」と書いてあったので、事件に別の謎があったのかと思ったのですが、そこは残念ながら期待はずれでした。
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温かな手  ☆ 東京創元社
 このところ石持さんの短編集が続けさまに発刊されていますが、どれも甲乙つけがたいおもしろさです。高水準を保ちながらこれだけ連続して刊行するとは、石持さんすごいです。
 今回は人間のエネルギーを吸うことで生命を維持する異性物のギンちゃんとムーちゃん兄妹を巡る7編を収録した連作短編集です。ギンちゃんもムーちゃんも人間に擬態しており、ギンちゃんは畑寛子という女性とムーちゃんは北西匠という男性と暮らしており、彼女らの生命エネルギーを吸収する代わりに余分なエネルギーを吸収してくれるため、この飽食の時代に何もせずにダイエットができるという持ちつ持たれつの関係を保っています。ギンちゃん、ムーちゃんが事件を鮮やかに解き明かす理由が、宿主ともいうべき寛子と匠が事件等に巻き込まれ心穏やかでなくなると、彼らから吸収するエネルギーがおいしくなくなるからというところが愉快です。
 ギンちゃんが活躍する作品が、人の白衣を着て死んでいた死体からその理由を鮮やかに解き明かす「白衣の意匠」、キャンプに行った森の中で首吊り死と刺殺で発見された恋人たちの死の謎を解き明かす「陰樹の森で」、ドライブ中、インターで忽然と姿を隠した友人の失踪の謎を解き明かす「お嬢さんをください事件」、一方ムーちゃんが活躍を見せるのは、電車内で刺殺死体で発見された痴漢の死の真相を明らかにする「酬い」、多額の現金を残して死んだ陸マイラー(こんな言葉あるんですねえ)の謎が明かされる「大地を歩む」、ペットの黒豚を連れての旅行をする女性の隠された事情を推理する「子豚を連れて」、そしてラストを飾る表題作はお約束のギンちゃん、ムーちゃん、寛子そして匠の4人が揃っての話となります。
 ほんわかした作風でありながら「陰樹の森」では人間が首を吊った後の状態をリアリズムたっぷりの描写したり、「酬い」や「子豚を連れて」での犯罪者の哀れな末路を描いたりと、これらの話は意外に結末が暗く、石持さんの醒めたところも伺わせます。
 異性物であるギンちゃんが人間と同じような感情を見せる表題作の「温かな手」は、ラストにふさわしい心に染みいる物語です。いいですねえ。オススメです。
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賢者の贈り物  ☆ PHP研究所
 表題作の「賢者の贈り物」という題名で思い浮かぶのは、O.ヘンリーの短編ですが、表題作はフイルム・カメラからデジタル・カメラに変えた主人公に妻がフィルムをプレゼントしたのはなぜ?というように、収録されている10編がどの作品も古今東西の古典や名作をモチーフにして描かれています。殺人事件など血なまぐさい犯罪が起こるのではなく、いわゆる日常の謎がテーマの作品集です。
 それにしても、登場人物がああだ、こうだとよく考えます。そんなところまで考えるかと思うほど、頭を捻ります。そのうえ、導き出された結論が、果たして本当に正しかったのかどうかがはっきりわからないところには読者は消化不良気味と感じるかもしれません。しかし、不思議に納得してしまうところが石持さんの筆力のなせるところでしょうか。ただ、「玉手箱」には「え!ここで終わりなの? いったい中身は何なんだ!」と思わず叫びそうになりましたけれど・・・。
 この短編集に花を添えるというか、アクセントを与えているのが、全ての作品に登場する磯風さんという女性の存在です。この若くて賢い磯風さんが同一人物なのかと思ったら、どうも設定が違うし、同名異人なのかとも考えるのですが、これも明らかにされません。単に作者が“磯風”という名前が好きだったのかもしれませんね。最初の「金の携帯 銀の携帯」がSF的だったので、磯風さんの存在自体がSF的なものかとも思ったのですが・・・。
 とにかく、いろいろ考えることが好きな人にはオススメの作品集でしょう。
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君の望む死に方 ノン・ノベル
 父親の敵として自分の会社の社長の命を狙う社員。病気のため余命幾ばくもないことを知って親友の息子であるその社員に殺されようとする社長。物語はこの二人の交互の語りによって綴られていきます。
 2007年版「このミス」で第2位を獲得した「扉は閉ざされたまま」と同じように倒叙ミステリかと思いますが、コロンボや古畑任三郎のように、まず犯人の犯行が描かれ、その後刑事や探偵によってその犯行が暴かれる過程が描かれるという形式ではありません。この作品で描かれるのは、犯行が行われるまでです。そこまで、犯行をやりやすいように状況を設定する社長と、社長の気持ちを知らずに外部犯の犯行に見せかけて社長を殺そうとする社員のそれぞれの心理が描かれます。社長の思惑どおりに社員が行動するかと思いきや、そこに第三者が登場して犯行を防ごうとします。この3者の心理戦は読みどころです。
 とはいえ、ラストは石持さんにしてみれば狙いなんでしょうが、僕としては消化不良です。「扉は~」もそうですが、どうもこうした形式のミステリは、ああだ、こうだと考えるのが楽しかった若い頃のようには楽しむことができなくなってしまいました。
 この作品でいわゆる探偵役(というのはおかしいですが)を勤めるのは「扉は~」にも登場していた碓氷優佳です。この優佳という女性の思考の仕方は、端で見ていてもちょっと凄すぎですね。
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耳をふさいで夜を走る 徳間書店
 冒頭から三人の女性を殺そうと決意する並木俊介の独白で始まります。その後並木のもとを訪ねてきた恋人のあかねの豹変。ここからいっきに加速する並木の殺意。これ以降は、ひたすら3人の女性の誰かが“覚醒”したのではないかと考えた並木が彼女たちを殺そうと行動する様子を描いていきます。殺人に至る過程というのは、並木の論理的な考えというよりは、石持さんも述べているとおり、かなりの思い込みによってなされているといって過言ではないでしょう。
 並木の心配する“覚醒”の内容については、当初は何らその意味が語られなかったので、これは彼女たちが超能力に目覚めるのか?これはSF小説なのかと思ったのですが、違いましたね。“覚醒”の意味があんなこととは・・・。“覚醒”の内容については大いに気になります。育ってきた環境とカウンセリングによってこの物語の中でいう“覚醒”という状況になるのでしょうか。まあそんなことはあり得ないとなったら、この物語の土台が崩れてしまうことになるのですが。
 帯に「石持浅海の新境地 驚愕の犯罪小説」とありますが、今までの作品と大きく異なるのは、物語のかなりの部分を殺人とセックスの描写が占めることです。特にセックスの描写は石持さんには珍しく詳細に描いています。これはかなり読者を選ぶ作品ではないでしょうか。
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ガーディアン カッパ・ノベルス
 父をなくしてから冴は、自らが“ガーディアン”と名づけた不思議な力に護られてきた。ある日、プロジェクトの同僚が駅の階段から落ちて死亡する。その直前、ガーディアンが発動するときの徴候を感じていた冴は、その行為がガーディアンが冴を護るために行ったものだと知る。なぜ同僚は冴に対して殺意を抱いたのか。前半の「勅使河原冴の章」は、“ガーディアン”という非現実的な存在を前提としたSF的要素はありますが、あくまで冴えはなぜ狙われたかの謎を探る本格ミステリとなっています。ここではきちんと、論理的にその謎が解明されていく石持さんらしい作品となっています。
 ところが、後半の「栗原円の章」に入ったら作品の内容はミステリから一転、これはもうバイオレンス作品と言っていいですね。主人公は冴の娘円。冴についていたガーディアンは、今では円を護っています。ところが、護のはいいけど、護るためなら円以外の人間などどうでもいいのだから、始末に負えません。そのうえ、栗原円という中学生の女の子は無関係の人が死んでも動揺しないという、ちょっと怖ろしい女の子。
 女性に不思議な能力があるということで(この作品の場合は彼女自身の能力とは言えませんが)、頭に思い浮かぶのは宮部みゆきさんの「クロスファイア」ですが、あちらでは主人公の悲しさを感じることができるのに、この作品では主人公に対して何らの思いを抱くことができませんでした。おかげで非常に後味の悪い幕切れで、読後感はよくありません。
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まっすぐ進め 講談社
 直幸が書店で見かけた美しい女性。彼女は不思議なことに腕時計を2つはめていた。友人の正一とその彼女千草との3人で飲んだ席で、彼女が偶然にも千草の会社の同僚・秋であることがわかる。千草の尽力で秋を交えた飲み会が開かれた際、2つの腕時計の謎に気づいた直幸は、彼女にメールする。
 いつもの石持さんとは異なり、 トリックがメインの話ではな<、ラブ・ストーリーといったほうがふさわしい作品です。雑誌に発表されたものは5つの話の中の1、3、5番目の話。その間に今回書き下ろしで千草を語り手とする話を加えて、全体としての話を膨らませています。
 秋の腕にはめられた2つの腕時計の謎を解く「ふたつの時計」、居酒屋で2本頼んだワインを別々に飲み、飲み残したボトルをそれぞれ持ち帰るカップルの謎を解く「ワイン合戦」、ファッション・モールで、きつく固定されたリュックサックを背負いひとりぼっちで佇む女の子の謎を解く「いるべき場所」、千草の実家に結婚の申し込みに行った正一が母親から渡された亡き父親の形見の傘の謎を解く「晴れた日の傘」と、それぞれの話は事件が発生する「いるべき場所」を除けば、いわゆる日常の謎系の話です。幸せそうなカップルの裏側にある闇を言い当てる「ワイン合戦」は謎解きとしておもしろいです。1話完結の形を取りますが、その裏側には常に秋の2つの時計に隠された事実が横たわっています(腕時計2つの謎については、“彼"の形見と当然思ったのですが、そんなに簡単なものではありません。)。
 そしてラストの「まっすぐ進め」で、秋と向かった故郷で明らかにされる事実は、あまりに悲しい。その事実を恋人として受けとめるのはよほどの覚悟が必要ですね。かなり重荷に感じてしまうのが正直なところでしょう。しかし、直幸は「いるべき場所」で女の子のトイレも平気で手伝ってあげられるというある意味すごい(!)男性です。相手の気持ちの奥底も思いやることができる男性であるし、彼ならすべてを受け止めてあげられるのでしょうね。

 ところで、「いるべき場所」での直幸の謎解きは(ネタバレになるので詳しいことは言えませんが)、おかしい。子どもを愛している親であれば、直幸の考えとは逆に考えますよ。きっと。それに、だいたい直幸たちの取った行動はあまりに問題ありですよね。
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君がいなくても平気 カッパ・ノベルス
(ちょっとネタバレ)
 自分の交際している女性が殺人を犯したのではないかと疑い、このままでは自分の出世にも響くと、どうにか彼女と別れようとする男を描いた作品です。
 恋人が殺人犯だから別れたいと思うのは身勝手とは言えないのでしょうが、別れるためにあれやこれやと余計なことを考え過ぎのところがあり、この主人公、思考回路が普通の人とは異なる気がします。もう彼の考えていることを読んでいるだけで、この作品は合わないなと思つてしまいました。
 そうはいっても、石持作品だからきっと思わぬどんでん返しがあるのだろうと最後まで読み続けたのですが、それも期待はずれ。余計とも思える性描写もあって、物語の中に入り込むことができませんでした。
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リスの窒息 朝日新聞出版
 両親を突然失った少女が考えた誘拐事件。身代金を要求した先はかつて取材の過程で一人の一般人を死に追いやった事件が社内で尾を引いている新聞社。彼女は友人とともに、新聞社が警察に通報しないよう敵対関係にある雑誌社を介入させたりして、身代金奪取を進める。
 両親を失った悲惨な状況の中、中学生の少女が短時間でそこまでの誘拐事件を思いつくかと疑間が生じます。しかし、石持さんは、少女が進学校の成績優秀な生徒であったこと、両親を失う状況を以前からシミュレートしていたこと、新聞部に属し顧間の先生の熱心な指導によって新聞社の事情もわかっていたことという前提を記すことにより、話に無理が生じないようにしています。とはいえ、中学生の女の子ですからねえ。あの状況で精神的に何もなかったかのように振る舞えるのは、逆に異常すぎますじ、すぐにこれほど巧妙な事件を思いつけるのか、最後までひっかかりが残りました。
 しかし、その点を除けば、おもしろく読むことができます。普通警察へ通報するなと言われても警察へ通報するのが当然ですが、そこをかつての事件を絡めたり、敵対関係の雑誌社を介入させて警察へ通報するかどうかというジレンマに陥らせるところ、会社の中での立場が異なる者の思惑の交錯するところ等々読み応えがありました。
 とにかく、怖すぎる女子中学生です。結末があれでよかったと胸をなで下ろしました。
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撹乱者 ジョイ・ノベルス
 帯にあるように、テーマは「本格推理とテロリズムの融合」です。ただ、テロというと爆弾や最近では細菌兵器による血生臭い無差別殺人を思い浮かべてしまうのですが、この作品で男女3人のテロリストたちが受ける指令は、テロとは全く関係のないと思われる「3個のレモンをスーパーのレモン売り場に置くこと」や「アライグマとプラスチックの粉を砂場に置く」など、何とも奇妙なことばかりです。なぜ、それらがテロになりうるのか、これは彼らの組織のテロの定義に関係してきます。
 疑間を持つテロリストたちの前に、実行には加わらない男が登場し、毎回、行為の持つテロとしての意味を説き明かしていくパターンとなっています。論理的な謎ときは読んでいておもしろいです。石持さんの真骨頂です。
 実際に、謎ときどおりのことが起きるのか、彼らの行った行為の結果は語られていません。そういうことからも、これは純粋な謎解きに徹するミステリかなと思って読み進めたのですが、ラストはいっきにサスペンスタッチヘと変わっていきます。思わぬ展開にびっくりです。まさか、あんなことになるとは予想もつきません。あまりに強引な終わり方に、ラストは駆け足で語られすぎたという感が否めません。もう少し丁寧に書いてほしかった気がします。
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この国。 原書房
 舞台は、一党独裁政権下の国。どこかの国を想い浮かべてしまいますが、とりあえず、"この国"は法治国家であり、民主主義は根付いていないが、国内外の信頼は得ている国という設定です。
 全体を通して、底を流れるのは、一党独裁政権に反対し、暴力によって政府転覆をはかろうとする反政府組織と治安警察官・番匠との闘いですが、起こる事件は、この独特な世界ゆえに起こるものです。
 冒頭の「ハンギング・ゲーム」で描かれるのは、指導者を公開処刑場から奪還しようとするテロリストたちと番匠との闘いです。話の流れから結末は予想できてしまうのですが、そこに至るまでの知恵比べがおもしろいです。「ドロッピング・ゲーム」は、小学校卒業時には、児童の将来が決められてしまうというこの国のシステムの中で起こる事件を描きます。現実であったらとっても怖いシステムです。大器晩成は許されないのですから。また、それゆえにこそ、こちらの世界とは違った歪みが発生してきます。そんな幼いときに既に生きる意義を見出せなくなってしまう国は進歩しないと思うのですが・・・。
 そのほか、「ディフェンディング・ゲーム」は、海軍士官学校のある街で起こる事件を、「エミグレイティング・ゲーム」は、国営の売春宿の客が殺される事件を、「エクスプレッシング・ゲーム」は、"カワイイ"をテーマにした博覧会でのテロリストと番匠との闘いを描きます。
 独特なシステムを持った国でこそ起きる事件という設定はおもしろかったのですが、結局ラストは番匠とテロリストとの闘いというサスペンス・タッチで終わってしまったのはちょっともったいなかったかなという気がします。
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八月の魔法使い 光文社
 お気楽なはずの企画部の役員報告会議の席上、プレゼンの資料の中に紛れ込んでいた“工場事故報告書”。一方、役員報告会議が開かれている時と同じ頃、総務部の中で定年間際の松本課長から総務部長に提示された“工場事故報告書”。この工事事故報告書が会社内に引き起こす波紋を描いていきます。
 果たして正式なルートで上がってこなかった“工事事故報告書”は真実のものなのか、真実であったとしたら作成したのは誰なのか、また握り潰したのは誰なのかという謎に対し、会議室の中では、それぞれの思惑を胸に秘めて、喧々諤々と犯人探しの言い合いが繰り広げられ、総務部内においては、恋人を救おうと拓真くんが松本課長と渡り合ってあれやこれやと考えていきます。このあたりの論理的な解明の過程は石持さんらしいところです。
 この作品は、ミステリーですが、サラリーマン小説とも言えます。この報告書によって明らかにされた真実とは別に会社の論理によって落とし所が決定されていますから。赤川次郎さんが書くサラリーマン小説を思い起こさせますが、現在でもサラリーマンをしている石持さんならではの作品と言えます。
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見えない復讐 角川書店
 起業して資金を稼ぎ、自殺した憧れの女性の復讐をしようとする田島、中西、坂元の3人の大学院生。復讐相手は彼らが学ぶ大学という組織。巨大な相手を前にして、まずは起業するための資金援助を求めに投資家を廻り、そこで同じ大学出身の小池と出会う。
  石持さんの作品としてはトリック重視の作品ではなく、人間の心の黒い部分を描いた作品となっています。とはいっても、「セミの声」での、田島たちが蝉の死骸を拾っていた理由や「プレゼント」での、銀座のブランドショップに似合わない男の3人連れで、赤ちゃんの服や香水などを買う彼らの不思議な行動の種明かし、さらには「佇む人」での、不倫の果てに自殺しようとした女の話からある人物の心に潜む闇を描きだすところは、石持さんらしい論理が繰り広げられます。
 ただ、銀座のブランドショップまで行って、それもその場に似合わない男3人が打ち揃って買いものをするという前提は大いに疑問です。悪いことの準備をしようとする人は、普通そんな行動は取らないと思うのですが・・・。また、「求職者」での、ゲームの裏に隠された作成者の想いの解明は、かなり強引だという印象を受けました。
 そもそも、大学に復讐する(それも第三者の犠牲も厭わずに)動機が弱いのではないか、普通そこまでしないでしょうと最初に思ってしまったせいか、物語の中に入り込むことができませんでした。それは、彼らの復讐を後押ししようとする小池についても同じです。それにしても、非常に読後感が悪い作品でした。
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ブック・ジャングル 文藝春秋
(ネタばれあり)
 市町村合併のために閉鎖されることになった図書館に、ある目的を持って忍び込んだ5人の男女。そんな彼らに突然、毒針をつけたラジコンヘリが襲いかかってくる。
 出入口が閉鎖された密閉空間の中での、ラジコンヘリとの戦いは緊迫感があります。ただ、この作品の構成から、襲撃者が誰か読者にはあっさりと想像できてしまうので、ミステリーとしてのおもしろさはありません。それに次第に明らかになる襲撃の目的は、理解に苦しむものであり、これについては、襲撃者自身が理由を述べていますが、その思考回路はどうなっているのだろうと思ってしまいます。結局この作品は、サイコ男の起こした事件を描いたものと理解すればいいのだろうと自分自身を納得させるしかありません。
 そんな安易なラストでいいのか!襲撃者以外にもある人物の行動の責任はうやむやでいいのか!等、ラストは納得できず、個人的には読後感はよくありません。
 ※こういう危難のときに芽生えた恋は、平凡な生活に戻ると破れがちなものとよく言われますが、さて。
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彼女が追ってくる 祥伝社ノンノベル
 「扉は閉ざされたまま」、「君の望む死に方」に続く碓氷優佳シリーズ第3弾です。今回はある会社が主催した「箱根会」という内輪の会に社員の友人として招かれた優佳が、会の夜に殺された出席者の死の謎を解き明かします。物語は犯人である女性の一人称で語られていくので、読者には最初から明らかにされており、ミステリーのジヤンルで言えば倒叙ものです。
 探偵役の優佳によって、真実が明らかとなるのはいつもどおり。被害者の手の中に握られていた出席者の一人のカフスボタンは何を意味するのか、その謎解きが今回のメインです。それが、明らかになるところはおもしろかったのですが、犯人があんなに一所懸命考えた犯行なのに、そのうえ被害者の残したカフスボタンの意味を必死に考えたのに、結局優佳の手のひらで踊らされていただけとは、犯人があまりにかわいそう。
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玩具店の英雄 光文社
 「月の扉]「心臓と左手」に続く座間味くんシリーズ第3弾です。7編からなる連作短編集です。
 「心臓と左手」では、大迫警視が語る解決した事件を座間味くんが鮮やかにひっくり返すという話でしたが、今回は、座間味くんと大迫警視正(出世したようです)の飲み会に同席した警察庁科学警察研究所の津久井操の口から語られる事件について、座間味くんが実際の解決とは異なった見解を示すという、語り手は変わりましたが、形としては同じパターンの話になっています。いわゆる“安楽椅子探偵もの”に区分される作品です。
 上司から成功と失敗の“分かれ目”を標準化しろと指示されている津久井が語るのは、警察の警備や捜査が失敗したとされる事件です。「心臓と左手」同様、座間味くんの謎解きにはちょっと強引なところもないでもありませんが、ひとつの事象を別の角度から見て推理を組み立てていくおもしろさがあります。ただ、果たして座間昧くんの推理が正しいのかはまた別で、そこは明らかにされません。
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トラップ・ハウス 光文社
 卒業旅行で山間部のキャンプ場にやってきた9人の大学生。借りたトレーラーハウスに入ったところ、扉も窓も中からは開けられないよう細工がしてあり、閉じこめられてしまう。さらに部屋に仕掛けられた罠によって、一人が死亡し、その後も次々と陰湿なトラップが彼らを襲う。
 犯人は何の目的があって彼らを閉じこめたのか。読者は、冒頭に書かれた出来事が今回の事件に関わりがあることがわかっているので、当然、目的は復讐ということが予想できます。
 閉じこめられた者たちがその理由を、そして過去の事件の真相を明らかにしていくというのは岡島二人さんの「そして扉は閉ざされた」などにも見られるパターンです。石持さんらしい論理的に推理を組み立てていく正統派のミステリーです。ひとつひとつ事実を検証していけば正解に辿り着くことができます(僕には無理でしたが。)。
 事件の真相には関わりのない人が死んでおり、そういうリスクを冒してそこまでやるというのは、復讐という名目があるにしても、もう常軌を逸してしまったとしかいいようがなく、読後感はよくありません。
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煽動者 実業之日本社
 先に読んだ「撹乱者」でも描かれた無血主義を貫くテロリストグループが登場します。「撹乱者」ではテロの実行部隊を描いていましたが、今回は兵器(?)を作る部隊の人たちが描かれます。今回も“串本”が登場し、テロリストたちの後方で重要な役柄を担います。前作のラストのことがありますから、串本が今回はどうするのかというのも大いに気になりながら読み始めました。
 政府転覆を狙うテロ組織の中で殺人事件が発生。テロ組織ということから警察を呼ぶことはできない。閉ざされた空間の中での殺人事件から、犯人は組織のメンバーの中にいることは確実だったが・・・。
 本格推理かと期待して読み始めましたが、事件は衝動殺人で密室ではないし、奇抜な殺人トリックも出てきません。謎解きも、トリックよりも殺人の動機の方がメインとなります。人を殺さないテロ組織故の動機といったらいいでしょうか。
 殺人を犯さないテロ組織というのもテロ組織の名にそぐわないが、これには大きな理由があることがラストで語られます。でも、週末限定のテロ活動というのもどこかおかしいし、主人公が政府に対する反感から、簡単にテロ組織なるものを見つけてその一員に加わるというのも普通はあり得ないと思いますが、そこは目をつぶって読み進むことが肝要です。
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フライ・バイ・ワイヤ 東京創元社
 今からちょっと先の未来を舞台にした青春ミステリです。
 ある工科大学の付属高校のクラスに、二足歩行のロボットがやってくる。病気で学校に行くことができない一ノ瀬梨香の操作により、彼女の代わりに授業を受け、充実した学校生活を送れるかどうかを見極める実験のためだった。ロボットが次第にクラスに馴染み始めたとき、クラスの副委員長であり、梨香と定期考査で1位を争った上井未来が頭部を殴打されて殺される事件が起きる。事件現場の状況からは、未来は一ノ瀬にそっと近寄って何かをしようとしていたらしいことがわかる。さらには後日、今度は未来に恋していた田口が教室内で殴打されて殺されているのを梨香が発見する。
 犯人が梨香ではないにしても、事件は彼女が来てから起こっており、彼女に対し排斥の声が上がるのも無理からぬところです。でも、そこに彼女を擁護する主人公のようなキャラを登場させているところが青春ミステリらしいところです。
 今作のメインの謎は、なぜ梨香に未来らが何かをしようとしたのか、そんな彼女らはなぜ殺されなければならなかったのかです。蓋を開けてみれば、高校生らしい感情と思い込みが悲劇を招いたことが明らかになります。彼らが工科大学の附属高校で優秀な生徒が集まる選抜クラスの生徒という設定が事件を招いたとも言えます。
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カード・ウォッチャー 角川春樹事務所
 舞台はゴム製造会社の研究所。慢性的にサービス残業が多い中、残業をしている時に椅子から転げ落ちて手首を怪我した社員の妻が、労働基準監督署に労災ではないかと相談したことから、会社へ臨検が入ることとなる。検査当日の朝、倉庫を覗いた総務の小野は、そこで研究員のハ尾が死んでいるのを発見する。過労死では監督署の検査が厳しくなると思った小野と上司の米田は、死体を発見したことを隠して、検査に望むが・・・。
 残業をするなと言われても、仕事は増えるばかりで、片付けるためにはサービス残業をしなくてはならない状況に、経営者側は、それを見て見ぬふりをして、残業は命じていないと逃げる。サラリーマンの読者なら、うちでも同じだよと思う人が多いのではないでしょうか。そんなどこにでもある会社を舞台にしたミステリです。
 物語の半分以上までがハ尾の死体が発見されないよう四苦八苦しながら、監督官の北川と介良に厳しくサービス残業や安全義務を指摘される様子が描かれていきます。ミステリとしての謎解きはわずかです。監督官の北川を探偵役に犯人捜しが始まりますが、論理的に犯人が指摘されて終了。犯人捜しより、前半の北川の労基法違反の指摘の方がおもしろい作品です。
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わたしたちが少女と呼ばれていた頃  ☆ ノン・ノベル
(ちょっとネタバレ)
 石持さんのシリーズ作品に碓氷優佳という女性を主人公にしたものがありますが、この作品は、彼女の高校入学から卒業までを、彼女のクラスメートの上杉小春を語り手にして描いた7編が収録された連作短編集です。
 高校に伝わる通学路の赤信号の言い伝えを小春の姉が彼女に話した本当の理由は(「赤信号」)。クラスメートが夏休み明けに急に成績の上がった理由は(「夏休み」)。毎晩本を読みながら酒を飲むので朝は二日酔いだと言う優等生の真の姿は(「彼女の朝」)。いつも手を握り合い、同性愛者のように見える二人の行動の裏に隠されたものは(「握られた手」)。医者の跡取りでありながら漫画家を目指すクラスメートが、志望校を三流校から難関校に変更した理由は(「夢に向かって」)。センター試験直前に利き腕を骨折したクラスメートが落胆したかと思ったら、急に前向きになった理由は(「災い転じて」)。卒業式を終えて、打ち上げを行う仲良し仲間の中で○○が気付いてしまったこととは(「優佳と、わたしの未来」)。
 それまでのシリーズ作品のような殺人事件が起きる話ではなく、超進学校である女子校の高校生活の中での、いわゆる日常の謎を優佳が解き明かしていくという形で物語は進んでいきます。
 冒頭の「赤信号」がちょっと悪意の感じられる作品だったのを除けば、6話目までは青春ミステリらしい爽やかさも感じられたのですが、ラストの「優佳と、わたしの未来」に至って、雰囲気が一転。それまでの謎解きの別の様相がこのラストの1作で明らかにされ、読者にショックを与えます。帯に書かれた一行が、胸に突き刺さります。あの帯の一行を考えた人は(編集者さんかな?)、お見事です。
 シリーズを読んでいる人にとっては、碓氷優佳の女子高校生時代を読む楽しみがありますが、シリーズを読んでいなくても石持さん自身が言うように青春ミステリとして優佳の頭の切れを味わうことができる作品です。読後感を気にしなければ、おすすめです。
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三階に止まる 河出書房新社
 8編が収録された短編集。70ページの中編といっていい作品から、わずか6ページの短編まで、ミステリあり、ホラーありでジャンルに統一性がありません。
 表題作の「三階に止まる」は、マンションのエレベーターがボタンを押さないのに必ず3階に止まるという話。謎解きはここには書くことができませんが、ミステリというよりホラー系の作品です。
 一番長い「院長室 EDS 緊急推理解決院」は、二階堂黎人さんが企画・構成したアンソロジーの1編として書かれた作品です。警察では対応しきれない難事件や不可解事件を市井の名探偵の知力を活用して早期に解決するために開設された“緊急推理解決院”を舞台にした作品です。1年前に起こった探偵の事故死の真相をその娘が明らかにしていくというストーリーですが、話の内容とは別に、院に所属する探偵の中にある作家の探偵が登場したりして、ミステリファンには楽しい作品です。やっぱり“民俗学推理科”の探偵にはあの人ですかね。
 「心中少女」は、ネットで心中相手を探して知り合った二人の女性が心中場所として選んだ場所にあった女性の死体の死の原因を推理するというストーリーですが、謎解きをした後、ああいうラストになるとは、意外でした。
 納得いかないなあと気になったのは「壁の穴」。体育倉庫の壁に穴をあけて隣の女子更衣室を覗いている間に殺されたと男子の話ですが、木に穴を開けたことがある人なら、ストーリー中のおかしな点がわかると思いますが・・・。
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二歩前を歩く  ☆ 光文社
(ちょっとネタばれ)
 表題作をはじめ6編が収録された短編集です。6編は、家に帰るとスリッパが一人で歩いた形跡がある「一歩ずつ進む」、周りの人からは男が突然二歩分くらい先に進んだように見える「二歩前を歩く」、壁紙の裏に死んだ妻の髪の毛を貼った男が夜息苦しくて眠れなくなる「四方八方」、消したはずの風呂場の電気が帰ると点いている「五カ月前から」、車のガソリンが少なくなると、いつの間にか給油されている「ナナカマド」、髪の毛をホーステールにしている先輩女性の髪の毛が重力を無視したように二つに分かれる「九尾の狐」のどれも超常現象としか思えない話です。それぞれの作品は独立していますが、登場人物たちはある会社の社員であり、全編を通して探偵役として会社の研究所の研究員・小泉が謎を明らかにするという形になっています。
 小泉は同僚たちから相談された超常現象としか思えない出来事を実験をしながら論理的に説明していきます。この論理的なストーリー展開は石持さんらしいと言えます。ところが、論理的に出来事に説明をつけた先に待っているものは、これがまたびっくりな事実。このあたりは、6編の中で、しつこいくらいに同じことが繰り返して語られます。例えば冒頭の「一歩ずつ進む」では『理系だからこそ、現代科学ではわからないことは山ほどあることを知っている。だから文系の連中よりは、はるかに超常現象を肯定する心理的傾向があると思う。(中略)理系の技術者は違う。報告書には「この現象はまだ説明できない」と書けば済む。現象そのものを否定することはない。』それにしても、この会社の社員、不思議な現象が起きすぎます。
 ラストの「九尾の狐」を除けば、どれも主人公たちが隠していた事実が現れて、嫌な終わり方となっています。「九尾の狐」だけ、この短編集のための書き下ろしですが、意図的に明るい終わり方にしたのでしょうか。
 これより以前に刊行された「三階に止まる」の表題作も小泉が登場します。書き下ろし作品を加えるくらいなら「三階に止まる」をこの作品集に入れてもよかったのでは。
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罪人よやすらかに眠れ  角川書店 
(ちょっとネタバレ)
 札幌の中島公園の近くにある、高い塀で囲まれた大邸宅。公園と同じ中島という表札を掲げる邸宅に入っていった人の抱える謎を邸宅の住人で美形の北良が解き明かすという体裁のミステリです。
 HPでは“館ミステリ”という紹介だったので、当黙綾辻行人さんの館シリーズのような不思議な館の存在を予想して読み始めたのですが、まったく違いました。看板に偽りありと思ったら「まったく新しい“館”ミステリ」だそうです。謎の館ではなく、そこに住む人が何やら謎めいた人たちです。
 作中で「この館に、業を抱えていない人間が来てはいけないんです」と語られますが、この家に足を踏み入れるのは、酔いつぶれた友人とその恋人を連れた青年(「友人と、その恋人」)、東京から初めてのひとり旅で札幌の伯母の家にやってきた小学生の女の子(「はじめての一人旅」)、ある理由から走らざるを得なかった初老の男性(「徘徊と彷徨」)、時間つぶしに幼い頃の友だちの家を探す女性(「懐かしい友だち」)、待ち合わせをした恋人がこないことに困惑する青年(「待ち人来たらず」)、かつて起こった○○事件での恋人の行動を理解できない女性(「今度こそ、さよなら」)。彼らは北良により、彼らの抱える“業”を明らかにされ、家を後にします。どれも、この後どうなるのだろうと余韻が残るラストになっています。
 結局、最後までこの家が何なのかは明らかにされないし、この家の住人、特に北良の正体も明らかになりませんでした。ラストの「今度こそ、さようなら」で種明かしがされたと思ったのですが。ちょっと消化不良です。もしかしたら、このシリーズはまだ続きがあるのかも。 
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凪の司祭  幻冬舎 
(あまりに胸糞悪い作品だったので、ネタバレを恐れずに書いています。読む予定の人は注意!)

 非常に後味の悪い作品です。石持浅海さんの作品の中では最低。嫌な気分になりたくなければ、読まない方がいいかもしれません。
 結婚を約束していた男がゲリラ豪雨によって事故死する。恋人だった女は、ゲリラ豪雨の原因と一部で言われている海からの風を阻害する建物で大量殺人を起こし、その場所を鎮魂の場所としてビルが建てられないようにするために、テロを起こそうとする・・・。
 どう考えても異常としか思えない理由で罪もない人を殺すとは、こんな犯行の勣機はないだろうと言いたくなります。実行犯である女はもちろん、自分たちのことを“五人委員会”と称して、実行計画を立て、彼女を支援する男女も異常。更にはその相談の場所を提供する喫茶店の店主夫妻も同様。自分の研究を実践したかったなどの理由で、2000人の殺害に平気で手を貸しますかねえ。一部の者には事件を起こすことによって別の目的があったのですが、その方がずっとすっきりします(とはいえ、単にその目的のために2000人を殺す手伝いをするというのも通常は考えることができませんが)。だいたい、最初の襲撃場所が子どもたちの遊ぶ休憩室で、年端もいかない子どもたちを平気で殺すという計画を立てることは狂っているとしか言いようがありません。
 理不尽な死を嘆く女が、自分の手で理不尽にも殺されることになる人たち、そしてその家族のことを考えられないなんて、恋人の死の前には誰からも好かれる素敵な女性だったが故にありえない気がします。
 最初から嫌な気分で読み進みましたが、ラストまでには、きっと犯人たちは何らかの形で責任を取らされて終わるのだろうなと期待したのですが、肝心の実行犯の女は2000人以上を殺したあげく計画通り自殺してしまうし、毒の精製を指導した男は自分の恋人も犠牲になったのに、のほほんと生きているわで、この持って行きようのない気分の悪さ、憤りの持って行き先はどうしてくれるんだ!と本を投げ出したくなりました。これほどまでに読んだ後に腹が立った作品はありません。お金出して買って損した本のナンバー1です。 
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パレードの明暗  光文社 
 「月の扉」「心臓と左手」「玩具店の英雄」に続く、座間味くんが登場するシリーズ第4弾です。表題作など7編が収録された連作短編集です。
 警視庁ナンバー3の大迫警視長と民間人の座間味くんとの飲み会に上司によって強制的に参加させられた機動隊に所属する女性警察官の南谷結月。毎回違う料理を囲みながら、大迫が解決済みの事件の話をし、それを聞く座間味くんが一般的な解決とは異なる解釈を披露するという形式で話が進みます。
 解決した事件の表側に現れている事実の裏側に隠された事件関係者の思惑が座間味くんの推理によって明らかにされていくところが、この作品の読みどころです。「なるほど、そういう解釈ができるのかぁ」と、読んでいて座間味くんの話に納得してしまうのですが、ただ気になるのは、事件の渦中にいる人がそこまですぐに考えることができるのかというところ。そうだとしたら、この人たちは相当頭のいい人に違いないと思ってしまうのは僕だけでしょうか。また、あくまで座間味くんの論理的な推理であって、証明はできないのですが。
 7編の中でのお気に入りは、最後の「F1に乗ったレミング」です。ゲリラ豪雨で、冠水しているアンダーパスに突っ込んだ強盗犯の乗った車を、現場にいた女性警察官がけん引して救出しようとした行動に対する向こう見ずだという署内の批判に対し、座間味くんは逆に、彼女は、思慮深い人だと論理的に証明します。題名は事件に登場する女性警察官の渾名ですが、ネーミングのセンスに思わず笑ってしまいます。
 もう一つは「少女のために」です。自分の娘の露わな写真や映像をネットで販売していた母親が逮捕された際、おとなしく逮捕された彼女が女性警察官の不適切なひとことで突然逃げ出そうとして暴れ、負傷してしまった事件です。座間味くんが解き明かす、義憤に駆られた女性警察官の不適切な発言の思惑はこんなところにあったのかという理由に納得。 
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殺し屋、やってます。  文藝春秋 
 殺し屋を主人公にした7編が収録された連作短編集です。
 富澤は表の顔は経営コンサルタントだが、裏の顔は一流企業の社員の平均年収650万円で殺しを引き受ける殺し屋。依頼者と富澤との間に“伊勢殿”と塚原という仲介者を二人入れることによって、それぞれが相手の正体がわからないシステムを取っている。3日以内で依頼を受けるかどうかを決め、2週間以内に仕事を実行するという富澤の元に今日も殺しの依頼がやってくるが・・・。
 物語は、7編のうち最後の「狙われた殺し屋」を除き、富澤が、引き受けた仕事を行うに際し、調査をしたターゲットの不思議な行動の謎を解くという体裁になっています。ただし、謎解きはしても、依頼された仕事に手加減は加えるということはありません。割と軽いタッチで描かれていますが、この点には実は富澤の冷徹さが表れています。
 謎は次のとおり。保育士の女性はなぜ夜中に部屋を出て公園に水筒の中身を捨てに行くのか (「黒い水筒の女」)。独身で介護をする人もいないはずの男がなぜ紙おむつを買うのか(「紙おむつを買う男」)。いい大人の青年が殺しの依頼に来るのになぜ母親が同行するのか(「同伴者」)。同じ男への殺しの依頼がなぜ2度も取り下げられたのか(「優柔不断な依頼人」)。吸血鬼に噛まれたように見せる殺し方のオプションがつけられたのはなぜなのか(「吸血鬼が狙っている」)。同居している女性が外で同じ名前を使用しているのはなぜなのか(「標的はどっち?」)。
 最後の「狙われた殺し屋」は、ターゲットが富澤自身という話です。いったい、誰がなぜ富澤を狙うのか。それまでのストーリーの中に伏線が張られています。 
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鎮憎師  光文社 
 真穂は大学時代、同じテニスサークルの仲間だった男女の結婚式の二次会に招かれ、久しぶりにサークル仲間に会う。その翌日、同じ二次会に招かれた女性が死体となって発見される。真穂たちが大学時代に、被害者の女性は、同じテニスサークルで交際していた男性に殺されそうになり、彼女を殺したと思った男性は自殺をしたという事件が起きていた。今回の事件はそのときの事件の復讐ではないかと、真穂たちサークル仲間はそれぞれ考えるが・・・。
 “鎮憎師”とは、登場人物のひとり、真穂の叔父である弁護士の新妻の造語で“憎しみを鎮める人”という意味で、“事件のことを聞いて、上手に終わらせる方法を考える人”だそうです。冒頭で憎しみの連鎖から凄惨な事件が起こる場面が描かれますが、そこに立ち会ったのが新妻弁護士であり、その事件を見て、事件の本当の解決は憎しみの連鎖が起こらないことであると考えたのでしょう(それにしても、あんな凄惨な事件の現場で新妻はあまりに冷静でしたけど)。しかし、“鎮憎師”である沖田が、なぜ“鎮憎師”をしているのか、その背景がまったく説明がされていないので、沖田が“鎮憎師”だといっても、それが何だという思いしか抱けません。沖田自身も特色あるキャラとは言えませんし・・・。
 ストーリー自体は、石持さんらしい論理的に思考を重ねて犯人を特定していくというパターンですが、現実的には、サークル仲間の中に犯人がいると論理的に答えが出ているのであれば、みんなが冷静にいるという状況はおかしいという思いがあって、物語の中に入り込むことができませんでした。 
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崖の上で踊る  PHP研究所 
 風力発電が発する低周波により体調を崩し、仕事を失い、家族を亡くした人たちは、機器を開発したベンチャー企業「フウジンブレード」を訴えたが、裁判は企業側の優位に進んでいた。被害者の中の先鋭的なメンバーは裁判に勝てないなら自分たちが鉄槌を下さなければならないと復讐のため経営陣3人を殺害することを決意する。メンバーは裁判の原告となった高原絵麻、諏訪沙月、雨森勇太、江角孝人の4人、過激な消費者団体のメンバーである吉崎修平と福王亜佳音の2人、フウジンブレード社員であった弟が働き過ぎで自殺した花田千里、父親の経営する製造所がフウジンブレードの機器の開発に協力しながら開発費を払ってもらえず倒産した菊田時夫、素材メーカーの営業マンであった夫が顧客であるフウジンブレードの無茶な要求に耐えきれずに鬱状態となった奥本瞳、そしてフウジンブレードの元社員で機器の開発に携わり、欠陥があることを知り発売延期を申し入れたが左遷されて辞めざるを得なくなった一橋創太の計10人の男女。
 物語は冒頭、フウジンブレードの保養所で開発部長を殺害したところから始まる。残りの2人の殺害計画を話し合った翌朝、メンバーの中の1人、一橋創太が殺害されているのが発見される。外部犯の犯行とは考えられず、残った9人の中に犯人がいることは確実だったが、殺害計画はそのまま進められることとなる。しかし、翌朝、更に二人が殺害されて発見される・・・。
 登場人物が10人と多いのですが、登場人物表は用意されていないので、「この人どういう人だったかな?」とページを何度も戻らなければならず(年配者には大変です。)、仕方がないので、途中から自分で人物表を作成して読み進みました。いったい、誰が、なぜ仲間を殺害していくのかを解き明かしていくストーリーです。石持さんらしい作品といえるでしょうか。
 とはいえ、仲間を殺した者がいるのに、復讐を止めようとしない彼らの心理がまったくもって理解できなません。一橋が殺害された際、石持さんは吉崎にその理由を語らせていますが、普通はそんなことで納得しないでしょう。犯人が名乗り出ないのですから、吉崎が推理したような理由でないかもしれません。いつ、自分が殺されるかもしれないのに、それを措いて復讐に邁進できるというのが不思議です。とはいえ、もともと、裁判で勝てないなら自分たちで殺害しようと集まった人たちですから、思考回路が異常であってもおかしくありません。そういう異常な思考回路を前提としての論理的な謎解きだったといえます。 
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Rのつく月には気をつけよう 賢者のグラス  祥伝社 
 7編が収録された連作短編集です。「Rのつく月には気をつけよう」の続編です。ということですが、前作が刊行されたのは12年前。読んでいたのですが、内容はまったく覚えていませんでした。ただ、前作を読んでいなくても(覚えていなくても)、今回の作品を読むに当たって支障はありません。
 酒を飲み、美味しい食事をしながら日常の謎を解き明かすというパターンは前作と同じですが、前作では、長江高明、熊井渚、湯浅夏美の三人の飲み会に毎回ゲストが来て、そのゲストが話す日常の謎を探偵役の長江が解き明かすというパターンでしたが、今作では、長江が最終的に謎を解き明かすという点は同じですが、舞台設定は、長江と彼と結婚した渚、その長女の咲の家族、夏美と彼女と結婚した冬木健太、その長男の大の家族のそれぞれの家で交互に行う食事会(飲み会)で、彼らが料理に関して述べた感想から、夏美の頭に浮かんだ日常の謎が俎上に上がるというパターンの作品となっています。
 どの話にも酒と料理が登場しますが、通常のグルメミステリと異なって、登場する料理は、家庭でできる料理となっており、いくら詳細に描かれてもどんな料理か頭に浮かばないフランス料理などと違って料理の姿を想像できるところが嬉しいです。“サーモンの酒粕漬け”、“イカの肝焼き”、“豚バラ焼き”なんて、実際に酒を飲みながら食べたいですねえ。
 連作短編集らしく最後の「一石二鳥」には、それまでと同じパターンと思わせておいて、ある仕掛けが施されています。それまでの作品と異なった感じで読みながら違和感があったのは、この仕掛けのせいだったんですね。 
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殺し屋、続けてます。  文藝春秋 
 コンサルティング会社を経営する裏で1件650万円で殺しを請負う富澤充を主人公とするシリーズ第2弾です。7編が収録されています。
 今作でも依頼者の変な依頼や、ターゲットの不思議な行動が気にかかる富澤がその謎を解き明かすというのは前作と同じです。不思議なことがあっても、それが明らかとなれば、依頼は実行するというドライさは変わりありません。殺しをどう行うかよりも、そうした変な依頼や行動を解き明かす方を楽しむ作品です。今作でも、富澤は、大学からの帰り、駅前の交番脇で3時間何もせずに立っているターゲット(「まちぼうけ」)、殺害場所の指定の依頼を断ったところ、それを取り下げたが次に殺害方法を指定してくる依頼人(「わがままな依頼人」)、既に死んでいる人を殺してくれという依頼人(「死者を殺せ」)、毎回サークル活動先に到着するちょっと前にパンプスとストッキングを脱ぎ、ビーチサンダルに履き替えるという不思議な行動をとるターゲット(「靴と手袋」)について、それぞれ合理的な説明をします。
 今作には、富澤以外の殺し屋が登場します。ネットショップを運営し、女手一つで中学三年生の娘を育てる傍ら殺しを請負うという女性の殺し屋・鴻池知栄です。女性ということもあって、殺しをひとりで実行する富澤と違って、手を下さないが殺しの手助けをする相棒がいます。今回、「双子は入れ替わる」で富澤が謎を解いた犯行の実行犯として登場し、「銀の指輪」では語り手となり、依頼者の視点で語られる「猪狩り」では富澤の依頼者を殺害し、ラストの「靴と手袋」では富澤とニアミスをしますが、果たして二人が相まみえることがあるのか。次回が楽しみです。 
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君が護りたい人は  ノン・ノベル 
 弁護士の芳野は自分も所属するアウトドアショップの常連客で作る「アンクル会」の一員である三原から、同じ会員である奥津悠斗を殺害するが見ていてほしいと告白される。奥津はかつて富士山の落石事故で亡くなった仲間の一人娘・成富歩夏の未成年後見人になったが、彼女が15歳の時に彼女と関係を持ち、今回の20歳の年齢差の結婚も奥津が無理やり同意させたもので、三原はそんな境遇の歩夏を奥津を殺害することで救いたいと言う。結婚を前にキャンプに向かった一行は、芳野と三原、奥津と歩夏、アウトドアショップの店員である別府、医師の武田小春と彼女の友人である碓氷優佳の7人。芳野は三原がキャンプ中に何か仕掛けるのではと様子を窺う・・・。
 碓氷優佳シリーズ第6弾です。物語は三原の思いを聞いた芳野が、三原の行動をあれやこれや想像する様子が描かれ、今回優佳の出番は最後だけ。しかし、結局三原の行動も、そして芳賀の行動さえも優佳の想像の範囲内だったことが明らかになります。歩夏を護るためというなら、自己を犠牲にすればいいのに、結局はあわよくば奥津が死んだあとは自分とうまくいけばいいなんて考えるから、思いもかけぬ結果になってしまったのでしょうね。でも、この結果はあまりにできすぎです。
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高島太一を殺したい五人  光文社 
 高島太一は学習塾を経営する母親の塾で働く青年。彼はある夜、彼の塾に通う女子高校生の枝元絵奈を殺害する。彼女は最近夜間に出歩く子どもたちが連続して殺害される事件の犯人だった。太一の犯行の場面を塾で働く5人の男女がそれぞれ目撃していた。5人は太一が絵奈を殺した責任を取るべきだと考え、太一を殺害しようと考える。塾のサマースクールの前日、サマースクールが行われる塾の研修所の周辺に降った雨の影響を調べに行った太一を殺害しようと、5人も研修所に向かうが、既に太一は研修所のキッチンで意識不明の状態のまま倒れていた・・・。
 自分たちが立ち直らせた絵奈が殺人という行為に喜びを感じることに怒ったのか、それとも絵奈がこれ以上の殺人を行うことを防ごうとしたのか、はたまた、自分の塾から殺人者が出たことを世間に知られたくなかったからなのか、太一が死んだ今となってはその動機ははっきりわかりませんが、どんな理由であれ、絵奈を殺害することは短絡的な行動としか言いようがありません。
 また、そんな太一を殺害しようとした5人の動機もまったく共感できません。こちらの5人も短絡的としか言いようがありません。結局、この作品は単に太一に実際手を下したのは誰かを、論理的に解き明かしていく過程を楽しむ作品です。個人的には、なぜ皆、簡単に人を殺害することで問題を解決しようとするのかという点が気になって、楽しむことができませんでした。 
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あなたには、殺せません  東京創元社 
 舞台となるのは犯罪者予備軍の駆け込み寺と呼ばれるNPO法人。そこには罪を犯すことに迷いや葛藤のある人が相談にやってくる。相談員は、彼らの計画の穴をつき、犯罪は上手くいかないと指摘するのだが・・・。
 5話が収録された連作短編集です。どの話も殺人を犯そうと考える人が相談にやってきます。
 高校時代の同級生の福留とコンビを組んで音楽活動をしていた有馬駿は、福留に裏切られたことを知り、彼を殺害しようと考える。・・・「五線紙上の殺意」
 自分の不倫相手を夫が殺害するのを見た妻は、事件が発覚し、「殺人犯の妻」になる前に夫を殺害しようと考える。・・・「夫の罪と妻の罪」
 好きだった女性の死の原因が双子の姉のひと言にあると思った服部建斗は、彼女を殺害しようと考える。・・・「ねじれの位置の殺人」
 DVを受けている英会話教室の講師を助けようとした日下部渉だったが、転勤のため同じ教室に通う岡垣に費用を渡し後を託したが、講師は自殺し、岡垣によってその責任も渉に擦り付けられていることを知り、彼を殺害しようと考える。・・・「かなり具体的な提案」
 同性愛者の恵利と佳央里だったが、佳央里に結婚の話が持ち上がり、彼女が世間体を気にして結婚に踏み切ると思った恵利は、彼女を殺害しようと考える。・・・「完璧な計画」
 相談員によって、殺人は上手くいかないと指摘された5人が、そこで7「そうかぁ」と納得してしまうのであれば物語は成り立ちません。無理だと指摘された5人が、その後どうしたのかが読みどころとなります。
 それにしても、このNPO法人の真の目的は何なのでしょうか。犯罪を実行しようと考えている者に、犯行は無理だと納得させて犯罪を未然に阻止することなのか。それとも、今の計画だと穴があることを教えて、そこを改善させてうまく実行させようとするものなのか・・・。さて、どうなんでしょう。 
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