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伊岡瞬の本棚

  1. 明日の雨は。
  2. ひとりぼっちのあいつ
  3. 悪寒
  4. 本性
  5. 冷たい檻
  6. 不審者
  7. 仮面
  8. 奔流の海
  9. 朽ちゆく庭
  10. 清算
  11. 水脈

明日の雨は。 角川書店
 音楽大学のピアノ学科を出たものの、思うような就職先が見つからないでいた森島巧。そんな彼が、遠縁の校長の口利きで、産休の音楽教諭の代わりに小学校の音楽担当非常勤講師となって過ごした1年を描いた6話からなる連作集です。
 第1話では何かというと学校にクレームをつける、いわゆる“モンスターペアレント”問題、第2話ではいじめといじめられる子の家庭問題、第3話と第5話では教師の児童への対応の仕方の問題、第6話では学級崩壊と不登校の問題といったように、現在、教育現場で起こっている様々な問題が描かれていきます(第四話だけは教育の問題ではなく、教師自身の問題を描いています。)。それらの問題に対し、ほんの腰掛けのつもりで教師を始めた巧が、児童、親、同僚教師と接する中で、問題を解決しようと奔走し、苦悩し、そして普通の青年のように恋に悩み、人生に悩みながら、しだいに人間として成長していく姿は、青春物語として読み応え十分です。
 そんな巧の成長物語にとどまらず、この作品は、第1話「ミスファイア」が日本推理作家協会賞短編部門の最終候補に残った作品であるように、第2話のリクガメ消失事件の謎や第3話での歌のうまい児童が歌が下手になった謎等、明らかとなる意外な真実を楽しむことができる作品ともなっています。おすすめです。
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ひとりぼっちのあいつ  文藝春秋
  アパレルメーカーの営業マンである宮本楓太は、外回りの途中、公園でボランティアの炊ぎ出しのうどんを食べていた中年男に不思議な力があることに気づく・・・。物語は宮本楓太と中年男・大里春輝を主人公に二人を交互に描きながら進んでいきます。
 父と兄が公務員という一家の中にあってコンプレックスを持ち続けてきた楓太と、子どもの頃に他人から傷つけられてばかりいたことから他人と触れ合うことを恐れる春輝の人生が交錯する中で、様々な事件が起こっていくのですが、楓太のいい加減で自分勝手な行動に共感がまったくできず、逆に読んでいて腹が立ってしまい、物語の中にどっぷりと浸かることができませんでした。
 もう一人の主人公春輝は、友達のことを考えてした行動を誤解されてしまったり、物を動かす超能力を持っていたばかりに同級生からは避けられ、マスコミからは追い回されるという、かわいそうな人生。そのうえ、春輝の父親はマスコミに振り回されたあげく、仕事をしなくなるという最悪のパターンです。もてはやされた超能力少年の哀れな末路に同情を禁じ得ません。
 ラストには唖然としてしまいました。なぜ、こんな展開になるのか、そりゃぁ、このラストの方が読後感はいいかもしれませんが、いっきに物語はSFになってしまいました。
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痣  ☆   徳間書店 
 真壁修は南青梅署奥多摩分署刑事課の刑事。以前は本庁捜査一課の刑事であったが、1年目の結婚記念日に妻を殺害され、容疑者は事故死したが、ほかに犯人がいるのではと考えた真壁は捜査を終結しようとする上層部と対立、辞職をして一人で真犯人を探し出そうとするところを後輩刑事の父である伊丹分署長に説得されて奥多摩分署へと異動になる。しかし、仕事に身が入らず、二週間後の妻の命日に辞職を決意したが、管内で猟奇殺人事件が発生し、被害者の女性の胸に妻の左胸にあった痣と酷似する傷がつけられていたことから、真壁は相棒の若手刑事・宮下とともに妻の事件との関連を調べ始める。
 細かい部分ではちょっとご都合主義だなと感じさせる部分もありましたが、なかなか読ませました。妻の死から立ち直れない夫を嘲笑うかのように起こる妻の事件を想起させる連続殺人事件というストーリー展開に冒頭から引き込まれてしまい、いっき読みです。妻はなぜ殺されたのか、猟奇殺人の被害者たちはなぜ殺されたのか、また、なぜ犯人は被害者たちの胸に真壁の妻の痣と同じ傷をつけるなどして真壁を挑発したのか等々の謎が次々と出てきて、読む者を飽きさせません。
 様々な事件が複雑に絡み合っており、最後まで犯人がわかりませんでした。まさか、あの人物とはびっくりです。宮下が警察では有名な刑事の甥だったことが語られますが、その伯父の言葉が、そもそもこの一連の事件の始まりとなっていることに、こうして感想を書きながら気づきました。
 英語だけでなく中国語やスペイン語も話すことができ、司法試験だったら受かるとまで言う一橋大学出の宮下のキャラが嫌みがなく魅力的です。 
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悪寒  ☆  集英社 
 大手製薬会社に勤める藤井賢一は、週刊誌が告発した贈収賄事件と会社内部の勢力争いのあおりを受け、山形県酒田市にある関連会社の営業所に飛ばされる。すぐに本社に戻すという常務の言葉を信じ、営業所長の嫌みにも耐えて単身赴任の毎日を過ごしていた賢一
だったが、ある夜、妻の倫子からの意味がわからない不審なメールに慌てて東京の家に戻ると、倫子が常務を殺した容疑で逮捕されていた。倫子が本当に常務を殺したのか。なぜ、常務が賢一の留守中に家に来たのか。不審に思う賢一の前に驚くべき事実が明らかにされていく・・・。
 40過ぎになって無職となって路頭に迷うより、常務の言葉を信じて関連会社に出向することを受け入れた賢一を、同じ父親として責めることはできません。娘からは自分が正しいのに出向を拒否しないダメ親父だと非難されようと、考えが甘いと言われようと、妻子を食べさせるために我慢をするのが父親です。女性から見るとイライラさせられる男かもしれませんが、いやぁ~父親って本当に辛いよなあと思いながら読んでいました。
 途中でこれでは火曜サスペンスと同じパターンの解決ではないかと思ったら、そこからニ転三転し、あれよあれよと現れてくる事実にどれが真実なのか、ページを繰る手が止まらずいっき読みでした。それにしても、事件の真相はあまりに辛すぎます。こんなことで人をそこまで憎むものなんでしょうか。
 今回は脇役でしたが、「痣」の主人公だった真壁刑事と相棒の宮下刑事も登場します。倫子を弁護する白石弁護士にはもう少し活躍シーンが欲しいキャラでしたね。 
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本性  角川書店 
 物語は全8章からなり、それぞれ主人公を異にして進みます。
 前半4章は、第1章では私立高校の教師、梅田尚之、第2章ではファミレスのアルバイト、小田切琢磨、第3章では認知症を患っているひとり暮らしの老人、青木繁子、第4章では地方の町役場に勤める小谷沙帆里という4人の男女とサトウミサキなる30代前半の女性との関わりが描かれていきます。
 サトウミサキは、梅田尚之と小田切琢磨に対しては、女性としてのその肉感的な体をいかんなく利用して二人を翻弄し、青木繁子に対しては、ひとり暮らしの老人の話し相手として生活の中に入り込んでいきます。この第3章では、話の主たる筋からはちょっと離れますが、とんでもない仕掛けも張られています。更に小谷沙帆里に対しては、風呂場で事故死した夫の事件を調べる保険会社の調査員を名乗って近づきます・・・。
 サトウミサキの正体はなかなか明らかにならず、また彼女の要求もはっきりと読者には示されずに次の章に移ってしまいます。読者としては、いったいどういうことだと先が気になって仕方がなく、ページを繰る手が止まりません。このあたり、作者の伊岡さんの企みに見事にはまってしまったという感じです。
 後半の4章は前半の4章にも顔を出していた二人の刑事、宮下と安井が主人公となり、空き家で発生した男性の焼死事件を二人が追いかける警察小説という形になります。いったいこの事件に前半4章がどう関わってくるのか。サトウミサキがどう絡んでいるのか。二人の刑事の視点で次第に事件の全貌が明らかにされていきます。
 サトウミサキが、単なる復讐にとどまらずに、どうして自分の身体を切り売りするような方法をとるのか。ラストはササキミサキの恐ろしさに戦慄します。
 この、宮下という刑事、気づきませんでしたが、伊岡さんの他の作品も顔を出しています(読んだ中でも「痣」と「悪寒」に登場していました。)。 
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冷たい檻  中央公論新社 
 北陸地方の日本海沿いにある村の駐在所から警察官が失踪する。県警本部から派遣された調査官・樋口透吾は、後任の駐在・島崎巡査部長と共に失踪した警察官の行方を追う。やがて、樋口は失踪事件が村に存在する中国資本の大型複合福祉医療施設やショッピングセンターの跡地問題に関係しているのではないかと疑いを持つが、そんな中、施設に入所している青年の惨殺死体が発見される・・・。
 冒頭、17年前、樋口がたまの休暇に家族で行った遊園地で幼い息子・巧を誘拐される事件が起きたことが描かれます。それからどういう経過を辿ったのかは明らかにせずに、警察官ではない立場で樋口は登場します。警察上層部の指示で動く“組織”に所属している者として、中央政界、地元の政治家、財界の利権が複雑に絡み合う複合施設に関わる警察官(それも実は公安の息がかかった警察官)の失踪ということで、“組織”が動き、樋口が派遣されてきたという流れになっています。このあたり、“組織”の姿に現実感が伴わず、樋口というキャラもいまひとつ強烈な印象を与えられなかった感があります。
 物語は、樋口らの捜査とともに、複合施設の中の児童養護施設に入所している少年・小久保貴の視点と更生施設に入所している青年・レイイチの視点、更には複合施設に勤める職員の桑野千晶らの視点で施設の中の出来事が語られていきます。その中で児童養護施設に入所している少年たちの間で噂になっている、依頼をすれば願を叶えてくれる“アル・ゴル神”とは何かが事件の謎に大きく関わっていくことになります。
 さまざまな視点で語られる施設の様子を読むと、読者としては中国資本の製薬会社がこの施設で行っていたことはだいたい予想がつきます。しかし、それがあんな結果までも引き起こすことまでは想像できなかったかもしれません。
 ラストはちょっと安易という気がしないでもありませんが、暗い事件の中でもひとつ救いがあったことでホッとできます。 
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不審者  集英社 
 フリーの校正・校閲者として働く折尾里佳子は、会社員の夫・秀嗣、五歳の息子・洸太、秀嗣の母の治子との四人暮らし。ある日、秀嗣が一人の男を家に連れてくる。その男は、治子が20年以上前に離婚したときに、夫が引き取った秀嗣の兄・優平だという。実の母である治子は、優平ではないというが、秀嗣は最近忘れっぽくなったせいだと取り合わない。あげくに、一存で優平を同居させることを決める。それ以降、里佳子の周囲で不可解なことが起きるようになる・・・。
 冒頭で語られていたエピソードが、題名にある「不審者」である優平が折尾家にやってきてからの出来事にどう関わっていくのかと思って読み進めましたが、ある事実が明らかにされてからは、冒頭のエピソードから色々なことが推測でき、ストーリー展開が予想がついてしまいました。ミステリーとして、ラストで明かされる優平の正体には、あまりにリアリティがなさすぎです。 
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仮面  角川書店 
 三条公彦は中学時代、新聞配達の途中で交通事故に遭い、後遺症として読字障害(ディスレクシア)になってしまう。その後、福祉行政を学ぶためアメリカに留学し、知事選で選挙ブレーンを務めて候補者を当選させ、そのままブレーンとして残ってくれという依頼を振り切って帰国、その半生を描いた自伝を出版し、やがてそれが評判を呼び、今では評論家としてテレビにも出演する活躍を見せていた。一方、宮下真人は高円寺北署の刑事。女性刑事の小野田静とコンビを組み、主婦失踪事件を捜査していた。やがて、やはり失踪していた主婦の遺体が発見され、二人が友人だったことから事件は新しい展開を見せる。
 物語は、良き妻を演じながら浮気をする主婦、子どもを事故で亡くしたのち子作りに積極的でない夫を見限って妊娠するためだけに男と寝る主婦、三条の秘書として採用され、ディスレクシアの三条のために“通訳”をする菊井早紀、三条のマネージャーの久保川克典、そして刑事の宮下等様々な人の視点で描かれていきます。いったい三条が主婦殺人事件にどう関係しているのかが読みどころですが、秘書の菊井の視点で描かれる三条の人となりを見ても、三条という男、決して聖人君子ではなく最初から真っ黒という感じだなあと思いながら読み進みました。
 ストーリー的には、どんでん返しもなく、ちょっとしたミスリードはありますが、最終的には着地点はこんなところかという感じになります。ある人物が抱えるある問題(ネタバレになるので詳細は語りませんが)についてはびっくりしました。
 題名の「仮面」は、誰でも人に見せる顔とは違う別の顔を持っており、それを他人には分からないよう隠しているということでしょうけど、それも当たり前といえば当たり前ですね。申し訳ありませんが題名としては平凡。
 刑事の宮下は、伊岡さんの既刊の「痣」「悪寒」「本性」にも登場しています。一橋大学卒業で司法試験くらい簡単に通る頭を持っているようですが、現場の刑事をしている変わり者。最後に語られたことに今後進展があればいいのですが。 
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奔流の海  文藝春秋 
 1968年、静岡県千里見町一帯を襲った記録的な豪雨で、生まれたばかりの赤ちゃんを抱える有村夫婦は、避難のために車で家を出る。途中、土砂崩れで道路が通行止めとなったため、車から降り、歩いて避難バスの発着所に向かうが・・・。20年後の1988年の静岡県千里見町。ひき逃げ事件で主人を失い開店休業状態の旅館「清風館」だったが、知り合いから頼まれて、地層の調査に来たという大学生・津村裕二を迎え入れる。「清風館」の一人娘・清田千遥はこの春から東京の大学に進学予定だったが、夫の死で気落ちしている母を一人にできず、母に話し出せずに悩んでいた。
 物語は悩む千遥の現在と裕二の4歳からの人生を交互に描いていきます。この二人が冒頭で描かれた豪雨のエピソードにどう関わってくるのかが読みどころとなってきます。裕二の章では、幼い頃から父親によって「当たり屋」として使われ、怪我だけでなく死さえも覚悟しなければならなかった裕二の悲惨な生活に読むのが辛かったのですが、ラストの結果にホッとしました。 
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朽ちゆく庭  集英社 
  作者の伊岡さんが言うには、「悪寒」「不審者」に続く「家族崩壊」をテーマにした三部作の三作目だそうです(個人的には「悪寒」「不審者」とも読んでいますが、既に記憶には残っていません。「悪寒」は個人的なおススメ本だったのですが。)。
 かつてはセレブが住むための高級住宅地として開発されたが、バブル崩壊やリーマンショックの余波を受け、次第に変わってきた朝陽ヶ丘ニュータウンに引っ越してきた山岸家。父親の陽一は準大手のゼネコンで現場管理の仕事をし、母親の裕実子は税理士事務所のパート、一人息子の真佐也は私立中学受験に失敗し、公立中学に入学したが夏休み前から学校を休みがちになり、今では不登校となっていた。そんな真佐也の部屋に通ってくるのは引越し前に通っていた中学の同級生の滝野純二。二人は真佐也の部屋でゲームをしたりして時間をつぶしていた。ある日、真佐也は時々公園に一人でいる少女・あかりが具合が悪そうにしているのに気付き、家に連れ帰る。翌日、あかりが行方不明となり、山岸家のキッチンであかりの死体が発見される。警察の取り調べに真佐也は自分がやったと供述する・・・。
 父親の陽一は不倫はするし、在宅勤務といいながら実はコンプライアンス違反で自宅待機を命ぜられていたのが真実、また、母親の裕実子は勤務先の所長と不倫をするだけでなく、若い男との不倫にもおぼれてしまう、この母親大丈夫かと思わせられるほどの女ですし、息子の真佐也も不登校。家族崩壊もやむを得ない山岸家です。終章で描かれる事件後の山岸家ですが、そんな簡単に元の鞘に戻るとは思えませんけどねえ。
 果たして本当に真佐也はあかりを殺害したのか。もし、そうでなければ、なぜ自分が殺害したと自白したのか。陽一も裕実子も、そして真佐也の同級生もその同級生の母親も、嫌な人間ばかりが登場しますが、ラストはちょっとホッとさせてくれますね。
 真佐也を弁護する白石弁護士ですが、伊岡さんの他の作品にも登場します。
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清算  角川書店 
  畑井伸一は八千代新聞社のグループ企業の一つである広告会社「八千代アドバンス」の制作部の次長。社長に呼ばれた畑井は秋の異動で畑違いの総務部長への昇進を言い渡されるとともに、会社が解散し、清算することを告げられる。解散が発表されると、社員の再就職や残務整理に畑井は翻弄される。更に、清算人となった社長の依頼で解散後の清算業務まで引き受けることになった畑井だったが、ある日、清算のために残っていた2億円が入った通帳と印鑑が何者かによって持ち出され、経理を担当していた串本が姿を消してしまう。果たして犯人は串本なのか。
 会社が解散することになり、泥船からいち早く逃げ、再就職先を確保する目端の利く前総務部長の北見のような人物と違い、畑井は生真面目すぎるほどの人物です。解散業務で多忙を極め、社員からも非難の的になることが目に見えている総務部長の席から逃げた北見に何も言えず、自分は貧乏くじを引いて、再就職も考えずに清算業務にあたるなんて、本当に人が良すぎです。普通は皆、自分の身のことをまず一番に考えますよねえ。
 物語は解散から清算に到るまでの畑井の奮闘ぶりを描くとともに、解散となった会社の社員や親会社の社員たちの人間模様を描いていくいわゆる経済小説の一面もありますが、途中で起きる預金通帳紛失事件、更には会社に給料不払いだと苦情電話をかけてくる元社員による社員刺殺事件によリー気にミステリ色が濃くなってきます。事件の裏に会社の解散とかにはまったく関係のない事情が潜んでいるとはねえ。
 人の好い畑井が最後まで仕事を全うできたのは、彼にそれとなくアドバイスをし、人の好さを非難しない妻の瑞穂によるところも大きかったのではないでしょうか。
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水脈  徳間書店 
(ちょっとネタバレ)
 雨で水量が増した神田川で男性の死体が発見される。検死の結果、激しい暴行を加えられた上、首を絞められて殺害され、川に遺棄されたものが増水によって流れ出てきたものと思われた。捜査本部が設置されるが、そこに警察庁の審議官の姪であり、大学院社会行動学研究科の学生である小牧グレース未歩が論文の参考のために犯罪捜査の現場を見たいとやってくる。彼女のお守り役を命じられたのが捜査一課の真壁修巡査部長と、真壁に指名された高円寺北署の宮下真人巡査部長。二人は小牧の調査に同行するが、調べるうちに、やがて男が遺棄されたと思われる暗渠のマンホールを見つける。マンホールの横にある今では空き家となっている家の前には刑事らしき男たちの姿もあり、また、小牧の不審な行動に、事件の裏には何かあるのではないかと真壁と宮下は考える。やがて、男女二人の死体が神田川で発見され、最初の男と同時期に死んでいたことがわかる・・・。
 「痣」等でコンビを組んだ真壁と宮下が再登場します。相変わらずの一匹狼の真壁と司法試験も合格するだろう優秀な頭脳を持つ宮下のコンビがいい味出しています。しかし、いくら審議官の姪だからといえ、事件現場に刑事のお守り付きで素人を立ち入らせるなんてことは、あり得ないでしょうから、何かあるのは最初から読者としても予想できます。物語はこの事件とは別に、一人の老女が夫から家庭内暴力を受けているらしい若い女性とその幼い娘と出会って、どうにか助けようとする様子が語られていきますので、事件がこの老女の話とどう関わってくるのかが読みどころとなっています。
 ラストに登場する犯人の正体は、それまでまったく匂わされもしませんでしたから、ちょっと唐突過ぎるという嫌いがないわけではありません。このところのオレオレ詐欺にとどまらず、老人宅への強盗という手段をとる事件が増えてきた昨今の状況が、この作品の背景にもあります。