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東野圭吾の本棚

  1. どちらかが彼女を殺した
  2. トキオ
  3. 秘密
  4. 放課後
  5. ゲームの名は誘拐
  6. パラレルワールド・ラブストーリー
  7. レイクサイド
  8. 鳥人計画
  9. ある閉ざされた雪の山荘で
  10. 私が彼を殺した
  11. さまよう刃
  12. 容疑者Xの献身
  13. 赤い指
  14. 夜明けの街で
  15. ダイイング・アイ
  16. 流星の絆
  17. 聖女の救済
  18. ガリレオの苦悩
  19. 手紙
  20. パラドックス13
  21. 新参者
  22. カッコウの卵は誰のもの
  23. プラチナデータ
  24. 白銀ジャック
  25. あの頃の誰か
  26. 犯人のいない殺人の夜
  27. 麒麟の翼
  28. 真夏の方程式
  29. マスカレード・ホテル
  30. ナミヤ雑貨店の奇蹟
  31. 虚像の道化師
  32. 禁断の魔術
  33. 夢幻花
  34. 祈りの幕が下りる時
  35. 虚ろな十字架
  36. マスカレード・イブ
  37. ラプラスの魔女
  38. 禁断の魔術・文庫版
  39. 人魚の眠る家
  40. 危険なビーナス
  41. 素敵な日本人
  42. マスカレード・ナイト
  43. 魔力の胎動
  44. 沈黙のパレード
  45. 希望の糸
  46. ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人
  47. 白鳥とコウモリ
  48. 透明な螺旋
  49. マスカレード・ゲーム
  50. 魔女と過ごした七日間
  51. あなたが誰かを殺した
  52. ブラックショーマンと覚醒する女たち

どちらかが彼女を殺した 講談社ノベルス
 上京したまま連絡の途絶えた妹の住まいを訪ねた兄は、そこに死体となった妹を発見する。警官の兄は所轄署に先立っての現場検証によって自殺に偽装された殺人と確信する。容疑者は、妹の元恋人と親友。この二人のうちどちらかが妹を殺したのだ。小説の結末においても回答は示されていない。犯人の判断は読者に委ねられている。僕もこちらかなという程度で、確かな推理を持って犯人を断定できていない。本当の犯人はどちらでしょうか。このままでは消化不良だ。
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トキオ  ☆ 講談社
 主人公・宮本拓実の一人息子・時生は、グレゴリウス症候群という不治の病のため死を迎えようとしていた。拓実は妻の麗子に向かって、20年以上も前に、時生と出会ったことを語りだす。
時は1979年、場所は浅草・花やしき。若い頃、堪え性がなく、何の仕事をやっても長続きしない拓実の前に、トキオと名乗る青年が現れるところから拓実の回想が始まる。
 失踪した拓実の恋人の行方を追っていく話を主軸に、拓実の生まれた事情の解明という話が同時に進んでいくが、とにかく、主人公の若い頃があまりに嫌なやつで、正直途中で1月ほど読むのを投げ出していたくらいだが、この作品はそんな拓実が時生と出会い、実の母親と再会し、元恋人を助けようとするうちに、段々と成長していく物語である。
 最後は分かっているけど、やっぱり泣かされてしまうなあ。
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秘密  ☆ 文藝春秋
 妻と娘がスキー場へ向かう途中、バス事故で瀕死の重傷を負う。駆けつけた主人公の前で妻は息を引き取る。一方、残された小学生の娘は奇跡的に意識を取り戻す。しかし、目覚めた娘の心には妻の意識が宿っていた。
 姿は娘でありながら、心は妻と新たな生活を始めることとなった主人公の悲しい物語である。妻はいつか娘の体に娘の意識が戻ってくるのではないかと考え、そのときのために新しい人生に適応していくが、主人公はただ見守るしかない。また、心は妻でありながらも外見は娘であるので、体のつながりを求めようとしても、セックスの対象とできない主人公の苦しみは計り知れない。
 最後のシーンはさすがに涙を流さずにはいられなかった。さすが東野圭吾である。
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放課後  ☆ 講談社
 女子高校の教師である主人公の身の回りで、主人公の命を狙ったと思われる事件が頻発する。そんなとき、同僚の教師が密室状況の部屋で殺害される。さらに、体育祭の仮装行列の最中、主人公の代わりにピエロに扮した同僚教師が毒殺されるという事件がおきる。
 東野圭吾のデビュー作であり、第31回江戸川乱歩賞受賞作。いわゆる学園もので、僕としては好きなジャンル。しかし、舞台が女子高ということもあり、最初読んだとき(まだまだ若かった)、女子高校生ってこんななのかなあと思って、今ひとつも物語に没頭できなかった。最後の終わり方も、これではあまりに○○がかわいそうだ。
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ゲームの名は誘拐 光文社
 広告マンの主人公は日星自動車の新車発表会を兼ねた一大プロジェクトに携わっていたが、日星自動車の副社長のひと言で、突然そのプロジェクトから外されてしまう。衝動的に副社長の家に向かった主人公は、家の塀を乗り越えて出てくる女性と会う。彼女が副社長の娘と知った主人公は彼女を誘拐することにより、副社長への復讐を行おうとする。
 帯にもあったように、警察側の視点がなく、ただ犯人の主人公の視点からのみ話が進められている。残念ながら、途中で話の筋がだいたい分かってしまった。ただ、僕としては最後のラストはもっと悲惨なもので終わるかなと思ったけど。今回映画化され、仲間由紀恵が副社長の娘を演じるが、本を読んだ僕のイメージからするとチョッと違うかな、もう少し気の強そうな活発な女の子という気がする。
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パラレルワールド・ラブストーリー  ☆ 中央公論社
 帯に著者会心の長編青春ミステリーとあったが、僕ぐらいの歳になると、もう口に出すことも照れてしまう「青春」ということばには強く引きつけられることがある。ましてや東野圭吾さんの本ということで、無条件で購入してしまった。
 この本は、毎週火曜日の同じ時刻に平行して走る電車に乗っている女性に一目惚れしてしまった男の話である。物語は、「SCENE○」と題する章と「第○章」と題する章とで交互に構成されている。SCENE1では主人公が友人から一目惚れした女性を恋人と紹介されるところから始まる。一方、第1章では一目惚れした女性はなんと主人公と同棲していることになっている。果たしてこの双方の世界の違いはどうしてなのか。
 題名のとおり、ラブ・ストーリーであり、そして、それ以上に友情の物語ということができるだろう。
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レイクサイド 実業之日本社
 子どもたちの有名私立中学受験のため、4家族がある湖畔の別荘で勉強合宿を行う。主人公並木は、仕事を終えた後合流が、そこに書類を届けに来たと彼の愛人が現れる。近くのホテルに泊まると言った愛人に会いに行った並木だが、留守で会えず、別荘に戻ったところ、そこにあったのは愛人の死体。そして、私が殺したという妻の告白。
 子供たちのためと言いながら、隠蔽工作に積極的になる親たち。でも、それは実は自分たちのためだということがしだいに明らかとなってくる。隠蔽工作を行う親たちの理由というのが、ドロドロとしていて嫌な面を見せられるようで読後感はあまりよくない。しかし、結局、最終的には主人公のような行動をとることになってしまうのだろうか。
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鳥人計画 角川文庫
 日本ジャンプ界を担うエースが毒殺されます。作品の中では早いうちに犯人が誰かが示されます。そればかりでなく、捜査が難航する中で密告が警察になされ、犯人は警察に逮捕されてしまいます。警察は、犯人は何故殺人を犯したのかという点から捜査を進めます。一方、犯人は自分を警察に密告をしたのは誰かという点を考えます。
 しかし、やはり東野さんの作品です。本当の物語は犯人が逮捕されたところから始まり、そして最後はあっと驚く結末が待っています。
 
 この作品は以前新潮文庫で発行された際に購入して読みましたが、今回角川文庫から出るに際して加筆修正されたので購入して再読しました。(でも、どこが違っていたのだろう?)
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ある閉ざされた雪の山荘で 講談社ノベルス
 ある高原のペンションに、劇団のオーディションに合格した男女7名が集まります。ここで、大雪によって孤立した山荘という設定のもと推理劇が始まる。しかし、一人、また一人と仲間が消えていくことにより、果たして本当に芝居なのか、残った者たちは疑いを持ち始めます。
 登場人物は、芝居か本当の事件かと悩むわけですが、読者としては、当然これは芝居ではなく、誰かが仕組んだ実際の事件とわかります。問題は誰が芝居のふりをして実際に事件を起こしているかですが、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」の話を登場人物にさせたり、ある人物の独白を入れるなどしたりして、いかにもというようにミステリー好きな読者を煙に巻きミスリードしていきます。僕も最後まで犯人やトリックがわかりませんでした。「ある閉ざされた雪の山荘で」とはいかにも本格推理という題名ですが、作者が言っているとおり「本物とは一味違うところがミソ」です。
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私が彼を殺した 講談社文庫
 「どちらかが彼女を殺した」と同様、最後まで犯人が明らかとされていない作品です。
 もちろん、著者からすれば犯人を指摘する材料は読んできた中に提示しているから、当然論理的に考えれば犯人はわかるはずだと言いたいのでしょう。「さあ、読者諸君、謎を解いてみたまえ。」ということでしょうか。このとき、金田一少年みたいに「謎は全て解けた。犯人は○○だ。」とかっこよく指摘できればいいのですが、なかなかそういうわけにはいきません。ミステリー好きなら、ちょっと本を閉じてじっくり考えてみるべきでしょうが、歳をとるに従い論理的思考能力が低下している僕としては、じっくり考えることは辛いものがあります。そんなとき、我慢できなくなり、つい最後の方のページをまくって、犯人の名を確認してしまうということがありませんか。誘惑に勝てなくて、そうしてしまったことも過去あったのですが、この本の場合は最後の方を見ても犯人の名前は書いていないときています。
 「どちらかが彼女を殺した」では、結局犯人は誰かはっきりわからず、消化不良のままです。そのため、今回は巻末に推理の手引きがある文庫版を購入しました。残念ながら、それを読んでようやく犯人がわかりました。
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さまよう刃  ☆ 朝日新聞社
 不良少年たちにレイプされ殺された娘の復讐のために、長峰は少年の一人を殺害し、逃亡した残る一人の少年を追って姿を消します。被害者家族による復讐殺人は許されるのか。世間では賛否が分かれ、警察内部でも長峰への同情の気持ちを持つ警察官も出てきます。
 一筋縄では考えられない難しいテーマの作品です。子供を持つ親としては、非常に読むのが辛い話ですが、東野さんの筆力によって、ぐいぐい物語の中に引き込まれていきました。
 少年法は加害者の少年に対して甘いと以前から言われます。作品の中でも長峰が独白します。「少年法は被害者のためにあるわけでも、犯罪防止のためにあるわけでもない。少年は過ちを犯すという前提のもと、そんな彼等を救済するために存在するのだ。そこには被害者の哀しみや悔しさは反映されておらず、実状を無視した、絵空事の道徳観だけがある。」と。
 さらに、裁判所に対しても鋭い批判をしています。「裁判所は犯罪者に制裁を加えてくれるのか。・・・・むしろ裁判所は犯罪者を救うのだ。罪を犯した人間に更正するチャンスを与え、その人間を憎む者たちの目の届かないところに隠してしまう。そんなものが刑だろうか。しかもその期間は驚くほどに短い。一人の一生を奪ったからといって、その犯人の人生が奪われるわけではない。」と。
 犯罪を憎む者からは、刑罰をより重くすべきだという声が聞こえます。しかし、刑罰を重くしても犯罪が減るわけではないと識者は言います。刑罰を重くすることは、これから犯罪を犯そうとする者に対する抑止力を期待して(そして、もちろん被害者感情も考慮して)のことですが、自分が犯罪を犯せば、どんな刑罰が待っているか理解するような人は、そもそも犯罪など犯さないでしょう。それを考えられない人間だから犯罪を犯すといえます。そういう意味では、刑罰を重くしても駄目という識者のことばにも頷けるところはあります。
 もし、家族を突然奪われることになれば、残された者として犯人に復讐したいという気持ちは持つでしょう。ただし、それを実行できるかどうかはわかりません。実行するには、それなりの決意も必要となります。そして、多くの人は心の中に復讐の気持ちを持っても、加害者を前にして行動することはできないのではないでしょうか。だからこそ、そんな被害者家族に代わって、国家が加害者が犯した罪に見合う刑罰を科さなければならないのです。そうでなく、私的制裁を許せば、法治国家としては成り立たず、社会は混乱の極みを見せることになることは容易に予想できます。
 どういう結論を導き出したらいいか、僕自身にもわかりません。様々な問題が提起されながら、物語は進んでいきます。最後の結末はあれで収めるしかなかったのでしょうか。 
 この作品を読み始める直前に千葉県の茂原市で女子高校生が拉致され、殺害されるという事件が起きましたが、犯人の中には少年が含まれていました。物語のことは、今では他人事とは思えない状況になっています。
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容疑者Xの献身  ☆ 文藝春秋
 ガリレオ探偵湯川シリーズの最新作にして、初めての長編となります。作者の東野さんご自身が「私が考え得る最高の純愛、最大のトリック」と新聞広告で言っているほどですから、かなりの自信作だろうなと思って読み始めました。
 金の無心にきた別れた夫と争いとなり殺害してしまった母と娘。母に恋する隣室の高校数学教師石神は、それを知って、母子を助けようとその頭脳を働かせます。
 石神は、湯川の大学の同級生で数学の天才とまで称された男。紆余曲折を経て高校教師となっていますが、今でも数学への情熱は失っていない男です。しかし、見た目は女性にもてるような男ではなく、助けられた母にとっては感謝こそすれ、恋愛の対象とは思ってもらえません。彼女には別に想う人がいます。それを、助けたという事実によって彼女の心をつなぎ止めようとする石神はあまりに哀れです。相手の負い目を利用して男女の仲になろうなどどいうのは、うまくいくはずがありません。数学という論理的な学問をする人でも、恋愛ということには論理的に考えられなくなってしまうのでしょうか。恋は盲目とはよく言ったものです・・・と、途中までは「なんだ。ありふれたストーリーじゃないか」とちょっと落胆しながら読み進めたのですが、さすが東野さん、あれだけのことを言うのですからどこにでも転がっているようなストーリーは考えていませんでした。ラストに明かされる真実。「最高の純愛」というだけのことはあります。僕はそこまで相手に自分の全てを捧げることはできません。ミステリーを読みなれた人なら東野さんのいう「最大のトリック」は、もしかしたらと気がついてしまうかもしれませんが、それを差し引いても一気読みしてしまうほど引き込まれました。ラストは、本当なら石神の心の叫びを語ってほしかった気がしますが、あの終わり方も余韻が残ってよかったですね。
 湯川と石神、物理と数学の天才がしのぎを削ります。いつもは冷静な湯川が認め合った同級生の犯罪を知って悩み苦しむところが、今までの湯川シリーズとはちょっと違います。ホント、おもしろかったです。おススメです。
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赤い指  ☆ 講談社
 直木賞受賞後第1作です。とは言っても、この作品は1999年に小説現代に掲載された「赤い指」をもとに書かれた作品だそうですから7年も東野さんの中で温められていたのですね。東野さんの作品中ではシリーズキャラクターといっていい、刑事加賀恭一郎を主人公にした作品です。謎解きがテーマではありません。内容は、嫁姑の問題、老人介護の問題、そして親子の問題といった現代における多くの家庭が抱える問題がテーマとなっています。
 早く帰ってきて欲しいという妻からの電話で残業を切り上げて帰宅した前原昭夫は、自宅の庭に横たわる女の子の死体を見て愕然とします。妻から息子が手にかけたことを聞いた前原は、当初警察に届けようとしますが、妻の懇願に悩んだ末死体を他の場所に遺棄することを決意します。
 目の前の困難に目をつぶって後回しにすることにより、徐々に修復できないほど家庭が崩壊していった前原が、息子の犯罪に直面してようやくその事実に気がつきます。それにしても、我が子が犯罪を犯したときにどの親もこんなになるのでしょうか。よく考えれば素人の考えが警察の捜査力にかなうわけがないと思うのですが、いざとなれば冷静な判断力はどこかにいってしまうのでしょうね。
 先にも書いたように、多くの家庭が抱える問題がこの作品の底に流れていますので、読者としては他人事と簡単に切り捨てて読み進めることはできないのではないでしょうか。ラストで明らかとされる「赤い指」という題名が付けられた理由、そして本の帯に書かれた“この家には、隠されている真実がある。”の“真実”にはあっと言わせられました。この作品では加賀の家庭環境も描かれますが、これがまたうまく話の筋に絡んできます。東野さん、うまいですよねえ。中編というほどの長さですのであっという間に読み終えることができます。加賀恭一郎ファンにははずせない1冊です。おすすめ。
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夜明けの街で 角川書店
 サザンオールスターズの「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」の歌詞からとった題名だそうです。何気なく聴いていた曲が不倫の歌だったなんて、改めてCDを聞き直してしまいました。そういえばそうですね。
 東野さんは、“不倫”というものを爽やかに描きたかったということだそうですが、爽やかな“不倫”なんてあるのでしょうか。確かに文章は割とあっさりした感じで書かれていましたが。
 というわけで、この作品のテーマは“不倫”です。40歳を目前に若い女性と恋に陥ってしまった男の話です。歳を取ってからの恋はのめり込んでしまうと言いますが、主人公の渡部も例に漏れず、妻との離婚まで考えるようになります。
 もう一つのテーマは犯罪に関わったかもしれない女性を愛することができるかです。こちらの方はずっしり重いテーマです。渡部の不倫相手秋葉が高校生の頃、彼女の家で起こった強盗殺人事件。時効完成を目前にして秋葉の周りに出現する刑事や事件関係者。果たして事件に隠された真実は何なのか。
 この二つがテーマなのですが、ミステリーである後者の話はラストの謎解きを除けばかすれ気味。ほとんどが不倫の話です。男のアホさ加減が書いてあるばかり。ただ、何だか読んでいてそのアホさがよくわかってしまうのが恐い。出だしに書いてある、高校時代に女の子に呼び出されたときのエピソード。わくわくした気分で待っていたら、まったく自分の思い込みだったというのは経験あります。だから二度と期待はしないでいるという渡部の気持ちはよくわかります。そんな渡部だからこそ不倫なんて絶対しないと言いながら、しだいにのめり込んでいってしまうのも、わかる気がするんですよねえ。しょせん、男なんて馬鹿なんです。とは言いながらも、つまらない言い訳を読まされて、イライラしてしまったのですがね。
 未婚の女性にしろ、既婚の女性にしろ、女性の読者にしてみれば、主人公のお馬鹿なところに呆れかえるのではないでしょうか。女性の読者が共感を覚えるのは難しいでしょう。男性からしても、アホだと思ってしまいますから。
 ラスト、肝心な事件の真相が明らかになった後、ちょっとあっさりしすぎという感がなきにしもあらず。やっぱりそういう結果になるのかという思いだけで、あっという間に終わってしまいました。帯に書いてある、“東野圭吾の新境地にして最高傑作”は、いくら何でも言いすぎです。
 渡部の友人の新谷が彼に協力しながらも彼の行動を諫めていますが、「番外編 新谷くんの話」ではそんな新谷の心情が描かれています。掌編ですが、本編でなぜ彼が渡部にそう言ったのかがわかって、なかなかおもしろいです。
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ダイイング・アイ 光文社
 テレビで放映されている「ガリレオ」が好調な東野圭吾さんですが、この作品は10年前に雑誌に掲載されながら今まで単行本化されなかった作品です。
 ダイイング・メッセージという言葉はミステリではよく聞きますが、“ダイイング・アイ”とは、さて何?と思ったのですが、そういうことですか。
 物語は、ミステリというよりホラーという雰囲気で始まります。冒頭で理不尽にも交通事故で死んでいく女性の死までの心の動きが克明に描かれます。この点の描写はさすが東野さんという箇所でした。「許さない。恨み抜いてやる。」という女性の独白からは、もうてっきりこれは超常的なものを描くホラーサスペンスなんだなあと思ったのですが・・・。
 その後、主人公が何者かに襲われて、記憶を一部喪失してから、周りの人間が怪しい行動を見せるというどこかにありそうなストーリーになってからはミステリーとなりましたが、後半はSFかとも思わせる話となり、最後はまたホラータッチとなるなど、ちょっと今ひとつのめり込むことができませんでした。帯に書かれた「幻の傑作」という言葉は、東野さんの他の本当の傑作に対して失礼でしょうね。
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流星の絆  ☆ 講談社
 洋食屋を営む両親と功一、泰輔、静奈の三人の兄妹。ある日子どもたち三人がペルセウス座流星群を見るために夜中に家を抜け出した間に、何者かによって両親が惨殺される。その後養護施設で育った三人は、成長して詐欺に手を染めるようになる。そんな三人が新たに詐欺のターゲットに選んだのは洋食レストランの跡取り息子だったが・・・
 帯に書かれたあらすじでストーリーの大部分がわかってしまうというのはちょっといただけません。そのうえ、そこに書かれたストーリーは昼のメロドラマに合いそうな内容。東野さんの作品だからと、オンライン書店に予約してまで購入したのですが、あの帯を読んだらすぐ読む気にはなれず積読ままでした。読み終えた人の評価も様々。新聞広告はもちろん、感動したという感想で溢れていましたが、サイトでは酷評もあり、今回友人に貸すことがなければ、まだまだ積ん読ままだったかもしれません。

 ひとつ一つの文章が短いせいか、読みやすくてあっという間に読了してしまいました。ただ突っ込みどころはあります。彼らが詐欺に手を染めるようになったきっかけが自分たちが詐欺の被害者になったから今度は加害者にというのも、あまりに単純と思ってしまいますし、また、養護施設に入ってから成人するまでのことが描かれていませんので、彼らの成長期の人格形成に事件がどんな影を落としたのかがわかりません。例えば妹の静奈が男性の心を的確に読むことができる能力も、事件後の人生の中で形成されていったものでしょうが、そのあたり何ら描かれていません。いわゆる人間を描くという点では東野さんの傑作「白夜行」には及ばないですね。
 とはいえ、そこは東野さん、思わぬどんでん返しもあり、最後までいっきに読むことができました。ラストはある人が格好よすぎで、ありえないだろうと思いましたが。こちらのラストを好む人も多いのでしょうね。
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聖女の救済 文藝春秋
(ちょっとネタばれ)
 「容疑者Xの献身」のその後の事件を描いた作品です。「容疑者X~」で大学時代の友人の罪を暴いた湯川でしたが、その事件がきっかけでその後警察への捜査協力は行っていなかったようです。しかし、今回の事件で、草薙刑事の身に起こったあるできごとをきっかけに、再び湯川は警察の捜査に協力するようになります。
 毒物によって自宅で殺害された男性。犯人として一番怪しかった妻は、事件当時自宅からはるか離れた北海道にいたというアリバイがあった。彼女が犯人ではないかと疑った内海刑事は、湯川にアリバイトリックの解明を依頼する。
 最初から犯人は妻だと提示されたようなものですから、あとはどんなトリックを使用したかが読者の興味となります。ただ、いつものように湯川が科学的にトリックを暴くだけでなく、そこに草薙刑事のある心情が描かれるところが、この作品の魅力でしょうか。とはいえ、「容疑者Xの献身」のようには心に響くものもなかったし、感動するといったこともなかったのですが。
 同時刊行された「ガリレオの苦悩」より先にこちらを読んでしまいましたが、順番からすると「ガリレオの苦悩」を先に読んだほうがいいでしょう。テレビで柴崎コウさんが演じた内海が登場しますが、湯川との初顔合わせは「ガリレオの苦悩」の中で描かれていますので。
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ガリレオの苦悩 文藝春秋
 5編からなるガリレオシリーズ最新短編集です。
 正直のところ、ガリレオシリーズは、「容疑者Xの献身」を読むまでは、さほど面白い作品とは思っていませんでした。なぜかといえば、読者に提示される謎がそもそも科学的知識がなければまったく解くことができないものであったからです。文系的頭の僕としては、読むたびに、「こんなのわかるわけないだろう!」などと憤慨しながら読んでいました。最後に湯川が現れて、科学的知識をひけらかして事件を解決するというパターンがどうも好きではなかったんですね。それが「容疑者Xの献身」で湯川の人間的な部分も描かれる、また物語自体が人情味溢れるストーリーだったことで、いっきにファンになりました。
 今回の作品も科学的なトリックということでは前作までと変わりありません。ただ、今回もトリックだけでなく、「容疑者Xの献身」に引き続いて、心にグッとくるシーンがあります。特に、「操縦る」のラストはいいですよねえ。
 さらにこの作品集の第1話「落下る」は、テレビで柴崎コウさんが演じている内海刑事と湯川との初めての出会いが描かれているという意味で、シリーズのファンにとっても興味深い作品となっています。小説の中でも勝ち気で直情径行型という感じで描かれる内海刑事ですが、柴崎さんのイメージにぴったりですね。
 残念だったのは、テレビで本の発売前に第1話の「落下る」と第2話の「操縦る」を放映していたことです。知らずに見て、本を買ってからがっかりしてしまいました。やはり、ミステリは謎がわかっていると、おもしろさは半減します。
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手紙  ☆ 文春文庫
 読み始めるまでは、あらすじを読んで、ありふれたお涙頂戴のパターンの作品かなあと思いこんで、購入したまま積読状態でした。いつの間にか文庫化もされてしまいましたが、今回読んで感動したという友人の話を聞いてようや<読むことに。
 両親を亡くし二人暮らしの剛志と直貴の兄弟。剛志は直貴を大学に進学させようと仕事に頑張っていたが、身体を壊し、仕事を首になってしまう。かつて、運送業の仕事で知った裕福な老人宅に盗みに入るが、見つかって老人を殺してしまい、強盗殺人罪で逮捕され、服役する。直貴は大学進学を諦め剛志の事実を隠して働き出すが、彼の前には常に剛志の犯罪のことが立ちはだかる。
 一所懸命頑張る弟が、兄の犯罪事実が露見することによつてこれでもかというほど何度も辛い目に遭うのは昼メロ風な展開。このまま最後にハッピーエンドでは、よ<あるパターンの話に終わってしまうと思ったのですが、違いましたね。直貴が勤める電器店の社長を登場させることにより、単純なハッピーエンドの話とは異なり、ひと味違った話となりました。社長の言葉は直貴に対し、そして読者に対しても大きな問いかけをしています。
 現実問題として、身近に殺人事件を犯した親族を持つ人がいた場合、周りの人はどういう態度をとるでしょうか。当然親族だから同じことをするかもしれないと避ける人も多いでしょうし、直貴の高校の同級生のようにことさら避けるわけではないが、どことな<ぎこちなくなる人もいるでしょう(だいたいがこのケースでしょうか。)。罪を犯したのは親族であって本人ではないと心では誰でも思えるでしょう。しかし、例えば交際相手の親族が犯罪者だった場合を考えると、さて単純に割り切れるかというと正直非常に難しいですね。
※現在「誰も守ってくれない」という映画が公開されています。未見ですが、これも兄が犯した犯罪で家族中に非難の目が集まるという映画のようです。さて、この映画はどんな解決をみているのでしょうか。
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パラドックス13 毎日新聞社
 このところ刊行されたガリレオシリーズのようなミステリーとは異なり、SFパニック作品といっていい内容の小説です。
 3月13日午後1時13分13秒から13秒間「Pー13現象」が起きることが予期される。そして、その時間が来たとき、13人を残し忽然と他の人間は世界から消えてしまう。その中で地震により建物は崩壊し、道路は寸断。地盤は沈下し、降雨により道路は激流状態となる。果たして、「Pー13現象」とは何なのか。彼らはこの過酷な世界の中で生き残ることができるのか。
 仲間内の意見の対立(食糧の問題とか、移動をすべきかの問題で)、彼らに降りかかる危機とその中でいったい誰が生き残るのか等よくあるパニック映画の要素を盛り込んだ作品となっています。こうしたパニック作品のセオリーどおりの展開で、別に目新しいものはありませんが、東野さんの筆力でページをめくる手を止まらせません。
 ただ、なぜ、彼らがこの世界に残されたのか、その理由については、ある程度予想がついてしまいます。したがって、ラストでどうこの物語を収束させるかというところに興味があったのですが(まさか新たなアダムとイブになろうで終わるわけないですしね。)、う~ん、そうきましたか。ストーリー的にはこれが一番のラストなんでしょうが・・・ちょっと納得できないところも。
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新参者  ☆ 講談社
 刑事・加賀恭一郎シリーズ最新刊です。練馬署から日本橋署へ異動となった加賀の初めての事件です。
 小伝馬町のマンションの一室で一人暮らしの45歳の女性が殺されます。加賀は、昔懐かしい下町の雰囲気のある街並みを歩きながら、他の警察官が見向きもしないことを一つ一つ確認していきます。
 物語の全体を通して描かれるのは、小伝馬町の女性の殺人事件の捜査ですが、各章では、加賀が訪ねた事件に何らかの関係のある下町の人々の話が語られます。このそれぞれの章が、独立した短編といっていい<らい素敵な話ばかりで、読ませます。煎餅屋の病気の祖母と孫娘、瀬戸物屋の嫁と姑、料亭の主人夫婦と見習い、時計屋の夫婦と職人、被害者の友人等々それぞれのエピソードがいいんですよね。殺人事件とは関係のないところで語られる人情味溢れる話に胸が温まります。
 そして、何といっても加賀です。「翻訳家の友」のラストで加賀が言います。“捜査もしていますよ。・・・・。でも刑事の仕事はそれだけじゃない。事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。そういう被害者を救う手だてを探し出すのも、刑事の役目です。”ちょっとかっこ良すぎますよねえ、
 ミステリとしては、犯人は誰かというだけではなく、被害者がなぜこの町に住むようになったのかも大きな謎として加賀の前に提示されます。次第に明らかになっていく理由と各章の話をうまく絡めながらラストを迎えます。おすすめの1冊です。
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カッコウの卵は誰のもの 光文社
 カッコウという鳥は卵をほかの鳥の巣に産んで、その鳥に自分の子供を育てさせるという習性があり、これを「託卵」と言うそうです。この作品の題名はここから取ったものなのか、とすれば話の内容はだいたい想像できるなあと思ったのですが、どうもそう簡単ではないような・・・。ともあれ、東野さんが述べているように、これは子に対する親の思いを描いた作品です。
 話が始まってすぐに、往年の名スキーヤー緋田が男手一人で育てた娘の風美が、実は本当の娘ではないことが明らかにされます。物語は、才能が遺伝するのは何らかの遺伝子が関係するのではないかと、彼女の遺伝子を調べさせてほしいとの依頼から、娘の過去がわかってしまうと恐れる緋田の苦悩が描かれます。そんなとき娘の実の父親らしき人物が登場し、そしてその人物が細工が施された車の事故により重体となる事件が起きます。
 東野さんの作品に登場する加賀刑事やガリレオとあだ名される湯川のような探偵役が出てくる作品ではないので、謎解きの妙味はありません。実の子供でない娘を育てることになった理由が、細かく描かれていないので、すっきりしないまま物語は進み、え~このまま終わってしまうの?と思ったら、ようやく、最後にある人物の手紙によって、明らかにされました。ここまで待たされた割には、なんだかあっけない幕切れという感じです。それに結局奥さんの自殺の理由もよくわからないままでしたし・・・。前作の「新参者」がおもしろかったので期待したのですが、ちょっと期待はずれです。
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プラチナデータ 幻冬舎
 ガリレオでも加賀刑事ものでもないノンシリーズ作品です。理系の東野さんらしい作品といえるのではないでしょうか。
 犯人の残留物を解析すれば、たちどころにどこの誰だか分かってしまうというDNA捜査システムの開発によって、犯罪の検挙率が飛躍的に伸びる中で、システムでは犯人が特定できない事件が連続して起きる。さらには、システムの開発者の女性とその兄が殺害され、システムが指摘した犯人像は、システムを運用する警察庁特殊解析研究所の神楽龍平そのものだった。神楽は逃走しながら、殺されたシステム開発者が最後に完成していた“モーグル”というプログラムを探そうとするが・・・。
 DNAの鑑定により、犯罪者の顔形までわかってしまうなんて、技術の進む現在の科学からすると、実現は遠い将来のことではないかもしれません。ただ、個人情報が外部に流布されることを嫌う現在、この作品のように、国民全部にDNAを提供する義務を負わすことができるかは難しいところでしょうけど。
 神楽が二重人格という病気を有していることが、ストーリー展開に大きく影響してくるのですが、システム開発者の殺害事件の犯人については、早くから予想がついてしまいますし、神楽の前に現れるスズランという女性の正体についても、それ以外考えられないでしょうというくらいすぐにわかってしまい、ミステリとしての驚きというのはありません。とはいえ、いっきに読ませるところは、相変わらず東野さん、うまいと言わざるを得ません。
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白銀ジャック 実業之日本社文庫
 倉田が索道部マネージャーを務める新月高原スキー場にゲレンデの下に爆弾を仕掛けたとのメールが届く。爆発させたくなければ3千万円を用意しろという犯人の要求に、経営陣はスキー場の運営が停止されるのを嫌って警察に届けることがなく金を支払ったが、犯人から再び脅迫メールが届く。
 物語は、スキー場での事故で妻であり母を亡くした父子、しきりに閉鎖中のコースを滑りたいと言う老夫婦など怪しげな人物たちが登場し、果たして犯人は誰かという謎で、いっきに読ませます。スキーやスノーボードの臨場感は、さすがスノーボードを趣味とまでする東野圭吾さんならではの作品です。
 ただ、ラストは緊迫感を盛り上げるためか、危険な場所にたまたま何人もの人が集まってしまうという(もちろん、東野さんはそうなる理由も書いてはいるのですが。)、いくらかご都合主義的なことになっています。それに、事件の裏にある真犯人の意図したことは理解できますが、それが発覚しないでうまくいくと考える設定は古き時代のようです。
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あの頃の誰か 光文社文庫
 今まで単行本に収録されていなかった、東野さん自身の言葉を借りると“わけあり”の作品を集めた短編集です。加賀恭一郎や湯川準教授は登場しないノン・シリーズ作品ばかりです。
 正直のところ、これといって惹かれる作品はなかったのですが、中ではヒット作「秘密」の原型となる短編「さよなら『お父さん』」が興味深いです。「秘密」のあらすじを書けばこのとおりになるという作品です。でも、やはり短編ゆえの限界があります。「秘密」で描かれた娘の体の中にいる妻の悲しさはこの短編では描ききれていないし、そのため、「秘密」のラストでは夫のもっと心の奥深くからの悲しみが読者に感じられましたが、この短編ではいまひとつです。 
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犯人のいない殺人の夜 光文社文庫
 表題作を始めとする7編からなる短編集です。
 表題作にはミステリーにはよくあるトリックが仕掛けられており、読者をミスリードします。この短編集の中でトリックという点ではこの作品が一番です。トリックがメインの話はその他「さよならコーチ」で、あとの話は、トリックよりもその動機の方に重きが置かれた作品といえます。
 その中で好みということでは、親友の転落死の謎を探る高校生を描く「小さな故意の物語」です。転落死の裏にはあまりに純粋すぎるが故の悲劇がありました。題名は「小さな恋の物語」をもじったものでしょうが、まったく雰囲気の異なる作品となっています。
 歳の離れた弟が殺された高校生を描く「闇の中の二人」では、ラストに明らかにされる犯人の犯行に至った経緯が衝撃的です。そのほか、「エンドレスナイト」にしても「白い凶器」にしても、犯行に至る犯人の動機はあまりに悲しいものとなっています。
 「踊り子」だけは、殺人事件を描いたものではありませんが、これも好意がある悲劇を招いてしまうという悲しい話となっています。 
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麒麟の翼  ☆ 講談社
(ちょっとネタばれ)
 「新参者」に続く加賀恭一郎シリーズ最新作です。日本橋の麒麟の像の下で男が刺されているのが発見され、病院に搬送されるが死亡する。直前に男の姿を見ていた警官によると、男は自分で歩いてきて、そこに蹲ったという。間もなく容疑者らしい男が見つかるが、男は警官から逃げようとして車にはねられ意識不明の重体となる。果たして、その男が犯人なのか。また、被害者はなぜ刺された後、麒麟の像の下まで歩いて行ったのか。「新参者」で日本橋署勤務となった加賀が再び人形町、日本橋を歩き、事件を追います。
 「新参者」には登場しなかった(テレビドラマでは登場していましたが)、従兄弟の松宮刑事が加賀とコンビを組んで事件の謎を追います。松宮が登場したことにより、「赤い指」で描かれた加賀と父との関係が、再びクローズアップされます。この父と子の関係が単に加賀親子のことだけに留まらず、この物語の大きなテーマともなっています。父親という立場で読むと、自分にこんなことができるのか?と思わず自分自身に問いかけざるを得ません。
 トリックが重要なキーになるガリレオシリーズと異なり、加賀シリーズはシリーズが進むごとにトリックより人間ドラマがメインのシリーズになってきたといえます。ラスト、加賀がある人物に突きつける言葉は読んでいる我が身にも突き刺さります。
 東野さんにものの見事にミスリードされて、犯人はこいつだろうと思った人とは異なる結末に素直に脱帽です。でも、帯にあった“シリーズ最高傑作”とまで言えるかというと、そこまではなぁというのが正直な感想です。
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真夏の方程式  ☆ 文藝春秋
 物理学者湯川学が活躍するガリレオシリーズの1作です。
 海底熱水鉱床発掘計画の発表で開発か自然保護かで揺れる町で起こった殺人事件。たまたま開発業者から依頼されて現地の調査に出かけていた湯川が事件の謎を解きます。
 殺害されたのは海底鉱物資源開発の現地説明会に出席するため東京から来た男。身元を調べた結果、彼は元警視庁捜査一課の刑事であり、事件前にはかつて自分が逮捕した殺人犯の家を眺めていたことがわかる。海洋鉱物資源開発が事件と関係あるのか、また、以前の殺人事件が関係してくるのか。父母の仕事のため、地元で宿を経営する伯母夫婦に預けられた少年と仲良くなった湯川は、草薙からの依頼にも、いつものように嫌な顔を見せずになぜか事件を調べ始めます。そのうえ、子どもが苦手なはずの湯川が、少年に勉強を教えたり、彼と遊んだりと、いつもと違う一面を見せます。
 今回は湯川の専門的な知識をもってしなければ解き明かすことができない突拍子もない犯行方法というものではありません(もちろん、警察はなかなかその方法が解明できないのですが、ここに湯川が積極的に事件解明に乗り出した理由が隠されているとは・・・。)。トリックよりも、事件に関わる人々の人生に焦点が当てられます。
 ラストは、「容疑者X」とは異なる収束の形となりましたが、これでいいのでしょうか。犯人側ばかり心配りをしていますが、殺された元刑事のことはどう考えるのでしょう。元刑事にも妻がいるのに・・・。そういう意味では釈然としないラストです。それはともかく、読ませます。この先はどうなるのだろうとページを繰る手が止まらず、寝不足です。
 ラスト近くである人物を病院に訪ねるシーンは、映画「砂の器」を思い出しました。写真を見せるシーンは「砂の器」そのものです。 
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マスカレード・ホテル 集英社
 連続殺人の枠組みとしては、非常に現実的。あまり語るとネタばれになってしまいますが、少し前には考えもしなかった犯罪だと言っていいでしょう。でも、現実にも起きているのだから、怖ろしいことです。
 ただ、今回の事件は、東野さんも登場人物に言わせていますが、"七面倒臭い計画を立てることもなかった"犯行だと思います。犯人は考え過ぎて、やたら事を複雑にしてしまいました。
 連続殺人事件の現場に残された手がかりから、次の現場は一流ホテルで起こることが予想されたため、警察はホテルに協力を求め、警察官がホテルの従業員として潜入します。フロントに配属されたのが新田。彼はホテルのフロントスタッフ・山岸尚美の指導を受けながら犯人探しをします。犯人は誰かというメインストーリーのほかに、サイドストーリーとしてフロントマンに扮した新田が出くわすホテルの客としてやってくる様々な人々との関わりが描かれます。
 サイドストーリーの方は、石ノ森正太郎原作で高嶋政伸さん主演で放映されていた「ホテル」みたいです。刑事そのものの態度の新田が、尚美の指導によってしだいに本物のフロントマンらしくなっていくところが、事件の解決とは別に人間ドラマとして面白く読むことができます。
 東野さんの人気シリーズの加賀恭一郎や湯川准教授と違ってキャラとしては新田は印象が薄いです。私たち同様感情的になるし、功名心もあるし、ある意味あまりに人間臭い男です。そういう点からは、逆にある意味平凡でもあります。シリーズキャラとして次回果たして登場できるでしょうか・・・。
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ナミヤ雑貨店の奇蹟  角川書店
 東野さんのノン・シリーズ作品。 ミステリではなくファンタジーです。
 3人の若者が罪を犯し、逃走途中に今は廃屋となっている「ナミヤ雑貨店」に隠れる。かつて、その店の店主は悩みを持った人の相談を受けており、夜に店のシャッターの郵便受けに入れられた相談の手紙に対し、翌朝店の裏の牛乳箱の中に回答の手紙を入れていた。彼らが潜んだ夜、今は誰も住んでいない「ナミヤ雑貨店」のシャッターの郵便受けになぜか相談の手紙が投入される。彼らがそれに返事を出したことから、不思議な手紙のやりとりが行われるようになる。
 時空を超えて手紙がやりとりされるというのは、韓国映画「イルマーレ」と同じです。あちらは愛する者同士の手紙の交換でしたが、こちらは相談者と相談を受ける者とのやりとりです。どうして時空を超えた手紙のやりとりができるかについては、あまり詳しい説明はなされていません。
 東野さんが時空を超えた手紙のやりとりを描くとあったので、タイムトラベルものは大好きですし、ファンタジーも嫌いではないので大いに期待したのですが、期待したほどではなかったというのが正直な感想です。一番の理由は最初の相読者が3人の若者の回答をいい方に勝手に自分で解釈して、相談してよかったと思っているのがどうも受け入れられなかったところにあります。当初彼らが書いた手紙の内容では、年配の店主が書いている手紙とはとても思えず、どうしてあんな返事に真剣にまた手紙を書くのだろうと思ってしまったのがいけなかったのか、物語の中に入っていくことができませんでした。
 もちろん、第2章の「夜更けにハーモニカを」をはじめ、各章のエピソードには泣かせられましたし、次第に明らかにされるナミヤ雑貨店と“あるもの”(ネタばれになるので伏せます)との繋がりは、東野圭吾さんらしい話の展開で、おもしろく読むことができました。
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虚像の道化師 文藝春秋
 ガリレオシリーズ第7弾です。新興宗教の教祖の“念”によって男がビルから転落死する「幻惑す(まどわす)」、幻聴によって暴れた男の会社を調べると、他にも幻聴に悩む社員がいた「心聴る(きこえる)」、学生時代の友人の結婚式に招かれ、山中のリゾートホテルにやってきた草薙と湯川が近くの別荘で起きた殺人事件の捜査に関わる「偽装う(よそおう)」、劇団の演出家が殺された事件にファンクラブの特別会員になっていることから湯川が関わることとなる「演技る(えんじる)」の4話からなる短編集です。
 このシリーズは科学技術についての知識がなければ、読者自らがトリックを暴くことはできない話が多いのですが、この短編集も「幻惑す」と「心聴る」については、科学技術がトリックに使用されているので、最初から知識のない読者にトリックを暴くことは無理です。それより、へぇ~こんな技術があるんだと読んでビックリです。「心聴る」で使用される科学技術のある使い方には苦笑してしまいました。
 「偽装う」は、この短編集の中では普通のミステリーらしい論理的に謎を解く作品です。
 「演技る」は、叙述トリックかと思ったのですが、もうひと捻りあって、見事に騙されました。この短編集の中での一番の作品ではないでしょうか。
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禁断の魔術  ☆ 文藝春秋
 4編からなるガリレオシリーズ第8弾です。シリーズには珍しく完全書き下ろしとなっています。
 このガリレオシリーズの特徴は、犯行が科学的な(あるいは物理的な)方法によって実行されるところにあるので、科学的な知識がないと犯行方法を推理するのは難しく、僕自身は、湯川が解明したあとでさえ、その方法を頭の中に思い描くことができないこともたびたびです。今回も最後に置かれた「猛射つ(うつ)」の犯行の道具は今でも具体的な形がまったくわかりません。でも、今回の作品はいつもの科学技術を使った犯行を解き明かすというのとはちょっと違います。
 最初の「透視す(みとおす)」は、透視能力があるホステスの女性が殺された事件が描かれます。透視能力の謎解きはわかりやすかったのですが、それより、透視能力の裏に隠されたある女性の思いに胸が打たれる作品となっています。
 「曲球る(まがる)」は、科学的に全盛時代のピッチングを取り戻そうと湯川に教えを請いに来た戦力外通告されたプロ野球選手の話。彼の妻が強盗殺人事件の被害者となるのですが、殺された彼の妻の車の錆に気づいた湯川によって、彼への妻の気持ちが明らかになるという、これまた感動の作品です。
 「念波る(おくる)」は、双子の妹が離れたところに住む姉の変調(暴行事件の被害者となる)をテレパシーで感じ取ったという話。湯川は妹のテレパシー能力を科学的に証明しようとします。最後はちょっとしたおまけですね。
 最後の「猛射つ(うつ)」は、他の3編より長い約150ページの中編といってもいい作品です。この作品を世に出すために他の短編を書かれて1冊の作品集にしたそうで、東野さんの力の入れようがわかります。帯に「湯川が殺人?」というセンセーショナルな惹句が書かれおり、ファンとしては、それだけで購入です。
 物語は、フリージャーナリストが殺された事件から始まります。湯川の高校の後輩であり、帝都大学に入学した古芝伸吾の名前が関係者の中にあがりますが、彼は入学直後、彼を育ててくれた姉の死により、大学を辞めて町工場に勤めており、事件直後に失踪していました。さらにジャーナリストが追っていた政治家が伸吾の姉が新聞記者として担当していた男だとわかり、彼の失踪が事件に関係するのではないかと草薙たちは考えます・・・。
 この作品集の題名の「禁断の魔術」は、「猛射つ」の中で湯川が科学技術について述べた言葉からつけられています。「猛射つ」は、単に、湯川が犯行を科学的に立証することを描くのではなく、“禁断の魔術”に手を染めようとしている人物に対し、自分なりの責任を取ろうとする湯川の姿を描きます。ラストシーンで湯川が対峙する人物に対して言ったセリフには胸打たれます。
 終わり方があんな形なので、この後のシリーズの展開が気にかかります。
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夢幻花 PHP研究所
(ちょっとネタバレあり)
 ガリレオでもなく加賀恭一郎でもない、東野さんのノン・シリーズ作品です。
 冒頭、夫婦と幼子が通り魔に襲われるというショツキングなプロローグで物語の暮が開きます。場面は一転して朝顔市に家族揃って行くのが恒例の蒲生家の二男・蒼太が、中学生の頃、朝顔市で出会った伊庭孝美への淡い恋心と孝美からの突然の絶縁宣言が描かれるプロローグ2と続きます。本編は、バンドをやっていた従兄が自殺し、葬儀のために久し振りに自宅に帰ってきた秋山梨乃の話となり、彼女の一人暮らしの祖父が殺害され、現場から消えた黄色い花を巡っての事件が描かれていきます。
 一見関係のなさそうなそれぞれの話が、どう繋がっていくのか、さまざまに張り巡らされた伏線がどう回収されていくのか、文章が非常に読みやすいこともあって、あっという間に物語の中に引き込まれました。
 しかし、終盤までの展開のおもしろさからすると、ラストの謎解きは、これは、どうかなあと首をかしげざるを得ませんでした。いくら何でも、この広い世の中で登場人物たちが実は密接な関係があったというのは、あまりにご都合主義な感じがします。それに、昔の武士の時代でもあるまいし、(あることが)代々その家を継ぐ者の使命だなんて、ちょっと時代錯誤ではないかなと考えてしまいます。終盤までおもしろく読んだだけに、残念な1作でした。
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祈りの幕が下りる時  ☆ 講談社
(ちょっとネタばれあり)
 加賀恭一郎シリーズ最新作です(25.10現在)。
 東京・小菅のアパートの一室で首を絞められ殺された女性の遺体が発見される。借り主は行方不明。被害者は大阪から休日を利用して中学校時代の同級生に会いに東京にやってきた女性だったことが判明する。また、同じ頃、隅田川のホームレスのテントが焼かれ、中から男性の遺体が発見される。
 冒頭、仙台のスナックで働き―人暮らしだった女性の死が描かれますが、実はこの女性が加賀の母親だったことが読者に明らかにされます。「赤い指」で父親との関係が描かれましたが、この作品で父親との確執の原因だった母親の失踪の謎が明らかになります。そのうえ、なぜ加賀が日本橋署への異動を希望したのかの理由も明らかとされます。シリーズファンにとっては必読の作品です。こうして描かれた母親と殺人事件の話をうまく絡めて物語は進んでいきます。うまいですねえ、東野さん。
 この作品のテーマは親子の愛と言っていいでしょう。加賀母子のことだけではなく、ある親子の悲しい人生が描かれていきます。
 「赤い指」からシリーズに登場している看護師の金森登紀子がこの作品にも顔を出しています。この後の二人の関係の展開が気になります。そして、ラストで明かされた加賀の大きな転機。シリーズの行方はどうなるのか。
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虚ろな十字架  ☆ 光文社
 東野さんの、ガリレオでも加賀恭一郎でもないノン・シリーズ作品です。
 物語は、冒頭、中学生の恋物語が語られるが、一転、母親が買い物に行った際一人で留守番をしていた女の子の殺害事件へと話が変わっていきます。逮捕された犯人は1審で無期懲役判決を受けたが、2審で死刑となり、上告をやめたため死刑が確定する。夫婦は二人でいると幸せだった頃を思い出すとして離婚をしたが、そんなある日、夫であった中原のところに、元妻が殺害された旨を伝えに刑事がやってくる。中原は、離婚後ルポライターとして働いていた元妻の殺害事件を調べていくうちに、驚きの事実を知ることとなります。
 テーマは、死刑制度。果たして、犯人の死刑によって被害者家族は救われるのか。死刑は国による殺人ではないのかなど、テーマとしてはよく取り上げられるものですが、正解というものは出せない難しい問題です。
 もちろん、死刑によって被害者家族の心情が安らかになるものではないでしょう。ただ、将来釈放されるかもしれない無期懲役では、被害者家族の心情が安らかになることは決してないでしょう。自分の家族を殺害した者が、釈放され、世間で生きて暮らしていくということを想像することは、被害者家族にとっては耐え難いものがあるのではないでしょうか。中原を自分自身に置き換えると、やはり犯人には死刑を望むと思います。さらに、再犯率が高い現状では、罪を償って釈放される者をどう世間の中に受け入れていくのかを制度として整えなくては、不幸な者を増やすだけと思うのは僕だけでしょうか。死刑制度廃止はそんな簡単なものではありません。
 東野さんは、中原ら被害者家族や加害者の弁護士らのロを通して、「死刑」というものへの考えを語らせています。単に強盗による殺人だけでなく、理由がある殺人を描くことで(理由があれば人を殺していいのかとの批判もあるでしょう。)、読者に深く考えさせます。
 非常に難しいテーマですが、そこは東野さんのリーダヴィリティでいっき読みです。
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マスカレード・イブ 集英社文庫
 「マスカレード・ホテル」の前日譚。フロントクラークの山岸尚美と刑事の新田浩介が出会う前の話、4編が収録された短編集です。
 冒頭の「それぞれの仮面」は宿泊客としてホテルを訪れた学生時代の元恋人から、部屋から消えた不倫相手の女性の行方探しを依頼される新人フロントクラーク時代の山岸の話。部屋に残されたあるものから、不倫相手の居場所を推理するというところが山岸のフロントクラークとしての資質ゆえでしょうか。
 「ルーキー登場」はランニング中の男性刺殺事件の犯人を追う新人刑事・新田の話です。「マスカレード・ホテル」を読んだときには、新田に魅力がないのでシリーズ化はどうかと思っていたのですが、この話の冒頭ではコンパで出会った女性とホテルでー夜を過ごしており、加賀のような堅物ではないようです。意外と魅力的なキャラかなという気もします。ここでの新田の悔しい思いがその後の彼の成長の糧となったでしょうか。
 「仮面と覆面」はホテルに缶詰となって執筆に当たる覆面作家を熱狂的なファンから守ろうとする山岸の話です。外出しているはずの作家の部屋に編集者が電話をすると作家が出るというトリックは想像がついてしまいます。
 表題作の「マスカレード・イブ」は、書き下ろし作品ということで、山岸、新田の二人が登場する「マスカレード・ホテル」ファンヘのサービス作品となっています。大阪にできた系列ホテルの従業員の指導役として派遣された山岸と東京で大学教授殺害事件を追う新田を描きますが、二人の直接の出会いはありません。新田とコンビを組んだ女性刑事・穂積に山岸が語った推理から新田が事件の謎解きをしていくというもの。前日譚という体裁をとっているので、出会いがないのはやむを得ないでしょうが、山岸よりも穂積のキャラのほうが目立ちすぎています。
 期待して読んだのですが、小粒な感じで拍子抜け。シリーズ化するなら、「マスカレード・ホテル」の後の話を書いてもらいたいです。ただ、刑事とフロントクラークの二人が登場するとなれば、ホテルでの事件でしょうから、そうそうあるわけないですね。
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ラプラスの魔女  角川書店 
(ちょっとネタバレ)
 温泉地で硫化水素ガスの発生により映像ブロデューサーの水城が死亡。地元の村に依頼された大学教授の青江は調査に入る。更に別の温泉地で俳優の男性が硫化水素ガスの発生により死亡する事件が起き、地元の新聞社に依頼され調査に入った青江は、両方の現場で若い女性に出会う。2つの事件について調査を行う中で、青江は犠牲者の共通の関係者である映画監督の甘粕才生の娘が硫化水素により自殺し、その巻き添えで妻は死亡、息子は植物状態になった事件が以前起きていたことを知る。一方、刑事の中岡は、水城の歳の離れた妻が何らかの関わりがあるのではないかと疑い、捜査を始める・・・。
 題名の「ラプラスの魔女」ですが、これはWikipediaによると、フランスの数学者、ピエール=シモン・ラプラスがその著書「確率の解析的理論」の中で、『もしもある瞬間におけるすべての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつ、もしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来もすべて見えているであろう」と述べた“知性”のことであり、後にそれをエミール・デュ=レーモンが「ラプラスの霊」と呼び、その後広く伝わっていくうちに「ラプラスの悪魔」という名前が定着するようになったとのことですが、この作品中に登場する青江が会った若い女性・羽和円華がある能力を持っていることを指して、女性故に「悪魔」を「魔女」にしているのでしょうか。理系の東野さんらしい題名です。
 物語は2件の硫化水素による中毒死が偶発的な自然現象によるものか、映画監督・甘粕の事件がこれにどう関わってくるのか、円華は何をしようとしているのか、そして円華の不思議な能力は何なのかを青江と中岡の調査を通して描いていきます。
 家族の悲劇が描かれますが、その原因となったある人の思考には、こんな極端な考えをする人がいるのかとその異様さに驚いてしまいます。
 帯に東野さんが“小説の常識をくつがえす”とあったので、“小説の常識”とは何のことかと思いながら読んだのですが、読了後もいまだにわかりません。もちろん、ジャンルとしてはSFミステリになるので、現実では考えられない能力が描かれるのは“小説の常識をくつがえす”とは言えないでしょうし・・・。一方、裏の帯にある“価値観をくつがえされる衝撃”とは、ある人の異様な思考のことかと思うのですが。 
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禁断の魔術・文庫版  文春文庫 
  ガリレオシリーズ第8弾の短編集「禁断の魔術」に収録されていた「猛射つ」を大幅に加筆・改稿して文庫化したものです。ストーリーとしては基本的に「猛射つ」と変わるところはありません。
 ルポライターの殺害死体が発見され、彼がスーパー・テクノポリス計画を推進している政治家のスキャンダルを追っていたことがわかる。更に現場に残されたメモリーカードの中にはある実験を隠し撮りしたものと思われる画像が残されていた。捜査の過程で一人の少年の存在が浮かび上がり、その少年が湯川の高校の卒業生であることが判明するが・・・。
 かなり、大幅な加筆があり、今回の文庫版では湯川が少年と知己があったことを隠していたり、テーマとなっている「科学技術が禁断の魔術になることがある」と湯川が語るところも違う場面でのこととなっています。確かに今回の方が、湯川の少年に対する思いがより強く出ている感じがします。
 そのほか、スーパー・テクノポリス計画の反対派との交渉役として、今回はうさんくさい人物を登場させていますが、その人物の登場シーンはそれほど多くはなく、あまりストーリーの中では活かされていなかった気がします。
 短編集の時にも思ったのですが、早く次のガリレオシリーズを書いてもらいたいですね。
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人魚の眠る家  幻冬舎 
 播磨和昌と薫子の夫婦関係は和昌の浮気により冷え切っており、娘の瑞穂の小学校入学を機に離婚をする予定だった。ところが、瑞穂はプールで溺れて意識不明となってしまう。臓器移植を決意し、最後の別れをしようとしたところ、弟の呼びかけに反応があったと感じた和昌と薫子は臓器移植を拒否し、離婚を取りやめて二人で瑞穂を見守ることを決心する。
 今回の作品はガリレオシリーズでも、加賀恭一郎シリーズでもありません。そもそもミステリでさえありません。理系の東野さんらしい日本における脳死そして臓器移植の現状を真正面から扱った人開ドラマといっていいかもしれません。
 作中でも語られていますが、日本で子どもの臓器移植が認められたのは最近で、そのうえ、現実には移植をする臓器の提供が少ないという現実があり、移植が必要な子どもたちは海外へ行くというのが現状のようです。
 脳死と診断されるような状況でも、親としてはいつかは好転するのではないかとわずかな期待を持つことを責めることはできません。また、子どもの身体を切り刻んでもらいたくないという親の心情も理解できます。
 また、一方、瑞穂のように脳死判定をすれば間違いなく脳死だろうと判定される子どもを、機械の力を借りて生かすというのも親のエゴだという考えもあるかもしれません。
 日本人は臓器移植を海外でして、その国で移植を待っている人を高い金を出して押しのけているという批判がありますが、だからといって脳死をした子どもの親にその批判を押しつけて、だから臓器提供をすべきだと非難していいわけではありません。
 非常に難しい問題で、こうだというはっきりとした答えを僕自身も出すことはできません。作中で海外での移植を待つ女の子の親が語ったことばが、一番考えが近いかもしれません。
 物語のラスト近くで、瑞穂の胸に包丁を突き刺すことが殺人なのかどうかという刑法上の難しい問題が提起されます。刑事たちはは戸惑っていましたが、刑法学者はどう判断するのでしょう。 
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危険なビーナス  講談社 
 獣医の手島伯朗は、ある日、父親を異にする弟・明人の妻を名乗る女性・楓から弟が行方不明だという電話を受ける。弟はアメリカで仕事をしていたが、病院を経営する父親が病気で先が長くないという連絡を受け、楓と日本に戻ったが、すぐに書き置きを残したまま姿を消し、連絡が途絶えたという。伯朗は楓に一緒に明人の行方を捜して欲しいと頼まれ、行動を共にするうちに次第に楓のことが気になってくる・・・。
 病院の院長が先が長くないという状況で、一筋縄ではいきそうもない親族たち、姿を消した息子、そこに割って入る息子の嫁を名乗る奔放な女、とくれば相続争いに絡む安っぽいミステリかと思ってしまうのですが、東野さんがそんな単純なストーリーで終わらせるわけはありません。物語は、読者に楓の正体はいったい何者なのか、心の中では何を考えているのかという疑問を持たせながら、それに、弟の明人の行方や伯朗と明人の母親の不審死の謎、伯朗の実の父親が死ぬ直前に描いていた不思議な絵の謎を絡めながら進んでいきます。
 題名の「危険なビーナス」は、弟の妻である楓のことを指していることがすぐわかります。美人で、それも胸の大きな女性好きの伯朗が、弟の妻でありながら、すぐに楓を好きになってレまい、それが外からもわかるほど扱いやすい男というのが、この物語が成り立つための大きなポイントになっています。まあ、楓は相当の美人でスタイルも抜群なのに加え、ミニスカートや胸の開いた服では伯朗ならずともかなりの男が参ってしまうのは無理ないですが。
 発売日には全国紙に1ページを使った全面広告で冒頭部分が掲載され、「ネタバレ禁止の“超”どんでん返し」と謳われましたが、犯人の意外さや理系の東野さんらしい事件の動機はともかく、「“超”どんでん返し」と言うほどの驚きはありません。誰もが最初からある事実は「おかしい」と思ったでしょうから、ラストの種明かしには、「そうだったのか」とは思っても“超”のつくほどのどんでん返しとはならなかったというのが正直な感想です。 
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素敵な日本人  光文社 
 東野さんのノンシリーズ作品9編が収録された短編集です。
 ミステリーとしての謎解き作品だけではなく、ラストであっと言わせることに主眼を置いた作品もあります。どれもそれなりに読ませるのですが、残念ながら個人的には強烈に印象に残る作品はありませんでした。
 ただ、その中でもこれはと思う作品を選ぶとすると、ひとつは近未来を舞台にした「レンタルベビー」ともう一つSF的要素が加味された「水晶の数珠」でしょうか。前者は、非婚化が進む世界で子育てを経験するため、“赤ちゃんロボット”で疑似体験をする女性が、子育て体験に苦労する中でしだいに“赤ちゃんロボット”に愛情を感じるようになる様子が描かれていきますが、ラストで読者に「えぇ~」と言わせます。星新一さんのショート・ショートを読んでいるような雰囲気の作品です。後者は、一族を継ぐものだけに持たされるという能力を父親がどう使用したかを知って父の愛を知る息子を描きます。ちょっとありきたりですがいい話です。
 そのほか、「十年目のバレンタインデー」と「君の瞳の乾杯」は、ミステリーですが、両方とも謎解きがされる際に明かされるある登場人物の正体の意外性に驚きます。  
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マスカレード・ナイト  集英社 
 シリーズ第3弾です。マンションの1室で女性の殺害死体が発見され、警察に犯人がコルテシア東京で大晦日に開催されるカウントダウン・パーティ“マスカレード・ナイト”に姿を現すという密告が入る。数年前にホテルで起こった事件を解決した新田が再び駆り出され、ホテルのフロントマンとして大晦日に備えるが・・・。
 新田と山岸尚美とのコンビが見られるのは嬉しいですが、尚美は最初、新田の名前も覚えていなかったようなので、二人の間の進展はなかったようです。今では尚美はフロントからコンシェルジェに異動となったため、「マスカレード・ホテル」のような二人の絡みは少なくなった気がします。
 今回も、事件の捜査とは別に尚美のコンシェルジェの仕事や今回新たに登場するフロントオフィス・アシスタント・マネージャーの氏原のフロントマンの仕事が描かれるのですが、コンシェルジェは、あんなに客の無理な要望に応えなくてはならないのか、逆に客の要望に応えるためなら他人の迷惑を顧みないでいいのかなあと首を傾げたくなります。なんだか尚美の自己満足でやっているみたいです。それより、氏原の仕事ぶりの方が凄いです。フロントマンたるもの、客のことをあそこまで推し測ることができるとしたら、新田が思うように刑事顔負けです。
 ストーリー的には、最後まで犯人が想像できないのはいいのですが、ラストで突然それまで目立たなかった人物たちが告白を始めたのには戸惑いました。それに、それぞれ異なることを言っているのに、結局どちらの言うことが本当なのかは明らかにならないままで終わってしまい中途半端です。それに、あれは(ネタバレになるので伏せます)、近くで見ても気がつかないものですかねえ。 主人公の1人である新田刑事はどうもあまり好きになれません。ブラックカードを見せびらかすような客に対し、「あんなもの実績を積めば誰だって持てるっていうのに。たしか、うちの父親だって持ってたんじゃなかったかな。」とは、自分も金持ちだと言っているようなもの。やはり生まれが違うのでしょうねえ。こんな人物にはちょっと共感できません。
 今回、オメガの腕時計をしている新田と尚美との間で時計談義がされますが、これが唯一、後の展開の伏線となっています。でも、あれは(ネタバレになるので伏せますが)あまりにご都合主義の展開と言われても仕方ないのでは。時間が重要なのに自分の時計はないのでしょうか・・・。 
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魔力の胎動  角川書店 
 「ラプラスの魔女」の前日譚を描く連作短編集です。5編が収録されていますが、4編は鍼灸師の工藤ナユタの顧客らの悩みを羽原円華が特殊な能力によって解決していく様子を描いていきます。円華もこの作品ではまだ高校生。母親の死の原因である竜巻の研究をする大学の教授の研究室を訪ねたときにスキーのジャンプ選手に鍼を打ちにきていたナユタに出会うことから物語は始まります。
 円華がその特殊な能力によって助けるのは、歳を取り怪我もあって昔のようなジャンプができなくなったスキーのジャンプ選手、ナックルを投げる投手の球を捕球できなくなったプロ野球の捕手、川に落ち意識不明となった息子を助けられなかったことを悔やむナユタの恩師、崖から落ちて死んだ仕事のパートナーであり愛する人が、自分のカミングアウトが原因で自殺したと思い込む作曲家の4人。そして、この4人以外に実はもう一人、円華が本当に助けたい人がいます。
 ラストの表題作「魔力の胎動」はそのまま「ラプラスの魔女」に続いており、「ラプラスの魔女」に登場する青江が赤熊温泉の事故と同様に温泉地で以前起こった事故のことを振り返るという形になっています。ここにはナユタも円華も登場しません。
 前日譚ですが、やはり「ラプラスの魔女」を先に読んで、円華の不可思議な能力のことを理解していないと、戸惑うかもしれません。更にその能力を素直に受け入れないと、この作品は楽しむことができません。 
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沈黙のパレード  ☆  文藝春秋 
 6年ぶりのガリレオシリーズ第9弾です。
 「禁断の魔術」のラストで湯川はアメリカへと留学することとなりましたが、この作品ではアメリカから帰国し准教授から教授となった湯川が登場します。いまだにテレビドラマの印象が強くて、読みながら頭の中には福山雅治さんと柴咲コウさんの顔が浮かんでいました。
 歌手を目指していた町の定食屋の娘・佐織が行方不明となる。数年後、ごみ屋敷が火事となり、焼け跡から発見された白骨が佐織だと判明する。容疑者として浮かんだのは、草薙が若い頃少女殺害事件の犯人として逮捕したが裁判で無罪となった男・蓮沼。状況証拠は蓮沼が犯人だと示しており、警察は逮捕したが検察は証拠不十分だとして処分保留で釈放する。釈放後、蓮沼が佐織の両親の店「なみきや」に顔を出したことで、佐織を知る者たちの怒りは沸点に達する。町が秋祭りの仮装パレードに湧いた翌日、蓮沼は死体となって発見される・・・。
 佐織の両親、佐織の恋人だった男、佐織の歌手としての才能を信じていた芸能プロの社長夫婦、そして両親が営む定食屋の常連たちのうち誰がどうやって犯行を成し遂げたのか。ガリレオシリーズらしい理系の殺害方法が描かれます。「沈黙のパレード」という題名が表すように、今回の作品のキーワードとなるのは「沈黙」です。蓮沼が少女殺害事件で沈黙を貫いて無罪になり、今回の事件でも関係者たちが「沈黙」します。
 大学の研究所があるために、この町に通い、「なみきや」の常連となっていた湯川が、いつもとは異なり、積極的に事件に関わってきます。湯川が定食屋で一杯なんて想像ができません。なぜ、足繁く「なみきや」に通ったのか、ラストで湯川の口からこんなにも素直に友への友情を吐露するなんて、今までになかったことです。また、湯川が謎解きをする際にある人物に語った苦い経験とは、「容疑者Xの献身」でのことでしょうね。
 久しぶりのガリレオシリーズ、堪能しました。おすすめです。 
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希望の糸  ☆   講談社 
 「祈りの幕が下りる時」以来の加賀恭一郎シリーズです。
 「祈りの幕が下りる時」の事件が解決し、日本橋署にいる理由がなくなった加賀はこの作品では捜査一課の主任として警視庁に戻っています。といっても加賀は今回は脇役に回り、この作品での主人公は加賀の従弟である松宮刑事が務めます。
 物語は親と子がテーマとなっています。その中心となるのは、女手一つで喫茶店を営む花塚弥生が殺害された事件です。松宮はこの事件の捜査に当たることになります。一方、この殺人事件の話とは別に、冒頭では地震によって二人の子どもを亡くした汐見行伸と玲子夫婦がその悲しみから立ち直るために、再び子どもを作ろうとするストーリーが描かれます。更に、松宮のプライベートでは、母親から死んだと聞かされていた父が病床で生きており、遺言書に松宮を認知すると書かれていると彼の義姉とされる女性、芳原亜矢子が訪ねてくることが描かれます。
 果たして花塚弥生の殺害事件と汐見夫婦の悲しい過去との間にどんな関係があるのか。この点が、この作品のメインストーリーになるわけですが、それを捜査する松宮にも、殺害事件に関わる者たちが抱えるものを同じように抱えているということが物語に深みを与えています。犯人はラストまで行くことなく明らかとなりますが、この作品は、犯人は誰かの謎解き以上に、なぜその事件が起きてしまったのかという動機の方に重きが置かれて描かれていきます。悪人は誰もいなかったのに、事件が起こり、そして皆が真実を隠さざるを得ないという、悲しい事件の真相が明らかとなっていきます。
 それにしても、加賀の母にしろ、松宮の母にしろ、この家族、いろいろありますねえ。今回は加賀が主人公ではなかったため、看護師の金森登紀子が登場せず、「祈りの幕が下りる時」以降の二人の関係がどうなかったのかがわからないのが残念です。 
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ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人  光文社 
(ちょっとネタバレ)
 舞台は新型コロナの感染拡大が進む現在。同僚との結婚を控えていた神尾真世に、故郷の警察から父親が殺害されたという連絡が入る。ちょうど地元では真世の中学の同窓会が予定されており、教師であった父親も同窓会に参加することを楽しみにしていた。地元に戻り、警察から事情を聞いている中、何年も音沙汰のなかった叔父の武史が姿を現す。元マジシャンだったという武史は、マジシャンらしい口八丁手八丁で、警察を煙に巻きながら自ら犯人探しを始める・・・。
 時代の流れをうまく取り入れており、新型コロナの感染が拡大する中で、三密を避けるためのいわゆる“新しい生活様式”での葬儀シーンなどがいち早く作品の中で描かれています。
 肝心の内容の方は、真世の叔父の武史のキャラで読ませるという感じです。武史がマジシャンらしい手先の器用さで刑事の携帯をそっと抜き出してそこから情報を得たり、また、マジシャンとしての観察力や巧みな話術で関係者から隠された事実を明らかにしていくところにおもしろさがあります。 
 ただ、事件の様相としては、よくあるパターンの話だったといってもいいのではないでしょうか。同窓会の中で追悼会を行うこととなっていた、中学時代に病死した誰からも好かれる勉強もスポーツも万能な少年のエピソードが語られたところで、話の筋がだいたい予想できてしまいました。
 相変わらず東野さんらしい読みやすい文章に加え、ミステリらしく、最後に「名探偵みんなを集めてさてといい」という場面もあって、楽しく、あっという間に読み切ることができました。テレビドラマ化されそうな作品ですね。
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白鳥とコウモリ  ☆  幻冬舎 
 駐車中の車の中から弁護士の白石が遺体で発見されるが、状況から別の場所で殺害されたことが判明する。聞き込みからは白石を殺したいほど恨んでいる人物は見当たらなかったが、事務所にかかってきた電話の履歴から名古屋に住む倉木達郎という男が容疑者として浮かび上がる。捜査を進める刑事の五代と中町は、倉木が東京に来るたびに立ち寄る小料理屋のおかみ・浅羽洋子の夫が30年以上前に名古屋で起きた殺人事件の容疑者として逮捕され、留置場で首をつって自殺したこと、そして倉木がその事件の第一発見者であることを掴む。やがて、倉木は自殺した男の妻と娘に自分が死んだ後に財産を残すことを白石に相談したところ、それより先に二人に真実を話すよう白石に迫られたため、このままでは二人に自分が殺人犯だと知られてしまうと思って殺害したと自供する。しかし、父が殺人を犯すとは思えない息子の和真と、やはり父親が真実を話せと迫るとは思えないと考える白石の娘・美令は二人で協力して事件を調べるが・・・。
 既に時効になっている事件で警察が積極的に動かない中、和真が関係者に話を聞きながら事件の真実に迫っていくのですが、素人が遥か30年以上前の事件を果たしてここまで明らかにすることができるのかは疑問があるところです。まあ、警察の捜査は辻道だった結論がいったん与えられてしまえば、なかなか積極的には違う道をあえて辿ろうとはしないのでしょうから真実を探す手立てとすれば、自分で調べるしかないのは致し方ないところです。それができるのもまた、和真も美令も父親の人柄を信じているからでしょう。やがて、思わぬ人間関係が明らかになりますが、真犯人の判明は駆け足過ぎたきらいが無きにしも非ずです。思いもよらぬ真犯人の姿でしたが、その真の動機はいかにも現代的でした。
 真実が分かるということは、被害者側の美令にとっては、悲しいことでしたが、ラスト、せっかくだから手を握ればと思ったのは私だけではないでしょう。
 題名の「白鳥とコウモリ」は、刑事の中町が被害者側の美令と加害者側の和真の二人を例えて言った言葉から取られています。 
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透明な螺旋  文藝春秋 
 南房総沖から射殺された男の死体が上がる。行方不明者届の中から上辻という男が浮かび上がるが、届を出した同居女性・島内園香は姿を消していた。警察の捜査から園香は亡くなった母親と仲が良かった絵本作家の女性・松永奈江と行動を共にしているらしいとわかり、調べると、彼女の絵本の参考文献の中に湯川の名前があるのを見つける・・・。
 ガリレオシリーズ第10弾です。ガリレオシリーズといえば、物理学者である大学教授の湯川が探偵役を務めることから、湯川の知識が活かされる物理的なトリックが使われるなど、いわゆる、“どうやって”の部分が問われる作品が多いのですが、今回は殺害方法は射殺と解っており、何ら変わった方法が取られてはいません。それより、犯人が“なぜ”罪を犯すことになったのかの点を描く人間ドラマとなっており、この点では東野さんの刑事・加賀恭一郎を主人公とするシリーズに内容が近くなった気がします。
 今作では今までになく、湯川のプライベート、母親が認知症で、父親がその介護をしているという家庭状況が描かれており、そしてシリーズファンには驚くべき事実が明かされることになります(本の帯には“シリーズ最大の秘密が明かされる”と書かれています。)。読者をミスリードする記述もありますが、シリーズファンにとってはミステリというより、人間としての湯川を知ることができる貴重な作品と言えます。
 それにしても、湯川が内海とのとの付き合いを考えて10年、いやもっと長いか」というシーンがありますが、そうすると内海ももう30台半ば頃という年齢でしょうか。テレビドラマでは二人の関係が気になりましたが、小説ではどうなるのでしょう。
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マスカレード・ゲーム  集英社
 3件の殺人事件が相次いで起きる。犯行手口はナイフでの刺殺と同じだけでなく、被害者は3人とも、かつて犯罪の加害者であったことが判明する。警察は当時の事件の被害者の遺族を調べるが、それぞれ犯行時刻にはアリバイがあることがわかる。遺族の一人、神谷良美を担当していた捜査一課警部の新田浩介は、彼女がホテルコルテシア東京に宿泊することを知る。予約客の中には他の事件の被害者が過去に起こした事件の被害者遺族の名前があるのを発見し、彼らが交換殺人、あるいはローテーション殺人を起こしているのではないか、このホテルで新たな殺人を犯すのではないかと考え、新田らは以前の事件の時と同じようにホテルマンに扮して潜入捜査を開始する・・・。
 シリーズ第4弾です。まあ、こんなに事件が起きるホテルも珍しい、東野さんもそれを意識したのか、犯人の口からこのホテルで事件を起こす理由を語らせています。う~ん・・・これってどうかなという気はしますが。
 これまでの事件で新田とコンビを組んだ山岸尚美はアメリカに行ったはずですし、また、事件の解決のためには強引な捜査手法を取る梓警部という女性係長も登場し、新田との間で言い争いを見せながらもいい感じなので、今回は新田と尚美とのコンビは見られないのかと思いましたが、そこはやはりシリーズもの。途中で尚美が姿を現すので、シリーズファンとしては安心です。果たして、事件は警察の考えのようにローテーション殺人なのか、だとすれば今回のターゲットは誰なのか。今回も映像向きのストーリーで、どうしてもキムタクと長澤まさみさんの顔が頭の中に浮かんでしまいます。 
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魔女と過ごした七日間  角川書店 
 中学2年生の月沢陸真は幼い頃母を病気で亡くし、父の克司との二人暮らしだったが、ある日、克司が多摩川で殺害死体となって発見される。克司は今は警備会社に勤めていたが、以前は警察官で見当たり捜査員をしていた過去があった。父の遺品を整理する中で、陸真は父には生前好きな人・永江多貴子がいて、その人との間に娘、自分とは母親の異なる妹・照菜がいることを知る。照菜は話すことができないが、一度見たものを忘れない、優れた記憶力を持っていた。そうした特殊能力を持つ子どもたちの知能について調べる数理学研究所の所長の助手をしているのが羽原円華だったことから、彼女は陸真の父の事件に関わっていくこととなり、陸真は円華とともに父の死の真相を追っていく。街中に監視カメラがあふれるIT全盛時代に、人の目に頼る見当たり捜査官の存在価値が薄れ、警察を辞めた父が、いったい何を調べていたのか・・・。
 「ラプラスの魔女」「魔力の胎動」に続く特殊な能力を持つ羽原円華が登場するシリーズ第3弾です。ただ、「魔力の胎動」は「ラプラスの悪魔」の前日譚ですから、この作品が「ラプラスの悪魔」の続編という位置づけになります。
 ミステリですが、円華の特殊能力に頼りながらも、女装したりして真実を探ろうとする陸真の成長物語でもあります。そんな陸真を手助けする同級生の宮前純也もいいキャラしています。
 舞台となるのは、今よりちょっと先の未来のようですが(車がAIで空いている駐車場を探して、そこに自動運転で行くというシステムが確立していることから考えると)、事件の裏にはITの進化や今も問題になっている個人情報のことが関わってきます。昔は町の中に監視カメラの設置なんて嫌われていたのに、今では当たり前のようにそこら中にあるし、私たちも何ら気にしません。逆に多発する犯罪捜査に役立つと思ってしまいます。マイナンバーカードだって、以前だったらきっと国民の情報を管理するものだと反対の声が上がってでしょうけどねえ。変わりました。 
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あなたが誰かを殺した  ☆  講談社 
 「卒業」から始まる加賀恭一郎シリーズの新作です(12作品目)。
 閑静な別荘地で6人が殺傷される事件が起きる。犯人の桧川大志は自首したが、引きこもり状態で生きている意味を感じないので死刑になりたかったという願望と自分を蔑ろにした家族への復讐が動機と語った以外は犯行の詳細について何一つ話そうとしなかった。
 長期勤務に伴う長期休暇中であった加賀恭一郎は、事件で夫を殺害された同僚の看護師・鷲尾春那から相談された金森登紀子の依頼で事件関係者の一人である高塚俊作の呼びかけによって関係者が集まる事件の検証会に参加することとなる。犯人の桧川が何も話さない中、愛する家族が殺されたのは偶然なのか、理由があったのか、残された関係者は真相を知るため「検証会」に集まってくる。
 このところの加賀恭一郎シリーズと言えばトリックより人間ドラマが優先されるシリーズですが、この作品はちょっと違います。題名からすると、1996年に刊行された「どちらかが彼女を殺した」と1999年に刊行された「私が彼を殺した」の系譜に繋がる作品と言えるでしょうか。加賀はこの検証会で進行役を務めることになりますが、検証会が進む中で、参加をした人々が、そして殺害された人々もそれぞれ秘密を抱えていたことが明らかとなっていきます。 加賀が事件の中での疑問点を掲げ、それを一つ一つ解いていく中で事件に隠された驚愕の真実が浮かび上がってきますが、さらに最後に残された疑問点を明らかにすることによって、もうひと捻りを見せてくれます。この最後のひと捻りが見事です。加賀には嘘は通用しません。 
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ブラックショーマンと覚醒する女たち  光文社 
 元プロマジシャンでバー”トラップハンド”のマスターである神尾武史と不動産会社のリフォーム部で働く姪である神尾真世が彼らが関わる厄介ごとを解決していく話です。シリーズ第2弾、今回は長編ではなく、6編が収録された連作短編集となっています。
 婚活サイトで知り合った男とトラップハンドにやってきた陣内美菜は、男がトイレに立った隙に神尾からあることを告げられる(「トラップハンド」)。
 真世がマンションのリフォームを担当している上松和美が幼い頃以降会ったことのなかった兄から、お前は妹ではない、偽物だと言われる(「リノベの女」)。
 交際していた妻子ある歯科医で夜はジャズ・ミュージシャンとして働く智也を交通事故で亡くした柚希は、智也が演奏していたという横須賀のライブハウスに彼が時々若い女性と来ていたと聞き、気になって調べ始める(「マボロシの女」)。
 亡くなった息子のマンションをリフォームしたいという老夫婦を担当していた真世だったが、突然、離婚した息子の嫁がお腹の中に息子の子どもがいるとして遺産相続を求めてきたため、リフォームは一時保留となってしまう(「相続人を宿す女」)。
 娘の自殺が信じられず、死んだはずの娘がトラップハンドに入るのを見たと友人から聞いた高齢者施設で暮らす末永久子から、調べてくれるよう依頼された施設の職員がトラップハンドを訪ねてくる(「続・リノベの女」)。
 客である栗塚を連れて行ったイタリア高級家具メーカーの直営店で、真世はスタッフをしていた美菜に偶然出会い、栗塚を紹介する。やがて2人は交際を始め、美菜はようやく理想の男に出会ったと結婚を考えるようになるが・・・(「査定する女」)。
 神尾武史という男、俗世の欲にまみれた男で、厄介ごとに関わっていくのも、何かしら得るもの(金銭)があると考えてのことですから、謎解きだけの名探偵のイメージとは程遠いものがあります。マジシャンとしての才能を活かしながら、隠しカメラを使うなど、そこは現代的です。面白かったのはラストの「査定する女」。それ以前にも登場していた陣野美菜を描くストーリーですが、どんでん返しにどんでん返しがあって、これは真世のみならず、読者も騙されます。 
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