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原田マハの本棚

  1. キネマの神様
  2. 本日は、お日柄もよく
  3. 楽園のカンヴァス
  4. 旅屋おかえり
  5. 総理の夫
  6. 暗幕のゲルニカ
  7. デトロイト美術館の奇跡
  8. アノニム
  9. スイート・ホーム
  10. 常設展示室
  11. 20CONTACTS 消えない星々との短い接触
  12. 美しき愚かものたちのタブロー
  13. 〈あの絵〉のまえで
  14. リボルバー
  15. 板上に咲く

キネマの神様 文藝春秋
 映画を観るのが大好きです。映画は現実の人生では経験できないことを2時間ほどの間ですが経験させてくれるし、まったく知らない世界も教えてくれます。そして、そんな映画は、映画館の暗闇の中で観るのが最高です。明るいところでは空想(妄想?)に浸ることは難しいし、テレビではいいところでCMが入ってしまい、せっかく映画にのめり込んでいても、現実に戻されてしまいます。
 さて、そんな映画好きの人にお薦めなのが、初めて読んだ原田マハさんの「キネマの神様」です。
 子会社への出向人事に嫌気がさして会社を辞めた40歳直前の女性・歩が主人公です。競馬、マージャンとギャンブル好きで借金まみれ、趣味が映画鑑賞という80歳の父が病気になったのを契機にギャンブル禁止を申し渡す。そんなある日、父が映画雑誌・映友のブログに投稿した歩の映画の感想が編集長の目にとまり、歩は映友に入社することとなり、さらにはひょんなことから父までが映友のブログで映画評論を始めることとなる。そこから始まる映画好き家族の再生の物語です。
 登場人物は善人ばかり。ストーリーはあまりに都合のよいことばかり、と言われれば確かにそうでしょう。でも、読んでいてこんなに胸にジーンとくるのですから、そんなことはまったく問題になりません。大人のファンタジーです。大好きな映画「天国から来たチャンピオン」のことも出ていたのも嬉しい限りです。
 最後に登場人物たち全員で“父が一番好きな映画”を観ます。題名は記されていませんが、あの映画はもちろん“あの”作品ですよね。映画好きならやっぱりこの作品を選ぶだろうなあ。本を読み終えた後、僕もDVDを引っ張り出してきて久しぶりに観てしまいました(映画館の暗闇の中でなかったのは残念ですが)。いいですね~映画って。
 父親のモデルは原田さんご自身のお父さんだそうです。80歳過ぎてからも映画に夢中になることができるなんて、見習いたいです。
 映画雑誌といえば「スクリーン」と「ロードショー」が思い浮かびますが、昨年「ロードショー」が休刊してしまいました。情報はインターネットからという時代の中で、現実問題として映画雑誌というのは存続していくのが難しいのでしょうか。
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本日は、お日柄もよく  ☆ 徳間書店
 どこにでもいる普通のOL・二ノ宮こと葉が、結婚式で出会った女性の感動的なスピーチに惹かれ、スピーチライターとして幼馴染みが立候補した国会議員選挙を闘っていく様子を描いた作品です。
 この作品の中にも書かれているように、“言葉が人を動かす"ということは、先のアメリカ大統領選挙のオバマ氏「Yes,We Can」を合言葉に、終始、Changeをアピールしてきての勝利に現実に見ることができます。アメリカ人だけでなく、日本人もあれだけの強い印象を持ったのですから、言葉というのは凄いですよね。この作品は、言葉が人の心を動かす大きな力を持つということをわからせてくれました。
 スピーチライターを目指す女性が主人公の話なので、作中に様々なスピーチが出てきます。これがまた素晴らしいスピーチです。読んでいるだけで見事だなあと感動してしまいます。主人公が最初に感動したスピーチライターの久遠久美の結婚式でのスピーチなんて、真似しようかと思ってしまいました。スピーチが苦手な僕としては羨ましい限りです。もう、「ただいまご紹介にあずかりました・・・」なんて、言いません。
 普通のOLが国会議員選挙の候補者のスピーチライターとして活躍するなんて、夢物語のような話ですが、読ませます。おすすめです。
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楽園のカンヴァス  ☆ 新潮社
 美術館のキュレーターの経験もある原田マハさんがずっと暖めてきたという作品は、アンリ・ルソーとピカソの絵を巡るミステリーです。
 美術館の監視員をやっている織絵は、ある日、館長に呼ばれ、美術館が企画しているアンリ・ルソー展に借り出す予定のニューヨーク近代美術館蔵のルソーの「夢」の貸出交渉役として、織絵が学芸部長のティム・ブラウンから指名されたと告げられる。かつて、ティム・ブラウンと織絵には、アンリ・ルソーの大作「夢」と酷似した作品の真贋判定を争った過去があった。
 物語は、伝説のコレクター、その秘書、オークション会社のディレクター、インターポールの芸術品コーディネーターを名乗る女性など、さまざまな登場人物の思惑が交錯する中で、若き頃のティム・ブラウンと織絵の真贋判定の様子とルソーや彼の愛する人妻のヤドヴィガ、そしてピカソなどとの交流を描いた作中作が交互に語られていきます。
 絵がルソーの描いたものなのかどうかだけでなく、作中作を書いたのは誰なのかという謎が非常に興味深く、どんどん物語の中に引き込まれていきました。読んでいるうちにルソーの絵を見たくなってきます。このリーダビィリティは、原田さんのキュレーターの経験によるところが大きいのでしょう。おすすめです。
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旅屋おかえり   集英社
 旅番組のレポーターが唯一の仕事だっだ“おかえり”こと丘えりか。番組中での失言からスポンサーを激怒させ、番組は打ち切りとなってしまう。唯一の仕事をなくしたおかえりの元に、旅番組のファンだったという女性からALSで寝たきりの娘に代わって旅をしてほしいという依頼が舞い込む。
 仕事をなくした旅番組のレポーターだった女性が、様々な理由で旅ができない他人に代わって旅をするという「旅屋」を立ち上げ、依頼人の想いを叶えながら、自分自身も旅で出会った人々との関わりの中で心の安らぎを得ていく様子が描かれていきます。
 前半は「旅屋」の初めての依頼に四苦八苦しながらも孤軍奮闘するおかえりを描き、後半は番組のスポンサーだった会社の会長からの依頼の旅が描かれます。旅が依頼通りうまくいったら、番組の再開を考えてもいいという言葉に、一同期待をしますが、その依頼が事務所の鉄壁社長の過去に関係があることがわかり、おかえりは悩みながら指定された愛媛県内子町に向かいます。ユニークなキャラの社長に思わぬ過去があることがわかり、ちょっと感動のストーリーとなっています。
 アラサ―だがとてもかわいいキャラの“おかえり”、四角いハゲ頭の元ボクサーの鉄壁社長、口は悪いが裏ではおかえりを支える元セクシーアイドルの“のんのさん”というコンビの「旅屋」の話を今後も続けてほしいと思ってしまう作品です。おすすめ。
総理の夫   実業之日本社
 相馬日和は鳥類研究所に勤務し、実家が日本を代表する財閥の相馬グループの次男坊という、ちょっと世間知らずのおぼっちゃま。そんな彼が一目惚れで妻にしたのは、新進気鋭の政治学者の真砥部凛子。彼女は結婚後、政治家となり、今では少数政党の党首となっていたが、与党を割って野党に転じた原久郎率いる民心党らと連立政権を組むこととなり、原に担がれて、初の女性総理大臣となってしまう・・・。
 この作品は、突然、総理の夫となってしまった日和が、未来の読者に向けて書いた日記という形式がとられており、総理の夫となった男の戸惑いと総理となった妻への一途の愛がユーモラスに描かれています。
 凛子は、物語の中では第111代総理大臣ということですから、現在の第96代安倍総理大臣からすると15代あとの総理大臣ということになります。果たして現実に、未来にこんなことが起こるのでしょうか。凛子のような国民に語りかける演説をする総理大臣は果たして現れるのでしょうか。
 妻が注目されても妬んだりすることなく、「すべての人が彼女から離れてしまったとしても、私だけは、彼女のそばにいて、彼女を支える、最後の人間になりたいのです」と考える、いい意味、世間知らずの日和の純粋さに感動してしまいました。
 いろいろなキャラの人物が登場しましたが、その中で印象的だったのは、日和の母親です。金持ち特有の嫌みな言動の、子どもべったりの母親と思っていたら、最後はいいとこ持って行きましたね。素敵なキャラでした。また、読んでいて誰もが思い浮かべるように、原久郎のモデルは小沢さんですね。昨年の衆議院選で岐阜県知事である嘉田さんを担いで新党を立ち上げましたが、もし、うまくいっていれば、初の女性総理は嘉田さんだったかもしれません。
 この作品のような感動する政治の場面を見てみたいと思いながら読了です。おすすめです。
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暗幕のゲルニカ  ☆ 新潮社 
 題名にある「ゲルニカ」は、ピカソがスペイン内戦の際に反乱軍のフランコ将軍を支援するドイツがスペインの都市・ゲルニカに対し無差別空爆を行ったことをモチーフに、パリ万国博覧会のパビリオンの壁画として描いた作品のこと。政治的なメッセージが込められた作品であることが見てわかります。
 物語は、ピカソの愛人のひとりであったドラ・マールの視点で描かれるピカソが「ゲルニカ」を描く前から第二次世界大戦終了までの話と、「9.11事件」をきっかけにMoMa美術館で「ピカソと戦争展」を企画し、そこに「ゲルニカ」を展示しようと奔走するMoMaのキュレーター八神瑤子の視点の話という、時代を異にする二つの話が交互に語られていきます。
 ピカソの「ゲルニカ」を材料にしてこれだけのストーリーを紡ぎ上げるのは原田マハさんは凄いです。パルド・イグナシオは架空の人物ということですが、実際に歴史の裏側で活躍したかのように生き生きと描かれています。それは、MoMaの理事長ルース・ロックフェラーも同様です。また、歴史的に実際にあったこと、例えばピカソがスペインが民主化するまで「ゲルニカ」をMoMaで保管しておいて欲しいと言ったことや、小さなエピソードではドラとピカソの子どもを産んだマリー=テレーズが鉢合わせをして取っ組み合いの喧嘩をした等のことが挿入されていることもあって、フィクションとはとても思えません。「ゲルニカ」という絵が辿る運命に、どんどん、物語の中に引き込まれていきました。
 その中で、アメリカの国務長官が国連でイラクヘの武力行使を表明する際、国連のロビーに飾られていた「ゲルニカ」のタペストリーに暗幕がかけられたエピソードが実際にあったこととは知りませんでしたが、実際にあったことだそうです。これは空爆をモチーフに描かれた「ゲルニカ」の前でイラク攻撃を語るのはまずいと考えた何者か(もちろん、アメリカ政府でしょうけど)の指図によるものですが、それに国連が屈してしまうのも国連のあり方に疑問を持ってしまいます。
 現在のパートでは、「ゲルニカ」は自分たちが持つべきものだと主張するバスクのテロ組織の登場もあって瑤子に危機が迫ります。ここで思わぬ過去のパートとの繋がりが明かされるのがフィクション故のおもしろさになっています。
 ラストシーンもいいですねえ。大きな拍手をしたくなりました。おすすめです。

※ドイツ兵に「この絵を描いたのは、貴様」と聞かれたピカソの返事が素晴らしい。「いいや。この絵の作者は-あんたたちだ」
※ところで、原田さんはアメリカ大統領や国務長官の名前を実際の名前にしていませんが、どうしてでしょう。フィクションだといっても、わざわざ名前を変えて気を遣う必要もないのでは。 
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デトロイト美術館の奇跡  新潮社 
  1O月7日から上野の森美術館で「デトロイト美術館展」が開催されていますが、この作品はその展覧会とのコラボで原田マハさんが「芸術新潮」に連載したもののようです。
 2013年にデトロイト市の財政破綻により、市立の美術館であったデトロイト美術館の収蔵品が売却される危機に瀕しました。この作品は、亡き妻の思い出とともに美術館を愛する一市民であるフレッド・ウィル、美術館の良き理解者であり、多くの作品を寄贈した財界人のロバート・タナヒル、美術館のキュレーターであるジェフリー・マクノイドを主人公に、デトロイト美術館がこの危機を乗り越えるまでを描いていきます。
 美術館を守るべきだと言うのは簡単ですが、そのために元市職員の年金を大幅に減額することは彼らの生活を破綻させることになります。収蔵品を売ることになるのか、売らないで財政危機を乗り越える策があるのか。美術館を愛する人々の行動がひとつの大きな動きとなります。
 収蔵品の中でこの物語の中で語られるのは表紙にも掲載されているポール・セザンヌが描いた「画家の夫人」です。この作品は今回の展覧会の展示品のリストに加わっているでしょうか。展覧会を観に行くのが楽しみになりました。
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アノニム  角川書店 
 絵を描くのが得意で、自分は不世出の天才アーティストだと自意識過剰気味の張英才は難読症の高校三年生。彼が住む香港では、数年後に控えた香港特別行政区行政長官を選出する選挙についての中国政府の対応に対し、真の普通選挙を求めて学生たちがデモを行っていた。そんな香港で、サザビーズのオークションが行われることになり、そこにジャクソン・ポロックの未発表の大作「ナンバー・ゼロ」が出品される。「盗まれた絵画を盗み返す」謎の窃盗団“アノニム”は「ナンバー・ゼロ」を盗み出そうと計画する・・・。
 物語は、読者に対しては“アノニム”のメンバーを明らかにし、彼らがオークションの会場からどのように「ナンバー・ゼロ」を盗み出していくのかを描いていきますが、正直のところ、その過程については、例えば「オーシャンズ11」のようなハラハラドキドキ感はありません。“アノニム”のメンバーもそれぞれの道を極めた者たちですが、彼らがどうやって“アノニム”のメンバーになっていったのかも語られることはなく、その過程のおもしろさもありません。
 それよりは、原田さんの言いたいことは、張英才を登場させ、“アノニム”が彼に関わることによって、次第に変わっていった彼が叫んだこの言葉に言い表されているのではないでしょうか。
 「始める前からあきらめてしまったら、何も起こらず、何も変わらない。世界を変えることができるかもしれない、って、ひとりひとりが思うことが、ほんとうに世界を変えていく力に変わっていくんだ。」

 アメリカ抽象表現主義の旗手であるポロックの「アクション・ペインティング」による絵画は、抽象表現と謳っているように、あまりに抽象的で何が書かれているのか、あるいは何を書こうとしているのか、残念ながら僕にはわかりません。 
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スイート・ホーム  ポプラ社 
 題名の「スイート・ホーム」とは、宝塚に近い住宅街にある元有名ホテルのパティシエだった香田が開いた洋菓子店の名前。物語は、「スイート・ホーム」を経営する香田家の娘や店の常連客を主人公にして、進んでいきます。
 3つの短編と、更にそれより短い「めぐりゆく季節」と題された5つのショートストーリーからなる連作集です。スイート・ホームの長女・陽皆の恋を描く表題作である「スイート・ホーム」、「スイート・ホーム」の常連客である料理教室の講師・未来の恋を描く「あしたのレシピ」、香田家の二女の春日と夫を亡くし香田家に同居することになった叔母のいっこを描く「希望のギフト」、そして4つの季節を通して常連客の家族の物語が語られていきます。
 何か事件が起きる訳でもありません。嫌な人物はまったく出てきません。登場する女性も男性も素敵な人物ばかり。叶わないと思っていた恋もやがて成就するなどハッピーエンドの物語ばかりです。こんなにスムーズにいくわけはないだろうと心のどこかで思いますが、読んでいてほっとします。 
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常設展示室  新潮社 
 6編が収録された短編集です。キュレーターだった原田さんらしく、6編ではそれぞれ、「群青」ではピカソの「盲人の食事」を、「デルフトの眺望」ではヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」と表題作となっている「デルフトの眺望」を、「豪奢」では表題作となっているアンリ・マティスの「豪奢」を、「マドンナ」ではラファエロの「大公の聖母を」、「薔薇色の人生」ではゴッホの「薔薇」を、そして最後の「道」では表題作となっている東山魁夷の「道」といった絵画をモチーフにした作品となっています。
 パスポート窓口業務の派遣社員である女性を主人公にした「薔薇色の人生」以外は美術に携わる人を主人公にしているせいか、「薔薇色の人生」だけが、他とは異なる雰囲気の作品に感じられます。パスポートの申請に来た男の甘い言葉に心惹かれた派遣社員の女性の結末が描かれますが、この作品だけは絵よりはパスポートセンターの壁に掲げられた「ラ・ヴィ・アン・ロース」の色紙の方に重きがあります。ラストの「二輪のオールド・ローズが、はらりと笑ってほころびた。」という一行がストーリーを暗くさせていません。
 そのほかの5編は、絵から受け取るメッセージによって自分自身を力づけることができたり、身近な人を想ったりするきっかけになることが描かれていきます。特に「豪奢」を見た主人公の女性が、高価なミンクのコートを置いたまま、後ろを振り向くことなく駆け抜けていくシーンは思い描いただけで女性の強い決心がわかってカッコいいですね。
 この短編集の中で一番の感動作が、最後の「道」です。イタリア育ちで美貌の美術評論家として時代の寵児となった女性が、審査員を務める芸術大賞の審査会で観た絵から、過去のあることが記憶の奥底から蘇ってくるという話です。これはちょっと、うるっときてしまいます。
 「マドンナ」で語られる「大公の聖母」は、2013年に国立西洋美術館で開催された「ラファエロ展」にも展示されており、実際に観たことがあったためか、身近に感じる1作でした。読了後は、展覧会で購入した図録を開いて「大公の聖母」を観ることとなりました。
 「デルフトの眺望」で取り上げられるフェルメールの「デルフトの眺望」は、この短編集の表紙絵にも描かれている絵です。フェルメールが残した都市景観画の2点のうちの1点ですが、まだ日本での公開はありません。一度は見てみたい作品です。 
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20CONTACTS 消えない星々との短い接触  幻冬舎 
 原田マハさんはこれまで、作家になる前にキュレーターとして美術館に勤務した経験を活かして、『楽園のカンヴァス』でルソーを、『ジヴェルニーの食卓』でモネを、『暗幕のゲルニカ』でピカソを、『たゆたえども沈まず』でゴッホを描いた作品を発表してきました。そんな原田さんが、先月1日から京都の清水寺で開催された「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展」をキュレーターとして企画しましたが、この作品はその展覧会と連動して書き下ろされたものだそうです(入場者には、この作品の抜粋が配布され、それを読みながら鑑賞することもできるというシャレた企画だったようです。)。
 作品自体は原田さん自身が自分からの挑戦状として受けた、既に亡くなっている画家等20人にインタビューをし、その内容を掌編にまとめるというファンタジックなもの。更にインタビューする際には、作家たちとのコンタクトは短く、質問はふたつまで、そして手土産を必ず持っていくという条件がつけられています。
 20人は、ポール・セザンヌ、黒澤明、アルベルト・ジャコメッティ、アンリ・マティス、川端康成、司馬江漢、バーナード・リーチ、棟方志功、手塚治虫、小津安二郎、東山魁夷、宮沢賢治、フィンセント・ファン・ゴッホなど画家、陶芸家、映画監督、彫刻家、漫画家、小説家等々多彩な顔触れです。個人的には知らない人もいました。
 質問が限られているのも、難しいところです。この人にならこのことを聞きたいなんて、よほどその人のことを知らないと思いつきません。それと、その人への手土産が何かというのが楽しいです。かなりの手土産がお菓子など食べるものとなっていますが、個人的には自身で油絵の具を自作した司馬江漢への油絵の具のチューブ1つやベートーベンの第九を聞きながら創作をした棟方志功へのMP3プレイヤーがシャレたお土産でいいなあと思いました。 
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美しき愚かものたちのタブロー  ☆  文藝春秋 
 今年の6月11日から9月23日まで、国立西洋美術館で「松方コレクション展」が開催されました。総理大臣を務めた松方正義の三男で、現在の川崎重工業の前身である川崎造船所の社長であった松方幸次郎が収集した西洋絵画のコレクション展です。この「松方コレクション」は今年開館60周年を迎えた国立西洋美術館を創る礎となったもの。「絵なぞわからん」と言いながら、日本に欧米に負けない美術館を創り、ほんものの名画を展示して日本の画家たち、ひいては青少年の教育に役立てたいと願った松方が第一次世界大戦を背景にした造船需要の拡大の中で成した財を元に買い集めたコレクションだそうです。
 物語は、松方が膨大なコレクションをどうやって収集していったのか、戦後フランスに残されていたコレクションがどうやって返還されたのか、そして何と言っても第二次世界大戦中にコレクションはどうなっていたのかが描かれていきます。
 主要登場人物は4人、コレクションの主の松方幸次郎、松方がパリで絵画を購入する際のアドバイス役であり、戦後フランスに残されていた「松方コレクション」の返還交渉の任に当たった田代雄一、「松方コレクション」のフランスからの返還に尽力する元総理大臣である吉田茂、そして物語のラストの主人公となる日置釭三郎。
 この物語のストーリーテラーというべきは田代ですが、最初に影が薄かったのにラスト近くに強い印象を残すのは日置釭三郎です。これからは飛行機の時代だと考えた松方により海軍のパイロットから川崎造船所に引き抜かれた男ですが、最後はフランスにとどまって「松方コレクション」を守り抜いた男です。松方のために貧困にも耐え、フランス人からは村八分にされ、ナチスからは絵画の秘密を守り抜く日置の姿は、この物語の中で唯一の不幸を背負った男と言えるでしょう。そこまでして「松方コレクション」を守り抜いた日置の姿に胸打たれます。日置のパートは、ナチスとの対峙や戦火の中での絵画の移動などスリリングな場面が続き、読ませます。
 松方の西洋美術の第2回目のヨーロッパ収集旅行には、日本海軍の依頼で、第一次世界大戦で猛威を振るったドイツ帝国海軍の潜水艦(Uボート)の設計図を入手するのが密かな目的だったという話もあり、歴史上の話としても興味深いものがあります。
 「この物語は史実に基づくフィクションです」とありますが、登場人物の中で田代雄一は架空の人物。ただし、作者の原田さんによると、西洋美術史家である矢代幸雄さんをモデルにしているそうです。
 この作品に描かれたような数奇な運命を辿って国立西洋美術館に収蔵された「松下コレクション」ですが、できれば展覧会を観る前にこの物語を読むことができたのなら、絵の裏側にある歴史を感じながらじっくり観覧できただろうに、その点はちょっと残念です。 
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〈あの絵〉のまえで  幻冬舎 
 キュレーターでもある原田マハさんといえば、これまでも絵画をモチーフに多くの作品を描いてきましたが、これもまた一枚の絵をモチーフに物語が紡がれていくという形式の6話が収録された短編集です。
 作品の中で取り上げられている絵は、冒頭の「ハッピー・バースデー」はひろしま美術館のゴッホの「ドービニーの庭」、「窓辺の小鳥たち」は大原美術館のピカソの「鳥籠」、「檸檬」はポーラ美術館のセザンヌの「砂糖壺、梨とテーブルクロス」、「豊穣」は豊田市美術館のクリムトの「オイゲニア・プリマフェージの肖像」、「聖夜」は信濃美術館東山魁夷館の東山魁夷の「白馬の森」、「さざなみ」は地中美術館のモネの「睡蓮」です。
 個人的に実際に観たことがあるのは、昨年東京都美術館で開催された「クリムト展」に展示された「オイゲニア・プリマフェージの肖像」だけ。モネの「睡蓮」はその題名の絵は観たことがあるのですが地中美術館の「睡蓮」は未見です。
 どれもが、その絵と出会うことにより、主人公が再び前を見て歩いていくというストーリー展開となっています。6話の中で一番印象的だったのは、小説家を目指しながら今では “さくらレビュワー”で暮らしている女性が隣室に引っ越してきた美術館勤務だという初老の女性と出会うことによって、再び小説を書こうとする「豊穣」です。この初老の女性のキャラが素敵で、ラストで美術館で出会うシーンがこれまた何とも言えずいいシーンです。冒頭の「ハッピー・バースデー」や最後の「聖夜」も心に情景が浮かぶ素敵なラストで印象深いです。 
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リボルバー  ☆  幻冬舎 
 高頭冴子は、幼い頃、アート好きな母が冴子の部屋の壁に掛けたゴッホとゴーギャンの絵を見てから彼らの絵の魅力に引き込まれる。成長してからパリ大学で美術史の修士号を取得し、フランスで美術関係の仕事に就こうするが、なかなかうまくいかず、5年前にようやく小さなオークション会社「CDC」に就職し、そこでゴッホとゴーギャンを研究テーマにしながら働いていた。そんなある日、CDCに画家だという女性・サラが錆びついた一丁のリボルバーを持ち込んでくる。彼女が言うには、そのリボルバーは「フィンセント・フォン・ゴッホを撃ち抜いたもの」だという。それが真実であるとすれば大変な話題となると、社長から命じられて冴子は真否を調べ始める・・・。
 ゴッホが自殺で使用した拳銃が実際に存在して、2019年6月にオークションにかけられたことが、物語の終わりに書かれていますが、この作品では自殺に使用されたリボルバーがオークションにかけられたという事実をもとにして、原田さんの考えるゴッホとゴーギャンの関係が描かれていきます。私自身はゴッホとゴーギャンが共同生活を送っていたことやゴッホが自分の片耳を切り落としたこと、そしてゴッホが銃で自殺したことは知っていましたが、そこまでのこと。この作品を読むと、なんだか、ゴーギャンはゴッホの実力に嫉妬し、ゴッホの弟のテオを金づるとして考えるような、いささか嫌な男という印象を持ってしまいます。ゴッホもゴーギャンもいない今では、原田さんがこの作品で描いたようなゴッホとゴーギャンの関係が本当だったかもしれません。1丁の拳銃からこれだけの物語を紡ぎだす原田さんは凄いですね。
 単なる美術史とは異なり、ゴッホが拳銃で自殺を図ったとされる史実に対し、「ゴッホを撃ちぬいた銃」として登場する銃がゴッホ自身が自分を撃ちぬいたのか、または誰かがゴッホを撃ちぬいたのかというミステリ的なストーリー展開もあって、飽きさせません。ゴッホ、ゴーギャン好きにはおすすめです。 
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板上に咲く  幻冬舎 
 看護婦を目指し友人と勉学に励んでいたチヤは、ある日友人宅で絵を描いている男、棟方志功と出会う。やがて交際を始めた二人は長女を授かるが、棟方は絵の修行のため、東京で暮らし始め、二人は離れて暮らすこととなる。なかなか一緒に暮らせない状況にしびれを切らしたチヤは、長女を連れて東京に出て、棟方が居候をする松木満史の家、それも新婚家庭に転がり込む。松木の家で家族で居候生活を始めた棟方一家だったが、やがて、油絵から版画の道に入った棟方は柳宗悦らに見いだされる・・・。
 日本が世界に誇る版画家である棟方志功と彼を支える妻のチヤを描いた作品です。主体はどちらかというと妻のチヤですね。太平洋戦争末期、夫の大事な版木を守るために疎開していたのに東京まで一人で戻って知恵を絞って版木を送るなんて、チヤの行動力は凄すぎます。チヤがいなくては世界の棟方は生まれなかったでしょう。
 それにしても、版画以外では不器用な印象でありながら、チヤへのプロポーズが新聞の告知欄への「私は貴女に惚れ申し候。~」とは、やりますねえ。こんなことやられたら女性もなかなか断れないですよねえ。
 なお、棟方が尊敬するゴッホの「ひまわり」が話の中に登場しますが、戦前に日本にあり、戦争によって焼失してしまった「ひまわり」は、現在「損保ジャパン美術館」を始めとするバックが黄色の絵とは異なり、背景がロイヤルブルーだったようです。 
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