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あさのあつこの本棚

  1. 福音の少年
  2. ランナー
  3. 弥勒の月
  4. スパイクス ランナー2
  5. 復讐プランナー
  6. 敗者たちの季節
  7. さいとう市立さいとう高校野球部
  8. さいとう市立さいとう高校野球部 甲子園でエースしちゃいました
  9. かわうそ お江戸恋語り。
  10. グリーン・グリーン
  11. I love letter
  12. さいとう市立さいとう高校野球部 おれが先輩?
  13. 末ながく、お幸せに
  14. グリーン・グリーン 新米教師二年目の試練
  15. ハリネズミは月を見上げる
  16. 彼女が知らない隣人たち

福音の少年 角川書店
 あさのあつこさんの作品を読むのは初めてです。しかし、今売れに売れている(子供も夢中で読んでいます)「バッテリー」のような少年たちの青春ストーリーというような趣の作品とは異なります。
 小さな地方都市で起きた9人が死んだアパート全焼の火事。現場を訪ねてきた元新聞記者の桜庭。そこに現れた二人の少年。桜庭は焼死した一人の少女を知っているようだが何故なのか。二人の少年は何者なのか。物語はミステリータッチで始まります。
 桜庭と二人の少年、永見明帆と柏木陽との出会いのプロローグから、物語は時を遡り、焼死した少女藍子と二人の少年との物語が語られていきます。そしてその中で描かれる藍子の不可解な行動と事件の背後に見え隠れする謎の男。
 主人公の少年二人があまりにクールというか、他人を見下しているような感じに思えてしまって、僕だったらあまり友人にはしたくないタイプです。やはり彼らとの年の差が理解するのを妨げているのでしょうか。
 ストーリーとしては、交際していながら藍子のことを何も知ろうとしなかったと非難される明帆が、何故藍子と交際を始めたのかという点がはっきり描かれていないのは不満です。また、藍子の不可解な行動のきっかけ等“なぜ”と疑問に思う部分(ネタ晴れになるので詳細は言えませんが)がラストに至るまで語られておらず、そのことがこの話に現実感を与えていない気がします。全てが絵空事みたいな感じです。導入部にはとても惹かれたのですが、残念です。
 「本当に書きたかった作品です」と帯に書かれたあさのあつこさんの言葉に惹かれて購入したのですが、そうだとすると、今まで書いてきたものって何?と思ってしまうのは僕だけではないでしょうね。
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ランナー  ☆ 幻冬舎
 このところ、陸上競技を舞台とする作品は、三浦しをんさんの「風が強く吹いている」や佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」など、ちょっと流行という感じがしないでもありません。何にせよ、陸上競技にかかわらず、スポーツを題材にすると青春物語が描きやすいせいでしょうか。この作品も、最初は「ランナー」という題名で、陸上選手である高校生が主人公ということから、「一瞬の風になれ」的な青春物語かと思ったのですが、少しばかり趣が違いましたね。この「ランナー」ではそれほど陸上の場面が出てきません。出てきたとしても練習の場面で、大会の場面は始まりから2ページの初めまでです。そういったことからしても、この作品は、陸上にかける青春物語というよりは家族の再生の物語といった方がいいかもしれません。

 主人公碧李(あおい)は、長距離走者としての素質に恵まれていたが、大会で負けて陸上部を退部する。退部は妹として育てている、離婚して家を出ていった父の弟の娘杏樹を母の虐待から守るためという理由からだったが、彼はそれが走ることへの恐怖から逃げることへの言い訳に過ぎなかったことを知って、マネージャーの杏子や同級生の久遠に支えられながら再び陸上に戻ろうとする。

 物語は、碧李、杏子、碧李の母千賀子と語り手を変えながら進んでいきます。止めようとしてもどうしても杏樹に手が出てしまう千賀子の苦しむ様子は、DVの一つの姿を描いているのかもしれません。
 杏子の陸上部顧問に対する恋の話は、碧李、杏樹、千賀子の家族の再生の物語の中では異質の話ですね。この物語がこれで完結するなら必要のない部分だったと思うのですが。それとも、今後も碧李、杏子たちの話が続いていくのでしょうか。
 「バッテリー」を読んでいない者としては、帯に書いてあった“「バッテリー」を軽く超えちゃったね”という金原瑞人さんのコメントに対しては何とも言いようがありませんが、どうなんでしょうか。
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弥勒の月 光文社文庫
 あさのあつこさん、初めての時代物です。小間物商遠野屋の若おかみが水死体となって発見される。単なる身投げ事件と思われたが、調べに当たった同心の木暮信次郎と岡っ引きの伊佐治に対し、遠野屋の主人、清之介は異を唱える。その後、さらに事件関係者が殺害され、事件は意外な方向へと進んでいく。
 ミステリとしての謎解きとともに、読ませるのは信次郎、清之介、伊佐治の3人の男たちの生き様です。特に元は武士であった清之介が、なぜ今は小間物屋の主人に納まっているかのくだりは読ませます。その背中に背負ったものの重みは計り知れないものがあり、それが事件の謎に大きく関わってきます。その哀しい男の姿に惹かれる読者もいるでしょう。
 それに対して、信次郎は優秀な同心ですが、犯罪者に対しては無慈悲で顔色一つ変えず腕をへし折るという男です。ときにその行動は、読んでいるこちらでも腹立たしくなるほどですが、そういう信次郎も実は心に哀しいものを持っているのです。
 この二人の間にいるのが人情味ある伊佐治。この伊佐治がいるおかげでホッとした気持ちになることができます。
 救いようのない哀しいラストですが、胸に余韻が残ります。
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スパイクス ランナー2   幻冬舎文庫
 「ランナー」の続編になります。前作で走ることを一度は止めた碧李が、走るために戻ってきました。
 今作では全編を通して碧李が出場する5000メートルの地区大会の1日が描かれます。果たして碧李の復活がなるかというレースに、新たにこの後のライバルとなりそうな三堂貢が出場します。物語は、天才の声を恣にレースを引っ張る貢に対し、彼に食らいつく碧李を描きながら、彼の周りにいるマネージャーの杏子や親友の久遠信哉、そして母親の千賀子らの心情を描いていきます。
 前作は走ることに恐ろしさを感じることになった碧李の心情だけでなく、娘への暴力の衝動に怯える千賀子の苦しみや、杏子の陸上部の教師箕月への想いなど、碧李の周囲にいる者の心情を描くことに多くが割かれていましたが、今回はレースのシーンのウェイトが大きくなりました。ライバル登場により、今後の展開が大いに気になります。
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復讐プランナー 河出文庫
 深沢雄哉は、3人の姉妹に囲まれた唯一の男の子。長姉は医者でモデル体型のスーパーウーマン、次姉は栄養士と調理師の免許を持ついつもにこやかな女性、妹は大人びた口調だけでなく雄哉よりずっと大人の考えを持つ小学生という、ちょっと圧倒されてしまう女性の中で育った読書好きの中学生。彼は、友人がいじめられているのを助けようとしたことから、逆にいじめの標的になってしまう。いじめっ子から求められた5万円を持参する日が近づいてきたが・・・。
 冒頭の「復讐プランナー」は、「14歳の世渡り術」シリーズの1冊として刊行されたもので、中学生を対象に、作者のあさのさんのいじめ問題に対するひとつの考えとして書かれたもののようです。この作品では、雄哉がいじめにどのように対処していくのかが描かれます。彼にアドバイスをするのは、肩まで掛かる髪の毛と“山田一夫”という平凡な名前が逆に印象に残る図書委員の先輩。この先輩の掴み所のないキャラが愉快です。題名となっている“復讐プランナー”とは、山田が“いじめに対抗するためのプラン(復讐プラン)を考え復讐のお手伝いをする”として考えたもの。物語では、いじめっ子に対する雄哉たちの復讐はどうなったのかまでが描かれていないのがちょっと消化不良です。また、せっかく3人の特徴ある姉妹がいるのに、存在だけでストーリーの行方に関わっていないのも残念です。この3人が関わってくれば、家族小説としての面も楽しめたかもしれません。
 今回書き下ろされた「星空の下で」は、「復讐プランナー」では描かれなかった、いじめに対しての、雄哉ら復讐プランナーとしての仕事を描いた作品になっています。
 あとがきに、いじめの当事者になったときの心構えが書いてありますが、いじめ問題がなくならない現実からみても、なかなかこのとおりにいかないでしょうね。
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敗者たちの季節  ☆ 角川書店
 海道高校は夏の全国高校野球選手権大会県予選決勝に進みながらも東祥学園高校にさよなら負けを喫し、甲子園出場を逃す。しかし、優勝した東祥学園高校の不祥事が発覚し、辞退した東祥学園高校に代わって海道高校に出場が転がり込む。
 あさのあつこさんといえば、「バッテリー」に代表される野球小説の書き手。そして夏といえば今も甲子園で開催されている高校野球。この作品は、あさのさんが夏の全国高校野球選手権大会を舞台に甲子園に出場した高校を描いた作品です。ただ、それにとどまらず、思わぬことから敗者と勝者が逆転してしまったことを巡って、当事者である選手たちだけでなく、海道高校の監督、かつて甲子園球児だった新聞記者、レギュラーになれないキャプテンの恋人、受験を理由に野球を辞めた小学生など様々な人の思いが描かれていきます。題名の“敗者たぢというのは、選手だけでなく、彼らのことも指しているんですね。
 もちろん、何を差し置いても書かれるのは、野球好きの祖母のために甲子園出場を勝ち取ったはずだった東祥学園高校のエース・美濃原翔。闘志をストレートに出す海道高校のエース・小城直登とは対照的な、サョナラホームランを打っても打たれた相手を盧ってガッツポーズをやめてしまう優しい性格の翔が、自分の与り知らぬところでの不祥事によってその道を
断たれた思いをどう納めていくのか、物語はここから始まります。
 キャプテン・尾上守伸の恋人の話も切なかったですね。父親から女の子であることを望まれず、髪をばっさり短く切った女の子。そんな彼女がキャプテンの言葉で自分の生きる理由を感じ取ることができたのにはうるっときてしまいました。その彼女を支える尾上が最高です。彼女は「自分自身がどんなに辛くても、苦しくても、悲しくても、その辛さや苦しさや悲しさを全部抑え込んで、周りを気遣う。そういう人だ。」と尾上を評します。レギュラーではないキャプテンを実際にも甲子園で目にしますが、彼らもこの尾上と同じなんでしょう。
 あさのさんの“敗者”を見る目はやさしいです。おすすめの1冊です。
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さいとう市立さいとう高校野球部  ☆ 講談社
 中学校ではピッチャーとして野球に打ち込んでいたが、理不尽な野球部監督とそりが合わず、3年生の時はボールも握らせてもらえなかった山田勇作。高校では野球部に入部せず帰宅部だった勇作に対し野球部の監督・鈴木は、温泉好きの勇作に甲子園に出場したら有馬温泉に連れて行くという条件を目の前にぶら下げて勧誘する。
 家族そろって温泉好き、野球以外では常に頭の中は温泉のことばかりという主人公・勇作をはじめ、野球についてはほとんど知らないが、勝つ方法は知っているという美術教師の野球部監督・鈴木、勇作とバッテリーを組んでいる幼馴染みの山本一良、常に母親の怒りを買って弁当を作ってもらえないポポちゃんこと田中一慶、その筋の人と間違いそうな強面のキャプテンの井上、病み上がりではないかと思えるほど顔色が悪く痩せている副キャプテンの木下など、とにかく様々な愉快なキャラがそろった野球部メンバーに読んでいて楽しくなります。すぐ温泉の話にたとえてしまう勇作の思考にはうんざりしないではありませんが。
 先日読んだ同じあさのあつこさんの「敗者たちの季節」とちょっと雰囲気が異なり、ユーモア溢れた高校野球小説です。雰囲気的にはあだち充さんのマンガ、「ナイン」や「タッチ」といった感じでしょうか。鈴木監督もどこか力の抜けたのほほんといった感じの監督で、あだちさんの描く監督っぽいです。
 今では高校の名前を売るために県外から優秀な選手を集め、甲子園の出場を目的とする高校が多い中で、こんな野球のみでない高校生たちの野球小説というのもちょっと皮肉です。ランニング中に短歌などの創作をしたり、混浴温泉目当てで盛り上がったりと、甲子園目指して日夜死にものぐるいの練習をしている高校生からは馬鹿にするなと言われそうです。でも、実際に彼らのような気持ちで野球ができたら、そしてその先に結果としての甲子園があったのなら楽しい高校野球生活となるのでしょうけど。
 物語は、勇作らの高校1年生の夏の大会までで終わります。続編に大いに期待が持てる1作です。
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さいとう市立さいとう高校野球部 甲子園でエースしちゃいました 講談社
 「さいとう市立さいとう高校野球部」の続編です。
 1年生の夏の甲子園県大会を交通事故で意識不明だった鈴木監督抜きで戦った山田勇作らさいとう高校野球部メンバー。鈴木監督も無事回復し、いよいよ甲子園目指して再チャレンジが始まります。
 と思ったら、冒頭で、すでにさいとう高校野球部は春の甲子園出場を決めてしまっています。秋の大会で準優勝したためということですが、春の選抜甲子園は夏の甲子園のように各県1校(または2校)の代表ではなく、県大会で優勝し、さらに各地区大会で好成績を納めないと甲子園出場がかないません。ところが、甲子園出場に至る過程の記述は、決勝で3-2で敗れて準優勝となったという記述にして1ページにも満たないあっけなさ。そのうえ、勇作の温泉談議や本筋から横道に逸れてしまう話が多くて、あっという間の甲子園出場だったのに、甲子園での試合の記述が始まるのがやっと188ページからという遅さ。よ~し、いよいよ甲子園での戦いだぁ~と思ったら試合が始まるまでがあっちへ行きこっちへ行きとまた長い。それなのに試合の描写はあっという間。やはり、あさのさんとすれば、甲子園での戦いを描くよりは、勇作とチームの監督やメンバーとの関わりを描くことに主眼を置いているのでしょうか。
 3年生のキャプテンだった井上や副キャプテンの木下が卒業してしまいましたが、相変わらすのユニークキャラの野球部メンバーです。今回は特に存在が目立たない“キング・オブ・影の薄い男”の前田さんが逆に一番目立っていました。
 甲子園で他校のエースとなった小学校時代のクラスメートとも再会し、次は夏の甲子園です(たぶん)。
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かわうそ お江戸恋語り。 祥伝社
 作者のあさのあつこさんといえば、児童文学からヤングアダルト、一般小説、ミステリー、時代小説など様々な引き出しを持っている作家さんですが、今回は時代小説です。
 本所深川六軒掘町の太物問屋の一人娘、お八重は町中でゴロツキから絡まれたところを助けてくれた男に一目ぼれしてしまい、日々「川獺」と名乗った男を捜しまわる。ある日、見つけた男の入った長屋を訪ねると、そこには女の死体が。それ以降、お八重は大きな事件の渦中に巻き込まれることになる。
 今の時代ならともかく、江戸時代という時代背景の中でお店の跡取り娘が素性も分からない男に会いたくて江戸の街を歩き回るなんて、なんてバカな娘だと思ってしまうのですが、時代は関係なくそれが恋というものでしょうか。家同士の結婚なのに、あそこまで進んでいて自ら断るなんてできたのかなあというのは余計な心配ですかね。
 お八重の面倒を見る女中のおちか、事件を追う岡っ引きの仙五朗親分、お八重の祖母の久利、伯母のお竹など脇キャラは非常に魅力的です。それゆえ、逆にしっかりしているようで、男を何の根拠もなく信じ切ってしまうというお八重のキャラはいまひとつです。
 ストーリーとしては、「川獺」の正体はわかったものの、隠されている部分があって消化不良気味。ラストはハッピーエンドでしょうか。
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グリーン・グリーン  ☆ 徳間書店
 先日、あさのさんの時代劇を読んだばかりですが、今回はまったく違う今を舞台にした作品です(主人公の女性の成長物語という点は同じですが)。
 三浦しをんさんの「神去なあなあ日常」は、山深い村で軽い気持ちで林業に従事することになった青年が、しだいに林業におもしろさを感じていく様子を描いた作品でしたが、この作品で描かれるのは“農業”です。
 大学卒業時に恋人から別れを切り出され、落ち込んでいた翠川真緑(みどりかわみどり。こんな名前つける親がいますかねえ。題名の「グリーン・グリーン」は、翠川真緑のあだ名。まさしく、ぴったりのあだ名です。)。行きつけの喫茶店のマスターが田舎から送られてきた米で作ってくれたおにぎりのおいしさに感動した真緑は、マスターの田舎に行き、そこの農林高校の教師に応募し、先生として働くこととしてしまう。
 農林高校で働くきっかけが「おにぎりが美味しかったため」という、あまりに唐突すぎる理由ですが、それは横に置いて、この物語はそんな真緑の新米教師としての成長ぶりを描いていく作品になっています。
 農業のことなど何も知らない都会育ちの真緑が、農林高校で経験することがユーモラスに描かれます。なぜか彼女が豚と話をするシーンには思わず笑いがこぼれてしまいます。この二人(正確には1人と1匹です)のやりとりが抜群におもしろいです。
 あまりスレていない高校生と、表面上は厳しく、しかし内面は優しく生徒たちを見守る学年主任の豊福先生やロから生まれたような園芸指導の朝日山先生など、魅力的な大人たちが登場し、物語を盛り上げ(?)ます。中でも1番の名キャラクターは豚の201号でしょう。
 読後感爽やかな作品です。おすすめ。
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I love letter  文藝春秋 
 高校生になって、引き籠もりとなっていた岳彦は、そろそろ外に出ようかと思っていたある日、叔母の奈波睦美、通称・むぅちゃんから呼び出しを受ける。出かけた先で岳彦を待っていたむぅちゃんは、現在、文通を業とする会社「I love letter」、略して「ILL」という会社の社長をしており、岳彦に2年間文通をしてきたのに突然手紙が途絶えた会員の家に一緒に行って欲しいと頼まれる(「I love letter」)。
 物語は、冒頭の表題作に、その後「ILL」の社員となった岳彦がそこで遭遇する、小学3年生の男の子から「ママをころそうと思います」と書かれた手紙が届いた後に、母親が階段から転落する事件が起きる「さよなら、ママ」、幼馴染みの絵梨から突然かかってきた電話で岳彦は恋愛の悩みを打ち明けられ、手紙を書くよう勧めるが、その後「めちゃめちゃ疲れちゃったもの」という電話を最後に、絵梨は飛び降り自殺をしてしまう「おさななじみ」、元女優の吉村花世から自宅のどこかにある、息子からの大切なラブレターを見つけてほしいという依頼を高額の報酬目当てに引き受けるが、花世の自宅を訪れてみると、ゴミ屋敷となっており、ただし、一部屋だけ、豪華で美しく、掃除の行き届いた部屋があり、この部屋のどこかに手紙があるという「こいぶみ」、高村という引きこもりの青年から、隣家の女性が夫から暴力を振るわれているらしい、どうしたらいいかという手紙が届くが、その後、その女性が刺され、高村が重要参考人として連行されてしまう「猫が鳴いている」、鈴森という女性から、岳彦からのラブレターが欲しいという手紙が頻繁に届き、返事を書かないでいると、自分のヌード写真や、剃刀の刃まで送られてきたため、むぅちゃんは、契約を解除しようとするが、岳彦はもう一度だけ手紙を書いてみることとする「Love letter の降る夜に」という5つの事件が描かれます。
 文通という昔懐かしい(僕も若き頃やっていたことがあります)ことがSNS全盛の今、仕事になるのかと思うのですが、どうなんでしょう。
 読む前には、題名からして手紙に関する物語、それも手紙というのは素晴らしいという話が紡がれていくのかと思ったのですが、予想に反し、内容としてはミステリーです。手紙の魅力というよりは、“ILL”に届く手紙から岳彦やむぅちゃんが事件の謎を解き明かし
ていくストーリーになっています。
 とにかく、“むぅちやん”のキャラが強烈です。童顔、豊胸、小柄で、発育のいい中学生か、ちっちゃな高校生にしかみえない外見の30歳。元の職業は、1年先の予約もいっぱいの“高級売春婦”などと言い、元恋人には国会議員や県警のトップや新聞記者までいて、彼らがむぅちゃんからの依頼(脅し?)で協力してくれるという不思議な人物です。
 ラストの「Love letterの降る夜に」で、むぅちやんが受け取った究極のラブレターを明らかになりますが、その正体はこれは本当に素敵です。 
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さいとう市立さいとう高校野球部 おれが先輩?  講談社 
 さいとう高校野球部シリーズ第3弾です。
 山田勇作も高校2年生となった4月、春の甲子園に初出場し2回戦まで進んださいとう高校だったので、鈴木監督はじめ部員たちも、新入部員が押しかけるのではないかと期待していたが、まったく姿を見せず、ようやく現れたのが1人だけ。その彼に話を聞くと部員募集のチラシには入部申込場所が青森県の酸ヶ湯温泉と書かれていたという。チラシ作成を担当した勇作のミスだということがわかり、どうにか新入部員が顔を揃えて紅白戦が催される。
 これでストーリーはぼぼ語り尽くせたほどで、それ以外は勇作のいつもの温泉談義や温泉妄想にほとんどが費やされます。くだらないギャグに閉口しながら読み続けて、ようやく新年度の野球部のことが語られるのは中盤に入ってからです。前作の感想で、次作は夏の甲子園かと書いたのですが、夏の甲子園などこのままでは先も先です。
 あさのさんが、ここまで弾けて書かれるとは思いませんでした。勇作の温泉妄想はキャラですがもう少しどうにかなりませんかねぇ。
 相変わらずのさいとう高校の野球部のメンバーに、独特のキャラクターを持つバッテリーが入部し、戦力としては期待できそうです。次こそ夏の甲子園大会を! 
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末ながく、お幸せに  小学館 
 作品の紹介では“8人のお祝いスピーチで”とありましたが、スピーチだけではなく、九江泰樹と瀬戸田萌恵の結婚式に出席した8人のそれぞれの思いを描いた作品です。
 新婦の高校の同級生は今まで新婦に伝えられなかった思いを話しながら、元会社の上司は乾杯の音頭を取るときに言おうと思いながら口にしなかったスピーチの後半を胸の内でつぶやきながら、ウェディングプランナーは新婦に自分の年の離れた妹を重ねて妹のことを思いながら、新婦のいとこは不倫相手に会いに行く途中で事故死した妻との結婚生活を振り返りながら、新郎の幼馴染みは前科者となり欠席しようと考えていたところを出席するまでに至った経過を振り返りながら、新婦の実母は娘を捨てて男の元に走り自分は伯母として生きてきたことを思いながら、新郎の父は新婦が自分と同じものを引きずっているのではないかと思いながら、そして、育ての母である叔母は仕事も夢も犠牲にして萌恵を育ててきたことが正しかったのかを悩みながら、それぞれスピーチに臨み、式に出席します。
 スピーチ等によって新郎新婦の人物像が浮かび上がるだけでなく、8人それぞれが自分の人生を振り返って結婚ということ、家族ということ、幸せということを考えていく様子を描いていきます。あさのさん、うまいなあと思いながらいっき読みでした。 
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グリーン・グリーン 新米教師二年目の試練  ☆  徳間書店 
 「グリーン・グリーン」の続編。失恋した時に食べたおにぎりのおいしさに感動したことをきっかけに農林高校の教師になった翠川真緑の教師生活2年目を描きます。
 都会育ちの真緑がド田舎の喜多川農林高校の教師になって2年目となったが、鶏の解体に臨んで気を失うなど、まだまだ新米教師であることに変わりはないまま。そんな中、大家の藤内家で開催された「花見とどんど鍋を楽しむ会」で、真緑は元喜多川農林高校の教師であったという気難しい“イケハタのばあちゃん”に出会うが、後日、彼女の家族の問題に関わらざるを得なくなる・・・。
 今作では、教師2年目を迎えた真緑の教師としての成長を描くとともに、個人としてのある転機が描かれていきます。とにかく、真緑のキャラが素敵ですよね。真緑といると、一生楽しく暮らせると言ったある人物の気持ちはよくわかります。ドジな真緑と接していると、怒る以前にどこか心がホッとしてしまいます。
 今回も、厳しいけれど内面は優しく生徒たちを見守る学年主任の豊福先生やチャラ男の朝日山先生も健在で、真緑を助けます(チャラ男はチャラ男なりにですが)。
 真緑と嫌味で口うるさいおばさんの典型のような豚の201号との会話は相変わらずのおもしろさです。ところが、今回は201号の思わぬ正体(?)が明らかとなって、これには「え~!!」とびっくりです。 
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ハリネズミは月を見上げる  新潮社 
 御蔵鈴美は高校2年生。ある日、通学電車の中で痴漢に遭い、勇気を出して声を上げたが、開き直った男から怒鳴られ何も言えなくなってしまう。誰もが見て見ないふりをする中で、すっかり立場が逆転してしまった鈴美に救いの手を差し伸べたのは同じ学年の菊池(キクイケ)比呂。彼女の機転で痴漢を虐待できたものの、遅刻をしてしまい、痴漢に遭ったからという理由を教師から疑われることになるが、そこでも比呂は毅然と教師に反論する・・・。
 引っ込み思案で口下手な鈴美と常に凛として見るからに他を寄せ付けない雰囲気の比呂の二人が、出会ったことによりお互いに成長していく様子を描いていく作品です。
 鈴美は常に他と同調せずに毅然と自分の考えで行動する比呂に憧れ、自分を守っていくためには自分の考えをはっきり周囲に伝えなければいけないことを学んでいきます。
 一方、いつも毅然としている比呂も実は優しく優秀だった姉が就職してから職場でのいじめに遭い、今では引き籠りの状態にあるという家庭内の悩みを抱えていることが語られていきます。中盤以降は比呂の姉が受けた、昨今社会問題となっているパワハラに焦点が当てられ、そこに鈴美の幼馴染の基茅陽介が関わってくる展開になっていきます。ここでは姉の苦しみに寄り添うだけでなく、高校生の比呂の手が及びそうにないパワハラがなぜ起ったかについても、敢然と挑戦していこうとする比呂の姿が描かれます。比呂のその姿に拍手を送りたくなります。
 題名にある“ハリネズミ”は鈴美の書く童話「森の王国」の登場人物(動物?)。ラストに置かれたハリネズミの物語はちょっと感動します。 
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彼女が知らない隣人たち  KADOKAWA 
 地方都市の住宅団地の一画に一戸建てを建て、引っ越してきてから10年、三上咏子は縫製工場でパートをしながら夫の丈史、高校生の長男・翔琉、小学生の長女・紗希と平凡な毎日を過ごしていた。そんなときに、駅近くの商業施設と図書館で相次いで爆破事件が起きる・・・。
 物語は、爆破事件をきっかけに起きる、技能実習生を受け入れている咏子が働く工場の外国人労働者に向けられる爆破事件の犯人は外国人だというヘイトの騒ぎや、爆破事件やヘイト問題を話す咏子に反発する翔琉や、そんな翔琉との関係に悩む咏子の気持ちを理解しようとしない夫の丈史との関係が描かれていきます。
 最初は、爆破事件の謎を探るミステリーかと思いましたが、事件は単にここで語られるテーマのきっかけに過ぎませんでした。描かれるのは最近ちょっと下火にはなりましたが依然として問題となっている外国人労働者問題・外国人へのヘイト、また、非正規労働者問題という割とこのところよくあるテーマです。翔琉との関係も、翔琉の歳では親と話さないなんてよくあることですし、何を言っても反発するのもよくあることです。自身が幼い頃から親との関係がうまくいかず現在も親と関りを持たない咏子ゆえの心配ともいえます。それより、自分の不満のはけ口をヘイトに向けてしまうある人物との関りが今後どうなるのでしょう。 
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