ファントマー誕生!・・・出会いについて


ちょっと長くなりますが、私きみこむが「オペラ座の怪人」にハマッたいきさつを振り返って書いてます。



「オペラ座の怪人」福岡公演は、1996年にオープンした複合施設「キャナルシティ博多」のオープンに伴い、地方では初の四季専用劇場「福岡シティ劇場」のこけら落とし演目として上演されたのが最初です。


当時この舞台は、キャナルシティ博多という新しい施設の珍しさもあいまって大変な人気を博し、入場率97%、8ヶ月間で30万人近くが観劇したそうです。
そんな数字のことは知らなかったけど、地元民としてはとにかく、チケットが取りにくい公演だった印象が強いですね。


そんな中、1996年7月、たまたま知り合いからチケットを頂いた私は、友人と二人で観劇することになりました。


これが「オペラ座の怪人」という演目との最初の出会い。

しかし全く予習無し、そのうえS席とはいっても2階だったせいもあって、今思うと、あまりストーリーを理解できませんでした。


だってクリスティーヌのキスは、本心からファントムを選んだのかと思ったので、そのあと二人が手を取りあってボートに乗るのを見て「???」となり、指輪のやりとりもよく見えてなかったので、最後にクリスティーヌが何のために、再度舞台に戻ってきたのかもわからず。
友人と二人で「?????」となって、感動というにはほど遠い心境だったんです。


そのうえ四季の舞台そのものが初めてだったので、俳優さんの名前も全然知らず、プログラムも買わなかったので、当日どなたが出演していたのかも、まったく覚えていません。
(・・ひどい話だなあ、ホントに)


それでも唯一、心に残ったものがありました。  それはファントムの歌声。

「おいでエンジェル・オブ・ミュージック」のフレーズだけが頭の中をまわっていて、
帰り際、ファントム役の俳優さんだけは覚えておこうとボードの前に。



「オペラ座の怪人   村俊英」


村さんって珍しい名字だなあと思った覚えがあります。 

ストーリーはよくわからなかったけど、あの声をもう一度聴きたいと思いながら、チケットの取りにくい公演、チャンスはないままに千秋楽。

いつしか日々の生活の中で、観劇のことも忘れてゆきました。




そして7年が過ぎた、2003年 春。

テレビCMで聞き覚えのある曲が流れました。 



 
「オペラ座の怪人、福岡に蘇る」



「ああ、あれがまた上演されるんだ。
村さんは今も、怪人役で出演されているんだろうか」
と、まっさきに思いました。



ちょうどプライベートでいろいろ疲れていた時期で、
なんか景気づけをしたかったというか(爆)、とにかくチケットを取って
一人で出かけたのが、お盆休みの8月14日。
公演は8月10日が初日でしたから、最初の週ですね。



当日は村ファントム、佐野ラウル、村田クリスの組合せ。


2度目とはいえ、7年前のこと。
どの場面もほとんど記憶がなくて、初見と変わらなかったと思います。



でも2幕目の最初には決心していました。
「これはもう一回、観に来なくちゃ。」


すぐさま劇場でプログラムとCDを買い、次回のチケットを予約。
四季の会入会の申込書を書いたのは、その日の晩のことでした。


ホントに極端ですよね〜。なぜなんでしょう?

もちろん村ファントムの歌声に惹かれたのもあると思うけど、
前回は気づかなかった魅力に一気にはまったんでしょうね。


もうひとつ、7年前には私の生活になかったものがあります。


それはネットの存在。


検索すれば簡単に出てくる関連サイトのおかげで、
過去の観劇記録や原作、音楽、俳優さん達の情報があふれ出てきますね。

地方に住み、同じ趣味の友人がいない初心者の自分でも、多くの情報を共有できるすばらしさに、初めてインターネットの凄さを感じました。


ちょうど会社がお盆休みだったのを良いことに、
自宅でCDを聴きながらの「オペラ座」ネットサーフィン。
サイトの観劇日記にハマリ、舞台の記憶と文章のイメージがない交ぜになって、
発熱状態になるし、いつもは23時過ぎには寝ている私が、最初の3日は朝4時頃まで眠れなくなっちゃって☆
「恋患い」っていう言葉は嘘じゃないんだ、
ホントに熱病に罹ったようになるものなんだと実感しました。 


ホント、人生には突然、何が起こるかわからないものです(笑)



それでも、まだこの頃は、8月から翌年3月の千秋楽までに、
40回をゆうに超える観劇回数を数えることになり、
あげくファンサイトの管理人に自分がなろうとは、
まだ夢にも思っていませんでした・・。




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