いるか座新星はいるかな? >
新星の謎
新星の謎
加藤 太一
爆発前の新星についてはどんなことがわかっているのでしょうか。
★ 爆発前の新星
新星は激変星の一種で、その中の白色矮星にガスが積もってゆき、その結果白色矮星表面で熱核融合反応の暴走が起きて爆発する、と説明されていますが、激変星であることは、爆発後に新星が暗くなった状態で調べて初めてわかることが普通です。意外に思われるかも知れませんが、これほど新星のことはよく分かっていると思われているのに、新星の爆発前のスペクトルが爆発後と比較できるぐらいに調べられた天体は、複数回の爆発を示す反復新星(回帰新星などとも呼ばれます)や、特異な共生星型新星(伴星が赤色巨星)のはくちょう座V407を除いてありません。
すなわち、現代技術でこれほど星空が隅々まで調べられているにもかかわらず、新星の爆発前の天体が普通にみられる激変星と同じタイプのものであるかどうかまだ確かな証拠がないのです(爆発後の天体は爆発の影響を受けていますので、もとの状態が同じとは限りません)。
このように、爆発前の新星は爆発後十分な時間が経った状態の新星と同じかどうかは、新星の天文学の中でも重要な未解決のテーマで、現在でも新しい新星がみつかるたびに研究が試みられています。
一部の新星については爆発前に写真などに写っていて、明るさの点では爆発後に同じような明るさに戻ってゆくものが多いことから、一般的には爆発から十分時間が経てば爆発前の状態に近いものに戻ってゆくと考えられています。しかし一部の新星では爆発前が非常に暗かったのに、爆発後長い時間を経てもその光度に戻ってゆかない新星があり(例えば1975年のはくちょう座新星=はくちょう座V1500)、爆発の影響で伴星が加熱されて伴星からのガスの流入(質量移動率)が増えるためと考えられています。
はくちょう座V1500の場合は爆発のしばらく前から明るくなって写真に写るようになっていたことがわかっています。このように爆発前の新星の正体はまだ謎が多く、新星が見つかった際に過去の写真調査が呼びかけられるのはそのためです。
★ 明るい新星
新星の中にはみかけ等級で非常に明るくなったものがあります。ほぼ1ー2等星より明るくなったものに次のものがあります(反復新星は除いてあります。最大等級は資料により等級は異なるため目安です)。
爆発年 |
名 称 |
最大等級 |
最近の等級 |
1848 |
V841 Oph:へびつかい座V841 |
2 |
13.6 |
1898 |
V1059 Sgr:いて座V1059 |
2.0 |
17.7 |
1901 |
GK Per:ペルセウス座GK |
0.2 |
13.2 |
1918 |
V603 Aql:わし座V603 |
-1.1 |
11.8 |
1920 |
V476 Cyg:はくちょう座V476 |
2.0 |
17.4 |
1925 |
RR Pic:がか座RR |
1.0 |
12.3 |
1934 |
DQ Her:ヘルクレス座DQ |
1.3 |
14.5 |
1936 |
CP Lac:とかげ座CP |
2.1 |
16 |
1942 |
CP Pup:とも座CP |
0.5 |
15.2 |
1975 |
V1500 Cyg:はくちょう座V1500 |
1.8 |
18 |
★ 表からきづくこと
この表を眺めて、何かおかしい点がいくつかあると気づかれるでしょうか。もし表からいろいろなことに気づかれるならば、天文学者向きの才能をお持ちかも知れません。先を読むのをしばらく止めてまずはじっくり眺めて考えてみましょう。
変光星の名前の付け方をご存じの方は、この表を見ておかしいと思われたことでしょう。変光星は星座ごとの登録順に R, S, ..., Z, RR, RS, ... ZZ, AA, AB, ... QZ, V335, V336 ... と名づける(詳しい規則は変光星関係の資料などを参照ください)ので、古く発見された新星に大きな番号がついているのはおかしいからです。これは昔の変光星カタログでは通常の変光星と新星が別扱いになっていた(たとえば「わし座第3新星」のように呼ばれていた)名残りです。後に新星も変光星として分類し、同じ規則で名前を付けるようになったため、番号が後になってしまったのです。
まず簡単に気づくのは爆発年が19世紀末から20世紀前半に集中していることです。1942年以降、星座を乱してしまうほどに明るく輝いた新星はたった1つしかありません。19世紀末から20世紀前半の観測者はものすごく幸運で、近年の観測者は非常に運が悪かったのでしょうか? 遠く離れた星の爆発と地上の時の流れに関係があるとも思えませんので、おそらく「最近はたまたま明るい新星が少なかった」ようです。そう考えるとほぼ2等より明るい新星は150年で10個現れている頻度になります。見逃されたものもあるでしょうし、南半球の観測は不十分でしたから、「10年に1個ぐらいは2等より明るい新星爆発がある」と考えてよさそうです。希望が持てますね。
星の数は1等級暗くなると約2-3倍になりますので、1年に1個ぐらいは5等級より明るい新星が現れることが予想されます。実際にみつかっている数はこの値より少ないですので、太陽方向で見つからなかったものや、銀河系内の吸収で見えなかったものなどがまだありそうです。
さて、さらに気づくのは最大光度がほぼ同じでも、現在の光度に大きなばらつきがあることです。はくちょう座V1500 は非常に特殊な新星(白色矮星に強い磁場がある)なので省くとしても、爆発振幅は11.3等から15.7等の広い範囲に及びます(繰り返しますが、これは爆発後の値です。爆発前の光度は必ずしもよくわかっていないため爆発後の値を使います)。これは新星が多様であることを物語っています。いるか座新星の爆発前の星の光度がわかっても、最大光度を簡単に予想できないのです。
さて、ここからが問題点です。爆発振幅に大きいものも小さいものもあるとしても、爆発後も結構明るい天体がかなりたくさんあることに気づきます。たとえば13等台(20cmぐらいの望遠鏡で簡単に見える等級)よりも明るい天体がこの中で4つもあります。最大光度が2等級に満たなかった天体も含めると 1967年 HR Del いるか座HR 12.0等も加わって5個になります。13等級といえば、激変星としては明るい方で、全天にもそれほど多数あるわけではありません。5個のうち4個が2等級よりも明るくなったこと、新星は激変星から爆発すると考えれば、13等級より明るい激変星をモニターし続ければ、たとえば20-30年に1回は肉眼新星の爆発の瞬間に出会えるかも知れない!
新星の仕組みがわかり、激変星から爆発することが明らかになり、1980年代は多くの人がそのように考えるようになりました。それから30年経ちますが、まだそのような新星はみつかっていません。ただ運がよくないだけでしょうか、それとも私たちの新星の理解に何か間違いがあるのでしょうか。もし本当にこの確率で新星爆発が起きるならば、次の明るい肉眼新星が、しかも既知の激変星から爆発する姿が捉えられるのもすぐ近くかも知れません。この文章を読まれているあなたが見つけることができるかも知れません。さあ、今晩からでも激変星のモニターを始めてみませんか? 善は急げ!
疑り深い方は、こんなに勧めるのはきっと何か落とし穴があるのだろうと考えられるかも知れません。「待てよ、そういえば新星爆発を起こした後、白色矮星にまたガスがたまって再度爆発をするが、その間隔は数千年から数万年と見積もられていると読んだ気がする」と読み直して見られたかも知れません。同じ新星が例えば10000年ごとに爆発するとしましょう。2等級より明るい新星は約10年に1個で、10000年に間に1000個爆発することになります(間隔が10000年なので、この仮定ではそれぞれの新星が10000年の間に1回だけ爆発することになります)。そうすると1000個の激変星が必要になります。ふだんの等級が13等級より明るい新星は5個で全体の半分でしたから、13等級より明るい激変星が500個ぐらいあるはずです。この計算ではすべての激変星が新星爆発をすると仮定しましたが、爆発する条件を満たさない激変星も多いかも知れません。そのように考えると新星爆発を起こしそうな激変星500個はちょっと多すぎるのです。平均が数万年だともっと多くなってしまいます。つまり観測される新星頻度を説明しようとすると夜空が激変星でいっぱいになってしまうのです。もっとも、激変星は実際にたくさんあるが十分にみつかっていないだけかも知れません(いるか座新星の場合も既知の激変星として認識されていませんでした)。この問題は「新星の空間密度問題」と呼ばれます。
さらに 1848年より古い明るい新星がないのが不思議です。このぐらい明るい天体ならば人目を引いたでしょうし、ティコやケプラーの超新星の後で、天空が変化することはすでに知られており、望遠鏡が発明されて200年以上経過しているからです。この原因はよくわかりません。
★ 新星はもっと出現しているのか?
このように新星の歴史は200-300年程度しか遡ることができません。それでは中国の「客星」の記録と比べればどうだろう、と考えた研究者がいました。現在13等級ぐらいの激変星ならば、爆発した記録が残っているのではないかと考えられるからです。しかし現在まで確実に同定されたものはありません(最近になって有力候補が挙げられていますがそれは後述します)。また、星座のめぼしい位置に出現した「客星」ならば位置がそれなりに正確なので付近を詳しく調べれば対応する激変星がみつかるはず、と調べた研究者もありましたが、いずれも成功していません。古い新星は消え去ってしまうのでしょうか?
また新星爆発の理論の上の問題もあります。「新星爆発のしくみ」で述べられているように、強い新星爆発を起こすためには白色矮星にガスがたまる割合がゆっくりで、白色矮星表面が十分冷える必要があるからです(そうでなければ爆発的でなく持続的に核融合反応が進むため新星のような激しい爆発を示さなくなります)。ところが、上記のような新星の爆発後の激変星の状態を調べるとこの条件を満たさないことがわかります。爆発前の新星が爆発後とあまり違わないのであれば、新星爆発を説明できないことになってしまいます!
★ 新星の冬眠仮説
これら3つの矛盾を解決するために考えられたのが「新星の冬眠仮説」です。この仮説は1987年リビオ(Mario Livio)により提唱されました。数千年から数万年の新星爆発の間の大部分は伴星からの質量移動率が低下し、激変星としては目立たなくなってしまう(あるいは暗くなってしまう)冬眠時期を過ごし、その間に白色矮星は新星爆発に適した状態に冷却され、新星爆発の近辺の時期だけ伴星からの質量移動率が増して明るい激変星として見えているという仮説です。新星爆発により外部にガスが放出され、連星の間が爆発前に比べて少し広がるため、新星爆発による伴星を暖める効果が効かなくなってくると伴星の大きさが新星爆発直後よりも少し収縮してロッシュローブを満たさなくなるため、質量移動率が急に下がり、冬眠状態に入るとリビオは考えました。やや難しくなりますが、伴星の持つ磁場による磁気ブレーキ(太陽の自転速度が次第に遅くなってゆくのと同等の現象)が働くため、連星の間隔は再び次第に接近してゆき、また質量移動を始めるようになると考えました。このように考えれば新星の空間密度問題も解決しますし、古い客星記録と現代の激変星が同定できないことも説明できます。この冬眠仮説は新星現象を説明する上で魅力的な仮説で、現在も冬眠している新星を探すなどの検証の試みが行われています。
近年、この冬眠仮説を裏付ける証拠になるかも知れない発見がありました。矮新星きりん座Zのまわりに過去の新星爆発の痕跡らしきガス雲が取り巻いていることが紫外線天文衛星GALEXの観測から見つかったのです。(2007 Shara et al. ネイチャー誌掲載)。2012年さらに矮新星かに座ATの周囲にも同様の新星爆発の痕跡らしきものが見つかりました(Shara et al. Astrophysical Journal)。
矮新星は激変星の中でも伴星からの質量移動率が小さい方に属しますので、新星爆発の後で質量移動率が大きい明るい激変星の状態から次第に冬眠に向かう過程の天体と考えれば都合がよいわけです。この考え方が妥当かどうかはまだこれからの検証が必要でしょう。
★ 矮新星の研究の重要性
このように新星の正体を明らかにするにあたっては、実は矮新星の研究が鍵になるのです。新星と矮新星は関係のない種類の天体ではなく、恐竜から鳥が進化したように、もしかするとお互いに移り変わってゆく進化的につながった天体なのかも知れません。
そして最近さらに驚きの発見がありました。やまねこ座 BK という14等級の天体があり、爆発後長い期間を経過した新星に似たスペクトルを示す「新星類似」型の激変星でした(このスペクトルからは新星の爆発前か爆発後かは判断できません)。新星類似型であまり光度変化がないと考えられていたこの天体が、いつの間にかおおぐま座ER型矮新星に変化していることを2011年、アマチュア観測者の de Miguel が発見したのです。
実はこの天体が西暦101年の「客星」に同定できる可能性をHertzogが1986年に指摘していたのですが、あまり注目されていませんでした。遡って過去のサーベイ画像を調べてみると少なくとも2005年にはこの状態に移行していたことがわかりました。これは質量移動率の高い新星類似型の状態から、冬眠へと進む途中でおおぐま座ER型矮新星に変化した可能性が考えられました。おおぐま座ER型矮新星は矮新星の中でも一番質量移動率の高いグループであることが知られていますので、この説明がうまく当てはまる可能性があります。古代の記録を確認することは難しいですが、きりん座Zのようにもし爆発の痕跡が見つかれば、爆発の同定された最古の新星になるかも知れません。数十年のスケールでみるとこれらの矮新星の質量移動率がさらに下がってゆくのか、あるいは事情はそれほど簡単でないのかは複数の研究者が解明を試みていますが、今後の観測が明らかにすることでしょう。
しかし、冬眠仮説もまだ検証の進んだ仮説ではありません。今後も意外な発見によって、新星現象の理解が大きく変わってしまうこともあるかも知れません。