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暗い星を見る秘訣
暗い星を見る秘訣
新星も暗くなって口径5cm以下の双眼鏡で見るのことが難しくなってきました。あまり天体を見ることに慣れていない方のために、暗い星を見るためのコツを紹介します。
★ そらし目 ★
まず暗闇に目を慣らすことは第一条件ですが、これ以外にもいろいろなコツがあります。その一つが「そらし目」(英語では averted vision と言います)を使うことです。目標の天体を目の視野の中心でじっくり見つめるのではなく、視線の中心からわざと少しずれたところに星を置いて見るものです(双眼鏡や望遠鏡の視野の中心からずれた場所に置くのではありません。視線の方を星からずらすのです)。視線の中央にある天体ではなく別のところにある物体に注目する必要があるため、慣れないうちはコツがわかりにくいと思いますが、一度会得すると星雲星団や彗星などの暗い天体を見るのに大変役立ちます。夜間の天体観測をする上で必須の技術ですのでマスターしておきましょう。
★ 網膜の構造 ★
なぜこのような現象が起きるのかは、網膜の構造に関係しています。網膜には錐体細胞(cone)と桿体細胞(rod)という2種類の光受容細胞があり、その分布が異なっているためです。錐体細胞は明るい光に反応し、色を見分けることができます(ヒトでは3原色に対応する3種類の錐体細胞があります)。一方で桿体細胞は弱い光に反応しますが、色を見分けることができません。網膜の中央部(視力の一番鋭い場所)には錐体細胞が多く、桿体細胞が少ない一方で、網膜の周辺部では桿体細胞が逆に多くなっています。そのため視野の中央より離れたところの方が暗い星に対する感度が高いのです。これは暗いところで外敵を察知するのに有利だったからでしょうか。
★ 星の明るさの見方 ★
また、錐体細胞と桿体細胞は光の色(波長)に対する感度が異なります。錐体細胞は比較的赤い光に感度が高いのに比較して、桿体細胞はより青い光に感度が高いのです。このため赤い星は視野の中心でより明るく感じられます。眼視観測では網膜の平均的な感度で見ることが想定されているため、変光星観測の本などでは赤い星を視野中心でみつめて観測しないように書かれています。赤い星を本来の明るさよりも明るく見積もる傾向が生じるためです。
また、変光星と比較星が視野中心から等距離になるように配置して見積もる(あるいは交互に見比べる)のは、そのような網膜の場所による感度の違いの影響を避けるためです。
また、変光星と比較星を上下に並べて比較しないようにとも言われています。
なお、望遠鏡のように片目で見る場合には、星が盲点に入らないように注意しましょう。右目であれば視野中央の右側に盲点があります。「そらし目」をする場合には右目であれば星の右側にそらすのが正解です。
★ プルキンエ効果 ★
さて、明るい時は錐体細胞が重要な役割を果たし(明所視)、暗い時には桿体細胞が重要な役割を果たす(暗所視)ため、赤い星は明所視の状態では明るく見え、暗所視の状態では暗く見えることになります。この効果はプルキンエ効果(現象)と呼ばれるものです(Purkinje: プルキニェ、あるいは英語読みのパーキンジュとも呼ばれます)。夜中の暗いところで星をみると赤い星が驚くほど暗く見えて驚かされることがあります。本当に暗い星を見るには、このような暗所視を実現する必要があります。このプルキンエ効果により、眼視観測では星の色と観測時の暗所視状態の関係によって系統誤差が生じます。この誤差はそれほど大きなものではないので通常の精度で眼視観測をする際には無視できることが多いものですが、非常に赤い星(炭素星など)では効果が顕著に現れることがあります。これは個人差の一種と考えられますので、特に補正をせずに見えたままに報告します。新星も赤い水素の輝線や、星雲期の緑色の酸素の禁制線など、プルキンエ効果の影響の出やすい天体です(CCD測光でもCCDやフィルターの特性に大きく影響を受けるため、よく行われている色変換による補正はあまりうまく行きません)。新星のように輝線の強い天体の測光は本来難しいことを理解して、見えたままに記録を残します。
★ 暗順応 ★
この明所視から暗所視に至る過程を暗順応(dark adaptation)と呼びます。この暗順応は直線的に進むのではなく、暗闇に入ってから10分ぐらいで暗順応がいったん緩やかになり(コールラウシュ屈曲点と呼ばれます)、その後時間をかけて2段階目の暗順応が進むことが知られています。この現象は特に青い光で顕著です。
例えば、感度変化のグラフがあります。
このように暗順応に長い時間がかかるのは、桿体細胞の光受容物質であるロドプシンが再生されるのに時間がかかるためです。暗所視状態では赤い光の影響を受けにくいので、星図などを見る場合は赤い光を使うのもこれらの原理によります。
★ 暗い星の見方 ★
このことを知って観測すると暗い星を効率よく見ることができます。観測を始めてから10分程度は明るい星を中心に観測し、目が暗さに慣れてくるに従ってより暗い星を観測すればよいわけです。明るい星しか見えないと訴える方の多くは、始めてから10分程度のまだ暗順応が進んでいない状態で観測されている場合が多いようです。
この暗順応曲線は出発時の明るさの違いにより変化します。あらかじめやや暗い状態にいれば、観測を始めた時により早く暗順応が進みます。例えばもしすぐに観測することがわかっているならば、あらかじめ部屋のライトを落としておく、パソコンの画面の輝度を最低限にしておくなどの対策で十分暗順応を早く進めることができます。観測室などの照明は照度可変にしておくと役立ちます。また観測中に部屋に入らなくてはいけない場合などにも暗順応を破らないように工夫するなど、知っておくといろいろ応用が効きます。
都会地だと完全な暗順応は難しいですが、空の明るさが明るいためよりも、街灯などが入ってくるための影響の方が大きいようです。特に接眼鏡と目の間に街灯の光などが入ると著しく暗順応を阻害します。これを防ぐために、接眼鏡に取り付けて目のまわりから迷光が入るのを防ぐアイキャップ(アイカップ)が市販されています。上手に使えば暗い星を見るのに著しく有効ですのでお試しください。また鏡筒に直接外の光が入らないようフードなどを活用します。
暗順応は背景の空の明るさに影響されます。都会地では空が明るいので暗順応が十分進まないですが、背景の空の明るさは倍率を上げると暗くなります。一方で星はほぼ点像に見えますので倍率を上げても特に暗くなりません(あまり倍率を上げるとシーイングなどによる星像サイズが効いてくるので適当な倍率があります)。アイキャップを用いて確実に迷光をさえぎり、比較的高倍率(口径cmあたり8-15倍程度)を使えば都会でもかなり暗い星を見ることができます。肉眼で4等星程度が見えるところであれば、この方法で一般的にカタログに記載されている極限等級(限界等級)よりも1等級ぐらい暗い星を見ることができます。ぜひ挑戦してみましょう。極限等級の値が絶対的なものと考えている人は多いようですが、実際にはもっと暗い星を見ることができます。