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言葉世界

Chris' words


エッセイ集 「紅塵故事」より〔赤子〕



94年に発売された散文集「紅塵故事」。一篇目に収録されている〔赤子〕を紹介。人はいなくなった時にその人の大事さに気が付くと言うもの。クリス同様、私も一度透明人間になってみたいな。
「紅塵故事」で書かれた散文はみな短くほとんどが1ページのもの。この〔赤子〕は3ページあり、おそらく一番長い文章だと思います。
「赤子」は日本語同様、「赤ちゃん」「子供」という意味。


〔赤子〕

 少し前、こんな話があった。

 赤子の父親はとても「ケチ」な人。奥さんに対して、彼は愛の気持ちを心の中に閉じ込め、今まで表に出したことがない。赤子に対しても同じだった。家の中で、父子の間の話題は、「おはよう」「こんにちは」「おやすみ」などのあいさつの言葉ぐらいで、彼はいつも自分の感情を解き放つことはしない。感情を心の中に蓄積するのも、実はある種の浪費である。しかし父親は厳粛な人で、赤子もとても恭しくし、声を立てない。

 子と父親の間で、だんだん話しをしなくなった。最後には「ハロー」「さよなら」でさえ言わなくなった。家の中はこんなにも静かで、昼間起きたことを話すのがとても大変なことのように見えるぐらいだ。

 この日、化学の授業の時、ある大事件が起きた。でもどうやった父親に言ったらいいのか?

 「お父さん、事故が起きた!僕は姿が見えなくなったんだ!」、、、、だめだ!彼は怒鳴るだろう。

 「お父さん、助けて!」、、、だめだ!彼は罵倒する。

 「お父さん、僕が見える?」、、、だめだ!彼は僕が見えないんだ。

 「お父さん」、、、だめだ!彼は元々僕の話しなんて聞いたりしない。

 そこで、彼はリビングをあちこち行ったり来たりして、母親が食事の支度をするのを見たり、父親がテレビニュースを見てるのを見たり、まるでお化けになった気分だ。

 あっ!待てよ!テレビニュースで赤子が化学の授業で事故にあったことを報道するはずだ!「失踪!」「行方不明!」。はあ、赤子はねずみになって、化学実験させられたくない。世界で一番安全な場所、それは我が家だ。電話はひと晩中鳴り続け、学校の先生、新聞記者、テレビ番組の司会者、それぞれやってきてはドアを叩く。でも、それでもここは最も安全なところだ。赤子は声を立てず、両親もまるで彼が存在しないかのようにしていた。

 母親は今になって焦って上の空になり、ソファーの上で指を噛み出した。父親はというと、最初のうちはそのイメージを保っていたが、しかしだんだんと彼はぶつぶつと独り言を言い出した。赤子が今まで生きてきて聞いたこともないぐらいたくさんの言葉を発していた。

 「彼は一体どこに行ったんだ?おしおきしてやる!!」

 「彼は何をしてるんだ?何で帰って来ない?」

 「彼は食べただろうか?」

 「彼は寒くはないか?」

 「彼はどこだ?」

 「彼は、、、彼はまさか、、、死んでたりしないよな?」

 赤子は初めて父親の目に光るものを見た。

 「あ〜お父さん、泣かないで!僕はここにいるよ!」赤子はすごく父親に言いたかったが、両親を驚かしてしまうのではないかと怖かった。

 これは赤子が初めて自分が父親とこんなに近くに感じられ、とても親近感を持った。涙が両目に溢れてきた。まずは両目を濡らし、そのあと落ち、両頬を伝って流れて行った。

 何と!赤子の涙が流れたところは、人が姿を現した。続いて、全身が元に戻った!

 一家はその場で互いに抱き合い、この部屋がこんなににぎやかになったのは初めてだ。

 僕はこの話を知り、かえって自分も一度姿が見えなくなってみたいと思った。