スサノオ(6月17日東京宝塚劇場)
昼の部公演の観劇であったが、
10分弱の遅刻で冒頭部分を見逃しての観劇評であることを、初めにお断りしておく。
脚本・演出は木村信司氏であるが、「王家〜」「鳳凰伝」と共通する傾向が見て取れた。
何れも原作の存在する作品であるが、今回は木村氏の創作部分が多かったためか、
最も分かりにくい作品となってしまったようである。
4場構成と場の数も少なく、舞台装置も殆ど変らないので、
脚本次第では1場物としても成立する作品であり、
宝塚の大劇場作品としては異例の方針で作られた作品であろう。
果たしてこれが今後の宝塚の舞台にどのような影響を及ぼすかは興味あるところだが、
私としては成功を収めた作品であるとは言い難い。
その理由として最初にあげたいのは、非常に分かりにくい作品であると言うことである。
新しい登場人物を創作するのはかまわないのだが、
どうも独り相撲を取っているだけのように見えてならない。
やたらと音楽が多いのも、木目細かな物語の進行を妨げる一因であったかもしれない。
やはりある程度の台詞が入らないことには、作者の意図を理解することが出来ない。
従来から知られた物語ならそれでも間に合うが、
新しい展開を盛り込みたいのならそれなりの手続きが必要であろう。
木村氏の前出した二作品と今回の作品に共通していることは、
一部の主要人物と、その他大勢で構成されていることである。
公演の都度出演者を集める他の劇場の場合ならそれでもかまわないが、
宝塚の場合には下級生を育てる場でもあることを忘れてはならない。
プログラムの中で木村氏が述べていることは、それ自体は誤ったものではない。
しかしその考えを舞台で表現したいのであれば、
それは宝塚以外の舞台で実現するべきであろう。
宝塚の舞台には他の舞台では観られない独特な空気がある。
多くの観客はその宝塚特有の世界に浸りたいがために、足を運んでいるはずである。
下級生の頃から見守っていく観客の姿が見られるのも宝塚の特徴であり、
観客と制作・演技者が一体となってこそ、宝塚の舞台と言えるのではないだろうか。
新しい演出を試みるのは悪いことではない。
光が消えたことを暗い舞台で表現しているのも良い。
衣装替えが殆どないことも問題ではない(女性客が満足するならば)。
重要なのは演出家がどう見るかではなく、
観客がどう観るかを予測しておくことなのである。
歌劇誌の投稿欄では批判的な記事は少ない(掲載されるものに関しては)が、
声無き声は果たしてどのように観ているのであろうか。
あるいはこのような作品は、評論家にとっては好評となる作品かもしれない。
しかし評論家を喜ばせてもしょうがないのであり、
やはり一般観客の期待を裏切らない作品であることが最優先されるべきであろう。
修学旅行と思われる生徒の集団を見かけることもあるが、
初めて観る宝塚の舞台がこの作品であったとしたら、
果たしてまた観に来ようと言う気持ちになるだろうか。
個々の生徒に関しては、スサノオの朝海さんはやはり線の細さが隠しきれず、
荒々しさに欠けるものとなり、存在感が希薄となってしまった。
イナダヒメの場合は、その立場が微妙な存在であり、
意外と表現の仕方が難しかったかもしれない。
しかし「ヒメ」とは言っても、それは「姫」とは異なるものであり、
言って見れば普通の人間であるから、舞風さんも無難にこなしていたと思う。
天照大神の初風さんは、最も役作りに手こずったのではないだろうか。
女神としての雰囲気を出すことに努力した様子は見られるが、
そちらに気を取られ過ぎたのか、天照大神としての威厳に欠けていたのが惜しまれる。
やはりこの役はもっと上の専科生を用いるべきだったと思う。
既に述べているように目ぼしい役が少ないので、
無理矢理初風さんに役を振り当てたと言う印象も拭いきれない。
アメノウズメの音月さんは、最もオイシイ役であったと言えるだろう。
専科生を思わせるような風格と色気もあり、好演であった。
ただし本来ならば娘役がやるべき役柄なのだが、
ここにも主要人物が少ないことの悪影響が出てしまったと言える。
アシナヅチの未来さんは死ぬ場面しか観られなかったのだが、
それなりの存在感は出ていたと思う。
プログラムの掲載順位が下がったのでファンとしては気がかりかもしれないが、
歌も演技もしっかりとしており、重厚な演技の出来る貴重な存在である。
中堅クラスの退団が続いて層が薄くなっているので、
主役を補佐して舞台を引き締めるためにも残っていて欲しい人である。
ショーに関しては、芝居が全篇に亙って暗い舞台であっただけに、
もっと華やかな舞台にして欲しかった。
話題が90人のラインダンスだけではやはりちょっと寂しい。
そのラインダンスに関しては、人選を足の上がる人に限定したのは良かった。
以前にも大人数によるラインダンスはあったが、
流石に最上級生の年代になると足を上げるのに苦労しており、
観ている方も心配でならず、気の毒な気がしてならなかった。
やっている本人も楽しそうではなかったし、
演出家の権力と言うものすら感じられて不愉快でもあった。
ラインダンスの衣装に関しては、幕開きの初舞台生の場合には若々しく、
90人ダンスでは落ち着いた雰囲気があり、適切な衣装であったと評価できる。
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