艦艇に限らず、兵器の性能を示すパラメーターとしては、
攻撃力・防御力・機動力が比較されることが多い。
戦略的に見た場合には更に生産性や整備性等も考慮しなければならないが、
狭義の『兵器』として比較する場合には前3者が重要かと思われる。
前掲3要素の内、攻撃力と機動力については比較が容易であり、
公表されているデータで比較しても大きな相違は無いことと思われる。
現在のように兵器の売り込みも民需品並に積極的に行われている状況下では、
顧客の眼前での実演も可能であるし、
それによってカタログデータを確認させることにもなる。
しかし防御力の場合には全く異なり、
その能力を実演によって示すことは不可能に近いものがある。
装甲による直接防御に関しては実験データもあり、
ある程度確率的に防御力を比較することも可能である。
しかし浸水や火災に対する間接防御となると、
その被害状況には様々な要素が絡み合い、
更に乗員の能力も影響するので比較は困難なものとなる。
以下、艦艇の防御力を判定する上で留意すべき点を列挙しておくので、
比較検討する上での参考になれば幸いである。
他の兵器と比較して艦艇のみの有する特徴として、
居住空間を内包していることが挙げられる。
航空機でも多少の居住設備を保有する物はあるが、
常時生活している艦艇と比較するだけのものではない。
この居住空間を有すると言うことが、
艦艇を兵器の中でも特殊なものにしている要因であり、
設計面でも一番頭を悩ませる点である。
設計面での問題は別の機会に紹介するとして、
ここでは運用面から見た防御力と居住性の問題から着手することとする。
艦艇の場合、戦闘行動を起こす際には事前に臨戦準備工事を行い、
戦闘に適した状態とすることになっている。
平時においては日常生活を快適に送れるように、
防御面においては弱点となるような艤装も施されている。
しかし戦争になれば兵器としての性能が優先されるので、
居住性を落としてでも防御上の弱点を除いておかなければならない。
これは何れの国でも同様であるが、
実際問題としては極めて複雑な状況にある。
太平洋戦争において、真珠湾攻撃に向かった艦艇の状況はどうであったろうか。
不要な日用品は撤去したものと思われるが、
恐らく臨戦態勢には程遠い状態だったのではないだろうか。
出港時点ではまだ開戦が決定した訳ではなく、
和平交渉が成立すれば引き返すことになっていたのだから。
更に言えば、あれだけの大艦隊の臨戦準備工事を実施するとなれば、
期間も長大なものとなるし、作業員もかなりの人数を民間に依頼することになり、
機密保持は著しく困難なものになると思われる。
日本海軍においては、
空母「瑞鳳」が被弾して帰投した際に防火対策が検討されたようであるが、
本格的な対策はミッドウェー海戦以後と言われている。
しかしそれも決して十分なものではなく、
実戦に即応した臨戦工事と呼べるものはマリアナ沖海戦終了後に検討されている。
空母「隼鷹」は元来商船であったために木製家具が多用されていたようであるが、
決戦を前に家具等の可燃物や塗料類の撤去を徹底的に行い、
乗員の寝食は甲板に帆布や茣蓙を敷いて行っていたそうである。
これ以降は他艦も「隼鷹」に倣うよう指示が出されたが、
既に満足な戦力としては残っていない状況となっていた。
間接防御は直接防御とは異なり、乗員の練度にも大きく左右される。
空母「大鳳]が漏洩揮発したガソリンの爆発により沈没したことは良く知られているが、
ガソリンタンクの周囲にある空所には注水できるようになっており、
会敵が予想される場合には予め満水するように定められていた。
しかし実際の状況から判断するならば、恐らく注水はされていなかったものと思われる。
また、注水を省略したために空所に揮発ガソリンが漏洩したとしても、
ガス検知を確実に行っていれば爆発に至る前に察知できたはずである。
恐らくそのような訓練はなされたこともなく、
ガス検知の概念さえ希薄なものだったのではないだろうか。
これは練度と言うよりも、意識の問題と言うべきかも知れない。
旧海軍の訓練は『月月火水木金金』の標語にも現れているように、
他国を上回る猛訓練であったことは事実であろう。
しかしその訓練は攻撃のみに偏重していた嫌いがあり、
防御に関しては極度に軽視する風潮があったこともまた事実であろう。
即ち自艦の防御はハード面での防御力に全面的に依頼することとなり、
ソフト面での防御に関しては殆ど顧みられなかったと言うことも出来るだろう。
もしソフト面での艦内防御力にも関心を払い、
平時より防火防水訓練を十分に行っていたならば、
間違いなく「大鳳]は沈没から免れたものと思われる。
なお、マリアナ沖海戦以後は注水の必要がないように、
空所にはコンクリートを流し込んで密閉する構造となっている。
平時においては最善の方法とは言えないが、
既に戦闘の発生している状況下では、確実で現実的な方法であったと言えるだろう。
甲板に座っての寝食については軍医長から反対意見が出されたそうであるが、
最終的には防御力の確保が優先されている。
戦闘艦としての本来の任務を考えるならば、これは当然の処置であると言えるだろう。
実例を見ても同程度の被害を受けた場合、
戦争初期の艦では沈んでしまうような状態でも、
末期の艦では生還することが出来たようである。
対潜護衛に従事していた小艦艇の場合には更に徹底したものとなっており、
戦闘配置に着いたままで寝食を取っている例すら見られる。
迅速な反撃を可能とする目的もあるが、同時に多数の目で監視することにより、
少しでも早く敵の潜水艦を発見することを意識した結果であろう。
早期に発見して敵の攻撃を回避できるならば、
これこそ最善の防御になると言うことも出来る。
輸送船(殆どの場合貨物船)で運ばれる陸兵の場合には、
短期間とは言え遥に劣悪な環境化での生活を強いられている。
元来無生物を運ぶことを前提とした貨物倉に押し込められるのだから、
その生活環境は海軍艦艇の比ではなく、軍医長が腰を抜かすほどの状況であったと言える。
陸兵は戦闘になれば地面の上での生活となるのだから、
甲板で寝られる海軍兵はまだましであると言うことも出来よう。
第二次大戦終結後も、艦艇の関わった戦闘は何例か見られる。
しかし何れも局地戦的な性格のものであり、
本格的な海戦を伴った戦争と言うものは発生していない。
それ故に実際に戦闘に参加した艦艇において、
前大戦におけるような徹底的な臨戦工事が施工されたとは思えない。
その代表的な例として、
フォークランド紛争における「シェフィールド」を考えてみることにする。
同艦を含む英国艦隊が出港した時点ではまだ交戦状態という状況でもなく、
真珠湾攻撃に向かった日本艦隊のような状態ではなかったかと思われる。
3千屯余りの艦の水線上に対艦ミサイルが1発命中しただけなのだから、
それだけでは「シェフィールド」が沈むようなことはない。
実際同艦は火災が発生したまま何日間か放置され、
最終的には英軍自身の手によって処分されている。
やはり可燃物の撤去が不十分であり、
乗員の消火活動もまた不適切なものであったかと推察される。
現代の軍艦は日本も含めてであるが、居住性の向上には力を入れている。
先進諸国では日常生活のレベルが上がっているので、
乗員確保のためには各国とも欠かせない要因なのであろう。
しかし艦内防御の観点から見れば、
これは著しく応急作業を困難にものとする要因になっている。
日本艦を例に取れば、非防水区画でも細分化が進み、
仕切り壁の増加等は消火活動を大きく阻害するものと思われる。
火災や浸水は日常活動でも発生し得るものであり、実際に何例も発生している。
日本では艦の喪失に繋がるような大きな事故は発生していないが、
被弾によって発生する防火・防水作業は、
やはり事故によるものとは大きく異なるものであると思われる。
作業規模も大きなものとなるであろうが、
死傷者が発生すれば訓練時とは異なった編成で作業に当たらなければならない。
誰でもがどの部署でもこなせるのであれば問題はないが、
実際にはそこまで高臨みをするのは無理と言うものであろう。
第二次大戦後の主力戦車の発展を見ると、
車高を低くすることに努めている様子が窺える。
これは言うまでもなく被弾確率を減少させるための措置であるが、
艦艇においては戦車ほど大きな差異は生じないとしても、
やはり船型の小型化は留意しておかなければならないことである。
別記事の「機関室配置」において、
機関の交互配置が必ずしも有利であるとは限らないことを説明している。
兵器と言うものは攻撃力・防御力を増大しようと思えば、
必然的に大型化する宿命を有している。
大型化は戦闘時の被弾確率を増すだけでなく、
いわゆるライフ・サイクル・コストの増大をも招くことになる。
個別の性能向上も必要であるが、
全体の戦闘能力を考慮した上での選択でなければならない。
最近流行りのステルス艦も被探知確率の軽減だけでなく、
被弾確率の減少も期待できるので防御力の向上に繋がっている。
しかしその反面、被弾した場合の防火防水作業に関しては、
従来の方法では対処しきれないように感じられる。
極度の電子化は膨大な量の電線を必要としており、
収納のための二重壁や二重床は防火防水作業を極めて困難なものにしている。
外舷への小規模な攻撃はあったものの、本格的な攻撃を受けた実例はまだない。
被弾しないことを前提として作られたような艦が被弾したらどうなるのかは、
やはり実例が発生するのを待つしかないのかもしれない。
最後に戦艦のような大型艦の防御力について注意すべきことに触れておく。
大型艦で防御力の比較として引き合いに出されるのは、
魚雷何本、爆弾何発という数字だけであり、時間の要素は全く含まれていない。
しかし攻撃に曝された時間と言うものは重要な意味を持っており、
これを無視してしまっては真相に迫ることは出来ない。
その最も典型的な例としては、戦艦「ビスマルク」が挙げられる。
最初の被弾は24日早朝であり、次に被雷したのが同日深夜、
そして最終的に沈没したのが27日昼前であるから、総じて70数時間となり、
本格的な攻撃の魁とも言える「アーク・ロイヤル」搭載機の攻撃からは、
10数時間と言うことになる。
洋上において被弾個所を直接修理することは出来ない。
しかし二次被害の拡大防止を図ると共に、排水作業や重量物の移動・放棄等により、
復原力及び予備浮力の回復に努めることは出来る。
「大和」の場合には交戦時間は2時間ほどであり、
損傷部の被害拡大に対処するだけで手一杯となり、
復旧作業を行うには十分な時間が得られなかったものと思われる。
傾斜復旧のための反対舷注水にしても、
魚雷破口からの浸水に比べれば時間的な遅れが発生するので、
短時間の集中攻撃では計画通りの効果が得られなかった可能性もありうる。
「武蔵」の場合には横傾斜は僅かな状態で沈んでいるようであるが、
最初の被雷から沈没までは9時間ほどの時間がかかっており、
反対舷への注水を含めた応急作業が適切に行われたことを物語っている。
勿論これには作業に必要な時間が取れたことだけではなく、
乗員の練度も大きく影響していることは言うまでもない。
被雷数は単にその数だけでなく、命中個所の差異による影響も大きい。
同数の魚雷を受けた場合でも、それが片舷に集中した場合と、
両舷に分散した場合とでは全く異なると言っても良い。
潜水艦による雷撃の場合、当然命中は片舷のみとなるし、
極短時間で連続被雷する点でも航空攻撃とは大きく異なると言って良い。
散発的に被雷した場合には反対舷注水も有効に働くが、
集中的に被雷した場合にはとても追いつかない。
縦隔壁がなく、横方向に連続した1区画となっている場合でも、
艦内の浸水面が水平に上昇していくことはなく、
破口からの奔流によってしばらくの間は非対称浸水となり、
自由水面の効果もあって転覆の可能性が高い状態が続く。
爆弾や砲弾の場合、浸水に関しては直撃弾よりも至近弾の方が効果的な場合が多い。
直撃弾は艦内の破壊には大きな効果があるが、直接浸水には結びつかないからだ。
ただし火災が発生した場合には状況が異なり、消火活動の適否が大きく影響してくる。
消火水の大量使用は浸水と同様に重量の増加となり、
予備浮力の減少に繋がるのだが、それはそれほど大きな問題ではない。
注意しなければならないのは自由水効果の影響であり、復原力の低下に繋がるものである。
これは戦艦の話ではないが、消火水の排水が不適切であったために、
火災だけで転覆に至った実例も存在する。
間接防御の場合には、乗員の練度も大きく影響するのである。
艦艇の防御力に関してざっと述べてきたが、
その被害態様は千差万別であり、一概に比較することは出来ない。
実戦から遠ざかると防御が軽視される傾向になるのは昔からのものであるが、
今後も見直されることはないと言って良いだろう。