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 排水量の謎

 排水量とはその艦の重さである。このサイトに来る人ならば、そんなことは常識だと言うだろう。 だが本当にそうなのだろうか?そんな疑問を持った人はいないだろうか? 排水量とは本当にその艦の重さなのだろうか、一般の人にはあまり知られていない排水量の謎を、 分かり易く(保証はしないが)紹介して行こう。

1.排水量の求め方

 水に浮かんでいる船の排水量を求めるには、その船の喫水を計測しなければならない。 と言っても外部から目視しただけでは、排水量を求めるのに必要な精度は得られない。 小船に乗って喫水マークの側まで行き、 波の影響を無くすために中空の管を水中に下ろして水面を安定させる。 喫水マークに物差しを当てて読み取れば、ミリ単位に近い精度で計測することが出来る。 艦首尾の喫水と海水比重を測定すれば、トリムによる修正を行って排水量を求めることが出来る。
 おっとっと、これでは駄目だ。中央部の喫水も測る必要がある。 軍艦のように細長い船体では平水でもホッギング状態にあり、 艦首尾喫水の平均値と中央部喫水とは一致しないのだ。 それに太陽が出ていれば上甲板の温度が上昇し、鋼板が熱膨張して更に艦首尾は垂れ下がることになる。 中央部喫水は反対舷も測っておこう。搭載物の状況によっては横傾斜している場合もあるからだ。
 さあ、これで万全。後は排水量等測線図から排水量を求めるだけだ・・・ と、思っている貴方、本当にそれで良いのかな?

2.排水量等測線図とは

 排水量等測線図、聞き慣れない名称ではないかと思われるが、 艦の状態を知るためには便利なグラフである。喫水から排水量を求めるだけでなく、 重量物を搭載した時(浸水した場合も含む)の喫水の増加、 トリムの変化等も簡単な計算で求めることが出来る。
 図1に示すのは長船首楼型駆逐艦の正面線図であるが、 排水量等測線図もこうした線図を基にして作成される。 正面線図は言うなれば艦船を輪切りにした時の各断面の形状を表したものであるが、 タンカー等では船体中央部の平行部分が長大で単純な線図となるが、 高速を要求される艦艇では殆どが曲面で複雑な線図となる。
 排水量等測線図は数式に乗らない曲面を基にして作成されるので、 どうしても近似計算とならざるをえない。近似計算は細かく分割するほど精度は増すが、 艦艇の場合には水線長を20等分して計算を行っている。 やたらと細分化しても計算に時間がかかるだけであり、 時間をかけた割には精度の向上は僅かなものであるからだ。 ただし船首尾部のように曲面がより複雑な場合には、その部分だけ細分して計算を行っている。
 排水量等測線図は線図を基にして作成すると述べたが、別項の「艦船の要目」でも述べた通り、 実際の船ではこの線図の外側に外板が張られることになる。 つまり実際に船が押しのける水の量(排水量)は、 線図から導き出された値よりも水線下の外板体積分だけ多いことになる。 外板の板厚は場所によって異なるので、予め板厚分を線図に上乗せして計算することは出来ない。 設計が進んで外板展開図が作成されれば、各喫水における外板体積を求めることは不可能ではない。 しかし実際にはそこまでの計算は行わず、ほぼ一定の比率で増加するものと仮定して、 排水量等測線図に書き込んである。実際に計算して比較検討したことがあるのかどうかは不明であるが、 現状でも実用上問題は無いと判断されたためであろう。 排水量等測線図には裸殻での排水量と外板を考慮した値を併記する場合と、 後者だけを記載する場合とがある。

3.水線下には色々なものが・・・

 外板による排水量も考慮するのなら、 プロペラや舵はどうなるの?と言う疑問を持った貴方の感性は鋭い。 だが心配はご無用、当然のことながらプロペラや舵は勿論、スケグやビルジキール、 更にソナードームや推進軸・シャフトブラケット等についても考慮されている。 特に艦艇の場合にはスケグは大きいので、排水容積もトリムへの影響も馬鹿にならない。
 前記のものは何れも排水量を増加させるものであるが、逆に排水量を減少させるものもある。 図2に示すのは機関室を例に取った船底弁の概念図であるが、 灰色の部分は海中と繋がっているので、中には海水が入っている。
 二重底にある海水吸入口の場合には、その容積を計算して排水量から除外している。 しかし船底弁の弁本体から外板や内底板に至る間の鋼管内の海水については、除外していない。 言ってみれば海水吸入口の場合は減少浮力法、船底弁の場合は付加重量法で計算していることになる。 潜水艦の水中排水量の場合でも同様であるが、どちらの方法が好ましいかについては、 単純に結論を出すことは出来ない。
 なお復原性や縦強度の計算においては、 これら水中の付加物はそれぞれ条件の厳しい状態で設定される。

4.痩せ馬???

 現代の鋼船は全て溶接構造となっているが、溶接には歪が付き物である。 そして軍艦の場合、船殻担当者は出来るだけ船体を軽く作るために、 構造を工夫して外板の板厚は必要最小限にまで減らしている。 商船に比べて板厚が薄いので、熟練工が頑張ってもある程度の溶接歪は避けられない。
 溶接構造で作られた鋼船の外板切断面の状態を図3に示すが、 この外板が内側に歪んだ状態を俗に「痩せ馬」と呼んでいる。 夕日に照らされた時等に顕著に現れるのだが、痩せ衰えてあばら骨が露になった馬を連想させるので、 この俗称が生まれたのであろう。
 図3でも分かるように、灰色の部分には海水が満たされている (と言うよりも、船外と言った方が分かり易いか)ので、この部分は「排水」には寄与していない。 しかし排水量計算は線図に基いて行っているので、灰色の部分も「排水」していることになっている。 すなわちその時の喫水により排水量等測線図から求めた値は、実際の排水量より大きなものとなる。 あるいは減少浮力法で考えるならば、 計算上の喫水よりも実際の喫水が大きくなってしまったと考えてもよい。
 日本の溶接工(特に艦艇建造従事者)の技術レベルは極めて高いので、 駆逐艦級の薄板構造でも顕著な痩せ馬が発生することはない。 しかし溶接技術の未熟な国で作られた艦船の場合には、 まるで断食でもしたかのような痩せ馬が見られることがある。 船首尾部では外板が薄いので、痩せ馬はより顕著に現れる。
 痩せ馬は外板面に凹凸が発生するわけだから、著しい場合には推進抵抗にも悪影響を及ぼしかねない。 しかしそれよりも深刻なのは縦強度への影響である。 戦闘艦艇の場合は通常縦フレーム構造で造られるので大きな影響はないが、 横フレーム構造の艦船の場合には座屈強度に大きな影響があるので、注意して建造を進める必要がある。 排水量とは関係ない話だが、参考までに記述しておいた。

5.重量計測

 艦艇の場合、1番艦の建造所は搭載重量の実測を行うことになって入る。 構造部材であれ艤装品であれ実際に重量を測定し、 船台搭載時にその搭載位置と共に記録していき、常に重量重心を把握しておく。 ブロック建造の場合にはブロック単位で測定しておけば、船台搭載後の計算は容易である。 撤去物があった場合にも方法は同じで、その重量を差し引くだけである。
 重量重心は当然設計段階でも検討されているが、実際の現場では計算通りには行かないものである。 例えば外板1枚をとっても、板厚と面積が分かれば重量を計算できるが、 実際の鋼板には許容誤差と言うものがある。 誤差自体は僅かなものであるが、それでも艦全体となれば侮れるものではない。
 艤装品の場合には、それぞれの製造メーカーで重量の表示はしているが、 それが納品状態で計測されたものかどうかは不明である。 やはり搭載時に実測するのが最も確実な方法なのである。 ただし艤装品の重心位置については計測する手段がないので、 概略の位置を推定して記録しているのではないかと思われる。
 新造艦の場合、速力公試の何日か前に重心査定試験を行うのが普通である。 速力試験のために入渠して船底清掃を行い、 注水浮上後に波浪の影響を受けないドック内で重心査定試験を行うのである。 重査の結果排水量と重心位置とが分かるので、 船台で積み重ねてきた重量重心との誤差を知ることが出来る。 最終的には重査の結果が優先され、誤差は不明重量として計上されるが、 その内訳には今まで述べてきたように、様々なものが含まれているのである。
 なお速力試験は常備状態で行うこととされているので、 重査の結果に基いて排水量とトリムの調整を行って試験に望むこととなる。

6.排水量とは

 排水量とはその船の重さである・・・ではあるのだが、 実際にはそれほど単純なものではないことが分かったことと思う。 排水量と言うものは、あくまでも「目安」であると思っていて差し支えないのである。 「艦船の要目」でも述べたが、有効数字と言うものを念頭において、 概略の状態をつかんでおけば運用上問題はない。 海面が穏やかだからと言ってミリ単位で喫水を計測しても、 正確に船の重さが分かる訳ではないのである。
 「艦艇の要目」の中で、性能比較には満載排水量が最善である、と述べたが、 細かいことを言えば満載排水量の定義にも、一定の基準は無いと言っても良い。 具体的な例を挙げれば、諸管内の水や油もその一例である。 大きな物としては消火海水管が挙げられるが、 管内海水の重量を計算もしくは実測した艦艇はないであろう。 重心査定試験の時には管内は空であるから、不明重量にも含まれていない。 勿論性能に影響及ぼすほどの量ではないが、 あまり細かな排水量表示が無意味なことを知っておいて貰いたいのである。

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