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 G/T電気推進

 近年水上艦艇の主流となっているガスタービン(以下G/Tと略す)機関は、 小型軽量で大出力、そして即応性に優れている利点がある。 その反面、吸排気量が膨大な量となる欠点があり、 回転数も艦艇用機関として極めて高く、大幅な減速を強いられている。 装備実験隊に勤務していた頃、これらのG/T機関の長所短所を考慮し、 新しい推進方式の研究を提案したことがある。 現在の海自も旧海軍の伝統を受け継いだのか、武器関係の研究には熱心であっても、 船体・機関に関する感心は薄いようで、採用されるには至らなかった。 諸外国ではどのような方針で検討されているのか知らないが、 艦艇の推進方式の一案としてここに紹介する。

 本論に入る前に、電気推進方式について簡単に触れておく。 艦船において電気推進を採用している例は少ない。 不採用の理由はエネルギー効率が悪いこと、 そして重量容積が増すことであると思われる。 従ってこの欠点を克服することが出来れば、逆に電気推進の利点が生きることとなり、 実用性の高い推進方式となり得る訳である。
 G/T機関と電気推進の組合わせ自体は誰でも考えることかと思われるが、 私が提案するのはG/T機関を上甲板上に配置する方式であり、その概念図を下に示す。 もとより架空の艦であり、各部の寸法等は詳細な計算を行っている訳ではないが、 以下この図を参考として実用性を検討して行くこととする。


 先ず最初に上甲板にG/T機関を設置した場合の最大の利点であるが、 言うまでもなく巨大な給排気装置が不要となり、極小規模なもので済むことである。 艦船の推進システムとしてG/T機関を見た場合、 現在の装備方法では付帯設備である給排気装置や減速装置の重量・容積が、 共にG/T機関本体を大きく上回っている。 すなわち小型・軽量が売り物のG/T機関も、 システムとしてみた場合にはその利点が大きく減少してしまうのである。 また、上甲板に装備した場合には、G/T本体の交換作業が遥に容易になることは、 改めて言うまでもないであろう。 理想を言うならば、G/T機関は従来のように艦固有の装備品とするのではなく、 一定の使用時間を経過した機関を陸揚げ・整備して予備品として保有し、 必要に応じて年次検査等とは無関係に換装出来るようにしておけば、 艦艇の稼働率は大きく向上することであろう。
 ところで機関が船底部に装備される理由は何であろうか。 先ず上げられるのは、動力伝達が容易なことであろう。 一般的なスクリュー推進船の場合、直結ならば当然機関は船底配置となるし、 減速装置等を介した場合でも、船底配置とした方が伝達経路が一番短くなる。 一部の小型船では上甲板に機関を配置し、機械的に動力を伝える方式も存在している。 しかし出力の大きな大型船や艦艇の場合には、 長経路の機械的な動力伝達では伝達装置が大規模なものとなり、 伝達経路における損失も大きくなると思われるので、 実質的には不可能であると言っても良いだろう。 それに反して、電気推進の場合には動力の伝達は電線を介することとなるので、 発電機及びその原動機の設置場所は大きな問題とはならないであろう。
 上の図ではG/T発電機を前後2区画に分けて配置しているが、 これは被弾時の被害局限を考慮したものである。 この図だけを見るとG/T発電機の占める容積が巨大に感じられるかもしれないが、 各区画G/T1基なら上部構造物の全幅が必要とはならないので、 実際に占める容積は見た目ほど大きくはならない。 船底部のディーゼル発電機は低速時、あるいは停泊時の使用を目的としている。 電気推進艦においては推進用以外の艦内所要電力も賄うことが出来るので、 従来艦のように艦内電力用の専用発電機を必要としないのも利点であると言えよう。 勿論変圧器等は必要であるが、その重量・容積は僅かなもので済む。

 G/T機関のもう一つの欠点として、回転数が極めて高いことが上げられる。 従って減速比の高い減速装置がどうしても必要となってくる訳だが、 電気推進の場合には減速装置は必要ではないし、高い回転数をそのまま生かすことが出来る。 大馬力を吸収する巨大な減速装置が無くなれば、騒音の発生も大きく減少するし、 耐久性・信頼性も向上するものと思われる。
 後進に関してはディーゼル艦では機関を逆転させることで対処できるが、 タービン機関の場合には構造上逆転させることは出来ない。 それ故に蒸気タービン艦では後進専用のタービンを設けているが、 後進タービンは出力が小さいので、本体・配管共にそれほど大規模な工事とはならない。 しかしG/T艦で後進専用のG/T機関を装備しようとした場合には、 新たに小出力のG/T機関を開発する必要があり、 その費用は蒸気艦における後進タービンとは比較にならないほど大きなものとなる。 更に蒸気艦とは違って後進G/T用の給排気装置も必要となるので、 極めて非現実的なものであると言わざるを得ない。 また、減速装置に逆転機構を持たせることも考えられるが、 信頼性と耐久力に富んだ逆転装置の開発は、やはり困難なものでは無いだろうか。
 可変ピッチプロペラの採用は後進問題の解決策として有効なものであり、 実際前進全速から後進全速への切換えは短時間で実行可能であり、 それに伴って船の行き足も従来艦より遥に短いものになっている。 しかし軍用としてみた場合、可変ピッチプロペラには大きな欠点がある。 それはプロペラピッチの切換えに高圧の油圧を用いていることであり、 油圧が落ちればたちまち推進力を失ってしまうことである。
 艦船が魚雷等による水中爆発に遭遇した場合、その衝撃は爆発箇所に留まらず、 船体の長さ方向に鞭を打った時のような衝撃が発生することがある。 俗に言う「おどり」と言う状態であるが、 細長い船体を有する艦艇の場合にはより著しいものとなる。 細長い推進軸も当然その影響を受け、軸心が狂ったり、 隔壁貫通部からの漏水等の被害が発生する。 もし可変ピッチプロペラの装備艦がこのような被害を受けた場合、 油圧管の継手部からの漏洩は十分に予想されることであり、 一発の被弾で推進力を失ってしまう危険性は極めて高いものと思われる。
 G/T電気推進ならば複雑な可変ピッチプロペラとする必要もなく、 前後進の切換えも簡単な操作で迅速に行うことが出来る。 即ち被弾時の防御性は従来艦と同等の性能を持ちながら、 緊急停止に関しては可変ピッチ艦並みの特性を有すると言うことが出来る。 更に言えば、図のように機関室区画に下甲板まで張れるようならば、 浸水量の軽減も期待できるので、残存性が向上する可能性も十分にあり得る。
 電気推進艦の場合、速力に応じて必要な電力だけを発電すれば良いので、 中・低速時には1基のG/T又はディーゼル機関を使用すれば良く、 G/T機関でも定格に近い状態で運転することにより、燃費の向上が期待出来る。 発電機を介することによるエネルギー効率の低下も、減速機による損失が無いこと、 そして定格運転による燃費の向上を考えれば、十分に補えるものと思われる。

 上甲板に主機を装備した場合、少しでも艦船に関して知識のある人間ならば、 恐らくその復原性に対して危惧を抱くことであろう。
 G/T機関自体に関して言えば、給排気路の小型化をも合わせて考慮するならば、 それほど大きな問題になるとは思えない。 しかし主発電機の上甲板への装備、 そして従来ならば船底にあって重心降下に寄与している主機の移転を考えれば、 やはり機関部に関しては重心の上昇は避けられないものと思われる。
 だが艦船の重心というものは、 船体構造物及び各種艤装品の装備位置によって決定するのである。 G/T機関を上甲板に装備した場合には主船体内の給排気路が無くなるのに加え、 最も幅の広い機関室区画に下甲板を張ることが出来る可能性も高く、 船内の有効容積が大幅に増大することは確実である。 主船体の容積が増えれば当然上部構造物は小さくすることが出来るので、 機関部以外では確実に重心が下降する。 上部構造物の小型化は重心が下がるだけでなく、風圧側面積を減少させることにもなり、 動的復原力が大きく向上する要因となり得るのだ。
 結論は詳細な図面を作成し、それに基いて計算しなければ断定することは出来ない。 しかし私の経験から推測するならば、上部構造に軽合金等を使用しなくても、 十分に復原性は確保できるものと思われる。

 大出力の電動機の場合、その冷却には十分配慮する必要があるようである。 コイルの巻数が増えて大型化しても、冷却に必要な表面積の増加は少ないからだ。 超伝導技術の実用化も間近となり、電気推進方式には今直ぐにでも欲しいものであるが、 艦艇の場合には戦闘被害をも考慮しておかなければならない。 しかし何れは実用化しなければならない技術であろうと思われる。
 上甲板に主機を装備した場合、その燃料系統にも注意を払わなければならない。 燃料の供給源を上構内の重力タンクとするのか、 それとも主船体内の機関室からのポンプアップとするのか、 被弾した場合の火災対策等について十分に検討しておく必要があろう。

 最近の艦ではCIC等の戦闘区画は再び艦橋構造に収められているようだが、 防御上の見地から見るならば、やはり主船体内の方が好ましいものと考える。 実戦から遠ざかると応急対策が疎んぜられるのは昔からの傾向であるが、 従来の推進方式では船内容積の不足は避けられないのかもしれない。 しかし本案の方式であれば十分な容積が得られるので、 戦闘区画の主船体への収納も容易になるものと考える。
 船体構造を見た場合にも、 給排気路による上甲板(強度甲板)の巨大な開口が無くなるので、 縦強度面でも極めて有利な構造となる。 構造上の問題としては、主機台の振動対策が厄介なものとなる可能性があるが、 G/T機関、発電機共に回転運動だけであり、レシプロ機関のような往復運動は無いので、 上甲板への装備でも振動は押さえられるものと思われる。

 以上ざっとG/T電気推進艦の私案を述べてきたが、 初めて目にする方は奇異に感じられることと思う。 しかし新しい物は、何でも最初はそのように見られるのではないだろうか。 果たしてこの方式がG/T艦として最善であるかどうかは分からない。 しかし有力な一案であることは間違いなく、検討に値するものと思っている。

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