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 ナオくんの宝物〜学校で  

 家に帰ったナオくんは、とても御機嫌でした。初めて登った八ケ岳はすてきだったし、
小屋のおじさんも良い人ばかりでした。そして何よりもうれしいのは、念願のモモンガに
会えたことと、一生の思い出になる宝物を見つけたことでした。それは単に『夏休みの宿
題が終わった』と言うものではなく、本当の宝物を手に入れた喜びだったのです。日焼け
でひりひりする体の痛みなんて、少しも苦になりませんでした。
 ナオくんは、早く二学期が始まらないかなあ、と思っていました。勿論こんな気持ちに
なったのは初めてでした。去年も一昨年も、もっともっと夏休みが続けばいいのに、と思
っていたのですから。でも今年は違います。あっと言う間に終わってしまうはずの夏休み
が、とても長く感じられるのです。
 お父さんもお母さんも、ナオくんを山に連れていって良かったと思っていました。ナオ
くんの宿題が終わっただけではなく、ナオくんが山を好きになってくれたからです。そし
て自分自身にとっても、思い出に残る楽しい登山になったからです。

 いよいよ待ちに待った二学期が始まりました。でも今日は始業式なので、宝物は家にお
いたままです。実際に宝物を持っていった友達はいませんでしたが、お互いに話をして自
分の宝物を自慢しています。でもナオくんは、だれにも宝物のことを教えませんでした。
明日の発表会の時に、いきなり宝物を見せてみんなを驚かせようと思っていたのです。
 翌日から発表会が始まりましたが、人数が多いので一度にはできません。三回に分けて
発表することになり、くじ引きの結果、ナオくんが発表するのは最後の日になりました。
次々に発表される友達の宝物のほとんどは、海外旅行で買った品物や、家族のお土産品で
した。どれも立派なものばかりで、中には何万円もする高価な物もありました。
 ナオくんはそれらの宝物を見て、どうして宝物なのかなあ、と思いました。みんな品物
は自慢するけれど、思い出に残るような話をした友達はあまりいなかったのです。この宿
題を出した奈保子先生も、なんとなくさみしそうな表情をしていました。そしていよいよ
ナオくんが発表する日になりました。
 お母さんは小さな空箱を利用して、ナオくんの宝物を入れるきれいな箱を作ってくれま
した。表面には和紙を貼り、中には脱脂綿を敷き詰めて、まるで宝石箱のように見えまし
た。内箱に入れられたヒマワリの種は、セロハンを使った中蓋で落ちないように工夫され
ています。ナオくんはお母さん手作りの宝箱を持って、元気に学校へ向かいました。
 奈保子先生がこの宿題を出した目的は、大人になっても忘れることのできない『一生の
思い出』を作ることでした。だから宝物は、高価な品物である必要はなかったのです。一
枚の切符でも、一枚の写真でも、思い出に残るものなら何でも良かったのです。
 奈保子先生は、ちょっとがっかりしていました。先生の気持ちを分かってくれた生徒は、
数人しかいなかったからです。品物の値段を自慢するだけの生徒が多く、中にはこの宿題
を理由にして、欲しい物を両親におねだりしたような生徒もいたからです。
 この日も何人かの発表が終わり、いよいよナオくんが発表する番になりました。
「ジヤーン!」
 ナオくんは教室の前に出ると、宝箱を頭の上に差し上げました。でも中に入っているヒ
マワリの種は小さいので、他の生徒には何が入っているのか分かりません。
「なんだい、それ一」
「近くで良く見せろよ」
 ナオくんは箱を下ろして、前の席に座っている友達にヒマワリの種を見せました。
「これがなんだか、分かるかい?」
 ナオくんはにこにこしながら、自慢げに言いました。
「う一ん、なんだか分からないや」
「何かの種みたいね」
「そうだわ!ヒマワリの種でしょ。ハムスターのエサよね」
「じゃあこれは、ハムスターの食べかけなの?」
 それがヒマワリの種だと、知っている友達もいたのです。
「そうだよ、これはヒマワリの種さ。でもこれを食べたのはハムスターじゃないよ」
 ナオくんはまた笑って言いましたが、遠くからはナオくんががっかりするような声も聞
こえてきました。
「変なのお一っ」
 ナオくんは後ろの席からやじを飛ばした友達に向かって、大きな声で言い返しました。
「何が変なんだよ一」
 でもその友達は、ばかにしたような声で言いました。
「ヒマワリの種なんて、ペットショップで売ってるぜ」
「そうだよ、だれにだって買えるじゃないか」
「ぼくの宝物はペットショップでは売ってないよ」
 ナオくんは必死に弁明しましたが、やじを飛ばした友達はナオくんの話を聞こうとはし
ません。
「皆さん、直人君のお話を聞きましょうね」
 奈保子先生が注意したので、騒いでいた友達も静かになりました。ナオくんは八ケ岳で
の出来事を話し始めましたが、途中まで話したところで、またやじが飛んできました。
「うそだろ一」
「そうだそうだ、人間が空を飛べるはずないよ」
「モモンガがしゃべれるはずもないしな一」
 ナオくんはもっと詳しく説明しようと思いましたが、その暇もなく次のやじが飛んでき
ました。
「山へ登ったという話も、本当はうそなんだろ一」
「家で昼寝してたんだよな一」
 騒いでいる友達は、ナオくんの話を全然聞こうともしません。ナオくんはもう話を続け
る気にはなれませんでした。
「ナオくんは、夢を見てたんだよね。夢の中でモモンガと一緒に空を飛んだのよね」
 奈保子先生は、優しくナオくんに言いました。でもやじを飛ばした友達は、まだ静かに
なりません。
「夢の話なんか、するなよな一」
「その夢だって、でたらめの作り話かもしれないぜ」
 あまりにもうるさいので、奈保子先生は今度はきっぱりとした口調で言いました。
「皆さん、静かにしなさい。夢の中の話だって、一生の思い出になるものならそれでいい
のよ。一生の思い出として残る夢を見られるなんて、すてきなことじゃないの」
 ナオくんはヒマワリの種を持って、自分の席に戻りました。ナオくんはがっかりしてい
ましたが、奈保子先生は、ナオくんの宝物が一番すばらしいと思っていたのです。

 奈保子先生も山が好きでした。八ケ岳には何度も登ったことがあるし、山小屋でモモン
ガに会ったこともあるのです。学校が終わり、校門を出ようとしていたナオくんに向かっ
て奈保子先生が言いました。
「ねえナオくん、さっきの話の続きを聞かせてくれない」
 ナオくんは先生を見上げて言いました。
「先生は、ぼくの話を信じてくれるの」
「もちろんよ、ねっ、いいでしょ」
「うん」
 ナオくんは大きく返事をしました。二人は校庭の隅に行き、ブランコに腰掛けて話を始
めました。
「先生はね、ナオくんの宝物が一番好きよ。先生もね、モモンガに会ったことがあるの。
ナオくんと同じ山小屋で」
「本当?じゃあ先生も空を飛んだの?」
「ううん、先生は飛べなかったわ。だってモモンガが誘ってくれなかったんだもの」
 奈保子先生はナオくんを見て、にっこりと笑って言いました。
「大人は飛べないのかなあ」
「そうかもしれないわね。モモンガと別れた後はどうなったの?」
「露天風呂に入ったんだよ」
「そう、本沢温泉の方から降りたのね。温泉はどうだった?」
「あっ、温泉は熱かったから、ぼくは入れなかったんだ」
 明るさを取り戻したナオくんを見て、奈保子先生もうれしくなってきました。
「でも眺めは良かったでしょ」
「うん、とってもすてきだったよ。先生は温泉に入ったの?」
「ううん、近くまでは行ったんだけど、温泉には入れなかったわ。だって男の人が入って
いたんですもの」
 奈保子先生も、露天風呂に入れなかったことが残念だったようです。ナオくんの話はな
おも続きましたが、空には夕焼けも見られるようになったので、ナオくんは先生と一緒に
家路につきました。

 ナオくんの宝物は、どうしてポケットに入っていたのでしょう?本当にモモンガがくれ
たのでしょうか。それともお父さんが、あるいは山小屋のおじさんが、ヒマワリの種をポ
ケットに入れたのでしょうか。
 そんなことはどうでもいいのです。だってそのヒマワリの種は、ナオくんの一生の思い
出に残る宝物になったのですから。

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