『紳 士』


三成が優しい。
いや、閨ではいつも優しい男だ。
声の調子も落ち着いて、触れ方も丁寧で。
だが特に今宵は、心のこもった抱きしめ方だ。
どこか初々しさを感じる口づけに、吉継は陶然となった。
《佐吉……》
つい、そう呼びそうになって、吉継は思い出した。
若き日の三成はそれは真剣で、吉継を喜ばせようといつも必死だった。余裕のなさも愛らしく、それをなだめるようにしながらも、自分もたまらなく切なくなり――。
三成の胸にもたれかかると、吉継はホウ、とため息をついた。
「今宵のぬしは機嫌がよいな。なんぞ、太閤にでも誉められたか」
三成は、吉継の細い肩を抱きしめながら、
「秀吉様は関係ない。私がしたいことをしているだけだ」
「さようか」
吉継は嬉しさに身を震わせ、
「よいよい、ぬしの好きにしやれ。われもヨイ」
「よいか」
「ん」
うなずいて三成を抱き返すと、
「刑部。いとしい」
甘く囁かれ、吉継はさらに蕩けた。
「われもよ……」

《この間、ずいぶんと激しくしたのを、後悔しておるのか?》
余計なことを考えてしまうほど、三成は柔らかく吉継を抱き、慈しむ。
《いや、われの三成は、ほんに優しき男よ》
それを知っている者は多くはないし、知らせたくもない。
しとねの上で三成がいかによい相手か、丁寧な愛撫をするかなどというのは自慢することでないし、それどころか、三成にあられもない声をきかせることすら、恥ずかしいと思っているのだ。
だが。
布で包まれていない場所に三成が口唇をあてると、腰が浮く。甘噛みされ、舌でじっくり嘗めあげられると、喉からもれる呻きをとめられない。「はよう、中に」とねだりたくなったが、それに気づいたか、三成は指でほぐしにかかった。その動きもなんともいえず細やかで、吉継は我慢しきれなくなった。
「そろそろ、ぬしのが……」
「ああ。私も欲しい」
すっかり硬くなったものが、ゆっくりと吉継を犯していく。病のせいで全身の皮膚感覚が鈍っている吉継も、体内は敏感だ。しかも、吉継の喜ぶ場所を熟知している三成が、己の一番敏感な場所で愛しているのだ。
二人の熱は一つにとけあい、互いの声はかすれた。
「ああ、みつなり、みつなり、ヨイ、われは……」
これは、他の誰としても味わえない感覚だ。遊びには遊びの良さがあるが、想いあう相手と時間をかけて睦みあい、しっくり溶けあう幸福は、かけがえのないものだ。
「やはり、ぬしがイチバンよ」
「刑部!」
三成のものがグンと硬さを増した。腰の動きも激しくなる。だが吉継の内壁はそれに応えて絡みつき、三成も自分も良くなるよう、身をよじりながらきゅうきゅうと締めつける。その腰を支えて、三成はさらに吉継を攻める。二人とも、もう声にならない声しかでず、完全に喜びに没頭した。
三成は何度も立て続けに達し、吉継も己が身が星空に浮かぶような心地になりながら、熱いほとばしりを受け止めた。
その後、湯屋で三成に清められ、しとねに戻ってきた吉継は、疲れていて眠いというのに、甘すぎる余韻のせいで、三成に再び身をすりよせてしまった。
「明るくなるまで、いてくれぬか」
「ああ。私も離れたくない」
三成の熱い肌にそっと包まれて、吉継はふたたびトロリとなった。
《昔、ぬしがわれの悪口をいう者を片端から殴り倒したが、柄にもない、われもそのような気に、なってしまいそうよ》
吉継は昼間、若い兵士たちが不平を漏らしているのを耳にした。
「ほんとうに三成様は、噂どおりの苛烈なお方だ。病身の大谷様を、いくさばでもあのように連れ回して」
「連れ回しているどころか、置きざりにしているではないか。大谷様が疲労困憊し、ため息をついているのも、ご存じあるまい」
「やれ、ぬしらはほんに、三成の配下か」
「大谷様!」
兵士たちは飛び上がった。
その様子に、吉継は微笑んだ。この若者たちは、ただただ善良なのだろう。人が厭がる病をもつ吉継を心配しているのだから、三成の配下らしいといえばいえる。だが、それで三成を悪くいわれては困る。
「病のわれがいくさに出るのは、まだ戦えるからよ。無理と思えば自分からは出ぬ。三成に強いられているのではない、われの意思でしていること。三成はそれをよく知っておるゆえ、先に行くだけのことよ。いたわりを知らぬわけでも、ほったらかしにしておるのでもない。ぬしらに口やかましくするのも、それだけ期待しておるからよ」
優しくいってみるが、兵士たちはまだ、おびえている。
「ぬしらも守られるために、豊臣の兵になったわけではなかろ。もし守られたいと思うなら、三成の領民になればよい。己を慕ってくる弱き者には、とことん優しき男よ。私欲がないゆえ、領民はみな、三成を慕っておるぞ」
「誠に申し訳ありません、大谷様」
「ヨイヨイ、謝ることはない。ぬしらのような優しい者が、荒れたいくさばをよく耐えておることよ。われはウレシイ、ウレシイ」
兵士たちはすっかりかしこまり、そそくさとその場を離れてゆく。
ひとつ、いわなかったことがある。
三成は、われの矜恃を知っているからこそ、いくさばではわれを構わぬのだ、と。
あえて口にはださないでいるが、「まだ、かばわれるほど弱ってはおらぬ、惨めな思いをさせるでない」という病人の心を、三成は理解している。
これもまた、三成の優しさなのだ。
そして閨では、理想の情人だ。
われを裏切らず、われだけを想い、われに尽くそうとする。
昼の三成は太閤のものかもしれぬが、夜の三成は、われひとりのもの。
身も心もトロトロにして、吉継は三成の胸に甘えかかった。
「ぬしが優しゅうて、ほんにたまらぬわ」
すると三成は、吉継の背をあやすようにしながら、
「もっと優しくしたいのだ。他の誰より。私もウレシイといわれたい」
その囁きで、吉継はハッと気づいた。
やれ、昼のアレをどこできいておった。まるで気づかなんだとは。
「刑部は、わたしの、ただひとりの……だから、誰も見ていない閨では、もっと、優しくするから……」
「三成、ぬしは」
事情を知らぬ兵士たちになじられたのも嫌だったろうが、三成をかばいながらも、へだてなく優しくふるまう吉継に、三成はいたく傷ついていたのだ。それでも吉継を責めたりせず、繊細すぎる愛撫をほどこした。なぜなら吉継が悪いわけではないからだ。ヤケをおこす時もあるにしろ、基本的には無茶はしない。というより、吉継の教えた愛撫に常に忠実であろうとする男だ。
吉継は三成の頬に触れ、顔を引き寄せた。
「ぬしがイチバン、とゆうたであろ。ぬしのしたいようにせよ、と。それが、われの、イチバンゆえ」
口唇を重ねる。
紀之介の頃の心持ちで。
求められて戸惑いながら、抱かれるのが不快でなくて、それどころか、佐吉のつたない愛撫に感じてしまって、更に惑いを重ねた頃の、己の初々しさを思い出して。
「また、欲しくなってしまうではないか」
三成が声をかすれさせると、吉継は低く笑った。
「これはおねだりよ、当たり前であろ」
「優しくしたい、といったばかりなのにか。休んで欲しいと思っているのに」
「そうよな、われもたっぷり心地ようなったから、よう眠れるであろ。それにぬしも眠らねば」
「刑部」
「われはな、ぬしが思うておるより、ずっと、ぬしが……」
大事でたまらぬのよ、とは、いわずともか。
「嬉しい」
三成は吉継を抱きしめた。細腰を引き寄せ、
「ああ、もっと、私を……」
そう囁きながらも、いつものように行儀のよい口づけをする。
もっと狂おしく求めてよいのよ。
もっと夢中でむさぼってよい。
胸がかすかに痛むのを感じながら、吉継は抱擁に応え、身を熱く絡ませて――。

(2012.5脱稿)

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Written by Narihara Akira
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