『呼び声』

「怒鬼」
いつの間にかレッドが背後に近づいていた。
座して武具の手入れをしていた怒鬼は、その声をきいて得物を脇へ置いた。
振り返りもしない同志の脇に、レッドは膝をつく。
「さっきは助かった。おまえが引き上げてくれなかったら……」
怒鬼は無言だ。
無口なのはいつものことだが、なんだか様子がおかしい。
レッドはそっと、怒鬼の掌に触れてみた。
「怒鬼……?」
「甘やかすな」
「え」
甘やかすな? 誰が誰を?
レッドは怪訝な顔で怒鬼を見つめた。
寡黙な口唇はもう開こうとしない。
わかってもらえなくても、誤解されてもいいとでもいうように。
「ふうん?」
そう呟くと、レッドはその場にするりとあぐらをかいた。
怒鬼がかすかにみじろぐ。
いかにも落ち着かない風情だ。
その横顔をじっと見つめる、レッド。

怒鬼の動揺の原因は昨夜の淫夢だった。
みだらな夢は別に珍しいことではない、怒鬼も健康な男子である。出撃の前の晩などは精神が高揚するためか、かなり具体的な夢を見ることも多い。
するりと寝具にもぐりこんできた一つの影がそっと愛撫を始めた時、怒鬼は何も驚かなかった。それにしても相手は誰だ、と思った瞬間、低い囁きをきいた。
「怒鬼……」
レッド。
レッドか。
現実でないとわかっているのに、身体の芯がうずいた。
レッドの掌が夜着の下に忍び込み、胸のあたりをさぐる。それだけで口唇から甘いため息がもれてしまっていた。
「う……」
「敏感なんだな、怒鬼」
やめてくれと言いたかった。しかしレッドはさらに怒鬼を抱きすくめて、
「欲しい」
「!」
犯されるのか、と思わず身体を硬くすると、レッドの掌が怒鬼の足の間に滑り込んだ。
「怒鬼のが……」
レッドは巧みに指をつかって怒鬼のものを煽り、それを自分の秘処へ導いた。
「や……」
熱い肉に迎え入れられて、怒鬼はたまらなくなった。
欲しい。おまえが。
腰が動く。突き上げる動作を止められない。
レッドが囁く。
「いいんだぞ、もっと乱れても……」
涙が溢れた。
意地の悪い。
こんなに乱れているのに、これ以上どうしろと。
「怒鬼……達って……」
それはこっちの台詞だ。
おまえは?
おまえはいいのか。
「あ、怒鬼!」
ギュウッと締め付けられて、怒鬼もたまらず叫んでいた。
「レッド……ッ!」
そこで目が醒めた。
枕が涙で、下履きが精で濡れていた。
最後の叫びは本当に声が出ていた。
レッドが、レッドが本当に欲しくて。
艶やかな長髪を新しい涙が濡らした。
違う。
レッドは同志だ。
抱きたい訳じゃない。
そう、夢は夢だ。普段自分が考えもしないものを見ることだってある。
ただ。
レッドへの心の傾きは本当なのだ。
おまえなら何もかも許してくれる、何も言わなくてもわかってくれる、あんな風にすべてを受け入れてくれる、と無意識に思っていたのだ。
そう、レッドなら。
だから、何もかもゆだねてしまったのだ。あんなに乱れて、あんなに感じて。
涙は後から後から溢れた。
おまえに甘えたい。
おまえに骨抜きにされたい。
恥ずかしい。
淫らな自分の本性が。
いや、淫らなことが恥ずかしいのじゃない。
この情けない想いを隠したくない、むしろ伝えておまえに甘やかされたいと願う自分の心が――死ぬほど恥ずかしい。
いつから、こんな。
いつの間に。

翌朝、作戦の前に顔をあわせた時は平気だった。
昨夜のは一時の心の乱れか、と怒鬼は内心安堵していた。
だが、レッドが危険だと思った時。
怒鬼、と呼ばれたあの時。
たまらなかった。
もっと呼んで欲しかった。
おまえに必要とされるなら、ビッグファイアなどどうだって。
基地へひきとってきても、心はなかなか静まらなかった。
だから、二人きりになりたくなかった。
それなのに、出ていってくれる様子はない。
さっき触れてきたレッドの掌は、冷たくて、意外に小さくて。
その感触だけで達きそうになって、怒鬼は戸惑った。
レッド。
言ってしまいそうだ。
おまえが好きだ。
だが、甘えたくない。
甘やかさないで欲しいと。
それでも、一人にしてくれという言葉さえ、言えないのだ。
「怒鬼」
「……」
ふいに、レッドが怒鬼の肩に腕を回した。
驚いて怒鬼が動こうとした時、レッドが低く囁いた。
「何があったか知らないが、泣きたいのなら、俺の胸で泣いてくれ」
次の瞬間、怒鬼はレッドを畳の上に押し伏せていた。
「怒鬼」
レッドは慌てず、怒鬼の頭を抱えた。のしかかってくる体重をかるく受け止めて、その広い背を撫でた。
しばらくそのまま抱き合って。
怒鬼が落ち着いたらしいところを見計らって、レッドは身を起こした。
「大丈夫か?」
怒鬼も身を起こした。かすかにうなずく。
いっそ肉欲だけの関係なら楽なものを。レッドにも言えるものを。
「時々……」
「うん?」
怒鬼がやっと口を開いたので、レッドの顔にも笑みが戻った。
「なんだ?」
「時々おまえを抱きしめても……いいか」
レッドはきょとんと怒鬼を見返した。
「抱きしめる……だけでいいのか?」
怒鬼はうなずいた。
レッドの頬が薄赤に染まった。
「わかった。変なことをきいてすまない。それで、なるべく甘やかさないようにすれば、いいんだな……?」
「レッド」
次の瞬間、二人は着ている物を脱ぎ捨てていた。ガムシャラに身体を重ねていた。濃厚な口吻で気持ちを伝えあった。むさぼりあった。
「昨日の晩、おまえの部屋から俺を呼ぶ声がした気がして……それがあんまり艶っぽい声で、おまえらしくないから、夢だと思ってたんだ。これは俺の願望なんだって。でも……」
怒鬼はレッドの言葉を口唇で塞いだ。
直感は間違っていなかったのだ。
おまえなら何もかも許してくれる、何も言わなくてもわかってくれる、すべてを受け入れてくれる。
レッド。

もう、おまえ以外を、何も望まない――。

(2000.2脱稿/初出・梶タモツ様ホームページ「DRP」2000.2)

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Written by Narihara Akira
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