『おまじない』

書斎にウォンがいないので、奥の小部屋をのぞいてみると、椅子に座って壁を見上げていた。
「何をしている」
キースが尋ねると、ウォンは振り向きもせず、
「貴方が描いてくださった絵を、鑑賞しています」
「何をいっている」
ウォンが見上げているのは、額縁に入った、真っ白なキャンバスだった。
「嘘だとお思いですか?」
「今日は四月一日だ」
「おまじないをかけてあるのです。私以外の人間に見られないように」
「超能力者でも見破れないまじないなど、あるわけが」
「と、お思いでしょうが」
ウォンはパチンと指を鳴らした。
次の瞬間、キースは自分が描いた油絵を見ていた。
扇情的な、ウォンの裸体画だ。
「ありえない」
キースは目を丸くした。
「ふふふ」
ウォンは実に楽しげに、
「とても素敵な絵ですが、他の人にはみせられないものですから、一工夫したのです。これでひとりで、ゆっくり鑑賞できます」
「どうやって」
「内緒です。教えてしまえば、まじないはとけてしまいます」
「でも」
「白い絵に戻してもよろしいですか?」
「描いてないキャンバスが額に入って、飾られているなんて、不自然じゃないか」
「前衛芸術とでもいっておきます」
ウォンは椅子から立ち上がった。
「それで、ご用はなんでしょうか」
「いや、ただ、ランチを一緒にと思っただけで」
「それは嬉しいお話ですね。では参りましょう」

数時間後。
キースは再び、ウォンの書斎奥に入り込んだ。
やはりキャンバスは白い。
「ありえない」
額縁を壁からはずし、絵をとりだしてみる。
「やはり何も描かれてない」
首をかしげるキースの後ろに、ウォンが立っていた。
「キャンバスの裏にもサインを入れておくべきでしたね、キース」
ウォンは微笑んでいた。
「すりかえたのか?」
「おまじないだといったでしょう」
ウォンは指を鳴らした。
次の瞬間、キースが持っているキャンバスは、自分が描いた絵になっていた。
「あっ」
「いけない人ですね。こっそりこんなところに忍び込んで、そんな淫らな私の姿をさらそうとするなんて」
「そんなつもりじゃ」
ウォンはキースの手からキャンバスをとりあげた。
「これはもう私のものです。もちろん大切にしますが、お返ししませんよ?」
そういいながら飾りなおす。
「貴方には、本物の私を見ていただきたいですし」
「ウォン」
「まだ明るいうちですが。いいですね?」
「あ」
ウォンに口唇を奪われても、キースは抵抗しなかった。
描かれている姿と同じく、ウォンの瞳は情熱に潤んでいたから……。

ベッドの中で満足のため息をついたウォンの胸に、キースは頬をうずめた。
「ほんとにおまじないなのか」
「ふふ」
ウォンはキースの髪を撫でながら、
「実は、叫ばずに時を止めることができるようになりました」
「ほんとうか?」
しかし、超能力が発動する時も、やはりなんらかの気配や余韻があるものだ。
ウォンはいつものように微笑んでいる。
「さあ。どっちでしょうねえ」

(2009.3脱稿)

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Written by Narihara Akira
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